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「メイスン&ディクスン」はスゴ本

 「いつか」「そのうち」と言ってるうちに人生は終わる。だから読むんだピンチョンを。

メイスンディクスン1メイスンディクスン2

 もちろん「V.」も「重力の虹」も持ってる。けど「持ってる」だけで、読み終えたためしがない。イメージの濁流に呑み込まれて読書どころでなくなる。注釈と二重解釈と地文と話者の逆転とクローズアップとフラッシュバックと主客の跳躍に翻弄され、読書不能。まれに、「読んだ」「面白かった」という方がいらっしゃるが、どうやって【読んだ】のだろうあやかりたい頭借りたい。過日、ようやく河出書房の世界文学全集の「ヴァインランド」をくぐりぬけたのだが、読書というより酔書でフラフラとなった。

 で今回、辞書並み(しかも2冊)の「メイスン&ディクスン」は、ドーパミンあふれまくる読書と相成った。小説的瞬間とでも名付たくなる、小説内時空間のどこにでも言及され・見渡され・語られている、代えるものがない強烈な感覚に浸る。酒みたいなものだ、酔いたいから呑むのであって、結果、酔うから楽しいとは限らない。もちろん微酔の楽しみもある一方、悪酔いの苦杯を舐めることもある。ピンチョンを読むのは、酔うことに似ている。バッドトリップ承知の上で、杯をあおる、ハイになるため。

 天文学者と測量士の珍道中から、その語り部の周囲、劇中劇さらに現代アメリカと、行単位に時を跳躍する超絶技巧もさることながら、メイスンにしか見えない幽霊女房や不可視のサイボーグ鴨や全員同じ夢を見ているとしか思えないしゃべる犬や礼儀正しい土人形を次々と登場させては煙に巻く人を喰ったピンチョン節をたっぷりと堪能する。複雑に折れ曲がる物語構造をもつ「ヴァインランド」とは異なり、焦点はメイスンとディクスンの二人なのでよもや見失うことはなかろうとタカくくってたら、ストーリーに「乗って」いるのに違う場所に連れて行かれる。高速で曲がるとき逆ハンあてて半ケツずつ横すべりしてゆくアドレナリン・ドライブ。

 ふくらみ過ぎたストーリーにガードレールが無い(!)のでワッと思ったらクルリと高架の裏側へ入り込み、そのまま上下反転して爆走する。物語中に挿入された逸話から本流に戻る際、本編から逸脱した話としていったん"ねじって"接続してくる。下巻54章あたりの、小説技巧としてのメビウスの輪は初体験だ(しかもヒントのようにメビウスの輪のイメージが前巻に出てくる、現実よりも一世紀早い発見として)。

 そう、史実に偽実をコッソリ/堂堂と仕込む技が冴える・笑える。ジョークの掛詞が時をまたがっており、"今"から見るから成り立つのだ。ヒコーキなんて絶対存在していないのに、「一種飛行のような航海」という表現に引っかかる。メイスンの妻レベッカは既に死んでおり幽霊として登場するのだが、どうしてもデュ・モーリアの"あれ"を思い出す。もちろんわたしの反応などお見通しなのだろう。さらに、「そうだろ?アルジャーノン」とダニエル・キイスばりに呼びかけるのは奇異っス(鼠ならぬ、前出のしゃべる犬の台詞なのだ)。また、メイスンが暦の狭間に失われた11日間を彷徨するシーンがある。その最後の瞬間、現時間に追いつくところなんて、S.キングの「ランゴリアーズ」の某場面とそっくりなのはホラを通り越して悪い冗談としか見えない。

 まだある。何気ない会話の中に偉人エマスンがさらりと出てくるが、彼が生まれたのはさらに歴史を20年ほど下った19世紀に入ってから。さりげなく嘘(というより法螺)を吹く。ミュンヒハウゼン男爵を引き合いに出しながら、その上前をはねる大法螺。罠のように仕掛けられる多重奏の法螺に、もちろんこっちは噴かされる。さすがに二世紀も先取りしたフラクタル理論やカオス理論が飛び出してくれば「嘘を嘘と見抜く」ことは簡単だが、「新(ニュー)ヨークだったら酒場に禁煙室があるのに」などと現代ニューヨークの嫌煙運動を彷彿させるエピソードを大真面目に書くのは悪戯もやりすぎ。

 ジョークのジャンプもさることながら、物語の時間軸が入り混じり、当時にいるのか現代にいるのか分からなくなる。「メイスン・ディクスンの冒険譚」と、「その冒険譚の語り手」、さらにさらに「語り手の過去話」「聞き手の"いま"の話」が入り混じる。しかもパラグラフどころか行単位に飛躍するので、めまいが激しい。先に述べた「横すべり感覚」に加え浮遊感が積み重なり酩酊に至る。歴史小説の「ふり」をした中に、奇想・妄想・夢想・幻想あることないことみっちり詰め込んでおり、小説にあらすじやダイジェストを求める愚が相対的に暴かれる。メインストーリー(そんなのあるのか?)をさらって「読んだ」とすることを拒絶している。テーマらしいものといえば、ディクスンが下巻の終わりかけにぶちまける。

「そして今また此処、もう一つの植民地でも、今回は奴隷を所有する連中と奴隷に給料を払う連中の間に線を引く仕事をやった訳で、何だかわし等まるで、世界中で、この公然の秘密に、この恥ずべき核(コア)に繰り返し出会う運命になってるみたいな…(中略)…何処まで行けば終わるんです?わし等何処へ行っても、世界中、暴君と奴隷と出会うのか?亜米利加だけは、そういうのがいない筈だったじゃありませんか」

 そんなの見返しとか書評とか見りゃ瞭然でしょうに。でもこのテーマのためだけにピンチョンは1000ページを超える小説を書いたわけじゃないし、わたしも読むつもりじゃない。書きたい欲望、読みたい欲望に衝かれてそうするんだ。何かを得るためといった「目的」なんぞ糞喰らえ、読みたいから読むのだ。これは、酔うために読む小説なのだ。読むことに目的はないけれど、甲斐はある。人生がそうであるように。手段と取り違えていいのは文学者と翻訳者だけだね。

 その翻訳なのだが、擬古文のせいなのか、メイスンとディクスンの「掛け合い」がシェイクスピアじみている。相手へのからみ具合や、馴れ合い・しなだれ方といった、両者の間合いがそうなのだ。さらに、訳があまりにも逐語的すぎてて、意味不明な文の羅列が続くところがところどころある。わたしの読解が稚拙なのだろうとムリヤリ納得させて進めるのだが、ピンチョン一流の韜晦なのか、訳者の"演出"なのか、はたまた翻訳ソフトによる"手抜き"なのか、分からなくなる。まァ莫大な教養を強要するピンチョンのことだし、版を重ねるごとに充実してくるんじゃァないかと。これ、インターネットの膨大な集積が無かったら読むことも訳すことも不可能じゃないかしらん。

 酔うために読むスゴ本、M&D。

 備忘メモ : ヴィジュアルが充実しているM&DのWiki [Pynchon Wiki: Mason & Dixon]……これから読むためのよすがとして、読んだ人の"おたのしみ"として。

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コメント

 あるラジオ番組で推薦図書として挙げられていたので、気になってはいるんですけど、やっぱり登るの厳しそうだな、と思いました。ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』もかなり厚かった記憶がありますが、そういう事ではないですし。
 読みたいから読む、ってその通りだなと思いました。ピンチョンの小説も、読む為に読む本として腹をくくらないと登りきれないんでしょうなア。関係ないですが、僕は読むのが辛くなったら、「しょせん、文字の集まりだ」と思う様にしてます(読むの苦手なんで)。
 そういえば記事を読んで知りましたが、「情報の歴史」の新しいの?が出るんですね。図書館に置いてもらえると好いなア。
 あと、コメントついでに。大竹伸朗さんの『カスバの男』(集英社文庫)が良かったので、報告して置きます。200ページあるかないかの薄い本です。もし、読んでいたらごめんなさい。ではでは。

投稿: のどぼとけ | 2010.10.06 19:25

>>のどぼとけさん

正直に白状しますと、読むのは「しんどい」です。頭ン中引き回されているようで、こっちの世界に帰ってくるのに一苦労です。酒のたとえで申したとおり、「面白いから読む」というよりも「酔いたいから読む」なのです。ただ、どこから読んでも大丈夫だし、途中で登るのやめてもオーケーなふところを感じます。ゆっくりつきあえばよいかと。
「情報の歴史」は松岡さんご本人の口から聞いたので、確定です。問題は、いつ出るかというところでしょう(たのしみ^-^)
「カスバの男」は全く知りませんでした、オススメ感謝します、図書館へ走ります。

投稿: Dain | 2010.10.06 21:49

「「いつか」「そのうち」と言ってるうちに人生は終わる。だから読むんだピンチョンを。」
ていうフレーズがいいですね。まったくその通りだと思います。

家にも買いためたピンチョン本があるんですが、数ページだけ読んでいつか読みたいと思って放ってました。
近々読みはじめたいと思いました。

投稿: かごむし | 2015.02.06 17:31

>>かごむしさん

コメントありがとうございます。「いつか読む」は、一生読むことはないと信じます。ピンチョンに限らず、ジョイスとかプルーストとかも視野に入れて、生きてるうちに読もうかと。いつか読めなくなったとき、後悔のないように、今読もうかと。
そして、数ページで止めても本は待っていてくれます(待つのを止めるのは人の方ですね)。

投稿: Dain | 2015.02.07 07:53

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