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終わらない終わり/終われない終わり「城」

城 死ぬときに後悔しないための読書。

 余名宣告を受けて「あれ読んでおけばよかった…!」と後悔しないために、昔からの課題図書をシラミつぶしに読んでいる。もっと早いうちに読んどけばよかった…と思う一方で、このトシまで積んできたからこそ「読める」読み方があったり。

 今回は、カフカ「城」。

 測量士として「城」に招かれたKが、なぜか「城」に入れなくて悪戦苦闘する不条理を描いており、職業が唯一の存在形式となった現代人の疎外を抉り出す――70文字で紹介するとこんな風になる。この「城」とは何かについて、さまざまな解釈がなされてきたが、残念ながら、わたしには文字どおりにしか読めなかった。

 エラい小説家が誉めているから、ありがたがって寓意を見つけようと頑張ったのだが、「意味」なんて無かった、というのがわたしの結論。そこに意義を見つけるから、その定義に縛られるという見方をしてもよいのなら、「掟の門」になぞらえてもいい。しかし、掟の門は個人の話で、「城」は村全体を覆うように存在している。物理的にだけでなく、村人を唆して、ある家族を八分にするほどの影響力を持っている。

 いや、これはちがう。アマーリアの家族が村八分にされたのは、彼女を口説こうとした「城の役人」を手ひどく拒絶したから。いやいや、これも誤りだ。アマーリアは拒絶したのは、「城の役人」というよりもむしろ、「城の役人の使者」であり、拒絶したというよりもむしろ、役人の誘いの手紙をバラバラに破いて投げつけたことなのだから。

 …うーん、それも間違っている。「役人の誘惑の手紙」なんて言いまわしは、よっぽどオブラートに包んだ言葉で、中身は卑猥な言葉を並べた半分脅し文句のようなメモだったという――これを、「信頼できない話し手」がKに告白するのだ。Aだといい、次にAでないといい、さらにAでないのは嘘だという。話が進むたびに、以前の発言、性質、事象の解釈が変えられ、曲げられ、訂正されていく。

 そのため、「城」を読み手の何かに照応させた次の章で否定されることになる。わたし自身、最初は「城」を官僚機構の象徴だと思ったが、次にはフラットさや柔軟な(ほとんど気まぐれな)一面を見せる。

 ストーリーをほどいても、一緒だ。つまりこうだ。主人公であるKが出会う人びとに順に焦点があたっていくのだが、前の人の印象が、「いまKと相対する人物」で上書きされてしまう。天使の素直さと献身は計算尽くめの表れだったり、悪意のカタマリだった発言は、過去の悔改からくる叡智のように、感じられる。これは、Kがどう思うかが問題ではなく、読み手にどういう効果を及ぼすかが重要。だから、「城とは――だ」といった瞬間、それはウソになってしまう(言うのは勝手だが)。

 その人の「存在感」が次の人によって否定され、別モノに作り変えられていくことで、「あの人は一体、何だったんだろう」という印象を読み手に持たせる。濃密な時間を過ごしたのに、淡白な反応しか見せないK自身に対しても、読者は不満感を募らせていくに違いない――ここからはわたしの妄想だが――そしてついに、Kそのものも別人が描写しだすことにより、K(だと読み手が思っていたキャラクター)が上書きされていく。まるで、ほうきを持って後ろ向きに歩きながら、自分の足跡を消して廻っているような読後感になるだろう。そして、最初から、「城」なんてものはなかったことに気づくのだ。

 あるいは、この後退を無限に続けるために、この物語の出口は最初から破壊されていなければならない。物語が「はじまりとおわり」という構造を持つことを否定するために、カフカの書いたものは未完を運命づけられているのかもしれぬ。

 「城」は唐突に終わってしまっているため、どういう結末になったのかは、推して知るべし。ただ、「終わりのない終わり」もしくは「終わらない終わり」こそ、ふさわしい。

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