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自分を疑う深い穴「春にして君を離れ」

 「自分を疑う」これが最も難しい。

春にして君を離れ 誰かの矛盾を突くのは簡単だし、新聞などの不備を指摘するのは易しい。科学的説明の怪しさを探すのは得意だし、だいたい『言葉』や『記憶』こそあやふやなもの。しかし、そんなわたしが最も疑わない―――あらゆるものを疑いつくした後、最後に疑うもの―――それは、自分自身。わたしは、自分を疑い始めるのが怖くて、家族や仕事に注意を向けて気を紛らわしているのかもしれない。自己正当化の罠。

 では、こうした日常の諸々から離れたところに放り出されたら? たとえば旅先で交通手段を失い、宙吊りされた場所に居続けたら? 読む本も話し相手もいないところで、ひたすら自分と向き合うことを余儀なくされる。最初は、直近の出来事を思い出し、何気ないひとことに込められた真の意味を吟味しはじめる。それは次第に過去へ過去へとさかのぼり、ついに自己満足そのものに及ぶ。

 クリスティーにしては異色作、誰も死なないし、犯人もいない。中年の女性の旅先での数日間が、一人称で描かれる。しかし、暴かれるものはおぞましい。読み手はきっと自分になぞらえることだろう。

 「いろいろあったが、自分の人生はうまくいっている」「それは全く、自分のおかげ」「わたしこそ良妻賢母の鑑だ」「あいつのような惨めな境遇ではない」「あいつがああなったのは、自業自得だ」「夫のダメな部分はわたしが正してやらないと」「いつだって子どものことを考えてきた」───こうやって書くから、読み手はこの中年女の"自己中心"が見える。しかし、それは"ほんとう"なのだろうか? 疑いはじめるとキリがない。自分の人生が蜃気楼のようなものだったことに気づく恐ろしい瞬間が待っている。

 自己欺瞞がもたらす帰結を想像したが、それを裏切るラストだった。これは、イヤ~な最後やね。ある意味、幸福な生涯なのかもしれない。オススメいただいたのは、有村さん。ありがとうございます、自分に映して読んでかなり痛い思いをしました(そして、目を逸らすことにも成功しましたw)。

 「自分を疑う」のもほどほどに。


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コメント

紹介されている本は読んでいないのですが、感想を読んで思い出した本がありました。
おそらく紹介の本とは全く異なっているのかもしれませんが

戸田誠二さんの "説得ゲーム"

こちらは人が生きる理由とはと言う所をかなりエグくそしてソフトに描いている漫画です。
中は短編集で、表題の説得ゲームもおススメですが、最初のキオリって短編も良いです。

近未来、飛び降り自殺をした少女の脳だけを生かし続ける事に挑戦する研究チームの青年が脳だけの少女を通して自分を見つめ直すと言う話。
おススメです。

投稿: 浮雲屋 | 2011.03.21 02:20

>>浮雲屋さん

おおー、「説得ゲーム」ですか、面白そう。
いわゆる「折伏」がテーマなのでしょうか…
「春にして」は自分で自分に気づいてしまう話なので、ちと違うかもしれませんが、読みます。

投稿: Dain | 2011.03.21 08:43

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