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陽気で不吉な寓話「ブリキの太鼓」

ブリキの太鼓 饒舌で猥雑で複雑な虚実を描ききった傑作。

 この面白さは、J.アーヴィング「ホテル・ニューハンプシャー」を読んだときと一緒。というか、アーヴィングは「ブリキ」に影響を受けているなぁと読み取れるところ幾箇所。アーヴィング好きなら必ず気に入る(はず)。歴史と家族が混ざるとき、哀愁と残酷が交わるとき、自ら過去を語りだす「ぼく」――― 一人称の存在が必要になる。第二次大戦下の激動をしたたかに生き抜く「ぼく」は、強烈な一撃を読者に見舞うだろう。

 というのも、この「ぼく」という存在は、「オスカル」という小児の「中の人」なのだから。「ぼく」は、生まれたときからオトナに成りきっている。知的で、冷静で、屈折しまくっている。周りの大人からは「オスカル」と名付けられた子どもは、「オスカル」としても判断・活動する。この「オスカル」と「ぼく」の二重主語が面白い。「オスカル」を完全に掌握するまでは、とみさわ千夏の「てやんでいBaby」みたいなノリで楽しい(ちと古いか)。カエルと小便を煮込んでペースト状にしたスープは、「オスカル」なら絶対口にしないだろうが、「ぼく」は普通に飲み下す。

 そして、中の人である「ぼく」の意思で、地下室へ墜落する。3歳にして自らの意志でその成長を止めてしまうのだ。あとはひたすら、小人である「オスカル」の皮の中で世界を観察しはじめる。「ぼく」には二つ、武器がある。ひとつは「声」で、もうひとつは「太鼓」だ。

 読者のほとんどは「ガラスを割ることのできる声質」に惹かれるし、その声が縦横無尽に破壊しまくるシーンは圧巻だ。しかし、ほとんど言及されない「ブリキの太鼓による人心掌握」こそ彼を悪漢たらしめている。そう、これはナリは小人で精神はオトナのピカロ(悪漢)小説にも読める。ナチス集会場の舞台下にもぐりこみ、演奏されていたマーチをワルツに変えてしまうのだ。太鼓に意志とメッセージを込め、玉ねぎ酒場に集った人々を感情の乱痴気騒ぎに突き落とすとこなんて、現代のハールメンの某といっていい(笛じゃなく、太鼓だが)。

 ジョン・アーヴィングのモチーフに影響を与えている所をいくつか。「ぼく」の師匠となる小人と、彼が率いるサーカス団あるが、まさに「ホテル・ニューハンプシャー」の小人のサーカスになる。「ぼく」が暮らすアパートの住民との交流は、「ホテル」のジョンとホテルの住民たちとの掛け合いになる。ナチスドイツが物語に絡んでくるのはご愛嬌か。

 まだある。「ぼく」の最初の相手となるマリーアとの濡れ場で、「彼は顔をそこに埋めた。押しつけた唇のあいだに毛が入り込んできた」というシーン。その手触り感覚は、「サイダー・ハウス・ルール」で主人公が財布に入れておいた片思いの女性の陰毛を、まさにその当人につかみ出されたときの感覚とそっくり!ちなみに主人公は(毛を握った)彼女の手を包み込んで、開かせまいとする。「サイダー」で最も美しいシーンである。

 アーヴィングさておき、「ブリキの太鼓」のテーマは沢山ある。黙示的に見える寓話を紐解くと、父殺しと母を欲するオイディプスからカッコウよろしく親違いとなる話、先に述べたハールメンまで、具沢山だ。なかでもメインなのは、「脱皮」だろう。変化や破壊といった言葉もアリかもしれないが、母の葬式の際、オスカルを中から食い破るように「ぼく」が急成長しだすところは、メタモルフォーゼ(変態)や羽化という表現が適切かと。ちっとも大きくならない成長物語かと思いきや、ここで大きく裏切られる(パートナーだったブリキの太鼓は、ここでいったん捨てられる)。

 止めた身長が伸びだすことは、そのまま世界の変化になる。オスカルという小人の皮を破った「ぼく」は、もう一度世界と対峙して、今度はもっと生臭く生きはじめる。その性根の座り具合が面白い。「ぼく」の、ふてぶてしい真摯さは、終わってしまった歴史を振り返るとき、脱皮してユーモアになる。

 おそろしく奔放な語り口に乗せて、言葉遊び、オリジナル数え唄、韻文をズらしながらの語り、隠喩のあてこすり、いかようにも愉しめる。「ぼく」自身の欺瞞も隠してあるから、それを探してもいい。

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