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一筆書の人生「わたしは英国王に給仕した」

 給仕見習いから百万長者に出世した波瀾の人生を、いっきに語りおろす。

わたしは英国王に給仕した 各章の冒頭は、「これからする話を聞いてほしいんだ」から始まり、エピソードてんこ盛りでオチ・サゲ・目玉を詰め込んでいる。解説のいう「ビアホールの詩学」はぴったりやね。居酒屋で知り合ったオッサンが、半分自慢、半分法螺の過去話を開陳する。語りの上手さ、映画的展開、ちょっとの(かなりの?)エロスと、狂気と、死。居酒屋小説なるものがあるならば、まさに本書が適当だ。ナチス占領下のチェコの狂気が、狂気に見えないのは、語り手の吹き加減が上手いから?

 想像の視覚を刺激するようなうつくしいシーンが、ふんだんにある。「裸にした女性を寝かせ、その肢体を花で飾る」とか、「若い娘のおしりをひろげて、子供のようにはしゃぐ老人」なんて、読んでるこっちがまざりたくなる。女というものはどこもかしこも愛らしい・美しいものだが、作者は(主人公は)特にお尻が気になるようだ。女の最もうつくしい場所は、お尻だということが、随所の表現に見て取れる。「分かってるな、コイツ」思わずニンマリ握手したくなるね。

 とりわけ気に入ったのは、窓から捨てられたシャツが落下の際、バッと十文字に広がった一瞬をとらえたもの。旅行客が汚れた下着やシャツをホテルの窓から捨てる。その瞬間を待ち構え、つかみとって、洗って干して乾かして、売るのだ。シャツが輝くヒコーキのように見える。

それは姿を現して一飛行を停止したかと思うと、下に落ちてしまう。水の中に落ちてしまうものもある。それをおばあさんは集め、かぎの手でたぐりよせるのだ。わたしはおばあさんが深みに落ちないように足を押さえていなければならなかった。投げ捨てられたシャツが交差点の警官やキリストのようにさっと手を広げることもあった。ほんの一瞬、空中でシャツが十字架にかけられたかのようにパッと開いたかと思うと、すぐさま水車の木枠や水かきに落下する。

 ただ、毎夜毎晩、語り続けるような一本調子であることも事実。構成の妙とか伏線なんていくらでも仕掛けられたのに、あんまり見当たらない。後半に一つ気づいたのが、自分が大切に育んだある場所を失うシーン。亡失の悲しみよりも、その大切な場所を覚えてくれる人のことを考えて慰めるを見出すのだが、出だしの類似エピソードと見事にシメントリカルな構成となっている。

 ちょっとヒネって欲しいなぁというのは、無いものねだりか。そういや本書じたい、わずかな期間で一気に書かれたと解説されていたし。彼の、駆け上がるようで墜落するような人生は、池澤夏樹評によると、「エレベーターのような人生」になる。だが、紆余曲折もグロテスクな栄光もあるのだから、一筆書の人生というべきだろう。

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