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伝染する物語「イリアス」

 「死ぬまでに読みたい」シリーズ。

イリアス上イリアス下

 世界最古の小説。紀元前750年頃に成立したという。もとは口伝で歌われた叙事詩だが、読みやすい散文調なっている。虚飾を廃した骨太な描写、淡々と語られる悲劇と栄光は、簡素な分、まっすぐ心の臓に届く。

 そして心震えた分、形容詞で肉付けしたくなる。エピソードとして切り出し、換骨奪胎・アレンジして語りたくなる。舞台や映画だけでなく、SFやオマージュの"元ネタ"として有名なのは、「私ならこうする」誘惑に満ち満ちているからだろう(ダン・シモンズの「イリアム」なんて典型)。「イリアス」は、翻案や改作で自己増殖を促す物語、つまり伝染(うつ)る物語なのだ

 ストーリーは、この上もなくシンプルだ。トロイア戦争十年目の戦闘が延々続く。ただしこの戦争、ゼウスをはじめ神々が介入してくるからややこしい。どの神が誰に肩入れして、どんな風に助力したか、微に入り細を穿つ。飛来する矢に息を吹きかけ落としたり、槍をホーミングさせて急所に中てるのは序の口。ひどいのになると人間に化けて前言撤回させたり、脳に直接語りかける。

 なんでそんな人間臭いことするんだろう、不審な目で読み進めるうちに、ハタと気づく。神による手出し口出しは、物語を飾る部分なんだ。つまり、今なら修飾語やレトリックに相当する部分を、神がとって代わるのだ。陳腐化する修飾様式は、物語を古びさせる。これを擬人化(擬神化?)することで、文体の桎梏から解き放っている。形容詞は腐りやすいと言われるが、「イリアス」は、神の御技に置き換えることで生き延びたのだ。

 同時に、代理戦争の異なる側面にも気づく。もちろん、ギリシア(アカイア勢)とトロイアとの戦争は、仲の悪い神々の代理戦争として説かれる。だが、神をダシに戦う理由にしていることも見逃せない。ヘレネー奪還のためという名分は、口実に過ぎぬ。政治衝突や経済的な摩擦が真因で、戦をおこす大義として、「神意」が伝説化されたのではないか―――こう考えると俄然面白くなる。

 その裏づけに、人の行動のいちいちが、神によって説明づけられる。侵略戦争であろうと「神の加護を得て来たのだから」と宣言し、判断誤りによる失敗も「神の仕業」と責任逃れする。"魔がさす"とはよく言ったもので、本書には、身心を凍らす神「潰走(ポポス)」と、その伴侶「恐慌(ピュザ)」が登場する。戦闘の帰趨を左右する状況そのものに、神の名が付いている。付くというより憑いてまわる。つまり、兵は恐慌をきたすのではなく、「ピュザの神に憑かれる」のだ。臆病風に吹かれるってやつ。何年たっても、人は変わらぬ。

 注意を要するのは、独特のスプラッタ描写になところ。柔らかい肉体にもぐりこむ、強靭な武器の挙動が的確&スロー再生なので、グロいシーンが非情なくらい分かりやすい。首の後ろから突かれた槍の穂先を噛みながら死ぬとか、巨石の直撃で兜の中に脳漿をぶちまけるところは、想像したくないが難くない。掻き出された臓腑を掴んで身の内へ戻そうとしながら絶命するとこなんて、思わず本を閉じた。

 微グロを除けばサクサクいける。ただ、「私ならこうする」誘惑に抗いながら読むのは大変かも。これは、伝染する物語なのだから。

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