« 2009年7月19日 - 2009年7月25日 | トップページ | 2009年8月2日 - 2009年8月8日 »

ゲームで子育て「塊魂」

塊魂 やばい。

 やばいよこれ。

 「やばい」じゃなく、「やヴぁい」のレベルになっている。

 カタマリを転がして、モノをくっつけて大きくするゲーム。家族全員ヤミツキ状態にしたのは、Xbox360「ビューティフル塊魂」。Wiiピクミンを絶賛してたらオススメされたのが運の尽き、抜け出せない止まらない。

 小さなカタマリを転がして、周りのモノを巻き込んでいき、大きなカタマリにするシンプルなルール。でありながら、限られた時間内に課題を巻き込んでいく戦略性や、障害物をよけながらカタマリを操るレースゲーム感覚も必要。けど、そんなこと気にせず、気楽に転がしてもいい。箱庭世界を探索していくうち巨大化し、世界をまたに転がす開放感、ついには世界そのものを巻き込む快感。デカい雪だるまをつくる、そんな嬉しさがある。

 能書きさておき、子どももオトナも中毒している。

 いいな、と思うのは、息子の熱中度。あと少しでクリアというところで時間切れになると、悔しそうに「もう一回」という。何度も挑戦して、やっとクリアすると誇らしげに笑う。思い返すと、息子が自力でクリアまで行ったことがなかった。ポケモンしかり、ピクミンしかり、一緒にやって、ちょっと楽しんで、おしまい。あと少しで GameOver になってしまった、という「ちくしょう!」感が無かったのよ。

 どんなゲームでもそうだけど、「壁」がある。初プレイで易々とクリアできるなら、それはゲームじゃなくて紙芝居。かならず「壁」にぶつかって、ああでもないこうでもないと苦心してリトライして、上達したり発見したりするのがゲームなんだ。「壁」は、ちょっと難しいアクションだったり、推理やロジックを駆使して見つける手がかりだったり、覚えるべき攻撃パターンだったり、様々な形で現れるが、この「壁」のおかげで、達成感を味わえる。

 この、「やったぞ!」感覚こそが、ゲームを「面白く」しているもの。日常生活ではなかなか味わえない、このプチ・ブレイクスルーを手軽に楽しむには、ゲームが一番かと。たとえ小さくとも、フロー体験を積み重ねていくことが、彼の自信につながっていくんだ。ある子は駆けっこで、またある子は計算テストで、この快感を得るのかもしれない。もちろんそれらも大事だし、張り切ってもらおう。しかし、そうした「競争」から外れたところでも、達成感を楽しめるようになれたらなー、と思ってる。

 競争化社会に毒された親が、その轍を踏ませないよう、ゲームで子育て。

 スコアや勝敗を競うものもあるが、ゲームの基本の相手は、自分自身。かつての自分が「壁」と感じたものをクリアすることこそが、ゲームの醍醐味なのだから。ゆるいデザインとシンプルな面白さに巻き込まれながら、ゲーマーパパは思うのだよ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

プロが選ぶ、究極の一冊

Pen Pen の最新号(2009/8/1号)で、面白い特集をやっている。各界のプロフェッショナルにとって、それぞれ「究極の一冊」を紹介してもらうというのだ。

 わたしの場合、「本」を媒介して「人を探す」ために好都合だった。自分にとってのスゴ本を評価している人は、どうしたって好意を持ってしまうもの。あるいは反対に、人を介したブックハンティングとしても有用だろう。「あの気になる人は、いったい、どんな本を読んでいるのだろう?」というやつだね。意外な人が意外な本を読んでたりするのがたまらない。

 では、「究極の一冊」として挙げられたうち、選りすぐりをいくつか。なるほど、かくやという「この一冊」が並んでいる。書名と、挙げた人のコメントを添えて紹介する。


   「ANDY WARHOL」(Andy Warhol)
   ひとつの本を読むことは、未知の街を歩くこと

   「恋愛と贅沢と資本主義」(ヴェルナー・ゾンハルト)
   恋愛と無駄遣いこそが、経済を成長させる

   「百年の孤独」(ガルシア=マルケス)
   時系列が入り乱れて、いろんな自分がいるような気がするんです

   「自由からの逃走」(エーリッヒ・フロム)
   本当の「自由」の意味が、いま問われている

   「六三四の剣」(村上もとか)
   人間の表も裏も、ぜんぶ描ききるのが漫画

   「壁」(安部公房)
   私の想像力を、ノンストップで誘導する

   「フォークの歯はなぜ四本になったか」(ヘンリー・ペトロスキー)
   無駄に見えることからこそ、発想は生まれる

   「柔道部物語」(小林まこと)
   柔道の強さは柔道の練習で身につけるべき

   「メディアはマッサージである」(マーシャル・マクルーハン)
   メディアの正体は、自分の頭の中の考えを伝えるもの

   「オーパ」(開高健)
   釣れたかどうかではなく、釣りに行くことが目的。結果で左右されるなら、
   もう"遊び"ではない


 次に、人リストをどうぞ。これは全員あげてみよう。


     横尾忠則(美術家)
     森山大道(写真家)
     桜庭一樹(作家)
     仲條正義(グラフィック・デザイナー)
     隈研吾(建築家)
     長谷川祐子(キュレーター)
     鳥居みゆき(芸人)
     祖父江慎(ブックデザイナー)
     嶋浩一郎(編集者)
     小島聖(女優)
     田島貴男(音楽家)
     村越正海(フィッシャーマン)
     安西水丸(イラストレーター)
     青山南(翻訳家)
     黒田龍之助(語学教師)
     岩田健太郎(神戸大教授)
     森永卓郎(経済評論家)
     渡辺喜美(衆議院議員)
     古賀稔彦(柔道家)
     三田紀房(漫画家)
     小林弘人(クリエイター)
     依田紀基(棋士)
     上田一生(ペンギン会議研究員)
     平山ユージ(クライマー)
     小島景(シェフ)
     平川武治(ジャーナリスト)
     藤原竜也(俳優)
     中江裕司(映画監督)


 さて、誰が何を「究極の一冊」としているだろう?「柔道部物語」を挙げた人は一発で分かるだろうし、桜庭一樹ファンなら、彼女が何を選んだかは即答できるはず…では、他は?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

異文化と異性と「マイトレイ」

マイトレイ 恋話はミステリに似てる。

 あの娘は何を思っているのだろうか?わたしのことだろうか?わたしとのあのことをイヤがってなかったのだろうか?それとも…好きなのだろうか?

 男性の一人称でつむがれる物語の中心に彼女(マイトレイ)という謎があり、読み手は、彼と一緒に悶々とさせられる。男性側の一方的な予断・妄想・思い違い、自分ひとりで極端なことを考えていることにぎょっとなり、自身の思考に中毒する。

 しかも男はイギリス白人で、相手の少女は16歳のベンガル人、舞台は植民地なのだ。文化のコードがぜんぜん違っているから、すれ違いがたくさん起きる。無防備なしぐさや振る舞いは、好意の表れなのか、そういう伝統だからなのか、分からない。

 異文化が接するところから起きている、すれ違いや衝突が面白い。さらに、異文化を通じて自分を再発見する過程が愉しい。異性に触れることで自分の性を発見し、異文化と交わることで自分のアイデンティティを発見するのだ。彼は、そうした当時の気持ち、情熱が育ってゆく様子を、日記体で綴っている。読み手はやきもきすることおびただしいだろう。そして、語っている現在から振り返った真相をカッコ書きの注釈で記す。

 ここまでくると、鋭い読者は気づくだろう。この恋が、どんな結果を迎えたのかを。

 しかし、予想を裏切る「その後」の展開に、かなり驚くかもしれない。この恋は、あまりに犠牲が大きすぎる。悲恋の代表格として、「ロミオとジュリエット」があるが、そのナナメ上をいっている。解説まで含めると、すごいドンデン返しだね。ぜひ、マイトレイから見た小説「愛は死なず」を読んでみたい。

 この小説から一番おいしいところを抜いてみた。むせ返るような息苦しさを味わって(思い出して?)みてほしい。

こうした散策は今も鮮やかに、苦しいほど甘く記憶に残っている。肉の記憶は易々と過ぎ去り、体の結合は、どれほど完璧だったにしても、渇きや空腹と同様に忘れられるが、街の外での私たちのあの濃密な交感からは何一つ消え去らなかった。あのとき、目だけですべてが語り合われ、抱擁一つが愛の一夜の代わりをなしていた。そこでのみ、あの飽かず動かず眠りを誘う視線を取り戻すことができた。
 恋の中心にいるときは、目くばせひとつで想いが伝わり、触れたところから体がおののく。恋のチカラを全身に感じる。もうぜんぶ全部あげたくなる、あせりと苦しさと切なさが爆発する。異文化の異世界の異性に、そういう想いを思い出せるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年7月19日 - 2009年7月25日 | トップページ | 2009年8月2日 - 2009年8月8日 »