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官能小説の奥義

官能小説の奥義 タイトルに偽りなし。官能小説の奥義だけでなく、書き方指南まで開陳してくれる、ありがたい一冊。

 官能小説とは、読者の淫心を刺激するためのもの。独自の官能表現を磨き、競い合ってきた作家たちの足跡をたどり、豊穣な日本語の世界を堪能することが、本書の目的だ。官能小説としての文体が確立するまでの歴史を追い、性器描写の工夫を解説し、性交描写の方法をパターンごとにまとめている。

 スゴいのはフェティシズムを分類した章。乳房フェチから尻、太腿といったスタンダードから、腋窩(えきか)フェチ、パンストの肌触りフェチといったニッチ系のニーズまで網羅してある。ひととおり目を通すことで、隠されていた自分のフェチに気づくかもしれない。

 あるいは、斬新かつ淫心をかき立てるオノマトペの紹介に気づかされる。舐め音や粘液音、挿入から射精音に分類されたオノマトペを眺めていると、いわゆるエロマンガのそれとはかなり違うのだ。マンガのほうは絵が主、オノマトペは「効果音」なのだが、小説では「描写」になるのだ(「くぱぁ」はマンガ表現だが、「ギクンギクン」は小説的)。

 さらに、ひたすら妄想を逞しくさせる官能用語が、いかに苦労して編み出されてきたかが分かる。たとえば女性器ひとつとってみても、その表現手法は5つに分かれるそうな。花や果実に喩える「植物派」から、昔ながらの「魚貝派」、変わりダネ「動物派」、マグマや大地になぞらえる「陸地派」や、俗語や医学用語をストレートに用いる「直接派」がある。

 そして、これらに付随して、「肉」という語感をいかに操るか、作家たちの工夫はソコにあるという。「花芯」や「アワビ」はありがちかもしれないが、「肉のつまみ」や「マグロの赤身」といった言い方は、よく見ているなぁと感心するばかり。作家の発想力というか妄想力のスゴさを感じさせてくれる。

 オナニーのためだけならエロ画像や動画を見ればすむ。にもかかわらず、文章を読んで興奮するということは、そこに想像力が働いているはずだ。言葉に誘発されたイマジネーションに溺れているのであり、それは受身としての"生理的反応"ではない。その触媒となるシチュなりフェチに浸るのが、官能小説の醍醐味と言ってもいい。

 かくいうわたし自身、この世界から久しく離れており、本書で再会して懐かしい作品いくつかあった。特に館淳一「愛しのエレクトラ」は、お世話になった名作で、引用箇所はわたしが最も気に入っていたシーンだった(さすが!)。というのも、著者・永田守弘氏は、「ダカーポ」の官能小説を紹介するコラム、「くらいまっくす」の書き手なのだから。創刊以来、26年間も続いたそうな(「ダカーポ」は2007年に休刊)。

 紹介するだけでなく、書き方のレクチャーもすごい。官能小説の書き方十か条があるので、簡単にまとめてみよう。

  • 第一条 : 官能小説は性欲をかきたてるだけのものではない。性欲はオナニーで消えてしまうが、淫心は人間が根源的に抱えているものであり、オナニーでは消えない。性欲の奥に流れているものである。
  • 第二条 : 好きな作家を見つけよ。淫心の入口はフェチ、自分自身のフェチを見つけろ。
  • 第三条 : まず短編を書いてみる。30-50枚くらいの短編を、フェチを意識しながら書けという。好きな作家の未読作品の最初と最後をそれぞれ5ページだけを読んで、真ん中を自分で想像して書き、比べてみろという。
  • 第四条 : 官能シーンを早く出せ。いきなり性交シーンという意味ではなく、胸でも尻でもチラリズムでもいいから、読み手のフェチを刺激することを始めよという。
  • 第五条 : 自分がしたくてもできないことを書け。やったら犯罪だが、小説として書くのは問題なし。想像力、願望力をたくましくして、したくでもできないことを弄べと励ます。
  • 第六条 : 三人以上の人物を登場させよ。一人の男と一人の女だけでは、話がふくらまない。キャラ×シチュ×フェチがバリエーションの基本だね。
  • 第七条 : 恥ずかしいと思うな。自分のパンツを脱いでいるつもりで、すべてをさらけだすつもりで書けという。これは文芸小説についても言えるね。
  • 第八条 : オノマトペをうまく使う。オノマトペに限らず、その状況を的確にイヤらしく一語で示すことができれば、官能小説として成功だと思う。
  • 第九条 : 性の優しさ、哀しさ、切なさを知っておく。セックスを書くということは、基本的に男女の粘膜の触合いを表現することではあるが、それを掘り下げていくと、性というものが持っている優しさ、哀しさ、切なさに突き当たるというのだ。オルガスムスとは小さな死。
  • 第十条 : 書いている途中でオナニーをするな 【重要】。これ重要。自分が勃起しないような小説で、読者を勃起させることはできないが、だからといって、その勃起でオナニーをしてはいけない。パワーが落ちて、書き進める気がなくなってしまうというのだ。接して漏らさずの誓いを守るでござる。
 官能小説入門として読むと便利だが、それだけにとどまらない。「櫻木充は匂いフェチの本質をわきまえている」とか「女にハードエロは書けないという偏見を覆した藍川京」といった、作家の本質をズバリ言い当てており、官能小説ブックガイドとしても白眉。ホームのキオスクに並んでいるアンソロジーを手当たり次第に試す前に、まず本書で嗜好の傾向を押さえよう。ヒット率が高まること請合う。

 濃密で豊穣な日本語を、ご堪能あれ。

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コメント

おお!これは読まなければ・・・

自分が過去読んだ中でお気に入りの官能用語といえば

 肉樹(にくみき)by 神崎京介

 熱く溶けたバターのように・・・ by 大藪春彦

とりあえずこの二つが思い浮かびますね(笑)

投稿: ラッキーマン。 | 2010.03.01 22:03

>>ラッキーマン。さん

お久しぶりです、ありがとうございます。ダカーポの「くらいまっくす」でピンとクる方なら必読の一冊です。お気に入りの用語なら、「熱くしたバターナイフ」とか「わたしの肉鞘」(ナボコフ)とかが好きです。

投稿: Dain | 2010.03.01 23:04

まるごと転載でいいのでしょうか?

投稿: 転載 | 2010.03.04 11:17

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