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食べることは生きること「地球のごはん」

 「食は文化」が、よく見える。

 あるいは、ブリア=サヴァランの警句「ふだん何を食べているのか言ってごらんなさい、そうすれば、あなたがどんな人だか言ってみせましょう」をグローバルにスライスした断面が見える。

 世界30カ国80人の「ふだんの食事」を紹介しているが、ユニークな点は、本人と一緒に「その人の一日分の食事」を並べているところ。朝食から寝酒、間食や飲み水も一切合切「見える」ようになっている。

 おかげで表紙のイリノイ州の農家(4100)から名古屋市の力士(3500)、上海雑伎団の曲芸師(1700)やナミビアのトラック運転手(8400)が、何を、どんな形で口にしているか、一目で分かる。カッコ内の数字は「その人の一日分」のカロリー(kcal)だ。身長体重年齢も併記されており、「この体格でこんなに摂るのか」とか、「ちっぽけなパッケージなのに、こんなにカロリーあるんだ…」など、想像力が刺激される。

 例えば、高カロリーの傾向は、「職業」や「場所」に出てくる。激しい肉体労働だと高カロリーになりがちだが、高地や寒冷地の人々も高カロリーの食事をする。チベットの僧やエクアドルの主婦が驚くほど高いカロリーを摂取しているのは、高地ほど吸収しにくい(or心肺に負荷が掛かるので必要)のかと考えてしまう。

 また、量的にわずかなのに高カロリーな食事の共通点を見つけることができる。それは、パッケージングされた工業製品だというところ。長距離トラックの運転手やアメリカ陸軍は仕事柄、全ての食事が「製品」ということになる。見た目とカロリーがちぐはぐで混乱するだろうが、職業として理に適っている。

 さらに本書を面白くしているところは、「カロリー順」に並んでいる点だ。最初はケニアのマサイ族(800)、最後はイギリスの主婦(12300)で、前者はあまりの少なさに、後者はあまりの多さに愕然とする。「普通の人の普通の食事」って何だろうと思えてくる。世界の両端を見る思いがする。

 時折、著者の意図が透ける。わざとか知らずか、途上国の食に困る人と、先進国のダイエットに励む人が並んでしまう。象徴的なのは、ヨルダン川を隔てた西と東だ。パレスチナの運転手(3000)とエルサレムのユダヤ教の指導者(3100)が綺麗に隣り合う。どちらもパンと卵と乳製品、そしてボトル飲料を同じカロリーだけ摂る。どちらも同じ40代、家族想いで甘いものに目がない。

 カロリーの高低は、所得の高低と一致しないことも気づく。つまり、低所得者の摂るカロリーは、必ずしも低いわけではないのだ。むしろ逆で、所得が低い人のほうが、高カロリーの食事をしている例を多々見る。ネット越しの聞きかじりで知ってはいたが、具体的な「製品としての食」を目にすると説得力が増す。

 同じ著者の「地球家族」は、普通の家庭の家の中にあるもの全部出して撮ったもの、「地球の食卓」は一般的な一週間分の食材と食事風景が描かれている。共通して見えるのは、「普通」や「一般的」とは国によるということ。そして本書で分かるのは、「普通」とは境遇や職業、ライフスタイルにもよるということ。それが最も見えるのは、全ての国、文化、職業、生き方に共通している、「食べる」という行為なのだ。

 「食べることは生きること」が見えるスゴ本。

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