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こころの保険「ゆるす言葉」

ゆする言葉 怒りについて、考えなおしているいま、ダライ・ラマ14世の「ゆるす言葉」を読み直す。

 初読は、北京オリンピックでチベット問題がクローズ・アップされていた2008年のこと。聖火リレーをめぐって世界各地で混乱が起きていたころ、ダライ・ラマのインタビューが読めると聞いて手にしたのだ。日本と中国の微妙な関係に配慮しており、政治的大人かつ茶目っ気のあるところを見せてくれる(でも70越えた爺ちゃんなんだよね)。

 今回は、怒りについて彼の意見を訊く。怒りをどう扱うか、こう断言する。


    怒りと憎しみこそが、私たちの本当の敵なのです。

    これこそ私たちが全面的に立ち向かい克服すべき相手なのであり、
    人生に時として現れる一時的な「敵」は、真の敵とはいえないのです。


 それぞれの発言は、もちろんチベットの現状を踏まえたものに見える。誰に向けたメッセージかによって、「一時的な『敵』」が誰なのかが変わってくるように受け取れる。いや、そういうわたしの「読み」が狭いのだろう。政治的事情を考えなくても、この発言は普遍性を帯びている。まさに「わたし」に向けたメッセージとして読めばいい。本書は写真+名言集のような体裁なので、「ことば」とPhotoが一緒になって記憶される。ダライ・ラマのシルエットや、チベットの自然の写真、破壊された寺院の写真の傍らに、こころに届くことばが並んでいる。

 いちばん響いたのは、次のことば。


     ゆるしの気持ちを身につければ、
     その記憶にまつわる負の感情だけを心から手放すことができるのです。

     ゆるしとは「相手を無罪放免にする手段」ではなく、
     「自分を自由にする手段」です。


 「怒り」に対し、「ゆるす」とは、自分を解放する手段だという。怒りという苦しみから楽になるために、「ゆるす」……これはなかなか難しい。なぜなら、「わたしは許せるだろうか?」という質問に答えなければならないから。天邪鬼なわたしは、常に極論を持ってくる。曰く「自分の身体が傷つけられてもか?」、曰く「わが子がむごたらしく殺されてもか?」―――はっきり言って、ムリだと思う。だが、上のことばを知っているのと知らないのとでは、そういう極端なことに陥ったときの反応が違うと思う。人を恨み、怨む自分を呪って自身を追い詰めるとき、このことばが思い出せるかどうかが、その後のわたしに大きな影響を与えると信じる。おそらくわたしは、「ゆるす」ことができないだろう。しかし、「ゆるすことができる」という選択肢がある、ということを、このことばによって、思い出せるかもしれない。

 もうひとつ。これは、若いころのわたしに贈りたかったことば。今はもう"大丈夫"なのだが、一時期、わたしは、わたし自身を、本当に嫌っていた。憎んでいた、といってもいいぐらいだ。それでいて外面は「ひとに思いやりを」なんて仮面を(意識せずに)被っていたのだから、自己欺瞞もはなはだしいものよ。


    ほんとうの意味の思いやりは、
    まず自分自身に対して向けられるべきものだと思います。

    まず自分自身に思いやりを持ち、
    それを周りの多くの人たちに向けて広げていくのです。

    つまり、自分自身を忌み嫌い、嫌悪しているような人は、
    他者を思いやることなど不可能なことだからです


 ああ恥ずかしい。何が恥ずかしいかというと、このことばを耳にし目にするために、自分を憎んでいた「わたし」が蘇ってくるから(しかも何度でも!)。「まず自分を思いやれ」というアドバイスは、子どもに向けてやろう。

 こころが苦しいとき、弱ったとき、いつでも思い出せるようにしたい一冊。

 追記 : ダライ・ラマ14世はTwitterをやってる(@DalaiLama)。ずっとフォローしていきたい方ナリ。

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第2回スゴ本オフのお知らせ

 みんなで本を持ち寄って、まったりアツく語り合うスゴ本オフのお知らせ。

 ネット越しではなく、リアルにおすすめし合いましょう。ただ消費されるため過剰に生産された本ではなく、自分にとってのスゴい本を熱っぽく語りましょう。「その本がスゴいなら、これなんてどう?」と紹介される「これ」こそが貴重なので!

 もちろんネットのリコメンドや本屋のPOP、新聞雑誌のブックレビューも大切だけど、リアルのオススメには負ける。新刊本や売りたい本ではなく、本当にオススメしたいやつを、目の前に持ってくるのだから。さらにはUstreamで実況し、Twitter や blog でネット共有するので、そこからさらに、「ソレがオススメなら、コレなんてどう?」が広がる広がる。

 実際、前回のスゴ本オフ(SF編)で知ったオススメは、ほとんど未読ばかりで、いかにわたしが読んでいないかよーく分かりました。名前は聞いたことがあるけれど……と敬遠してた大作との距離が、一気に縮まったのも収穫。読まず嫌いだった傑作の「熱」が直に伝わったのが強力な動機になるのです。

 さらに、リアル面子とのつながりができたことがすばらしい。「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」その「あなた」がやってくるのだから。「本を介した出会いの場」というとアレな感じだけど、好きなものは好きだからしょうがない、作品を媒介して仲間が広がる広がる。

 第2回スゴ本オフのテーマは「LOVE」、愛について、恋愛に関する本について語ろう。自分の恋の運命を決定した一冊でもいいし、やりたくても絶対やれない愛を語った作品でもOK。語り合ったあとは、本の交換会があります(ブックシャッフル)。「紹介用」「交換用」と別の本を持ってきてもよし、一冊だけじゃなくて三冊紹介しちゃうのもアリです。

 5月14日に半蔵門でやります。案内や申し込みは以下をどうぞ。

 次回Book Talk Cafeは5/14@KWCさんです

 Twitter のハッシュタグは #btc02 です。

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世界文学ハンティングの絶好の狩場「ワールド文学カップ」

 世界各国からスゴい小説をもちより一同に会する、世界文学杯が開催されている。

 別名はワールド文学カップで、紀伊國屋新宿本店の2階でやってるぞ。53ヶ国、総勢650点の文学作品になるという、すげぇ。週ごとに売り上げランキングをして優秀国を選び出し、さらにフェア全体で優勝を決めるという非常にユニークな企画。ここでしか手に入らない650冊分を収録したのリーフレット(無料)があれば、一生読む小説に困らないかと。

 フツーに考えると、欧米礼賛が色濃く残る翻訳文学では、ラテン系、アフリカ、インドといった地域は不利になるんじゃないかと思える。だが、そこは偏りをなくすような配置がされているのだ。たとえば、アルベール・カミュが「アルジェリア」だったり、ジョン・アーヴィングが「インド」の代表として選ばれている。

 えっ?カミュはフランス文学で、アーヴィングはアメリカでしょ?と思いきや、出身や(小説の)舞台であってもOKみたい。カミュは「異邦人」だし、アーヴィングは「サーカスの息子」が代表選手としてエントリーされている。書店スタッフのバランス感覚で、絶妙な選本がなされている。選本はこんな感じ↓


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  オフィシャル入口はここ→[ワールド文学カップ]

  Exciteニュース[文学の熱い戦い「ワールド文学カップ」に行った]が詳しい

 「世界文学」というテーマを用意しているのは、この国だけじゃないかと思えてくる。ふつう、大型書店の洋書階に行っても、「世界文学」という印象は感じない。いわゆる"Novel" 棚はあれど、フレンチとかラティーノといった、地域ごとにインデックスされたものにすぎない。あくまで「書籍>小説>ラテン文学」のような仕分けられた棚なのだ。いっぽう、この文学の祭典では、世界を文学で読み解こうといった熱度を感じる。

 これだけの文学作品が、ただひとつの言語―――日本語で読めることは、きわめて珍しいことなんじゃぁないかと思えてくる。いやいやいや、英語があるでしょうと即座に自分で否定するのだが、母数がまるで違う。日常語として扱う人にくらべると、圧倒的に種類・点数が多いのは、「日本語に翻訳された海外文学」ではないかと。

 ちと旧聞に属するが、ヘミングウェイがノーベル文学賞を受賞したとき、彼の文学全集があったのは、日本語版だけだったときく。「北回帰線」が発禁扱いで貧乏だったヘンリー・ミラーに初めて翻訳権の小切手を送ったのは日本の出版エージェントだったとか。もちろん英語でもあるだろうが、これだけの作品に接するには、かなり専門的な書店に行かないとないのでは。

 この目の前の世界文学の宝の山を見ていると、日本語のありがたみを感じる。この狩場は5月17日までの期間限定。ハンターの方はお早めにどうぞ。ちなみに上の右下の5冊はわたしの収穫。リアル書店へ単身入るのはキケンなので、10分と時間を区切ったつもりだが……

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