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「エロティック・ジャポン」はスゴ本

 エロスは生きるチカラだ、皮膚感覚で思い知る。

エロティック・ジャポン 自分を見ることはむずかしい。鏡なしでは自分を見ることすらできないし、その像は反転している。「他人から見た自分」を見るためには、最低2枚必要だ。どんなにレンズが歪んでいても、カメラや他者の目があれば、自分が「どう見られているか」を知ることは可能だ。これを「日本人のエロス」でとことんヤったのが、本書。

 「趣味はエロス」というわたしだが、本書には大いに教えられる。単純にわたしの精進が足りないのか、それとも著者のフランス女が半端じゃないのか、分からぬ。徹底的に、全面的に、過激に貪婪に、日本人のエロスを詳らかにする。もちろん、「俺はそんなことしない」「それは普通の日本人じゃない」とか弁明するのは可能だ。

 だが、普通ってなに?どんなに異様で異常だろうと、それを追求・志向する人が居るのは、日本そして日本人なのだ。そいういう特殊もひっくるめて普遍化しているのが、日本なのだろう。カレーから宇宙船まで、なんでも取り込み自家ヤクロウにする。ケモノレベルのエロスから、高度文明化した情動まで、想像力の尽き果てるまで許し許される。わたしはこの大らかさが好きだ。目ぇにクジラ立てるよりも、まぁまぁなぁなぁゆるめなトコが大好きなのだ。残念ながら昨今の情勢では、堂堂エロスを語れない。外のレンズを通してでしか、日本のエロスを語れないのは残念だが、本書が刊行されるだけのウツワは残っていると信じたい。

 「普通」ってなんだろう?次々と現れるニッポンのセックス業(ごう、と読むべし)を眺めていると、境目が見えない。むしろ「ブルセラショップ」や「うろつき童子」は、メジャーなジャンルだろう。だが、「ライクラ・コスプレ」や、「ラブドール・デリバリー」は、ひとつの極北か、未来の冗談に見える。google 画像でダメージ食わないよう急いで説明すると、前者は伸縮自在のスーツを全身に被ったプレイで、後者は精巧に作られたラブドールの宅配レンタルの話だ。いくらエロスが得手でも限度がある。

 しかし、著者は違うと主張する。日本人は、変身願望があるという。仏教伝来このかた、日本の文化はエゴを拒否するようになったという。西洋的な問いかけ「私とは何か」ではなく、「どうしたら私は私以外のものになれるのか」という解脱への問いかけがなされてきたのだと。そして、その証拠として遊戯王やらセーラームーンを出してくる!ある日突然、別次元で活躍するヒー
ロー・ヒロインに託す日本人の熱意は、現実以外に別世界があり、魂の転生で到達するという集団的幻想の現われなのだと。さらに、ライクラ着ぐるみとは、男が女に変身するだけではないという。実際には「女」になるのではなく、「アニメの女の子」になる、即ち、性を越境しているのではなく、現実をも越境しているのだと。藤崎詩織になりたいかどうかはともかく、「いま」「ここ」の自分ではない存在には、あくがれるね。

 人形についても同様で、日本人は人形について、「イノセントな感じ」を求めるという。著者は、リカちゃん人形とバーニーを比較する。リカちゃんはモデルチェンジの度に、ネオテニー(幼児成熟)な原則に基づいて、赤ちゃんっぽい外見が強調されていったことを指摘する。源氏物語、更級日記、梁塵秘抄までを持ち出して、「日本人は昔から未成熟な少女が大好きでした」と断言する。未完成な女の象徴や、つかの間の純真さを大切にしてきたのだと。

 さらに、深田恭子や浜崎あゆみといったアイドルの身体的特徴に着目する。バンビのような子供の肉体、大きな瞳、小さな顎とX脚の持ち主の幼児的な記号こそが、日本の求める美に合致する。無垢で、従順で、フォーマット化された理想の恋人なのだと。

 いっぽう、日本の男性は、自分自身にあまり自信を持っていないんだって。だからこそ、無垢で、従順で、フォーマット化された(ように見える)恋人を求めるのだと。この事情は女の子も理解しており、「やさしくしてね」などと男性のプライドをくすぐるように、カワイく、イノセントに振舞うことが大切だと心得ている。要するに、自信を失った男に華を持たせるようにアプローチする女、という構図がニッポンのセックスの基本なのだ。

 いいや、それはおかしい。フランスという異国から見た歪んだ日本人像だ、と反論することもできる。針を棒に、棒をロケットに写したいびつなレンズなのだと。確かにそうかもしれないが、吉田良や四谷シモンの球体関節人形偏愛を見ていると、(大きさはともかく)同じ針は確かにわたしにもある。どこまでも従順な存在に倒錯した感情を抱くのはおかしいのかな、ふつうだろ?と思えてくる。相手の自由を失わせ、自分が望むがままに振舞い、かつ、相手に奉仕する。人形クリエーターの菅原史嵩が人形作りの秘訣をこう述べている。

人形は微笑んではいけないのです。人形の顔は、持ち主たちがそれぞれのファンタスムを投影できるように、放心した様子でなければならないのです。また、われわれの夢を写す鏡として、いかなる自己主張もしてはならないのです。
ジェローム神父 ほぼ全ページに掲載される、豊潤な画像もわたし「好み」を視覚化してくれる。会田誠は「ジェローム神父」でガツンと犯られたが、本書では「切腹女子高生」という最高にクレイジーなグラフィティが紹介されている。ロリ自虐やね。さらに、日本人の触手好きの原型は、葛西北斎「喜能会之故真通」の「蛸と海女」[google画像検索:蛸と海女]にあると喝破されたり。目ウロコではなく、違うところにまぶたがあったことに気づくとともに、ほぼ強制的に開かされた。わたしには、こんな「好み」があったなんて。エロスのために生きているといよりも、エロスによりわたしが生かされているのだ。これが肌で分かった所以。

 かなり限定されたトピックで語ったが、本書にはありとあらゆる日本のエロスに満ち溢れている。したがって、わたしの例があなたの「うへぇ」であったとしても、あなたのピタリが必ず見つかる、かならず。それほど日本人のエロスは幅広で、あなたは(わたしも)多様なのだ。なぜなら、エロスとは、偏愛なのだから。

 あなたが抱いたエロスこそが、ジャパニーズ・エロスそのものなのだから。

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コメント

週刊文春にちらっと載っていて、気になってたけど、おもしろそうですね。

しかしサドの本も気になるなぁ…

投稿: そふ | 2011.02.07 11:21

>>そふさん

強烈度でいうなら、「ジェローム神父」がイチオシです。なんたって、サド+澁澤龍彦+会田誠ですもの。ただし劇物ですので、お取り扱いにはくれぐれもご注意ください。

投稿: Dain | 2011.02.08 07:18

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