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残酷な妖女のテーゼ「ファム・ファタル」

ファム・ファタル 女は美しい、女は恐ろしい。

 両者は固く結びついていることが分かる。女は美しいから恐ろしいのであり、恐ろしいから美しいのだ。恥も外聞もなく色を貪る吸精鬼、嫉妬の炎を宿した魔女、切断された男の首を抱えてイキ顔の淑女――ファム・ファタルとは、美しく、恐ろしい彼女たちを指す。

 本書はファム・ファタルのイメージを、「残酷」「神秘」「淫蕩」「魅惑」という4つのテーマに分類し、妖婦たちの諸相を名画や彫刻で紹介する。オールカラーで図版豊富なのが嬉しい。官能的な肉体に心を奪われると同時に、おぞましい姿にゾっとさせられる。あるいは、女の犠牲となった男の哀れな姿に同情する。エロチカル・アートは見るものの欲情をかき立て、記憶の奥に刷り込まれようとする。

  1. 残酷 サロメ/メディア/スフィンクス/メドゥーサ/ユーディット
  2. 神秘 イヴ/モナリザ/キルケ/パンドラ/セイレン/ロクセラーナ/クレオパトラ/ジョセフィーヌ/ロリータ
  3. 淫蕩 マリリン・モンロー/オンファーレ/デリラ/カルメン/ナナ/メッサリナ/リリス/バド・シェバ
  4. 魅惑 ヘレネ/ヴィーナス/フィリス/フリュネ/レカミエ/サバティエ/ハミルトン夫人
 わたしを惹きつけるのは、あらわになった肌や乳房だけではない。サロメやユーディットの傍らにある生首から目が離れない。なぜ、「半裸の女+生首」なのだろうか?

 解説によると、サロメは自分をフった男の首を所望したという。盆に載せられた生首を掲げてふふふと笑う彼女は、輝くほどに美しい。あるいは、自分の体に溺れた男が眠っているすきに、その首を刈ってしまうユーディット。きらきらした目、上気した頬とひたい、首筋から胸元にかけてバラ色に染まった肌。セックスの跡ありありとした女体と、血にまみれた男の死体はよく似合う。

 あるいは、神の警告をスルーする肝の据わったイヴがいい。傍らのアダムは陰部を隠したまま萎縮している一方、貪欲な目で果実を見つめるイヴ。下腹部が妙に膨らんでいるのはゴシック・ヌードの典型なのだろうか、それとも妊娠を暗示しているのだろうか、興味は尽きない。

 さらに、アリストテレスに跨ってムチ打つフィリスがすごい。アリストテレスは女性蔑視論者だったそうな。「あらゆる動物の世界を見よ、オスはメスより大きく、美しく、敏捷だ。人間もこれに変わるところはない」などと性差別的な発言を繰り返す哲人が、裸の彼女の前ではなす術もない。女を蔑視しながらも女から離れることができない男の偽善と二重性が暴かれている。

 また、メデューサの論考が面白い(髪が蛇で正視したら石化するやつね)。女のアソコを見たい欲望と、見ること(タブー)への恐怖がメデューサ神話に内在しているそうな。欲望と禁止を象徴しているのが、メデューサの首になる。フロイトじみた解釈だが、さまざまな「メデューサの首」を通じて、もじゃもじゃと乱れた蛇は陰毛で、「見てはいけない顔」が陰部であるメタファーが効いてくる。

 殺された男の血と、妖婦たちの唇の朱のコントラストが美しい。真っ白な肌には血の朱がよく似合う。上気した頬や満足げな様子は、性欲だけでなく食欲までも満たされたかのようだ。ところで、男の肉体はどこへいったのだろうか?ひょっとして…いやまさか…

 ひょっとするとセックスとは、男が「食べられる」行為なのかもしれない。したことを「食っちゃった」「いただいた」と表現する男がいるが、逆だ逆、食べられたのはキミの肉棒なのだ。男子の一部は草食系だが、女はすべて肉食系。男が密やかに抱いている、「食べられたい」欲求に気付かせてくれる一冊。あるいは女性なら、体の奥の"食欲"を刺激する(?)一冊。

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詐欺師の手引書、あるいは自衛のために「統計はこうしてウソをつく」

統計はこうしてウソをつく 「嘘には三つある。普通の嘘と、真っ赤な嘘と、統計だ」

 マーク・トウェインのこの言葉に、笑うか納得したならば、本書は不要だ(でないなら、本書を読むと愕然とする)。メディア・リテラシーの基礎なので、このblogの読者なら既知のことばかりかと。統計がいかに恣意的になされ、曲解され、独り歩きしているかが丁寧に説明されている。

 たとえば、恣意的な統計については、銃の規制に関する2つのアンケートが紹介されている。銃規制活動家が調べた結果では、米国民の3/4以上が銃規制に賛成している。いっぽうで、全米ライフル協会の調査によると、米国民の3/4以上が銃規制に反対しているそうな。なぜか?違いは、質問の仕方に秘密がある。

  1. 銃規制賛成者「あなたは違法な銃販売を取り締まることに賛成ですか?」
  2. 銃規制反対者「誰が銃を販売してよく、誰が銃を所持してはいけないかを決める権限を警察に与える法律に賛成ですか、反対ですか?」
 当然のことながら、1. の「違法な銃販売」に対し、否定的な反応が得られ、結果「規制賛成」が大勢となるだろう。また、2. の「警察に権限」に対しても、否定的な回答となり、そのため「規制反対」という意見が大分を占めるに違いない。つまり、質問の言い回し(wording)により、望みどおりの回答を得られるように「誘導」できるわけだ。他にも、質問の順番により反応を制御する方法がある。「内閣支持率」「政党支持率」の"アンケート調査"で重宝されているね。

 あるいは、事例を定義の代わりに使うテクニックが興味深い。これにより、わたしたちの認識を簡単に歪めることができるそうな。テレビの報道番組で、ある子どもが親に撲殺された事件を流してから、「これは児童虐待の一例です」と説明する。センセーショナルな"演出"をするのは、そのほうが視聴率を稼げるからだ。劇的で、不安をかきたてるような実例をかかげ、「この問題はこれほど深刻だ」と煽るわけ。

 その結果、視聴者は「子どもが殴り殺される」ような最悪の事例を典型的なものと見なし、問題を極端な形で捉えてしまうことになる。児童虐待で子どもが殴り殺されるケースは少なく、むしろ、ネグレクト(養育拒否や放置)のほうがはるかに多い。著者はそこに注意を向ける。親に殺されることが「児童虐待」だと定義してしまう恐れがあるというのだ。その結果、死亡事件を防ぐために立案された児童保護政策は、親のネグレクトから子どもを守ることに有効ではないかもしれない。

 もっと酷いことに、深刻なケースと広い定義に基づく数字をドッキングさせる捏造屋も出てくる。撲殺事件を典型例として取り上げながら、これほど深刻でない虐待やネグレクトの事例を何百万件も含む統計的推定値を掲げるのだ。視聴者はおそらく、「こんな残虐な児童虐待が何百万件もあるのだ」と受けとるだろう。

 まだある。違うものを同じものとして扱っているそうな。たとえば、米国の子どもは他国の子どもと比較して、学力テストの成績が低いと報じられる。これは、子どもの能力よりもむしろ、国による教育制度の違いを物語っている。米国の子どもの大部分はハイスクールに通うが、他国は優秀な生徒が選ばれて高等教育を受ける(そうでない子どもは職業教育校へ進む)。優秀も劣等も入った米国の高校生と、優秀な他国の高校生とを比べても、そもそも比較にならないのだという(日本でも似たような議論があったな…)。

 不適切な一般化、都合のいい定義づけ、暗数を使った詐術、「数」と「率」を使い分ける法、アンケート・コントロールなど、統計数字を使ってこじつけるありとあらゆる詭弁が紹介される。情報の受け手は数字を事実と考えるかもしれないが、発信者が事実に意味を持たせるのだ。そしてその意味は、発信者のイデオロギーで決まってくる。

 ホントは、分かりやすい数字が出てくるとき、もっと身構えるべきなのだ。にもかかわらず、数字が数字であるという理由だけで、易々と信じてしまうわたしがいる。複雑な社会現象に「分かりやすさ」を求めているから。「理解したい」という欲望を裏返すと、「騙されたい」動機が潜む。たとえば、4章の「日米の弁護士とlawyerの比較は成り立つか?」なんてその典型ナリ。本書を読むまで、まんまと罠にハマりこんでいた(しかもそのことに気づいていなかったぞ)。

 ではどうすればいいのか?残念ながら万能薬はないそうな。せめて、統計を批判的に検討していけとアドバイスする。その観点として、次の問いかけをしてみろという。すなわち、「誰がこの統計をつくったのか?」、「この統計はなぜつくられたのか?」。

 つまり、統計作成者の役割に注意を向けろという。いわゆるポジショントークやね。立場が数字を作るのだから。そして、数字が説得の道具として用いることを意識して、作成者の「動機」や「意図」を理解するんだ。その上で、その数字が妥当かどうかを吟味しろという。なんらかの視点や意図を持っているというだけで、その統計の価値を割り引いて考えてはいけない。そもそも、統計とは「意図」を持っているものだから。

 数字は嘘をつかないが、嘘つきが数字を使うんだ。

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作家を、プロデュース「小説作法ABC」

小説作法ABC 小説を書く基本技術がひととおり。

 新米作家の教則本として読んでもいいし、深い読書への手引書として扱ってもいい。「小説は、Why? とBecauseで推進される」とか、「読書の快楽は予定調和とドンデン返し」といった基礎だけでなく、「同じ村上でも、春樹は回想、龍は実況」や、「谷崎は変態、三島は売れない俳優」といった、著者の文学観をも垣間見ることができる。

 なかなか実践的なのは、各章のおしまいに「練習問題」がついているところ。たとえば、既読の小説のあらすじを100字にまとめろという。要約することで、いわゆる「読ませどころ」へ向かわせる物語の軌跡が見えてくるんだと。さらに、要約した小説の帯コピーを50字でまとめろという。キャッチコピーを考えることで、その小説の「最大の売りどころ」を見抜けという。要は「目玉」やね。おもしろそうだとそのとき感じた作品を漫然と読んできたわたしにとって、いい刺激になる。

 あるいは、強力なトレーニング法を知ったぞ。実行するのも楽しいし、自作を書くときもすぐに効果がでてきそうだ。「小説は出だしが肝心」なことはあたりまえだが、その有効な鍛え方がこれ。

名作をはじめから結末まで読み通すのがたいへんなら、冒頭だけ読めばいい。文学全集の冒頭だけを、制覇するのです。これにより、文豪たちが読者をわくわくする世界へどのようにして引きずりこんだかが体得できます
 これ、試してみるわ。図書館で文学全集の各作品の出だしだけ読んでみるのだ。で、解説から得たテーマと突き合わせてみる。出だしとテーマ間のフィット・ギャップに着目することで、作家が読者を導く手腕を測るのだ。

 さらに、なんとなく知っていたレトリックも、ハッキリ解説されることで、あらためて「技術」なんだと気づかされることが沢山あった。たとえば、比喩の奥義は、「フィジカルな感覚」。視覚「以外」を駆使して、読み手の肉体にダイレクトに訴えかけていくような表現を心がけよという。その例が谷崎の「春琴抄」。縫い針で自分の目を刺す、読んでるこっちが痛かゆくなる場面だ。

 まだある。レトリックは単発ではなく、規則性を持って配置せよという。つまりこうだ。水のイメージを伝えたいのなら、水そのものの比喩表現を練るだけでは不十分。雨を降らせたり場面を川べりにしたり、はたまは蛇口からポタポタ滴る音を聞かせることで、水のイメージを読み手につきまとわせよという。わたしのような邪悪な読者は、その配置から先の展開を予想しまくる。どういう気分にさせたいのか、裏読み・先読みするのだ(マネしないように)。

 そんな技術的レクチャーだけでなく、著者・島田雅彦の文学感覚も楽しめる。むしろ、抑えた口調に閃く感情を思いやると、ヤッカミや嫉妬心の香ばしさが漂ってくる。作家が作家を語るとき、けっこうホンネが出るものね。

 たとえば、最近の小説の舞台のほとんどが、「東京」だという。しかし、そこで描かれる「東京」は、表層の部分だけだという。なぜなら、東京出身の作家なんてほとんどおらず、真に東京を理解しているとは言いがたいから。地方との差異だけが関心の全てだという視座ではダメ――で、著者の出身を調べると、案の定というか、世田谷区出身。「おまえらが書く『東京』は、ホントの東京じゃないんだーッ」という心の叫びを訊け。

 そして、村上春樹への鞘当てが愉しい。やり方も念が入っていて、直接話法じゃなくって、間接話法なww。まず、ライトノベルについて語る。ラノベとは要するに、江戸時代に大流行した黄表紙や滑稽本の回帰なんだという。能天気な会話中心のストーリー展開なんて、まんまでしょと指摘する。で、返す刀で春樹作品も似たようなものだと当たってくる。「いまやその村上春樹も最も成功したグローバル商品です」と、誉めてる(?)と思いきや、こう続く。

グローバル商品を作る秘訣は誰も傷つけず、万人を心地よくすることにあります。それは、作品のディズニーランド化を図ることだといってもいい。読者は手軽に現実逃避ができるテーマパークで、しばし日本の現実や日々の憂鬱を忘れることができます
 間違ってはいないんだが、ハルキストが読んだら腹立てるかも… けだしファンというものは、作品の中に人生含蓄や批判精神を幻視して喜ぶもの。だから、そいつを「ディズニーランド化」とラベリングされると、ミもフタもなくなってしまう。「エンタメじゃないもん!世界文学だもん」なんて、ウチダさんかトヨザキさんあたりが言いそうだ。

 加えて、著者のデビュー作「優しいサヨクのための嬉遊曲」の顛末が語られたりしてて、出世物語としても面白い。作家コーチング本として、読者マニュアルとして、あるいは島田雅彦の文学論として、何通りにも読める。

 このテの本はいろいろ読んできたが、この順で読むと分かり易いかな。

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