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シンプルな人類史「スプーンと元素周期表」

 面白い本の探し方を教えよう。

 図書館限定だが、的中率は100パーセントだ(ソース俺)。面白いかそうでないかは、もちろん好みによる。読書経験やそのときの興味、コンディションによっても左右される。だが、誰かを夢中にさせた本なら、あなたを虜にするかもしれない。手に取る価値は充分にある。

 では、「誰かを夢中にさせた本」をどうやって見つけるか?書店の新刊と違って、図書館なら、ちゃんとその跡が残っている。

 それは、本の「背」。本のてっぺん(天)から背を眺めてみよう。少し斜めになっているはずだ。本を開くと、表紙に近いページが引っ張られ、背がひしゃげる。本を閉じると、引っ張られたページが戻ろうとする。つまり、一気に読まれた本の背は、ひしゃげたまま戻らなくなる。途中で放り出されたり、中断をくり返したなら、新刊本のように真っ直ぐなまま。

 試みに、ちょい昔のベストセラーを見るといい。気の毒なくらいひしゃげているはずだ。これは、沢山の人に一気に(最後のページまで)開かれた、という証拠なのだ。

 きっとあなたは、何がベストセラーとなっているかは(読まないまでも)知っているだろう。だから、知らないタイトルで、なおかつ背がひしゃげているならば、それは「あなたが知らないスゴ本」である可能性が高い。

 わたしが知らないスゴ本「スプーンと元素周期表」は、図書館で読まれまくっていた。そして、期待どおりスゴ本だった。

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 元素周期表といえば科学の粋、さぞかし高邁な啓蒙書と思いきや、180度ちがってた。生臭いネタ満載で、科学史というよりも人類史だ。食べ、呼吸し、大金を賭けては擦り、毒し、魅了し、戦争を引き起こし、詐欺や爆弾のネタになり、政治や歴史を変え、そして愛を生みだす―――それが元素周期表なのだ。

スプーンと元素周期表 人類の行いを周期表の枠から眺めてみるという、ユニークでエキサイティングな試みだ。科学はおまけにすぎない(だが、そのおまけも濃く熱く饒舌だ)。高校で周期表に悩まされたわたしは、喝采しながら一気読みだぞ。

 周期表は科学の成果であると同時に人の営みの結果になる。ノーベル賞を取った盗られたという話から、私たちが星くずであるわけ、トンデモサイエンス、ケイ素系生物の可能性、携帯電話とコンゴ紛争の深い関係、なぜコーラにメントスを落とすと噴き出すのか―――どれを読んでも、どこから読んでも、どこまで読んでも、深く楽しく新しい。

 トピックの面白さもさることながら、読みやすくしているのは、絶妙な比喩。これは著者のセンスが輝いている。たとえば、極低温で電気抵抗がゼロになる伝導体は、iPodを極低温まで冷やしたら、どれだけ長く再生してもバッテリーが減らないと説明する。あるいはレーザー冷却の件では、「ゴーストバスターズよろしくビームを何本か交差させ、『光の糖蜜』と呼ばれるわなを仕掛ける」なんてマシュマロマンを思い出して笑ってしまう(古いか)。

 その一方、メタファーの危険にも釘を刺す。「電子とは硬い芯の周りを飛び回る針の頭」というイメージで説明したあと、類推の行き過ぎをたしなめる。おきまりの、「太陽の周りを回る惑星」というイメージが、沢山の科学者に苦い思いをさせたことを警告する。まさに惑星と太陽の喩えで分かった気になってたわたしは、永年の謎がようやく腑に落ちた。

 「惑星と太陽」なら、電子の"軌道"から原子核までスカスカでしょ?でも物質はもっと硬く、密になっている。その惑星にとっての"一年"をかけて周回するのなら、電子をかわして核に到達するのは難しくないんじゃない?―――わたしの稚拙な思い込みに、著者はこう説明する。

電子は、原子のコンパクトな芯───核───の周りを渦巻く雲のように、原子の事実上のほとんどの空間を占めている。核を構成する陽子と中性子のほうが個々の電子よりはるかに大きいのにそうなのだ。原子をスポーツスタジアムほどに膨らませたとしても、陽子をたくさん持つ核さえフィールド中央に置かれたテニスボールほとの大きさにすぎず、電子にいたっては周囲を飛び回る針の頭ほどでしかない───だが、飛び回るのがあまりに速く、毎秒数え切れないほど何度もあなたに当たるので、あなたはスタジアムに入れないだろう。針の頭どころか固い壁のように感じるはずだ。そのため、原子どうしがぶつかっても、中の核は口を出さず、電子だけが反応にかかわる。
 わたしの沢山の無知も、確認できてありがたい。イタイイタイ病の原因がカドミウムなのは知ってたが、その名は神岡鉱山に由来することを教わったし、窒素がなぜ窒素と呼ばれているのか、恥ずかしながら初めて分かった。窒息の「窒」から取られていたんだね。

 窒素の列の元素は「ニクトゲン」と呼ばれ、語源は「窒息」や「絞殺」を意味するギリシャ語になる。窒素は臭いも色もなく、吸ったり吐いたりも簡単で、身体を「優しく落とす」そうな。NASAの(爆発でないほうの)死亡事故を紹介しつつ、人体のセキュリティシステムを解説する。なんと、人の体は「酸素があるか」をチェックしないんだって。何かの気体を吸って、二酸化炭素を吐き出していれば「問題なし」なんだって。精妙な最適化か絶妙な手抜きかはともかく、人の体は面白いね。

 なじみの薄い元素「コルタン」については、ルワンダ虐殺の関係から語られる。毒殺者御用達の「タリウム」は、連続殺人犯グレアム・フレデリック・ヤングの話になる。「ポロニウム」はもちろん、元KGB幹部が食べたポロニウム入り寿司のエピソードだ(これは知ってた)。戦争に欠かせない元素や、虐殺を引き起こした元素という観点から、周期表は科学の成果だけでなく、人間の残虐な本能にも訴えうることを証明しているという。

 言いたいことは分かるが、元素のせいにするには擬人化が激しすぎるかと。元素は戦争も虐殺も関係ない、ただそこに有るだけ。しかし、そこに価値を見いだし、奪い合い、殺し合うのは人間なのだ。元素にドラマがあるのではなく、元素をドラマティックにしているのは、ほかならぬ人間なのだ。

 無味乾燥な元素周期表が、生々しく見えてくる一冊。

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コメント

こんにちは。
この本、おもしろそうですね!
Dainさんの紹介文もそそられます。
久しぶりに仕事の帰りに図書館に行きたくなりました。

本エントリとはあまり関係ありませんが
原子の本といえば『もしも原子が見えたなら』という絵本が自分の中では結構イケてます。
5歳の娘がこれ読んで粒子概念の基本を理解したみたいで、まるでブロックで遊ぶように分子模型を作って遊んでます。
ちょっと意地悪して、作った二酸化炭素のモデルから酸素原子を一個とって「これ何だ?」と聞いたら
「一酸化炭素でしょ」と答えられてビックリです。

投稿: Y | 2012.03.26 13:35

>>Y さん

オススメありがとうございます、「面白そう&子どもと一緒に読もう」という魂胆で、手にしてみようかと。

「スプーンと元素周期表」は面白いです。
人類の営みをふりかえるとき、(ふつう)時間軸という尺度に頼ります。そのため、「過去から現在への発展」という観念にとらわれがちです。これを壊したのが元素周期表から見た人類史―――つまり本書なのです。周期表の族(縦列)が近いものは、性質が近い。だから、その物質と人類の"つきあい方"も似てくる…という発想なのです。

投稿: Dain | 2012.03.27 00:41

>なじみの薄い元素「コルタン」
聞いたことなかったので調べてみたら元素ではなくて、鉱石の名前のようです

投稿: kartis56 | 2012.03.28 22:01

>>kartis56さん

ご指摘ありがとうございます、タンタル(Ta)石のことみたいですね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%AB

投稿: Dain | 2012.03.28 22:30

また来ました。
本日「スプーンと元素周期表」手元にやってきました。
今から楽しみです。
最新のエントリの「白鯨」も気になります。
一つずつ…の予定。

投稿: Y | 2012.03.30 23:17

>>Yさん

思うところあって、「死ぬまでに読みたい本」を続々消化中です(近々死ぬつもりはありませんが)。ゆっくり確認いただければ幸いです。

投稿: Dain | 2012.04.01 20:51

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