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ノスタルジックな未来「本は、これから」

 電子書籍(機)狂乱は、次世代ゲーム機乱舞と被ってみえる。

本は、これから 10年20年で見るならば、今回のアップルは、pipin@よりも良いやつを売り出したな、という程度に過ぎない。スーファミやWiiぐらいに普及するどころか、DOSV並にコモディティになるといいな、と思っている(が、いかんせんランニングコストが泣ける)。

 電子書籍(機)のライバルは、ユーザの時間を奪い合うことになるGAMEだったりSNSだったりするのでは……と思うのだが、「紙の本」を目ノ仇にして危機感あおる祭り屋マジかっこいい。そういう扇動を真に受けた人、流す人、商売を考える人それぞれが、この一冊に集まっている。

 ただ、編者である池澤夏樹の影響もあるのだが、業界の中でも「書き手」に偏っている。佐々木 俊尚や小飼弾がいない時点で「色気」づいているね。これは、一般読者よりもむしろ、出版業界の中の人へのエールなのかもしれない。編集者や作り手の意見も聞きたかったのだが、本書の焦点がボけてしまう。この本の焦点はただ一つ、「それでも本は残る」に集約される。本には体積と重量があり、デジタル化で重さを喪失した「知」はネットによって薄まる一方だという。

 そして電子ブックは一つの段階にすぎないのだと。Google の試みをアレクサンドリア図書館になぞらえたり(紀田順一郎)、ボルヘス的な妄想の現実化(池澤夏樹)と評する。さすが作家たち、レトリックは上手なり。iPad の便利さという詭弁と引き換えに書物を捨てるならば~と大上段に構える人、テクストが身体(=紙)を失うことを栄養剤やサプリメントに例える人、皆さん必死で可笑しい。

 とても不思議なことに、本の多様性を誉めているにもかかわらず、自分が「本」だと見ているものは、本全体の一部でしかないことに気づかない。「オレサマが『本』に見える範囲」で電子書籍をあれこれ論じているのがミニミニしている。文芸文学だけのサイズの人、マンガは雑音だという人、論文や写真集といった概念が抜けてる人、デジタルアーカイブという存在なんぞ想像すらしたことないんだろうなぁ…という人、論者の「本の世界のサイズ」があぶりだされる。

 そんな中で冷静なのが、五味太郎の指摘だ。電子書籍が活躍するのは、「本のようなもの」の電子化だという。つまり、やむなく本の形をしている本でないもの―――辞書、図鑑、地図、ガイドマップ、レシピといった実用書の電子化が加速するという。さらに、書籍文化の落としどころは、「あってもなくてもいいんだけれど、ま、あったほうがいいかも……」と言っちゃうのだ!目ェ三角にした口角泡飛ばしまくりの論客の中、大いに笑わせてもらう。本の原典は聖典だ、その歴史を忘れるなよと警告する池澤氏と見事なコントラストなり。

 また、「デジタル」を、軽さ/ボディの喪失/情報入力といったレトリカル&ヒステリカルな攻撃する人が多すぎるなか、デジタル情報のネックは変化と劣化が早いことや、メディアやプレイヤーの変遷に弱いこと指摘する人少なすぎ(上野千鶴子と池内了)。マングェル「読書の歴史」を読みましょう(わたしもね)。

 筆がペンに、ペンがワープロにとって代わるときや、フィルムがデジタルにとって代わるたびに繰り返されてきたセンチメンタリズムが、同じように語られる。CGで描いた三丁目の夕日のように、未来の話なのに。さておき、さまざまな書き手たちにとっての「本の範囲」「読書の領域」を測定するのが愉しい読書と相成った。

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週刊アスキーにて「今年のベスト3」を紹介してるよ

 週刊アスキーのブックレビュー「私がハマった3冊」にて、今年のベストを紹介した。

 「この本がスゴい2010」で数十冊挙げたが、そこからさらに厳選した3作だ。フィクション、ノンフィクション、そしてベストワンと選んだが、2010年どころか、十年単位で保つようなスゴ本なので、期待してチェックして欲しい。

 どれも戦闘力の高い作品ばかり。無類の面白さなら「ノンフィクション」の作品、物理的に鈍器にぴったりの濃密な奴が「フィクション」の上下巻。そして全ての人に強力にオススメしたいベストオブベストが一冊。目が洗われるというか、生を生きなおすというか、(おおげさかもしれぬが)観念がガラリと変わること請け合い。

 この企画、他の書き手と持ち回りでやっているのだが、わたしだけ浮いているw……好きに書かせてもらっているので、来年も強烈なやつをオススメするよ。

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チェ・ゲバラはトム・クルーズ似「モーターサイクル・ダイヤリーズ」

 バイクというよりも鉄馬、満身創痍の鉄騎との旅。

モーターサイクル・ダイヤリーズ スゴ本オフ@赤坂のアイリッシュパブでオススメされた一冊。「アラビアのロレンス」におけるモーターサイクルは、いわゆる「バイク」というよりもむしろ、騎士精神みたいだねといった流れで紹介される。チェ・ゲバラの旅日記だそうな。バイクは無縁だけど、自転車で旅したことはあるので惹かれる。さらに後日、松丸本舗にて、見つけてくださいといわんばかりで飛び込んできたので有無を言わさず買って帰る。

 前半はモーターサイクルで、後半は徒歩とヒッチハイクで南米を北上する。初めの頃は、行く手に何があるのか「わからない」ことに期待し、オートバイにまたがって、一キロまた一キロとむさぼるように北への逃避行を続ける。愉快な出来事ばかりではなく、貧困と欺瞞と搾取の現場を目にする。怪我や病で働けなくなった家族に向けるまなざしに、「まるでその人の面倒を見なければならない者たちに対する侮辱」であるかのような色を見つけたり、「共産主義」が一種の宗教のような熱狂をもって受け入れられていることを喝破する。

 つまり、「共産主義」は、そのドクトリンに因るよりもむしろ、「貧しい人にパンを」と言い換えた言葉なんだと。そして、ドクトリンへの信奉には、現実の飢えに対する抗議が満ちているというのだ。Tシャツのポップアートと化したゲバラが、今の世にどれだけ理解されているのだろうか。本書の後半に収録されている、演説「医師の任務について」では、旅で見聞した現実と、「自分の(個人的な)夢」との境から、自ら選んだ方向を主張する。「個人の目標=社会の効用」の幸福な(無邪気な?)結合を垣間見る。

パタゴニア・老いぼれグリンゴ 同じ南アメリカを旅しているのに、チャトウィンとなんと違っていることか。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの後日談や、アラウカニアの王になろうとした白人の話など、歴史と虚構をモザイクのように組み合わせているのが、「パタゴニア」だ([レビュー:設計された旅「パタゴニア」])。ゲバラと比すると、チャトウィンにとって南アメリカは、北アメリカやヨーロッパの反射鏡のように見える。つまり、どのエピソードを採っても必ず歴史の「ひも」の末端は欧米のどこかにつながっている。奔放さ、饒舌さはチャトウィンのほうが一枚上手だが、現場にそのままかかわっているという点で、ゲバラの方が(荒削りだが)生々しい。

 ゲバラを脱神話化する上でも本書は貴重かも。タイトルにも書いたが、本書の中ほどに載っている写真を見る限り、ハタチのゲバラは、トム・クルーズにそっくりだ。人懐っこい笑顔と、檄文。今風なら、イケメン革命家といったとこか。案外、プロパガンダの成功はルックスも影響するのかもしれぬ。


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