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早川書房 X 東京創元社の100冊

 好きな本を持ちよって、まったりアツく語り合い、最後はオススメ交換会。

 今回は「早川書房・東京創元社」で集まったり集めたり、過去最大級の賑わいなり。ご協力いただいた早川書房さま、東京創元社さま、ご参加いただいた皆さま、主催者・スタッフの方がた、ありがとうございます。ズバピタさん、7時間に及ぶtwitter実況、大感謝です。メガ便利ですがギガ大変だったはず。

 ハンティングの結果、得られた気づき、そしてわたしのプレゼンと、書くことも沢山ある。このエントリでは、以下の順にまとめよう。

  1. 早川書房 X 東京創元社の100冊
  2. 小中学生のための早川書房 X 東京創元
  3. kindleと『薔薇の名前』

1. 早川書房 X 東京創元社の100冊

 まずはプレゼン、プッシュ、放流された獲物たち。会場、facebook、twitterから、事情により持ってこれなかったり放流できなかったものも含め、新刊も絶版も図書館の本も、山ほどオススメされる。まずは見てくれ、この獲物。他の出版社が入ってるし、ゲームまじってるし、冊数は100を超えるけど、勘弁な。

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  • 『薔薇の名前』ウンベルト・エーコ(東京創元社)
  • 『死の蔵書』ジョン・ダニング(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『STEINS;GATE シュタインズ・ゲート for PSP』5pb(角川書店)
  • 『オスカー 天国への旅立ちを知らせる猫』デイヴィッド・ドーサ(早川書房)
  • 『創世の島』バーナード・ベケット(早川書房)
  • 『51番目の密室』クレイグ・ライスほか(ハヤカワ・ミステリ)
  • 『原始の骨 アーロン・エルキンズ』(早川書房)
  • 『私の中のあなた』ジョディ・ビコー(早川書房)
  • 『クリスマスのフロスト』R.D.ウィングフィールド(創元推理文庫)
  • 『パンプルムース氏のおすすめ料理』マイケル・ボンド(創元推理文庫)
  • 『必然の結末』ピーター・ロビンスン(創元推理文庫)
  • 『料理人』ハリー・クレッシング(ハヤカワ文庫)
  • 『アンドロギュノスの裔(ちすじ)』渡辺温(創元推理文庫)
  • 『プリズム』貫井徳郎(創元推理文庫)
  • 『百億の昼と千億の夜』光瀬龍(ハヤカワ文庫)
  • 『ハーモニー』伊藤計劃(ハヤカワ文庫JA)
  • 『虐殺器官』伊藤計劃(ハヤカワ文庫JA)
  • 『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン(創元推理文庫)
  • 『武器製造業者』A・E・ヴァン・ヴォークト(創元SF文庫)
  • 『たったひとつの冴えたやりかた』ジェイムズ・ティプトリー・Jr.(ハヤカワ文庫)
  • 『たったひとつの冴えたやりかた改訳版』ジェイムズ・ティプトリー・Jr.(早川書房)
  • 『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティ(ハヤカワ文庫)
  • 『われはロボット』アイザック・アジモフ(早川文庫)
  • 『地球幼年期の終わり』アーサー・C・クラーク(創元推理文庫)
  • 『幼年期の終り』アーサー・C・クラーク(ハヤカワ文庫SF)
  • 『イルカの島』アーサー・C・クラーク(創元SF文庫)
  • 『黒後家蜘蛛の会』アイザック・アシモフ(創元推理文庫)
  • 『京美ちゃんの家出』東野司(ハヤカワ文庫JA)
  • 『ソードアート・オンライン』川原礫(電撃文庫)
  • 『石に刻まれた時間』ロバート・ゴダード(創元推理文庫)
  • 『永遠に去りぬ』ロバート・ゴダート(創元推理文庫)
  • 『千尋の闇』ロバート・ゴダート(創元推理文庫)
  • 『ボトムズ』ジョー・R・ランズデール(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『ここがウィネトカなら、きみはジュデイ 時間SF傑作選』アンソロジー(ハヤカワ文庫)
  • 『ブルー・シャンペン』ジョン・ヴァーリィ(ハヤカワ文庫)
  • 『バービーはなぜ殺される』ジョン・ヴァーリィ(創元SF文庫)
  • 『へびつかい座ホットライン』ジョン・ヴァーリィ(ハヤカワ文庫)
  • 『ハイペリオン』ダン・シモンズ(ハヤカワ文庫SF)
  • 『時計は三時に止まる』クレイグ・ライス(創元推理文庫)
  • 『素晴らしき犯罪』クレイグ・ライス(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『愛のゆくえ』リチャード・ブローティガン(ハヤカワepi文庫)
  • 『日の名残り』カズオイシグロ(ハヤカワepi文庫)
  • 『マルドゥック・スクランブル』冲方丁(ハヤカワ文庫JA)
  • 『マルドゥック・ヴェロシティ』冲方丁(ハヤカワ文庫JA)
  • 『黒いカーニバル』レイ・ブラッドベリ(ハヤカワ文庫NV)
  • 『星を継ぐもの』ジェイムズ・P・ホーガン(創元SF文庫)
  • 『ガニメデの優しい巨人』ジェイムズ・P・ホーガン(創元SF文庫)
  • 『何かが道をやってくる』レイ・ブラッドベリ(創元SF文庫)
  • 『10月はたそがれの国』レイ・ブラッドベリ(創元SF文庫)
  • 『桜庭一樹読書日記――少年になり、本を買うのだ。』桜庭一樹(創元ライブラリ)
  • 『桜庭一樹読書日記――お好みの本、入荷しました。』桜庭一樹(創元ライブラリ)
  • 『死の泉』皆川博子(ハヤカワ文庫JA)
  • 『スノウホワイト グリムのような物語』諸星大二郎(東京創元社)
  • 『銀河パトロール隊――レンズマン・シリーズ』E・E・スミス(創元推理文庫)
  • 『彷徨える艦隊 旗艦ドーントレス』ジャック・キャンベル(ハヤカワ文庫SF)
  • 『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』スコット・ウエスターフェル(新ハヤカワ・SF・シリーズ)
  • 『ゲイルズバーグの春を愛す』ジャック・フィニイ(ハヤカワ文庫FT)
  • 『クリムゾンの迷宮』貴志祐介(角川ホラー文庫)
  • 『産業士官候補生』眉村卓(ハヤカワ文庫JA)
  • 『燃える傾斜』眉村卓(ハルキ文庫)
  • 『一九八四年[新訳版]』ジョージ・オーウェル(ハヤカワepi文庫)
  • 『華氏451度』レイ・ブラッドベリ(ハヤカワ文庫NV)
  • 『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー(講談社文庫)
  • 『火星のプリンセス』エドガー・ライス・バローズ(創元SF文庫)
  • 『毒ガス帯――チャレンジャー教授シリーズ』コナン・ドイル(創元SF文庫)
  • 『失われた世界』コナン・ドイル(ハヤカワ文庫SF)
  • 『ディミター』ウィリアム・ピーター・ブラッティ(創元推理文庫)
  • 『都市に降る雪』波多野鷹(ハヤカワ文庫HB)
  • 『グイン・サーガ 7 望郷の聖双生児』栗本薫 (ハヤカワ文庫JA)
  • 『ぼくらの時代』栗本薫(講談社文庫)
  • 『渚にて――人類最後の日』ネビル・シュート (創元SF文庫)
  • 『パイド・パイパー』ネビル・シュート (創元推理文庫)
  • 『残像に口紅を』筒井康隆(中公文庫)
  • 『ファイアスターター』スティーブン・キング(新潮文庫)
  • 『死のロングウォーク』スティーブン・キング(扶桑社ミステリー)
  • 『御馳走帖』内田百けん(中公文庫)
  • 『悪魔に食われろ青尾蝿』ジョン・フランクリン・バーディン(創元推理文庫)
  • 『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン(ハヤカワepi文庫)
  • 『王女マメーリア』ロアルド・ダール(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『キャプテン・フューチャー 彗星王の陰謀/惑星タラスト救出せよ!』エドモンド・ハミルトン(創元SF文庫)
  • 『Spirit of Wonder スピリット・オブ・ワンダー』鶴田謙二(講談社)
  • 『タンタンの冒険旅行 めざすは月』エルジュ(福音館書店)
  • 『シャーロック・ホームズの新冒険』グリーンバーグ編(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『エドウィン・ドルードの失踪』ピーター・ローランド(創元推理文庫)
  • 『文房具を楽しく使う ノート・手帳篇』和田哲哉(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
  • 『銀河英雄伝説[全10巻]』田中芳樹(創元推理文)
  • 『銀河英雄伝説外伝 ユリアンのイゼルローン日記』田中芳樹(創元SF文庫)
  • 『恥辱』J・M・クッツェー(ハヤカワepi文庫):
  • 『夢宮殿』イスマイル・カダレ(創元ライブラリ)
  • 『世界SF全集[全35巻]』(早川書房)
  • 『皇帝のかぎ煙草入れ』ディクスン・カー(創元推理文庫)
  • 『火刑法廷』ディクスン・カー(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『九尾の猫』エラリイ・クイーン(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『虹の解体』リチャード・ドーキンス(早川書房)
  • 『ミレニアム』スティーグ・ラーソン(早川書房)
  • 『配達あかずきん』大崎梢(創元推理文庫)
  • 『貼雑年譜[完全復刻版]』江戸川乱歩(東京創元社)
  • 『空飛ぶ馬』北村薫(創元推理文庫)
  • 『ジュラシック・パーク』マイクル・クライトン(ハヤカワ文庫NV)
  • 『歌う船』 アン・マキャフリー(創元SF文庫)
  • 『スローターハウス5』カート・ヴォネガット・ジュニア(ハヤカワ文庫SF)
  • 『ロードサイド・クロス for iTune』ジェフリー・ディーヴァー(文藝春秋社)
  • 『時の娘』ジョセフィン・テイ(ハヤカワ・ミステリ文庫)
  • 『レッド・ドラゴン』トマス・ハリス(ハヤカワ文庫NV)
  • 『黒い薔薇』フィリップ・マーゴリン(ハヤカワ文庫NV)
  • 『フィンチの嘴――ガラパゴスで起きている種の変貌』ジョナサン・ワイナー(早川文庫NF)
  • 『ソロモンの指環――動物行動学入門』コンラート・ローレンツ(ハヤカワ文庫NF)

 皆さんのアツい思いとエピソードが面白すぎる&タメになりすぎる。とてもじゃないがここでご紹介しきれないが、点描してみよう。

 まず、ハヤカワ・東京創元での奪い合いが面白いという指摘。同作家の同シリーズなのに、ハヤカワ・東京創元で割れている。例えば、ジョン・ヴァーリィの『ブルー・シャンペン』と『バービーはなぜ殺される』や、クレイグ・ライスの『素晴らしき犯罪』と『時計は三時に止まる』など。背後はオトナの事情だろうけれど、ずばり三角関係やね、作家冥利(翻訳者冥利?)に尽きる。

 次に、紀伊國屋書店の「ほんのまくら」フェアの波及効果が目に見えてスゴい。「ほんのまくら」とは、「書き出し」だけを表紙にして、タイトル、作者、出版社が隠されている。いわば、出だしでビビビっと来たらゲットだぜ、という企画。これに乗じて、出だし(とあらすじ)だけが紹介される。これは面白そう!! と身を乗り出したら、表紙とタイトルが開陳される……「買わない」「これは手に取らない」「よく原題(The Abortion)をこれにしたね、勇気ある」など手厳しい。内容から察するに、村上春樹ファンにドンピシャなのに、表紙とタイトルで大損こいてる反応に、ハヤカワ側で緊急編集会議が開かれたのであった。ケンさんのプレゼンと熱度で分かる、読まずに断定しよう、これは傑作ですな。答えはマウス反転表示→リチャード・ブローティガン『愛のゆくえ』

 ハヤカワと東京創元の「中の人」へのインタビューが面白い。「なんでハヤカワに入ったの?」という質問に、SFが好きというだけでなく、「出る前の本が読める」「絶版SFがタダで読める」という回答、どんだけ本が好きなのじゃ。また、フィニイ『ゲイルズバーグの春を愛す』があまりに好きすぎて、ワンシーンをイラストで再現したしおりを自作する。読むと描きたくなる才能は凄い。本も本望やね。

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 ブラッティ『ディミター』の、ベクトルが全然別の、飛び散ったストーリーがラストで猛然と一挙に改修されるカタルシスとか、入れ子構造の物語とか、時代を10年先んずる様子に、「せーがー」の香ばしさを感じる(でも自重しよう)……と思っていたら、同じツッコミがタイムラインに流れて噴いた。どちらも、一行も読んでいないが、ロベルト・ポラーニョ『2666』と併せて読むと面白そうだ。

 一切の救いの無いケッチャム臭がぷんぷんする波多野鷹『都市に降る雪』が欲しくなりすぎて、いてもたっても居られない。絶版状態だが、即Amazonに注文した。1円なり(送料は250円)。後で調べたら電子書店パピルスで出ており、494円なり。パピルスのアカウントは持っているが、軍配は紙の本に挙げざるを得ない。さらにダメ押し「『悪魔に食われろ青尾蝿』はマンディアルグです。要するに、悪夢のジェットコースターですね」という殺し文句に即買い。在庫は最後の一冊だった。スゴ本オフ中にAmazonアタック……リアルジャパネットたかた状態だ。素晴らしいなり&恐ろしいなり。

2. 小中学生のための早川書房 X 東京創元

 これはわたしの新たな課題として受け止めたのだが、「小中学生のための早川書房 X 東京創元社」だ。子どもに本を選ぶ仕事をしているケイコさんが、こんなエピソードを語ってくれた―――小6の少年が『星を継ぐもの』が面白かったので、似たような本がないかと尋ねてきた。ケイコさんは困ってしまう……というのも、童話・物語は無敵だけれど、SFやミステリはあまり読んだことがないから。

 物語から小説まで、フィクションのルートは想像がつく。小学校低~中学年にかけ、絵本、挿絵つき(ゾロリ)、コミック、シリーズもの(デルドラ、黒魔女さん)を踏んでゆく。すこし背伸で、ファンタジーの王道(エンデ、トールキン)や、文庫でジュヴナイル(ぼくらの、夜ピク)に手を伸ばす。あるいは、趣味応じてラノベ、コバルト、ノベライズに広がる。ここで文芸にハマったら、新潮文庫が格好の入口になるし、アニメ・ゲームにハマったら角川書店が待ちかまえている。

 ところが、SFやミステリは間口が「無い」のだ。もちろん、新潮や角川は、SF・ミステリも揃えている。だが、SF・ミステリ「も」あるという程度。やみくもにぶつかって、SFにハマった少年少女が、早川・創元にたどり着くのだろう。

 いわゆる、物語から入る本の世界だと、文学や文芸に行く。しかし、SFやミステリは、指南役のオトナがそばにいない場合が多い。子どもは自力で拓くしかない。少数の(幸運な)子どもは、上質のSF・ミステリを紹介してくれる大人にめぐりあう。早川・創元は、「好きな人向け」へ最強の布陣を敷いている。だが、「SFが好きになりそうだけど、何から入っていいか分からない」子どもには、ちと敷居が高いのではないかしらん。自分の好みを自覚している人向け、という線が引かれているように見える。わたし自身スレてしまっているので、この線を見ることができないが、小中学生は、(新潮、角川と比べると)手を出しにくいんじゃぁないかと。

 朝読で本に馴染んだ小中学生向けの、次の本として、早川書房 X 東京創元社は、何があるのだろう。主人公が少年少女で、あんまり血なまぐさくなくって、世界を救うといった大仰なのは他のレーベルに任せて、ぱっと思いついたのをいくつか。

  • 『サマー/タイム/トラベラー』新城カズマ(ハヤカワ文庫JA)
  • 『アルジャーノンに花束を』ダニエル・キイス(早川書房)
  • 『イルカの島』アーサー・C・クラーク(創元SF文庫)
  • 『配達あかずきん』大崎梢(創元推理文庫)←これはオススメされたので必読

 例えばクラークは、『幼年期』じゃないところがミソ。もちろんオススメしたい傑作なのだが、朝読の次の一冊とするには、ちと重いから。小中学生向けのラインナップができたら、自信をもって、「このSF・ミステリを読め」とプッシュできるだろう。もちろんこれに、他の出版社を混ぜるのもあり。ただ、せっかく最強のラインナップがあるのに、「好きになってからきてね」という見えない線で区切られている(ように見える)早川書房・東京創元社は、実は、損をしているのではないか。

 これを証明するために、リストを作ってみよう。ひょっとすると、わたしが知らないだけで、ジュヴナイル向けアンソロジーがあるのだろうか……探してみよう。でもって、わが子と近所の子相手に「実験」してみよう。はてな人力検索「小中学生向けのSFやミステリのオススメを教えてください」で募集しとりますので、これぞ!というのがあれば、どしどしご教授願います。

3. kindleと『薔薇の名前』

 kindleやiPadといった電子書籍。素晴らしいなぁと思う。最新のジャンプや日経新聞が自動でダウンロードするようになるハードから買うだろうなぁと思う。だけど、紙の本はなくなるとか宣う信者には違うよと述べたい。電源を切ると消えるメディアは、出たときにだけ価値がある。あれは、流れてゆくコンテンツであり、フローの読書だから。

 マルチメディア(笑)が全盛だった時代を思い出してみよう。マングェル「図書館 愛書家の楽園」によると、1980年代にイギリスで、CD-ROM版シェイクスピア全集が“出版”されたそうな。だが、専用の再生機が壊れたらお仕舞い。一方、千年前に作られたイギリスの土地台帳「ドゥームズデイ・ブック」は、今でもちゃんと読むことができるという。本はモノだから遺すことができるのだ。

 昔も今もこれからも、本はモノだ。それは書き手・作り手から読者に渡されるモノであり、読み手から次の読み手に渡されるモノなのだ。ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』とジョン・ダニング『死の蔵書』はいずれも、モノとしての本が生んだ悲劇であり、モノだから次世代に手渡すことができる(すなわち、残る)ことを教えてくれる。

薔薇の名前上薔薇の名前下死の蔵書

 同時に、モノとしての本を誰に引き継ぐのか? という問いが根底に流れる。その価値に気づかない人から、その重要性を欲してやまない人へ渡される。受け取った当初、価値に気づいていなくても、後になって手にすれば良い。これは、モノだからできる。親から子へ、昔の自分から今のわたしへ、「渡す」ことができる。ストックなのだ。

 いっぽう、電子媒体では、“出版”もしくは発売されたときに価値を示せないのなら、流れていってしまう。kindleをデジカメで喩える人がいるが、本質を違えている。デジカメで残すものは、プリントアウトしてる。残すためには、モノである必要があるのだ。

 これは、電子書籍を支持する側にもヒントになる。すべて電子書籍でまかなおうとするのであれば、コンテンツは必然的にフロー的なものになる。ネット上の新聞と一緒で、レッドオーシャンで泳ぐことになる。だが、電子「本」として売るつもりであるならば、何らかの形でモノにするチャネルを設けておく必要がある。ここでAmazonと同じ土俵には立てない。Amazonは逆ルートだから(モノとしての本→電子書籍)。この勝負に乗るのであれば、バーチャルからリアルのルートが、本として残る必須条件になるだろう。

 最後に。スゴ本オフは美味しいですぞ。画像だけだけど、おすそ分け。参加するみなさん、ただの本好きです。エラそうな読書家はおりませぬ。次回はおそらく、「食と色」。facebookやtwitterでそのうち告知しますので、ぜひご参加あれ。

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「バベルの図書館」はスゴ本

バベルの図書館 ボルヘスが編んだ傑作集。どいつもこいつも、すばらしい。

 「バベルの図書館」は、ボルヘスが描いた架空の図書館だ。六角形の閲覧室が上下に際限なく続き、古今東西過去未来、世の全ての本が収められているという。ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」に出てくる文書館がイメージの助けとなるだろう。

 自分が作り出した「バベルの図書館」と同じ名で、ボルヘスは全30巻の叢書シリーズを編さんした。もうン十年も前のことだ。ボルヘス好みの、幻想と悲哀の入り混じった寓話で、今ではマニア垂涎の的となっている。これを6巻に再構成したのが、新編「バベルの図書館」だ。分厚く、箱入りの「よりぬきバベルの図書館」は、ちょっとした百科事典のように見える。

 今回はアメリカ編。ホーソーン、ポー、ロンドン、ジェイムズ、メルヴィル…嬉しいことに、ほとんど未読の作品ばかり。噂だけ、タイトルだけは知ってはいたが手を出していなかったことを悔やみつつ、頭まで漬かる。

 際限なく先送りに引き延ばす仕組みが、カフカを思い出させるホーソーン。テラーとホラーを重ねながら徐々に高めてゆくポー。無邪気とさえいえる書き方で、残酷な運命を暴いてみせるロンドン。もったいぶった書き口で、秘密と揶揄を織り込んだジェイムズ。狂気の伝染してゆく信じがたい状況をリアルに描くメルヴィル。どいつもこいつも、外れなし。

 しかも各章の冒頭で、作家を紹介するボルヘスの視点が適切すぎる。ちょっとしたバイオグラフィーと収録された短篇の紹介をしているが、後で読み返すと腑に落ちる。ネタバレ寸止めで紹介するのではなく、その作品を別のライトで照らすのだ。そして、でてきた影をボルヘス流に述べてゆく。噛める寸評ナリ。

 ラインナップは次の通り。どいつもこいつも、すばらしい。

 ホーソーン
   ウェイクフィールド
   人面の大岩
   地球の大燔祭
   ヒギンボタム氏の災難
   牧師の黒いベール

 ポー
   盗まれた手紙
   壜のなかの手記
   ヴァルドマル氏の病症の真相
   群集の人
   落し穴と振子

 ロンドン
   マプヒの家
   生命の掟
   恥っかき
   死の同心円
   影と光

 ジェイムズ
   私的生活
   オウエン・ウィングレイヴの悲劇
   友だちの友だち
   ノースモア卿夫妻の転落

 メルヴィル
   代書人バートルビー

 新編「バベルの図書館」の第2巻は、イギリス編だそうな。これも、楽しみ。

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スゴ本オフ@東京堂書店

 閉店後の書店で、本のお仕事をしてみよう―――ちょっと変わった企画で行ってきたのが東京堂書店。その顛末と、スゴ本オフの先行きについて書いてみよう。

 20:00に集合し、ちょっとだけ書店の仕事をお手伝いする。まず、雑誌のふろくのとじ込み。いわゆる雑誌の「おまけ」や別冊小本が逃げないよう、ゴムでくくりつけるのだが……簡単と思いきや、結構手間取る。女性誌だと本体もおまけも巨大で扱いに苦労する。なかでもゼクシィはほとんど鈍器で、抱え上げるのにも一苦労する。どんなにさり気なくおいても、同棲している or 通い状態の彼が黙殺できないくらい存在感がある。

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 次は文庫の補充。なんとなく棚構成が分かっていたので、すぱりすぱりと入れられるのが快感なり(テトリスの赤い棒レベル)。「深夜特急」1巻だけとか、「ボヴァリー夫人」上巻だけといった買い方をしているお客さんがいたようだ。安全策だがオススメしない。深夜に読み終えてしまい、続きが読みたくてジリジリと朝を待つことになるから。

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 そして、東京堂書店の中の人と企画会議。「この本が好きだ!」を熱く語るスゴ本オフを、ここ東京堂書店でやりたいという思いをぶつける。本を軸に人を集めてディスカッションする、いわゆる「にぎやかし」ですな。ただし、会議室やレンタルスペースで数寄物が集まるのとは違う。営業している書店をお借りするのだから、採算度外視というわけにはゆかぬ。

 いつものスゴ本オフは、「好きな本を持ち寄って、まったり熱く語り合う」形式だ。これを、書店で見つけた本をオススメするやり方にしたらどうだろう?売り物をプレゼンして、気に入った人は「買った!」宣言する。わたしが松丸本舗でやっていた、「松丸オフ」に近い。これは人数が限られてしまうが、書店を集団で徘徊し、コレハというのをレコメンド→気に入った人が買う、という方式(グループ・ブック・ハンティング)。これを拡張してみたらどうだろう。

 流れはこんな感じ。売上に貢献できるだろう。

  1. メンバーは書店を徘徊し、本を選ぶ
  2. 選んだ本をそれぞれ、5分で熱く語る
  3. 気に入った人は、それを買う

 スゴ本オフは二十名くらい集まるので、その中で完結してもいい。だが、一般のお客さまを巻き込みたい。実際、東京堂書店は面白いスペースがある。カフェが併設されており、買った本をすぐに読める。そこは、「店内とは別のゾーンだけど、店内の空気は伝わる」スペースなのだ。ここを上手く使えば、一般のお客さまも巻き込めるのではないだろうか(それとも、うるさがられるだろうか)。

 もう一つ、棚作りについて。本の目利きのおかげで、棚作りは隙がない。特に有名なのは、1Fレジ前の巨大な「台」だ。あれを何て呼ぶのか分からないが、新刊を中心に厳選された本が面陳してある。その選び方、並べ方、つながり方が絶妙なので、あの「台」を毎日眺めるだけで、現代の知の軌跡をトレースすることができる。ホラあれだ、電車の中吊り広告で、雑誌の目次を見て世の動向を知るようなもの(ただし、「台」の教養レベルはかなり上)。

 ただし、その「台」を除くと、書棚の本は、あまりにもキチっと分類されてしまっている。ジャンル分けがしっかりしていて、探しやすいように揃えている。松丸本舗の、遊びまくった錬り込まれた棚からすると物足りない。「本は“文脈”を持ち、つながりで存在する」から離れた、普通の並びなのだ。東京堂「書店」なのだから、この普通はあたりまえなのだが、遊べる・提案する棚があるといい。スゴ本オフ厳選棚を作りたいナリ。

 そして、いちばん大事なこと。スゴ本オフの常連さんの一人が言っていたこと→「本を通じて人の話を聞くのが楽しい、人と会えるのがいい」。そう、スゴ本の真髄は、人と会うこと。知らない本を知るためには、それを読んだ人に会うことから始まる。書店の最大の強みは、リアルであること。目の前に人がいて、触れる本があって、直接、声と言葉が伝わること。このナマの影響力は、9.7インチの比じゃない

 書店は、本と人とが出会う場所なだけでなく、本を通じて、人と人が出会う場所になる。読書会、ビブリオバトル、ブクブク交換―――図書館はもう気づいているし、一部の書店は既に取り組んでいる。

 次回のスゴ本オフは「東京創元&ハヤカワ」、これは鉄板でスゴ本が盛るぜ。その次は、ふたたび「食」か、「エロス」か「2012年の収穫祭」か……

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狂わないための料理「わが百味真髄」

わが百味真髄 「料理に打ち込むのは、あれで発狂を防いでいるようなもの」坂口安吾は檀一雄をこう評するが、本人は否定する。この言葉はわたしに当てはまる。料理のおかげで狂わないでいる。

 むろん、レシピ本と首っぴきの素人料理は承知のこと。しかし、買出しから下ごしらえ、調理と盛り付けをしているあいだ、“目の前の料理”に没頭できる。料理だけでなく、順に食卓に上るよう計らい、同時に、調理器具を洗いながら片付ける。すると、あれほどしつこかった気鬱が、綺麗さっぱり消えている。料理をしてなかったら、この鬱に押しつぶされていただろう。

 グルメ・エッセイは多々あれど、「自分で」作ってみようと背中を押されるのは檀一雄だ。「ちょい足し」や「ズボラ飯」などインスタント料理も多々あれど、「愛する人に」食べてもらおうという気になるのは檀一雄だ。「檀流クッキング」然り、本書もそう。自分で作って、みんなに食べてもらいたいものばかり。

 ただし、文字ばかりだし量もテキトーだ。塩はいかほどと訊かれたら、好きなように投げ込みたまえ、と言い切るのが檀流クッキング。加減は自分で確かめよというメッセージだろう。

 これから寒くなってくるから、クラムチャウダーを作ってみよう。ニューヨークの停車場地下室風だそうな。こういうの作るとき、必殺・圧力鍋を使ってしまうが、檀流でやってみよう。

  1. アサリを二皿きばって買ってくる
  2. ジャガイモ少々をサイコロ状に刻み、五分ばかり塩湯で煮ておく。玉葱一個・セロリー一本・ベーコンの二、三枚を小さく刻んでおく
  3. 鍋にコップ二、三杯の水を入れて沸騰させ、アサリをほうり込んでフタをしめる。アサリが口を開いたら火を消して、そのままさます
  4. フライパンにバターを入れて、ベーコンと玉葱を弱い火で静かにいためる。ニンニク少々といっしょにいためたほうがおいしいかも
  5. 玉葱が半透明の色になったら、いい加減のメリケン粉を加えて、ちょっといためる
  6. メリケン粉と、ベーコンと、玉葱がヨレヨレに錬り合わさっている中に、アサリの煮汁の上澄みを入れてお団子をつくらないようにていねいにまぜる
  7. 弱い火でよくまぜながら牛乳二本ばかり加え、ほどよいトロトロ加減だと思うところまで、牛乳や貝の煮汁で薄める(ここで塩加減)
  8. 貝からはずしたアサリを小さく刻む
  9. さっきつくりあげたトロトロとしたスープに火を入れ、セロリー、ジャガイモをほうり込み、再び煮立ってきた頃、アサリ貝を加えたら、できあがり
  10. 塩加減が薄かったら塩を足し、トロ味が過ぎると思ったら牛乳を足し、なめらかさが足りないと思ったらバターを足す

 あるいは、手羽先。揚げるしか能のないわたしに、「酒のサカナ」というアプローチを見せる。炊いて、炒めて、煮詰める、手羽先の中華風だそうな(同時にラーメンスープもできちゃう)。

 こうして見ていくと、一人ではなく二人、二人ではなく家族に食べてもらうためのレシピであることに気づく。自嘲気味に「母が家出したため、子どもの頃から料理せざるを得なかった」と語るが、嫁さんをもらって、外食も自由にできるくらい稼げるようになっても、馳走して厨房に立つ。なぜか。

 もちろん自分も食べるためだが、「おいしいものを、誰かに食べてもらいたい」動機が底にあることに気づく。これは檀氏の息子が書いたあとがきで分かる。文字どおり、走り回って食材を集め、饗応する。人を喜ばせるのが好きなんだ。

 自分が狂い始めているときは、たいてい、自分のことしか考えていない。誰かのことを思うための方法としての料理は、使えるなり。

 おいしいものを作って、誰かと一緒に食べるために。

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犯罪者はどこに目をつけているか

犯罪者はどこに目をつけているか すぐに役立つ防犯の実学。

 本書の特徴はタイトルにある。犯罪者の声や視線を中心に据えたこと。強盗、強姦、窃盗、侵入、ひったくりの「元犯犯罪者」へインタビューやヒアリングを行い、決行する「判断ポイント」や「タイミング」を詳らかにしている。

 しかも、犯罪でシノいできたプロ中のプロから、出来心で犯ったアマチュアまで幅広くカバーしており、仮にわたしが犯罪に遭うのなら、このいずれかのパターンに当てはまるだろう。彼らが何を見て「やる」と決めているかが分かれば、その対策も自ずと見える。また、彼らが嫌がること、避けたいことが事前に知ることができれば、それの逆を突けばいい。

 元犯罪者たちは、防犯対策への突っ込みも厳しい。「防犯カメラ」や「クレセント錠」「コンクリ塀」「アルミ格子」に対する、わたしの防犯常識がひっくり返される。

 例えば、「いかにも防犯カメラでござい」は、そんなに困らないという(そこだけ避ければいいから)。問題は、道路から見えない死角に防犯カメラが仕込んであるのは嫌がる(プラス光センサーのライトで効果大)。

 あるいは、「クレセント錠」(窓につけるクルリと回すやつ)は、カギと見ないほうが良いらしい。あれは密閉度を上げるものであって、泥棒からすればすぐに開くか外から丸分かりの印なんだそうな。警備用の赤外線センサーは高額だし落ち葉や猫でも反応するから、使い勝手が難しい。

 ではどうすればよいかというと、極めてアナログな策を持ってくる。「釣り糸センサー」と呼び、防犯ブザーと透明なテグスを使った簡単な仕掛けだ。いわゆる「ブービートラップ」といえば分かるだろうか、図解しているからすぐに作れるし、何よりも安価なのがありがたい。

 だが、そういう仕掛けだけでも不十分だという。「やる」と決めた意志をくじくのは、音、光、そして周囲の視線だ。鳴っているブザーに「どうしたの?」と目を向け・声をかけるご近所の協力が必要になる。光センサー、防犯カメラも然りだが、自分の家だけを守るのではなく、近所ぐるみ、地域ぐるみで防犯意識を高めることが重要だと説く。

 この“防犯意識”が曲者だ。「意識を高める」って大層でカッコいいけれど、具体的に何も言ってないに等しい―――と思いきや、本書では極めて直裁に断定する→「防犯意識=町をきれいにする」。

 犯罪者の品定めの決め手となるのは、三大汚れだという。即ち、1.落書き、2.ゴミ、3.放置自転車だ。これらを減らすことは、死角を減らすだけでなく、町を見る視線があることを伝えていることになる。“きれい”は安全に直結するのだ。

 このように、「個人を守る」をスタートとし、住宅、町、国ぐるみまで防犯を推し進める。防犯対策基本法や、「防犯税」はやりすぎかも…と思うが、これはわたしの“防犯意識”の問題か。

 他にも、「あぶない場所」とはどういう場所か、あぶない場所で、かつ一番襲われやすい(犯罪者にとって襲いやすい)ゾーンはどこか、犯人目線で解説してくれる。練習問題まであるので、文字どおり、犯罪者になった気分で「正解」を探せる。一人のプロの説明だけでなく、複数人に当たった結果、同じ「正解」に至っている。彼らは、セオリーどおり素直に行動していることが、よく分かる。

 犯罪者は人の隙をみてやるもの。そういう意味で、犯罪という仕事は、「隙間」産業だといえる。プロの一人はこう述べる「その隙とは、やられるヤツの油断であり死角だ。自分たちはそこを突く」。

 隙をゼロにすることは不可能だが、減らすことはできる。そのために、すぐに役立つ一冊。

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いま読んでいる本をやめてでも読むべき「日本の歴史をよみなおす」

日本の歴史をよみなおす 「つくられた」歴史認識に一撃を与える一冊。

 「女の地位は低い」や「日本は農本社会」は、つくられたイメージだと主張し、その傍証を挙げてゆく。多数派の歴史認識がくり返されることで強化され、常識化してゆく過程はE.サイード「オリエンタリズム」を思い出す。だが、著者が主張する反証・反例が少なすぎる。そんな一点でもって全面展開するのが“歴史学”なの?

 「全ての日本人が読むに値する」という惹句に誘われて読む。本の目利きも絶賛してるから安心かと最初は思った。POPには、「いま読んでいる本をやめてでも読むべき」とあり、相当自信があるらしい。新しい知見が得られるというよりも、もともと薄々感じてたことを補強してもらえる。いわば、「つながる」読書になった。

 たとえば、「女」に対する固定観念を揺さぶる。女性が公的な世界から排除され、抑圧されつづけていたというのは、「これまでの常識」にすぎないという。銭を持たず身一つで自由に旅をする女や、(ただ一例だが)女庄屋の事例を持ってきて、男中心の封建社会という「建前」をぐらつかせる。また、ルイス・フロイス「日欧文化比較」より、女の「性」に対するハードルが低かったことを指摘したり、宮本常一「忘れられた日本人」から祭りのときはフリーセックスが行われていたという習俗を紹介する。

 あるいは、農本社会は「つくられた」イメージだという。「農家」として扱われながら、実質は回船や漁業で栄えた事例を示したり、商工業者や芸能民が賤視される過程を説明することで、このイメージの再考を迫る。さらに、「百姓≠農民」を証明し、数多くの非農業民を含んで「農民」が成り立っているのだと主張する。日本の歴史学が、農本主義に染め上げられているというのだ。

 言わんとしてることは分かるし、証拠として挙げている、著者が『発見した』文書を疑うつもりもない。だが、全国に一つしかない例や、ただ一人のポルトガル宣教師の手記をもって全てに援用するのは難しい。「無かった」と主張するつもりはないが、多様なありようのうちの一例なのでは。 また、米作を主とし、土地を石高で測る制度が一般化したのは、「米=兵糧」だったからだということは、わざわざ指摘するまでもない。

 仮に農本主義に異を唱えるのなら、反証一つでは不十分。例えば、ある地域経済において石高で測ろうとした経済と、実体経済の乖離を算出する。つまり、その地域全体の経済のうち、石高が占める割合を推算したり、税収のうち租庸調の配分を洗い出し、地域図を作成するアプローチが役立つ。

 さらに、農業、林業、水産業、工芸品、製鉄だけでなく、運輸、観光、教育、宗教、闇事業も含めた包括的な生産性を概算し、そこで農業がどう位置づけられているかを見る必要があるだろう。もちろん地域性はあるが、おおむね農業が主である地域が多かったのでは―――と推察する。

 著者の視点が面白ければ面白いほど、ツッコミたくなる。「学会の固定観念」「世間の常識」を自分で設定しては壊す、スクラップビルドのレトリックが目につく。黒澤明や司馬遼太郎の作品で「さもありなん」と感じていた、ダイナミックでエロティックな日本人を想起させてくれる分、論理の粗が目立つ。平易に、面白く読めるのに、もったいない。

 「いま読んでいる本をやめてでも読むべき」という宣伝に偽りはないが、読んだら一言いいたくなる。そういう知的挑発に満ち溢れた一冊。

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本とビールのブックショップ

 下北沢のB&Bに行ってきた。B&Bとは、"Book and Beer"という意らしい。

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 第一印象は、「本を売る店」というよりも「本で何かをする場所」だ。それは著名人のトークだったり、本を介したパフォーマンスをする場所。大型書店のイベントスペースが中心の本屋という、一種の逆転だね。書店なのにビールが飲めて、おしゃれな雑貨も扱っていて、ちょっと変わった本と出会える―――店内を眺めると、そういうコンセプトが如実に表れている。オススメ本のプレゼンをするのに、このテーブルなんて最適かも。

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 本のセレクトショップだから、選書はどうかというと―――面白い。選者の趣味がよく出ていて、「知ってはいるが手ェ出していない本」をいくつか見つける。若い女の子が選んでいるか、「若い女の子が好きそうな本」を選んでいるね。

 並べ方もユニークで、テーマに沿ってフィクションもノンフィクションも無関係だ。書店や図書館の、いわゆる「企画棚」ではなく、ノンフィクションの並びにフィクションをちらりと混ぜ込んでいるのが面白い。たんねんに背表紙を追って行くと、おもわずニヤっとできる仕掛けになっている。このユーモア感、だれかのプライベートな書棚を見ている気分になる。例えば、「食」テーマの棚に川原泉「空の食欲魔神」が混ざっているのがイイ(ただ、細かすぎて見落としてしまうかも)。また、「本の本」の並びにレム「完全な真空」を入れているセンスは脱帽。これは、存在しない本の書評集なのだから、書評集の棚に入れているという事が二重の矛盾(というか、読んだ人には諧謔)を含んでいる。

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 下北沢という舞台での「街の書店」なので、松丸本舗のボリュームやPARCOのような尖った本を求めるのは酷だ。下北沢に降りたら、ちょっと覗くに、ちょうどいい。

 ただ、回転が難しい。一般の書店と違い、新刊もそうでないのも公平に扱うのは好感が持てる。だが、「一般の書店」を目指さないのなら、新刊を回しているだけでは済まない。本は動かさないと澱むし固まる。いまある、「良いセレクトブック」をどうやって崩して、新しいものを混ぜていくか―――これを定常作業に組み込まないと、リピーターは難しい。このヘンの感覚は、写真棚、SF棚を見ると、数奇者には分かってもらえるかも。

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 時間を措いて、再訪したい。

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人生で二度目のクッキー

 ブログは人生を変える。

 たとい些細であっても、予想だにしなかった未来を生きた。わたしがクッキーを焼くなんて、ありえないと思ってた。が、塞翁が馬、練習一回、本番一回、四十路のオッサンがクッキーを焼くことに。

 きっかけは「gomm 秋のチェックピクニック」だ。「チェック柄オンリー」という無駄に狭いドレスコードで、代々木公園でピクニックしよう! というイベント。そこで一緒に「スゴ本オフ」をしよう、テーマは「ピクニック本」で、という企画が乗っけてもらった。

 素晴らしい本の出会いもあったのだが、その話は後。わが娘が参加したいと言い出したのだ、しかも「クッキー焼いてもってく」と断固たる口調で。背伸びをしたい年頃、危なっかしくって火や包丁は渡せないので、わたしが代わりにやることに。かくしてオレンジページを開き、嫁さんをオブザーバーに仕立て、人生初クッキー。

 クッキーなんぞ、女生徒が調理実習の半コゲを「ホラ、ありがたく食べなさいよ」なんて釘宮声で男子に配るものと相場が決まっているものだリア充こんちくしょうと思ってた。だから、実際に測って混ぜて焼いたらびっくりした。クッキーって、アホほど砂糖とバターを使うんだね。

 無塩バター 120g
 卵黄 3個分
 砂糖 90g
 薄力粉 140g
 塩 ひとつまみ

 紅茶の葉(小さじ1)すりおろし 
 アーモンド 25g
 チョコチップ 25g
 ココアパウダー 小さじ1

 バターをレンジで半溶かし、泡立て器で混ぜる。砂糖を2、3回に分けて入れながら、なめらかになるまで。塩投入、卵黄投入、混ぜる。泡立て器→木べらに替える。薄力粉をふるいながら入れる。このとき、かき混ぜない。切るようになじませ、まとまった感じにする。これが生地。

 生地を四等分して、それぞれ紅茶、アーモンド、チョコチップ、ココアパウダーを混ぜる。生地をティースプーンですくい、もう一つのスプーンの背で天板に載せる。天板はクッキングシートを敷いておく。生地は広がる、間隔は開けておくこと(6~7cm)。

 オーブントースターで5分だが、焦げやすい。数分で表面が乾いたら、アルミシートで覆って焦げが防ぐ。

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 出来上がったのがこれ(これでも焦げてないほうなんだ)。料理は「料理の四面体」の影響でアバウトにやってきたが、お菓子作りは厳密だ。理科の実験みたいで面白い。ブログやってなかったら、知らなかった面白さ。

 で、スカーンと秋晴れの下、皆さんに「娘が焼いたんですよ~」と馬鹿親のフリをして食してもらう。好評価をいただいて嬉しい限り。

 クッキーなんて可愛いもので、おいなりさん、おはぎ、キッシュ、アップルパイ、照り焼き、串焼き、自作のガリ、巨峰と盛りだくさん。食べて、ひっくり返って、本を眺めたり空を見たり、誰かの話をぼんやり聞いたり。積極的に「なにもしない」を実践した半日でしたな(gommさん、ありがとうございます)。

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 考えない練習は大事だね、放っておくと、どんどん何かをどこかに持ってってしまう。「なにもしない」をする練習をしないと。

HIPS で、耳半分ながら「これは!」に出会えた。ひとつは「おべんとうの時間」。いわゆるレシピ本ではなく、おべんとうと、その持ち主(食べる人)をひたすら撮ってインタビューしたもの。ごくごくフツーの人たちの平々凡々な人生が語られるかとおもいきや……おべんとうに込められたメッセージや、そこに至る思い出や絆がこみあげてくる。おべんとうを通じて、その人の人生や人となりをうかがい知る、いい本みたい。続巻も併せて読むぜ~

 もう一つは「LOVEサンドイッチ」。表紙から窺い知れるが、サンドイッチを撮ったモノ。ただし、おどろくなかれ、サンドイッチ断面図をカメラじゃなくスキャナーで撮ったのだ(サンドイッチ + スキャナー = スキャンドイッチ)。これは面白い。サンドイッチの断面をマジマジ見るときって、食べかけの自分の歯形とともにつぶれた具材を眺めることになるから、正直旨そうではない。ところがこれは、断面をスキャンしたそのものなので、具がそのまんまだ。一緒に語られるウンチクも自家薬籠にしたい。

 他に集まったピクニック本はこんな感じ……宮本常一さんのは、読もう読もうと思っていた矢先なので、いいタイミング。

 「パークライフ」吉田修一
 「星屑ニーナ」福島聡
 「忘れられた日本人」宮本常一
 「赤毛のアン」モンゴメリ
 「ジャイアント・ジャムサンド」ジョン・ロード
 「ドン・キホーテ」セルバンテス
 「遥かなる水の音」村山由佳
 「ブルータス」の公園特集号
 「天然生活」のお弁当特集号

 ん? わたしがプレゼンしたのは何かって? これだ! ピクニック本といえば「ぐりぐら」、なかでも直球なのがこれ。

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本はモノだ、昔も今もこれからも「死の蔵書」

 本はコピーなのに「モノ」だから、目の前の一冊は「それ」しかない。

 試みに手元の一冊を開いて、コメントやサインを書き込むといい。たちまち世界で唯一の、「オリジナル」バージョンができあがる。誰かにあげることも、売ることだってできる(値段ともかく)。モノとしてあるからだ。質量を伴わない情報としての側面と、触れる重みをもった物質としての側面と、両方あわせて「本」なのだ。

 電子書籍に火傷している人は、この、「モノとしての本」が分からない。どんな形をとろうとも、本なんてみんな一緒だと思っている。1990年代の話だから電子書籍はまだないが、「ペーパーバックで読んでも、初版本で読んでも、ヘミングウェイは変わらずに面白い」―――なんて出てきたセリフに、主人公は説教をする。

初版本を読むのは馬鹿だけだ。そんな本を持っていることの利点はただ一つ、読むために買った別の版がぼろぼろになり、本の体をなさなくなっても、ヘミングウェイに対して申し訳ない気持ちにならなくてすむ
 「死の蔵書」は、この、モノのしての本に囚われた人のドラマだ。殺人事件の犯人探しというミステリの枠で描くが、被害者も犯人も刑事も、全員が本にハマる煩悩劇として読める。ある者は起死回生を賭けてゾッキ本の山からお宝を探し、ある者は人生を棒に振って長年の夢だった古本屋を始め、またある者は遺産としての本に確執する。

 「それしかない」モノに価値を見つけ、愛しつつも商売しようと足掻くさまは、浅ましかったり微笑ましかったり、ときにはおぞましかったり。偏愛は、人を人でなくす。自分の人生を一変させる蔵書に出合ったとき、それぞれ、どのように振舞うかを観察しながら読むと、なお楽し。

 筋金入りの書痴でフェチな主人公は、けっしていい本屋にはなれないだろう。なぜなら、わたしがそうだから。古本屋巡りは、とうの昔にやめている(危険すぎるから)。主人公は、こんな釘を刺される―――「ドクターJ、本屋になりたいのなら、本に惚れちゃいけないぞ」。

 おまけに、主人公に託した著者の偏見(!?)が鋭くて、刺さる人もいるかもしれない。「キングやクーンツのファンは、実はあまり本が好きではない。じっくり選んでいるのを見たことがない」とか、「公立図書館は三文小説を何十冊も買った挙句、予算が無いと泣き言をいう」なんて、かなり刺激的だ。

 キング「ミザリー」をファウルズの「コレクター」にあてつけるのはくすぐり上手だし、 トマス・ハリスは「羊たちの沈黙」よりも「ブラック・サンデー」に目ェ着けているところが玄人じみてる。いかにもマーク・トウェインが言いそうな警句を、マーク・トウェインを引き合いに出すここなんて、毒が効き過ぎて黒く笑えた。

われわれが生きているこの時代では、スティーヴン・キングの初版本にマーク・トウェインの初版本と同じ値段がつき、しかもその十倍は売れる。なぜなのか、説明してもらいたいものだ。私にはわからない。おそらく現代の人間は知性よりも金を多く持っているのだろう。
 ハードボイルドから入って、クイーンばりの伏線を張り巡らせ、謎が明かされるファイナルストライクの感覚はクリスティのそれ。噛むごとに味が変わる展開が楽しいし、本の薀蓄がこれでもかと詰め込まれているから、惹句の「本好きにはたまらないミステリ」は正しい。

 本好きの本好きによる本好きのためのミステリ。

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女は尻だ、異論は認めん。「HIPS 球体抄」

HIPS おっぱい山頂の征服欲は分かるが、あれはお尻の代替品。山頂を踏破したら清水で潤すべく、谷へ降りて蟻の門渡りを目指せ。男子たるもの、おっぱい星人であるとともにオシリスキーにもなれる。お尻を賛美することは、おっぱいを否定することにならない(逆もまた然り)。

 お尻の素晴らしさについては、室生犀星が力強い。「蜜のあわれ」に曰く、人でも金魚でも果物でも、円いところが一等美しいという。そして、人でいちばん美しいのは、お尻なのだと断言する。お尻に夕映えがあたって、だんだん消え行く様は、世界でいちばん穏やかで不滅の景色なんだって。

全くお尻のうえには、いつだって生き物は一匹もいないし、草一本だって生えていない穏やかさだからね、僕の友達がね、あのお尻の上で首を縊りたいというやつがいたが、全く死場所ではああいういつるつるてんの、ゴクラクみたいな処はないね。
 つるんとしたお尻に顔を乗っけてまったりすることは、人生の至福だ。この満ち足りた気分のまま、お尻のあいだに埋め殺して欲しい。この上なく安らかな死顔になることだろう(別の殺され方になるため、嫁さんには提案していない)。さらなる散策を求める方に、「お尻を理解するための四冊」をオススメしよう(紳士限定ですぞ為念)。お尻を理解することは、自分を理解すること。探究に励んで欲しい。

 そんな美尻礼賛家のためのバイブルが出た。やわらかな午後の日差しで、伴田良輔が撮った、極上の果実たち。暗がりに沈めた白磁が丸みと白みをもたらし、うっすら霞がかった産毛がエキゾチックな匂いを放つ。光と、お尻と、わたしだけの世界に遊ぶ。

 よく観察すると、完璧と思われる曲線美に、尾てい骨のふくらみや、ほくろ・ニキビ跡がアクセントを添えている。鳥肌のみずみずしい質感がおいしそうだ。その柔らかさを証明するかのように、パンスト、ジーンズが響いた跡は、そこはかとないエロスを醸しだす。

 しかし、撮り手はそうした性的な色合いを外し、刺激的な写真にしないように気を使ったという。わかる、わかるぞ。エロ意図がちょっとでも入った瞬間、これはただのエロ写真集になるから。そうではなく、お尻そのものの完全性・美しさを見て欲しいんだね。

 確かにその通りなのだが、モノとしての尻感が前面に出すぎたため、「このお尻は、もっとキレイなはずだ」「このお尻は、もっと触りたいお尻になるのに」という衝動がこみあげてくる。眺めるだけでなく、触れたり舐めたり、顔を埋めたくなるお尻こそが偉大なのに。

 同時に、お尻としての完璧さを出すあまり、不自然になっている―――そう、察しの良い紳士諸君なら分かるだろうが―――具がないのだ。普通に裸のお尻を見ると、白亜と伴に、岩海苔や貝といった具が入ってくる。しかし、デジタル編集により、ひじきを淡くしたり、貝柱を暗く処理してしまっている。意図は痛いほど分かるが、オシリストへの道は険しいぞ。

 女は素で美しい、一切の加工を拒絶した、かつての"YELLOWS"のように、「そのまま」を味わいたい。お尻は、神々しく、かつ、生々しいもの。この白桃は、割ると生臭いのだから。

BREASTS とはいえ、眺めるだけで、仕事の疲れも、将来の不安も消えてゆく。多幸感が潮の如く満ちてくる。世の中に、こんなに綺麗で愛でたい場所があると思うだけで、ウキウキする。明日もがんばろう、不況がなんだ、ニッポンは俺が元気にしてやる! という気になってくる。おっぱい星人向けの姉妹編「BREASTS 乳房抄」と併せると、高揚感で宙に浮けそうだ。

 同時にここは、わたしの還る場所なんだという思いに惹かれる。鮭が生まれた河を俎上するように、わたしは尻を目指す。「釈迦も達磨もひょいひょいと産む」世界の入り口でもあると同時に出口にもなっているワンダーランド、そこが、お尻なのだ。

 大事なことだから、何度も言うよ、残さず言うよ、女は尻が肝心だ。「HIPS 球体抄」、すべてのオシリーナ愛好家のために。尻爛漫を、ご賞味あれ。

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