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"よい戦争"とは何か「戦争の経済学」

戦争の経済学 「戦争は割に合わない、儲けはドルだが、損は人命で数えるから」というセリフがある。だが、戦争を「プロジェクト」として捉えたら、どのように"数える"ことができるか。

 この問いに、本書は二つの読み方で応えている。一つは戦争に焦点をあて、これについて考える枠組みとして、経済理論を適用した読み。もう一つは、ミクロ・マクロ経済入門を説明するために、戦争をダシにした本として。どちらの側面からでも、「面白く」といったら不謹慎だから「興味深く」学ぶことができる。

 戦争で失われた人命の価値をカウントするため、保険支払いのための人命価値計算を持ってくる。ご丁寧にインフレ補正のために消費者物価指数(CPI)まで用いているところがミソ。式はこうなる。

  戦争時点の1人の人命価値
  = 2000年の1人の人命価値×(戦争年のCPI/2000年のCPI)

 「命に値段をつけるなんて!」と反応するのも結構だが、結構な値がついている(2000年時点で、米国の男性労働者は750万ドル)。これを"コスト"としてみるならば、決定者に戦争をためらわせる根拠にもなりうる。もっと悪い(良い?)ことに、この"コスト"より安価なロボット兵の大量生産に踏み切らせる動機にもなりうる(→現実はSFよりもSFだ「ロボット兵の戦争」)。

 経済学の教科書のトピックを"戦争"にあてはめると、突如イキイキとしてくる。例えば、ゲームツリーを用いて、テロリズムの選択モデルを分析するくだりは、(そのインセンティブの多寡はともかく)非常にありえそうだ。もちろん「自爆テロに合理性はあるか?」と、そもそも論に走ることもできるが、宗教観や異文化理解に流れるだろう。だが、もし自爆テロの合理性を考えるならば、どう説明できるかというアプローチに、経済学は役に立つ。

 「戦争=絶対悪」として捉える限り、本書を読むのは難しいかもしれない。だが、同じ場所で議論するためのツールとして、経済学を使うことはできる。人命や国土の荒廃といったセンシティブな要素は、付け加えるパラメータを何にするか、どの程度の価値と見なすかという形でまな板に乗せるのだ。

 巻末に、訳者・山形浩生氏が「プロジェクトとしての戦争」として、「日清戦争」の収支や、「自衛隊のイラク派兵」の便益を計算している。もちろん"進出権"だの"プレゼンス"は損得勘定にそぐわないかもしれないが、それでも、「元をとる」のは大変なことがよく分かる。

 では、経済の観点で「よい戦争」というものがあるだろうか? 著者は、第一次・二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争の個々のケーススタディを用い、以下の結論をはじき出す。戦争が経済的に有益なのは、以下の条件がそろったときだ。

  1. その国が戦争前に低い経済成長で遊休リソースがたくさんあるとき
  2. 戦時中に巨額の政府支出が続くとき
  3. 自国が戦場にならず、期間が短く、節度を持った資金調達が行われているとき
 条件がそろったからといって開戦するような輩はいないだろうが、それでもシビアすぎる。第一次・二次大戦の米国がたまたま合致していたにすぎぬ。そして、(経済の観点から)有益でない戦争を続けてきたのが、今の合衆国なのかも。たしかに戦争は、きわめて巨大な公共投資でありうるが、ありがちな「戦争はカネになる」論で事足れりとしないために。

 次はハルバースタム「ベスト&ブライテスト」か、タックマン「八月の砲声」に取り掛かろう。次回のスゴ本オフ「戦争編」までに、どこまで読めるか。

―――メモ : 誤りがいくつかあった(初版1刷)。

 p.198の末尾
  上の標本調査に基づいている。この調査に寄れば、7割の軍人世帯は…
  →「この調査に因れば」が正しい

 p.225中ほど
  でも限界収入は10億ドルにしかならない。表5・1はこれを…
  →「表5・2」が正しい

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コメント

戦争は外交の一種で政治の分野。
金銭では無く、政略の中の勝利条件を明確にして双方の被害を最小にするのがベスト。

多くの場合が資源や敵の政治経済機構の破壊になるから金銭で測るのも間違っていないとは思うが。

世界大戦恐怖症なのは判るが、善対悪の形にするとやめ時が難しくなるので、戦争はもっとドライにやるべきだと思う。

投稿: | 2012.01.25 19:16

>>名無しさん@2012.01.25 19:16

コメントありがとうございます。
次回のオフ会のテーマが「戦争」のため、戦争関連の本を中心にしています。そこで気をつけているのは、「なぜ」ではなく、「どのように」です。戦争は外交の一手段ですが、誰も好き好んで始めません。それでも、戦争に到ることがあります。

そこで、戦争の理由(なぜ)からたどろうとすると、経済とか同盟とか民族自決の話が出てきます。それはそれで間違ってはいないですが、唯一の理由は無いだろうし、どれが「主な理由」かになると、拠って立つところによって変わります(対戦国や主義主張によって正反対になるでしょう)。戦争を「善悪」で測るときに、「なぜ戦争をしたのか?」は便利なフレーズになります。

しかし、戦争の方法(どのように)からアプローチするならば、より客観的な(計量的な/計測可能な)分析ができるのじゃないかなー、と予想しています。どのように戦争準備が進められ、どのように世論が誘導され、どうやって外交がそちら側へ倒れていったか……そして、その中に戦争回避の手立てはあります、無数なほど。

「戦争の経済学」は、この「どのように」から観察することで、戦争回避の方向に倒しやすくなる判断材料を示してくれる本だと考えます。


投稿: Dain | 2012.01.28 10:48

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