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スカッと、さわやか「潮騒」

 鮮やかな夏小説、三島由紀夫「潮騒」

 夏をテーマに選書した20冊のうちの一冊を、ン十年ぶりに再読してみる。しかもシチュエーションは午後の浜辺、波の音をBGMにしてみたところ……期待を裏切らず、鮮やかなワクワクドキドキ感覚を味わう。結末は分かっていても、恋物語はいいねぇ。

 伊勢湾の歌島を舞台にした、田舎の純朴なボーイ・ミーツ・ガールのストーリーなのだが、なんといっても読みどころは、おっぱいを始めとするカラダの描写だろう。この一文に触れるために、「潮騒」を通読しても損はない。

それは決して男を知った乳房ではなく、まだやっと綻びかけたばかりで、それが一たん花をひらいたらどんなに美しかろうと思われる胸なのである。
 薔薇いろの蕾をもちあげている小高い一双の丘のあいだには、よく日に灼けた、しかも肌の繊細さと滑らかさと一脈の冷たさを失わない、早春の気を漂わせた谷間があった。四肢のととのった発育と歩を合わせて、乳房の育ちも決して遅れをとってはいなかった。が、まだいくばくの固みを帯びたそのふくらみは、今や覚めぎわの眠りにいて、ほんの羽毛の一触、ほんの微風の愛撫で、目をさましそうに見えるのである。


 そう、処女のおっぱいは、「冷たい」のだ。あのひんやりとした感覚は、男を知らないからこそ。幾度かの交接を経ることによって、中に「灯」を入れることができるのだ。さわってアツくなるのは男を意識した後の話で、知らないからこそなる無防備さに、若い男の初読者は翻弄されるだろう。ひらがなで開いている部分と、わざと漢字で締めている部分が、憎いほど上手い。小説かくなら、こういうおっぱい描写は何べんも書写すべきだろう。

 他にも、ヒロイン・初江のツンデレじみた振る舞いに萌えてもよし、ファーストキスを、「ひびわれて乾いた唇の触れ合い」で、塩辛さを強調したリアリティにハァハァしてもいいカンジに仕上がっている。

 本作は、他の三島モノと一緒で、静止画的な写実に満ち溢れている。色彩鮮やかで匂いが一切ないところは、好き嫌いの分かれ道となっている。柔肌の「熱さ」はあっても、湿気を伴った「暑さ」が無いんだよなー。だからこそ、耽美フェチに愛される所以なのかもしれない。ネットを漁ってみたところ、写実ばかりで、ストーリーが面白くないからミシマはダメだという意見が平成生まれの若者(?)から出ていたが、そんなキミには「夏子の冒険」とかベタにオススメ。ストーリーに転がされる読みではなく、「なぜ・どうして?」とか「ボクならこうするのに」とはぁはぁできる。たとえばこう……

 逢瀬を重ねながらも、用心深く振舞う初江は、ずる賢いといってもいいぐらいだ。火を飛び越えるシーンは、その美しさばかりが喧伝されるが、「なんであのときヤらなかったのだろう」という疑問は、ちょっとどころか、何度でも考えるに値する。深夜、全裸、嵐の夜。おさえきれない恋心、二人を隔てるものは、焚き火だけ。犯りゃヤれちゃったのに、なぜ?

 ケモノになれたのに「あえて」しなかったのは、男にとっては経験不足。ナニをどうすればかは、身体なら知っているだろうが、そこへもつれこむためにどういうプロセスを経るのか分からない(彼のライバルの強引なやり口が対照的だ)。いっぽう少女の方が冷静だ。一時の熱情に駆られて身を任せたとしても、いずれ誰かの口の端に登る。狭い田舎だ、噂になったらいられなくなる。どちらもカラダが反応しつつ、この男女(なんにょ)のコントラストがいい。カレの純粋さが愚鈍さに、カノジョの清純さが狡猾さに見えてくる。

 それにしてもミシマは上手い。あわやという場面では、「若者」「少女」で描写し、痴情シーンを抜けると、「新治」「初江」に戻るところなんて、再読した今回気づいた。固有名詞をかなぐり捨てて、お互いが迫りあう感覚に、著者自身が寄り添っていることがよく見える。もちろん計算して書いていることが分かってても、思わず吸い込まれてしまう。

 こんなオッサンちっくな読みをしなくても、ちゃんと嬉しいラストを用意してくれる。ハッピーエンドを飾る、少年の真っ白いシャツが眼に沁みる。ビジュアルにも構成的にも秀逸なので、次の夏はバラバラに解剖して読んでみよう。

 読んで爽快な夏小説を、どうぞ。

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コメント

潮騒の舞台になったのは、神島です。

投稿: pod | 2010.08.17 01:30

爽快な夏小説
もうコレだけで本を読んだ気分になりました(笑)
最近ハッピーエンドの本を読んでいない私!
これはぜひ読まねば!!

投稿: sis | 2010.08.17 09:53

>>podさん

つ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%AE%E9%A8%92_%28%E5%B0%8F%E8%AA%AC%29

>>sisさん

舞台が夏というわけではないのですが、夏にオススメの傑作です。ハッピーエンドと分かってても何度も読みたくなる一冊です。

投稿: Dain | 2010.08.18 00:29

三島というとやたら小難しい話ばかりという先入観がありましたが、
引用部分が魅力的で非常に食指をそそられました。
私も趣味で非公開エロ小説を書いているのですが、欲望の赴くままにエロばかり書いてると、どうしても表現が似たり寄ったりになってしまいがちなので、ぜひ参考にしたいと思いました。

投稿: | 2010.08.30 21:13

>>名無しさん@2010.08.30 21:13

ハイ、ミシマ作品にはヴィジュアルな美に重きを置いているものがあります。スプラッタなシーンもありますが、血と美なら「憂国」がすばらしいです。
死とエロスは隣り合っていることが、びくびく感じ取れます。

投稿: Dain | 2010.08.30 23:22

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