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熱帯夜にふさわしい「欲望という名の電車」

欲望という名の電車 ピューリッツァー賞を受賞した、生々しい戯曲。夏の深夜にふさわしい。

 「欲望」という名の電車に乗って、「墓場」という名の電車に乗り換えて、彼女が行き着いた先は、むきだしの「現実」という名の地獄だったのかもしれん。なすすべもなく堕ちてゆき、こぼれ落ちる富と過去を必死になってかき集め、ガラスのように繊細な幻影を張り巡らせているヒロイン・ブランチは、痛々しいを超えて恐ろしい。なぜならそこに、わたし自身を見るから。

 とりわけ、妹のダンナ・スタンリーとの会話は、緊張でピリピリする。性的な手の内を隠そうとするブランチと、動物的なまでに率直に「生」剥きだしのスタンリーとの掛け合いは、読んでるこっちが苦しくなる。「セールスマンの死」(レビュー)もそうだったけど、テネシー・ウィリアムズはこういうの天才だね。

 没落する地主階級と勃興する労働者階級、過去に生きる女と今を謳歌する男、ブランチとスタンリーの対立は、あっちこっちで感情のテンションをつり上げる。息が詰まりそうな濃密な空気のなか、手で触れられそうな張り詰めた空間は、寝苦しい熱帯夜そのもの。口を開いたら、重くて湿った空気が流れ込んでくるみたい。

スタンリー   女に向かってきれいだのどうのってお世辞を言うことさ。人に言われなきゃあ自分がきれいかどうかわからんような女には、まだお目にかかったことがないね、おれは。実際以上にしょってる女ならいるがね。昔つきあってた女の子で、しょっちゅう「あたしグラマーでしょ、グラマーでしょ」って言うのがいた、おれは言ってやったよ、「だからどうなんだ?」ってね。
ブランチ   そしたら、その人、なんて?
スタンリー   なんにも。はまぐりみたいに口をつぐんじまったよ。
ブランチ   それでお二人のロマンスは終わったの?
スタンリー   それで二人のおしゃべりが終わった、それだけのことさ。そういうハリウッド型グラマーに迷うやつもいるが、迷わない男だっているんだ。
 さらに、彼女の過去があばかれていく過程でヒヤッとさせられる。開けた窓からひとすじの風が流れ込んでくるかのよう。彼女がオブラートで包もうが誤魔化そうが、スタンリーは容赦しない。自分を見下す女を野卑に扱うことで、徹底的に満足感を得ようとする。彼の試みが成功するとき、ぎりぎりまで張り詰めた物語のテンションは、読み手の緊張感とともにブツリと放たれる。そして、まっすぐな矢のように、読者の心に向かって飛んでくるだろう、彼女の悲鳴とともに。

 美化した過去でもって眼前の現実から自分を守ろうとするのは、弱いから?その弱さを暴きたて、背けた目にリアルを突きつけるのは暴力なのか?「セールスマンの死」と、同じテーマ、同じ狂気が伝わってくる。彼女がしたことは異常かもしれないが、彼女は異常ではない。これ気づくとき、まさに同じ狂気を内なる自分に見出してぞっとするのだ。

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