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【PMP試験対策】 なぜPMP試験を受けるのか?

 【PMP試験対策】は、PMBOK4版をベースに、PMP試験の傾向と対策をまとめるシリーズ。

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 人それぞれだろうが、「業務命令」な方が多いようだ。リーダー級の仕事を任されているうちに、「そろそろどうだ?」と勧められ、泣く泣く準備をしている話を聞く。たしかに忙しい毎日で勉強時間を確保するのは至難の業だが、ちょっとアタマを切り替えてみてほしい。PMBOKは読みどころがあるぞ。

 まず、苦労話がにじみ出ているのが面白い。ベースとなるPMBOKガイドは、タテマエとしては、「プロジェクトマネジメントの"ベター"プラクティス」なのだが、あちこちで「こんなことをしてはいけない」という怨嗟のようなグチを垣間見ることができる。共同執筆・共同レビューのドキュメントなのだが、皆さん苦労しているんだなぁ、と思うとニヤッとできる。

 あるいは、PMとしての「ハク」がつくことを考えてみよう。本家の米国では、「プロジェクトマネージャー」は一種の専門キャリアといえる。予算策定から人事(の一部)までを担っており、日本でいうならシニアマネージャー(部長)級だろう。ニッポンは違うぞ
という意見もごもっとも。貧弱な権限と、過大な責任を負わされるのがニッポンのPMかもしれないが、それでも、「会社の肩書き」を超えるキャリアに仲間入りすることができる。

 Rita本によると、「まるっきり人生を変えた」という人が出てくる。国際的な資格を取得したということで、その人の能力が(周囲から)見直されたという。これは、ありうる話。試験勉強ひとつでその人が有能になるとは思えないが、「あの人がPMPを…」的な目で見られるようになったのだろう。もちろん、PMPホルダーだからといってプロジェクトをスイスイまわせるとは限らない。だが、周りは、そうは見ない。

 結局これは、吉と見るか凶いと見るかの違いだ。「PMPホルダーだから、あいつにやらせてみるか」は、チャンスになる。ひょっとすると腐臭ただよう爆弾プロジェクトを押し付けられるかもしれない。それでも、持ってないときよりは、PMとしてのチャンスは巡ってくる。さらに、(挑戦すれば明白だが)この試験は、とても実践的だ。「こんなときどうする?」「あんなときどうしたらいい?」といった状況で、いかに"ベター"な解決策を選ぶか、教訓(Lesson Leaned)を得られるのだから。

 プロジェクトマネジメント、この言葉にピンとくる方は、ぜひ挑戦してほしい。

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PMBOK4日本語 【PMP試験対策】シリーズについて。

 ベースは、PMBOK4版と、"PMP Exam Prep"、通称Rita本の2本立て。PMBOK4版は英語版のみリリースされており、日本語版は7月だったのが延期され、9月に流通予定。"PMP Exam Prep"は、Ritaという方が書いており、最強の試験対策本。3回読めば合格できるという触れ込みだが、厚い・デカい・英語で書いてある。3版であれ4版であれ、PMBOKガイドがあれば読み進められるようにまとめるつもりだ。

 いわゆる20代後半から30代の中堅社員向けの、プロジェクトマネジメントにおけるガイドになればうれしい。過去の記事は、以下のリンク先が入り口となっている。PMBOK2000やPMBOK3版が元となっているため古さは否めないが、「PMIイズム」「PM的思考」は学べる。ぜひ参照してほしい。

   【PMP試験対策】 PMBOK2000版
   【PMP試験対策】 PMBOK3版


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究極の、"ものがたり"「オデュッセイア」

オデュッセイアI 究極の物語り、「オデュッセイア」を読む。

 「オデュッセイア」とは、英雄オデュッセウスの冒険譚で、ご存知の方も多いかと。一つ目の巨人キュクロプス(サイクロプス)や、妖しい声で惑わすセイレーンといえば、ピンとくるだろう。トロイア戦争に出征し、活躍をしたのはいいのだが、帰還途中に部下を失い、船を失い、ただ一人で地中海世界を放浪し、十年かけて帰ってくるんだ。

 このオデュッセウス、勇猛果敢なばかりか、知恵と弁舌がはたらく策士でもある。あわやというところで、(運もあるが)機転を利かせてくぐりぬける様は痛快だ。一つ目のキュクロプスの目を潰すとき、自分の名前を「ウーティス(誰でもない)」だと騙す話なんて、様々な物語に翻案されている。魔法で豚の姿に変えられたり、冥界に降りて予言を聞いたり、前半の奇譚集はどこかで聞いた覚えのあるネタの宝庫だろう。

 そして後半は、求婚者の誅殺がメイン。オデュッセウスの不在を良いことに、妻ペネロペイア(美人)を陥落せしめんとする求婚者どもが入り浸る。主がいない邸を我がもの顔で徘徊し、宴会し、財産に手をかけている。彼ら40人を相手に、策略と豪腕が炸裂する場面は、スペクタクルそのもの。D.マレル「一人だけの軍隊」や、S.ハンター「極大射程」のラストの大殺戮、やりたい放題し放題のカタルシスを味わえるぞ。

オデュッセイアII そして今回、と変わった「読み」を試してみた。これがなかなかなので、紹介しておく。

 オデュッセウスは、とにかく弁が立つ。物語るのが上手いんだ。相手の力量や真意をはかるため、自分の身分を騙るのが得意ときたもんだ。翻訳者の注釈のおかげで、読み手はそれが「嘘」だと分かるが、あまりの立て板に水っぷりに、地の文まで疑いたくなる。

 つまり、十年におよぶ冒険話も、ぜんぶホラ話なのではないかと。トロイア戦争に出たのはホントだけど、土地の女といい仲になり、帰るに帰れなくなってしまったのではないかと。海の女神カリュプソーが彼を気に入って、帰そうとしなかったとあるが、オデュッセウスの口からでまかせだとしたら?

 そうすると、俄然おもしろくなる。巨人退治や大渦潮の化け物の話は、旅先の土地にまつわる伝説をネタにでっちあげ、お土産の金銀財宝は海賊行為で集めたとしたら?十年も家をほったらかしていた理由を、この壮大な物語で言いわけしようとしたら?と仮定すると、「智謀に富むオデュッセウス」が「ずるく悪賢いオデュッセウス」に見えてくる。

 その一方で、後半の復讐シーンが生きてくる。怪物相手だと、さらりと言い流しているにもかかわらず、相手が人間になると、準備・実行・後始末が念入りに語られる。結局、一番恐ろしく、厄介なのは、人間なのだ。「芸術とは、真実を気づかせてくれる嘘である」と喝破したのはピカソだが、この場合にも当てはまる。

 もちろん、ゼウスやアテネをはじめとした神々の視線にさらされており、吟遊詩人の叙事詩という形式なので、上で述べたのは妄想にすぎない。でも、物語の名人、オデュッセウスがホラ話を紛れ込ませていても、ホントかウソか区別がつかなのも事実。なぜなら、語るとは、騙ることなのだから。

 だからこれは、究極の物騙りなのかもしれない。

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