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さわれる数学「ベッドルームで群論を」

ベッドルームで群論を もちろん数学は役に立つ。男女和合でイきそうなとき、素数を数えて落ち着くのだ。とある神父に教わった技だが、わたしに勇気を与えてくれる。

 「ベッドルームで群論を」だから、艶っぽい話を期待したらご勘弁。これは、眠れぬ夜に羊を数える代わりに、マットレスをひっくり返す黄金律を探すネタなのだから。命題はこうだ「マットレスを一定の操作でひっくり返し、マットレスがとりうるすべての配置を順繰りに実現する方法はあるのか?」。長いこと使っているとヘタってくるので、定期的にひっくり返す必要があるのだ。マットレスはごく普通のもので、長方形の、ちょうど単行本のような形だ。本書をマットレスに見立てて、タテに回したり、ヨコにひっくり返したのは、わたしだけではないだろう。

 著者はマットレスを飛行機に見立てて、ピッチ、ロール、ヨーの回転を定義づけている。左右を軸とした回転(pitch)、前後を軸とした回転(roll)、上下を軸とした回転(yaw)の3種類だ。「マットレスをひっくり返す」とは、結局のところ、この3つの操作と、「何もしない」を組み合わせることに他ならないと見抜く。さらに、回転の組み合わせにより、別の回転と一致することも思いつく(たとえば、「ピッチ」+「ヨー」→「ロール」とか、「ピッチ」+「ピッチ」→「何もしない」)。ここまで一般化すると、群論(ここではクラインの四元群)が登場する。あの「クラインの壺」のクラインだ。

―――こんなカンジで連れて行かれる。クラインの四元群とは、「巡回群でない位数が最小の群」なのだが、ベッドルームで言うなら「マットレス返しの黄金律は無い」となる。エレガントなのかエロティックなのか分からないが、自分の目と手で確かめながらアプローチできるのは愉しい。

 日常の、ちょっとした疑問をとりあげて、あれこれいじり回し、さまざまな分野から問題に迫る。歯車のギア比から始まった話題に、いつのまにか素数とフィボナッチ数が登場し、西暦2000年問題、ついには西暦10000年問題へリレーしてゆく手際は、鮮やかだ。今までの(科学の)啓蒙書と毛色が違うのは、解よりも解決法に力点があるところ。アメリカ合衆国の分水嶺を見つけるために大洪水をシミュレートしたり、シンプルな数学の問題(NP完全)にわざわざ物理系のモデルに対応させて理解しようと試みる。結論よりも試行錯誤が好きなのだな、と思わせる。

 著者のユニークなのは、正解云々ではなく、着眼点と発想の自由度だ。たとえば、「ランダムとは資源だ」や、「貧富はシミュレートできる」という視点から出発する。そして、完全な無作為は可能かをコンピュータで追試したり、閉じた系にて「完全自由市場」なるものをモデリングする。もちろん両者の仮説は不備がある。「完全な無作為」なんて有限の時間で確かめようがないし、完全に自由な取引の行き着く先は、経済の死になる。

 しかし、壁にぶつかったとき、仮説は否定されるのではなく、修正されるのだ。ランダムの定義に立ち戻ったり、経済の世界に物理学のアイディアを持ち込む。そうした発想が生まれるのは、著者がそれだけ「引き出し」を沢山もっているから。セオリー通りにしか考えられない(そしてセオリーに沿うよう統計をこじつける)学者さまよりも、よっぽど自由なのは、こうした発言からもうかがえる。

経済モデルから得られた結果を実際の経済統計に一致させようとがんばるよりも、むしろ、実社会の経済活動を細かく見ていって実際にこういった経済モデルの基本的なメカニズムが働いている兆候が見られるかどうかを調べる

 「答え」を求める探求というよりも、近似に漸近する探究に近い。だから、答えそのものよりも、アプローチから得られる教訓のほうが意義深い。

 たとえば、4文字のDNAのアルファベットで書かれた文を、20文字あるタンパク質のテキストに翻訳する「遺伝暗号」を解く小史を振り返る。答えは、「自然は、最適化してない」。だが、進化論を類語反復する学者は、「自然淘汰は最良の解を見つけ出すに違いない」と血道をあげる。著者はそうした思い込みを、バッサリこう言う「人は、自分が思いついたことの美しさに、いともたやすくたらしこまれるが、自然はこういった美に関する助言を無視することが多い」―――カエサルの言「人は、見たいと欲する現実しか見ていない」やね。

 また、「戦争予報」なる研究も同じことが言える。「さまざまな国の軍事費を継続的に観察するだけで、まるで天気予報のように、戦争を予報できることになるのでは?」という疑問から出発し、軍備の増強と戦争勃発とのモデリングを調べ始める。この観点では失敗するのだが、言語、経済指標、国家形態を駆使して、戦争への統計的なアプローチを試みる。

 もちろん、因果が逆転しているのかもしれない。軍拡するから戦争が起きるのではなく、戦争のために軍拡したから、そうした統計になるのだといえる。戦争にはひとつとして同じものがないのだから。しかし、何十年、何百年と時間の幅を広げると、その戦争に固有の理由や状況はすべて平均化されることを指摘する。著者は、交通事故のアナロジーで説明する。事故の原因は、居眠りだとか道路が凍っていたとか種々雑多だが、事故の総件数はかなり正確に予測できる。同様に、戦争は歴史の流れにはまるで影響されない統計パターンだけがしつこく残るというのだ。この考えを突き詰めると、「虐殺器官」までイケルかもとワクワクする。

 そして、ある程度、戦争との相関が認められたのは、「宗教」なんだそうな。宗教が同じ国よりも、宗教が異なる国のほうが戦争になる可能性が高いらしく、さらに、概して好戦的な宗派があるらしいという。その宗教は、ほのめかされる程度だが、今アナタが思い浮かべたのが正解だ。

 最初は身近な例から始め、仮説・検証・再モデリングの手つきは鮮やか。さらに、一般的な手法のみならず、畑違いからのアプローチからトンでもないところまでもって行かれる。この「触れるサイエンス」と「連れて行かれ感」で、ついついページが進む。眠れぬ夜のお供に開いたのに、どんどん読み耽ってしまう。

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