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男と女はどのように壊れるのか「軽蔑」

軽蔑 オシドリ夫婦が壊れていく話。

 「よくあることじゃん、現実にも」という方には、次の点を強調しておこう。この小説は、男性側から一方的に見た、「オシドリ夫婦が壊れていく話」なんだ。インテリであり作家である夫が告白する形式なのだが、その回想描写が正確であればあるほど、心理分析が的確であればあるほど、疑わしく思えてくる。なにが?なにもかもが。

わたしたちは愛し合っていた。この物語の主題は、わたしが依然として妻を愛し、妻を無批判に受けいれていたときに、どのようにしてエミーリアがわたしの欠点を見出し、あるいは見出したと思いこみ、わたしを批判し、ついにはわたしを愛さなくなったかを語ることである。
 愛さなくなっただけでなく、夫のことを軽蔑し、静かな怒りまで抱くようになったという。夫にしてみれば、身に覚えもなく、やましいことも一切していない(と思っている)。なので、最初は戸惑い、次に怒り、ついには泣きつく。

 読み手は、「なぜ妻はわたしを愛さなくなったのか」という夫の繰り言に強制的に付き合わされることになる。夫が見過ごしてしまった言動の中にその原因を探す、いわば探偵役としてストーリーに入っていく。序盤から中ほどまでは、この探す楽しみがミステリのようで面白い。ただし、出だしから不吉な通低音が鳴り響いているので、カタストロフを覚悟しながらの読書になる。

 夫は、過去の数ヶ月をさかのぼるようにして、当時においては何の意味もなく、自分でも気づかないまま過ぎてしまった出来事の痕跡を、忍耐強くまさぐり、再構成する。彼と一緒になって過去を分析するうちに、彼女に愛されていることそのものが実は幻想だったのではないかという疑いに達する。つまり、変わったのは妻ではなく、夫のほうではないのかという、恐ろしい仮定が浮かび上がってくる。

 二人の愛を疑うまいという彼の涙ぐましい努力は、そのまま彼を「信頼できない語り手」に貶める。妻は容姿こそ優れているとはいえ、教育のないタイピストであり、自分は教養のあるインテリなのだ――そんな思考の前提により、読み手が抱く「語り手への疑惑」が加速する。分かっていないのは、実は、夫なのではないか?

 最後に到達した「真実」が、彼女の真意であるかどうか、検証されない。ずっと理由を渇してきた読者は、喜んで飛びつくだろう、この男のように。しかし、この「理由」が、男サイドの独りよがりの可能性もあるのだ。語りのエピソード一部が幻想的どころか、ホントにお花畑しているのを見ると、そう思えてくる。にもかかわらず、解説者がコロッと騙されていて面白い。「どうしてアナタは○○なの!」を枕詞に女房に怒られ、戸惑い悩んだことがないのだろうか?

 女は、理由もなく怒れるもの。たとえその怒りに最初は原因があったとしても、そしてその原因が除かれたとしても、女は、怒り続けることができる。身勝手とかいうのではない、女は、理屈で怒らないのだ。理屈ドリブンではなく、感情ドリブンなのだ(ソース俺)。過去の「出来事」が原因でこじれた感情は、出来事をどう正そうとも直らない。別の感情で上書きしてもらうしかない。このへんの機微が分からない男性が不用意に読むと、主人公が「信頼できない語り手」であることに気づかないままラストで同意してしまう。

 そういう危険を秘めた、サスペンスフルな一冊。

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コメント

この全集に大好きなモラヴィアが入ってくれて、うれしいです。
学生時代にひたすら読んでから、しばらく読んでいないので、押入れから引っ張り出そうかと考えています。

ゴダールの映画でも有名な本作ですが、出来はともかく、ゴダールも妻アンナ・カリーナとの不仲のおかげで、この作品の映画化を思いついたようで、ブログの自分の体験と結び付けての読みは有効だし、とても面白いと思いました。

集英社の文学全集でも、やはり「軽蔑」が収録されていたのですが、今回もやはり同じ作が収録されているのに物足りなさを感じます。

モラヴィアはイタリアの文豪だけあり、映画「暗殺の森」の原作「孤独な青年」、「無関心な人々」、「深層生活」など、もっといい作品は多くあるのに、男女の機微を扱った、この作ばかりが取り上げられるのに不満を感じます。

投稿: よしぼう | 2009.08.24 22:00

>>よしぼうさん

  > もっといい作品は多くあるのに、男女の機微を扱った、
  > この作ばかりが取り上げられるのに不満を感じます

全集に収録されているラインナップを眺めていると、選者の池澤夏樹の「意図」が見えてきます。「中心より周辺」「遠大より近小」「単品より併読」といった感じでしょうか。いわゆる英独仏米のブンガクした奴を避けつつ、ここ100年の作品に絞り、歴史モノより男女モノを偏愛しているように見えます。それも、「あえて」そうしているのではないかと。

というのも、残念ながら、作品のレベルが一定せず、「同地域の同テーマでもう一人」という選び方で「苦しい」作品が浮上してくるからです。版元やボリュームの事情があるのでしょうが、選者自身も「自由に」選んでいないのかも。

投稿: Dain | 2009.08.26 00:24

最後のパラグラフ、さすが とうなってしまいました。

「理屈ドリブンではなく、感情ドリブンなのだ」

私の長年のもやもやした気分に決着をつけてくれたコンパクトな一文。忘れることはないでしょう。

かれこれ長いことこちらにお邪魔していますが、これは大きなインパクトでした。

明日からの暮らしに、いくらか光が差した気がします。ありがとうございました。

投稿: pent | 2009.08.30 13:21

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» 「ゼロで割る」と「Intolerance 〜あるいは暮林助教授の逆説〜」 [HPO:機密日誌]
非常に骨子が似ている。びっくりした。あとで詳しく書く。 ふたつとも数学者の話であり、夫婦関係の話であり、オブセッションの話でもある。「ゼロで割る」はテッド・チャンの作品で、短編集である「あなたの人生の物語」に収録されている。「Intolerance」は川... [続きを読む]

受信: 2009.08.26 00:40

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