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ソクラテスは死ね、豚は転がれ―――プラトン「国家」

 死刑判決を受け、毒杯をあおったのは当然だ。

 質問には質問で返す。詭弁術を駆使し、言葉尻をとらえて後出しジャンケンする。「無知の知」とは、「知らないということを知っている」よりも、「僕は無知だから教えて」と先にジャンケン出させるための方便だ。論敵を排し、取り巻きを並べたら、後はずっと俺のターン。

 騙されるな、ソクラテスは、とんでもない食わせものだ。太ったソクラテスよりも、痩せたブタのほうがマシだ、ブタは食えるが、ソクラテスは食えない奴だから。

 比喩でもって説明した後、その比喩が事実であるという前提で論を重ねる。反論もそう、極端な例外を持ってきて事足れりとみなし、一点突破全否定オッケーとするのは酷すぎる。さらに多重レトリックが汚い。AをBに、BをCに言い換えて、最後のCにだけ噛み付くオオカミの強弁だ。「詭弁のガイドライン」を参照し、どれを用いているか確認しながら読むと、良い(?)勉強になるだろう。

 修飾語と関係代名詞が多用される文章は、会話体とはいえ見通しが悪い。 So What? や Why So? と自問しながら読まないと、トートロジーの罠に陥る。気をつけないと言い包められるぞ。でもこれ、言い換えると、議論に勝つしゃべり方の教材にも使える。詭弁は「詭弁だ!」と見抜かれない限り、強力なツールだからね。

 論敵のあしらい方は、憎らしいほど上手い。後出しジャンケンを封じようとする批判者が現れる。まず自分から明確な答えを言いなさい、抽象的なのはダメというのだ。ソクラテスはこう返す―――そんな批判ができるなら、君自身が「明確な答え」を知ってるんだよね、私は知らないから聞いているだけなんだと。空とぼけながら教えを垂れてくれとすり寄ることで、相手の自尊心をくすぐる。「らめえぇぇ」とページを繰ると、結果はご想像の通り。

 奴は、狡猾な挑発者なのだ。あてつけて煽って出てきた答えを捕まえて、その言葉でもってやりこめる術数は、言葉の合気道を見ているよう。見事だがフェアじゃない、うっかり信じると痛い子になる。

 さらに、タイトルに騙されてはいけない、本書のテーマは「正義」だ。「正義とは何か」について議論するための方法として、国家論をぶちあげる。理想的な国家像を脳内で構築し、そこに拡大された正義を見ようとする試みが、「国家」なのだ。

 むしろこれは、一人称のソクラテスに語らせる著者・プラトンのたくらみになる。後世の知識人を魅了する「理想国家」をうちたてて、あなたはそこの中心人物なんですよ、と焚きつける。二千年を越えて本書が伝えられたのは、それぞれの時代の知の担い手の虚栄心をくすぐったからであり、その魅力(魔力?)は今も通用する。

 本書では、独裁僭主や民主制、寡頭制といった政治形態を縦横に語り、哲学者(知を愛するもの)が治める哲人政治が最高の国家だと断言する。だが現実では哲学者は役立たずとされ、優遇されない。これは、現実の国家が理想からほど遠いことの証左であり、あなた(=読み手や聴き手)が優遇されないことの逆説的な証拠になる。知識人たる自負はあるが、重用されない境遇を嘆く者にとっては、えらい慰めになるだろう。

 どの時代にも通用する、「理想国家」なんてものはない。その時代や文化によって、もっと極端に言えば、主張する派閥やイデオロギーにとって、「あるべき国家の姿」は存在する。だが、それぞれの「あるべき国家の姿」を、「理想国家」という抽象的な存在でくくり、それぞれの知識人の脳内で補完した「国家」像を餌に生き延びてきた―――これが、ソクラテス/プラトンの罠なのだ。

 そしてラスト、ソクラテスは告白する。さんざん理想国家を語った後、下巻p.335で暴露する。

この地上には、そのような国家はどこにも存在しない。だがしかし、それは理想的な範型として、天上にささげられて存在するだろう。それを見ようと望むもの、そしてそれを見ながら自分自身の内に国家を建設しようと望む者のために。しかしながら、その国家が現にどこかにあるかどうか、あるいは将来存在するかどうかということは、どちらでもよいことなのだ。
 開高健の「哲学とは、理性で書かれた詩である」を思い出す。あれは詩であり、論理と思ってはいけないんだそうな。感性および理性の周波数が一致したとき、それはみごとなボキャブラリーの殿堂になり、宮殿になり、大伽藍になるが、いったんその感性から外れてしまうと、いっさいは屁理屈のかたまりにすぎなくなる―――そう言ったのは、実はここを指しているのではないか。

 あの有名なイデアに関する洞窟の比喩も然り。洞窟に住む縛められた人々が見ているのは「実体」の「影」であるが、それを実体だと思い込んでいるにすぎぬというアレだ。イデアの喩えとしては見事だが、真実がこのとおりであるかどうかについては、「神だけが知りたもうことだろう」(下巻p.112)と口を濁す。なんと、ちゃんと読んだら本人が認めているじゃないか、ホントかどうか知らないって。

 なんだ、わたしはこのトシになるまで、こんな不確かな武器を振り回していたのか。死ぬまでに読めてよかった、あらためてこの哲人に言えるから。

 「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」

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コメント

 最後の引用を拝読して、R.スマリヤンの『哲学ファンタジー』のタイトルが絶妙な皮肉だったことに今更思い至りました。論理学者スマリヤンにとっては、哲学はファンタジーだったんだ…。

投稿: sarumino | 2012.09.06 02:53

>>sarumino さん

「哲学ファンタジー」は知りませんでした、なんという強烈なタイトル!! 教えていただき、ありがとうございます。「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」―――これは、あらゆる哲学(含む科学)に通底するリスクでしょう。
あとは『お前ん中』の大きさの話になりますが、だからといって哲学が矮小化されることはありません。詭弁上の楼閣だろうと、そこに生きて住んでいるのですから、わたしたちは。

投稿: Dain | 2012.09.06 22:47

〉「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」

ほぼこれと同内容の小噺が入っていた記憶があります。対話形式になっているのは、やはりプラトンへの当て付け(いや目配せ)ですかね。
ダイアローグという形式は、人が「そこに生きて住んでいる」ということを意識させるのかもしれませんね。

投稿: sarumino | 2012.09.07 23:16

>>saruminoさん

当て付けwww「めくばせ」よりも「当て付け」のほうがしっくりキます。
リアルで対話していると、なんとなくやり込められたかのように見えても、文字に書き起こしてみると。勝者はヘリクツ・敗者は揚げ足取られたかのような論争があります。
プラトンが文字を告発した理由の一助とみなすと、面白いかも知れません。

投稿: Dain | 2012.09.09 08:04

ソクラテスはお前も何も知らないんだから偉そうにするなって言いたいだけでは。
平成のソクラテスが居たら日本の天下り官僚共を徹底的に論破して欲しい所です。

投稿: | 2014.01.04 15:35

>>名無しさん@2014.01.04 15:35

コメントありがとうございます。本書に如実に出てるのですが、無知の知をふりかざすソクラテスが一番偉そうにしているのが笑えます。また、平成にソクラテスがいたら、やはり理想の国家ばかり語って、現状には目を向けてないでしょう……

投稿: Dain | 2014.01.05 08:14

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