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音楽と快楽のあいだ「響きの科楽」

 ずっと不思議だった疑問、「なぜこの曲に心が震えるのか」。

響きの科楽 その謎が、ようやく解けて感動してる。しかも、分かったからといって、その曲への愛着が薄れるどころか、いっそう(狂おしいほど)増している。音楽について新しい耳をもたらしてくれる、嬉しいスゴ本。

 音楽は音から成り、音とは振動のこと。振動が音になるしくみは糸電話で子どもに説明できる。だが、音楽の音と、雑音の音の違いは何か、いつ音は音楽になるのか、そして、なぜ音楽を聴くと心が揺さぶられるのか……音楽家でもあり物理学者でもある著者は、科学的に解き明かす。同時に、音楽を「芸術」という枠に押し込めていた思い込みを砕いてくれる。音楽は物理学を基盤とした工学であり、論理学に則った芸術なのだ。

 まず、本書でいちばん嬉しかった部分―――「なぜこの曲に震えるのか」を振り返る。音楽が感情を揺さぶるのは、転調に秘密があるという。音階が上がっていくにつれ、その調の最後の部分に「もうすぐ到達」するような感覚が与えられる。「もうすぐ到達」の音がメロディやハーモニーに現れると、到達したいという欲求が生じるため、聴き手は、次の音が主音になるはずだと感じる。

 そう期待させておいて、最後を主音に帰着させると、聴衆を満足させることができる。いっぽう、欲求を喚起させておいて、転調することでいったん裏切り、じらして、満たすことで、より一層気持ちよくなる。フレーズの連なりで期待と満足をゆききするのが、音楽の快楽の源泉なんだと。

 試みに、「サンボマスターは君に語りかける」を、フレーズ最終音だけに集中して聴く。すると、期待を裏切る音に入るとき、必ず転調していることに気づく。同時にそのとき、スウィングしてる感覚がある。swingは色々な意味があるが、わたしの解釈だと、"フェイント"に近い。ドリブルで右へ行くと見せかけて左とか、スプラッシュマウンテンで落下が始まって、気持ちが0.1秒くらい上に残っているような感覚。意識が肉離れしたような感じ。

 いったん仕掛けが分かると、あとはサルのオナニー。最終音が主音になるか、期待と裏切りを意識するだけで、ものすごく気持ち良い。ただ、転調しまくると曲についてゆけず、気持ち酔い状態になることも分かった。同時に、ずーっと不思議だったベートーベンの交響曲第5番の謎が解けた。有名な冒頭の「ダダダダーン」よりも、第3楽章が大好きなのは、ハ長調への転調にゾクゾクしてたんやね。

 次に、ハーモニーの気持ちよさも「カラダで」だけでなく「リクツで」分かって嬉しい。同じ周波数の倍数が増幅して響いていたんだね。また、どの周波数を弦に割り当てるかといった考察は、平均律を探る歴史をひも解くことになる。わたしの知識はピタゴラスどまりだったが、本書のおかげでようやく乗り越えられた。周波数の比が単純な数であることと、そのハーモニーが"美しく響く"ことは別物なんやね。

 その延長で、驚くべき事実を知った。わたしがモーツアルトの音楽を聴くとき、彼が意図していたよりも、半音高い音で聴いているのだ。なぜなら、モーツァルトが使用していた音叉は、1939年に決定された標準的なピッチと異なっているから。現代の「A」(ラ)は、モーツアルトなら「少し外れたBフラット」(シ♭)と呼ぶはずだという。モーツァルトの譜面どおりに演奏するべきか、それを書いたとき、彼の頭で聞こえていた通りにするべきか……悩ましい問題であるいっぽう、「モーツアルトの意図した通りに再現してみました」という企画は人気を呼びそう。

 ひょっとすると、わたしが無知なだけかもしれない。このモーツァルトの話は常識レベルで、主音と調、ピッチと和音の関係のように、音楽好きには「あたりまえ」かも。そんな方の意見をぜひ聞いてみたいのが、「転調を検索できるか?」―――こんな仕掛けだ。

  1. 曲名を入れると、その曲の転調のパターンを調べる
  2. 得られた転調のパターンに似た、別の曲を探してくる

 同じジャンルなら、おそらく「聴いたことがある」曲調になるだろうが、ポップからクラッシック、ロックからジャズと跨ると、懐かしいのに新しい曲に出会えるのではないだろうか?「わたしが知らないスゴ曲は、きっとあなたが聴いている」を実現できないだろうか?

 音楽と快楽の間には、転調のパターンが存在する。曲と転調パターンのマッチングサービスがあるならば、銭金出しても問うてみたい。だって、聴いていないマイベストが得られるんだぜ!?

 鼻息の荒いわたしに嫁さん曰く、「それは無理」。そしてエレクトーンでドラクエのテーマを弾いてみせる。なにゆえドラクエ?いぶかしむわたしをヨソに、主音を変えて、やっぱりドラクエを弾く。音が上がっても、やっぱりドラクエに聴こえる。「調とは音の組み合わせだから、どの調にするかは、演奏者に委ねられている。結果、"どのドラクエ"も弾けてしまう」と。なるほど……でも、"マイケルが歌ったBAD"は既にあるから、後は解析するだけじゃね?と返すと、「その労力はとーーっても大変、Googleじゃあるまいし…」とのこと。

 Googleセンセが「本」を解析してレコメンドするサービスを画策しているらしいが、絞込みの精度のチューニングがかなり必要だろう。でも「音」なら、転調パターンという単純だが大量の情報を漉しさえすれば、あとは独壇場となる……さてこのアイディア、コロンブスの卵か、車輪の再発明か。

 ほかにも、「ハ長調は純粋」「変ホ長調はロマンティック」といった調と情緒の神話を暴いたり、楽器を2倍にしても音が2倍に聞こえない脳の仕組みを紹介したり、目からウロコ、いや耳から栓を吹き飛ばすようなネタが、ユーモアたっぷりに紹介されている。

 クラッシックからヘビメタまで、根本的なところで音楽を理解する一冊。

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コメント

「近親調を用いた楽曲クラスタリングシステムの構築に向けて」http://www.ieice.org/~de/DEWS/DEWS2007/pdf/d3-3.pdf

「ポピュラー音楽クラスタリングのための近親調を用いたコード進行類似度の提案」http://ci.nii.ac.jp/naid/110006293096

等が、ご期待のマッチングサービスに少し近いかな、と思いました。

投稿: asm | 2011.08.26 15:40

>>asmさん

まさにこれ!!同じ発想です。
力技で譜面や楽曲をゴリゴリ読み込ませて、未聴のマイベストを提供するサービス……やはり、Googleあたりがやりそうですね。
情報感謝です。

投稿: Dain | 2011.08.27 07:10

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