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詐欺師の手引書、あるいは自衛のために「統計はこうしてウソをつく」

統計はこうしてウソをつく 「嘘には三つある。普通の嘘と、真っ赤な嘘と、統計だ」

 マーク・トウェインのこの言葉に、笑うか納得したならば、本書は不要だ(でないなら、本書を読むと愕然とする)。メディア・リテラシーの基礎なので、このblogの読者なら既知のことばかりかと。統計がいかに恣意的になされ、曲解され、独り歩きしているかが丁寧に説明されている。

 たとえば、恣意的な統計については、銃の規制に関する2つのアンケートが紹介されている。銃規制活動家が調べた結果では、米国民の3/4以上が銃規制に賛成している。いっぽうで、全米ライフル協会の調査によると、米国民の3/4以上が銃規制に反対しているそうな。なぜか?違いは、質問の仕方に秘密がある。

  1. 銃規制賛成者「あなたは違法な銃販売を取り締まることに賛成ですか?」
  2. 銃規制反対者「誰が銃を販売してよく、誰が銃を所持してはいけないかを決める権限を警察に与える法律に賛成ですか、反対ですか?」
 当然のことながら、1. の「違法な銃販売」に対し、否定的な反応が得られ、結果「規制賛成」が大勢となるだろう。また、2. の「警察に権限」に対しても、否定的な回答となり、そのため「規制反対」という意見が大分を占めるに違いない。つまり、質問の言い回し(wording)により、望みどおりの回答を得られるように「誘導」できるわけだ。他にも、質問の順番により反応を制御する方法がある。「内閣支持率」「政党支持率」の"アンケート調査"で重宝されているね。

 あるいは、事例を定義の代わりに使うテクニックが興味深い。これにより、わたしたちの認識を簡単に歪めることができるそうな。テレビの報道番組で、ある子どもが親に撲殺された事件を流してから、「これは児童虐待の一例です」と説明する。センセーショナルな"演出"をするのは、そのほうが視聴率を稼げるからだ。劇的で、不安をかきたてるような実例をかかげ、「この問題はこれほど深刻だ」と煽るわけ。

 その結果、視聴者は「子どもが殴り殺される」ような最悪の事例を典型的なものと見なし、問題を極端な形で捉えてしまうことになる。児童虐待で子どもが殴り殺されるケースは少なく、むしろ、ネグレクト(養育拒否や放置)のほうがはるかに多い。著者はそこに注意を向ける。親に殺されることが「児童虐待」だと定義してしまう恐れがあるというのだ。その結果、死亡事件を防ぐために立案された児童保護政策は、親のネグレクトから子どもを守ることに有効ではないかもしれない。

 もっと酷いことに、深刻なケースと広い定義に基づく数字をドッキングさせる捏造屋も出てくる。撲殺事件を典型例として取り上げながら、これほど深刻でない虐待やネグレクトの事例を何百万件も含む統計的推定値を掲げるのだ。視聴者はおそらく、「こんな残虐な児童虐待が何百万件もあるのだ」と受けとるだろう。

 まだある。違うものを同じものとして扱っているそうな。たとえば、米国の子どもは他国の子どもと比較して、学力テストの成績が低いと報じられる。これは、子どもの能力よりもむしろ、国による教育制度の違いを物語っている。米国の子どもの大部分はハイスクールに通うが、他国は優秀な生徒が選ばれて高等教育を受ける(そうでない子どもは職業教育校へ進む)。優秀も劣等も入った米国の高校生と、優秀な他国の高校生とを比べても、そもそも比較にならないのだという(日本でも似たような議論があったな…)。

 不適切な一般化、都合のいい定義づけ、暗数を使った詐術、「数」と「率」を使い分ける法、アンケート・コントロールなど、統計数字を使ってこじつけるありとあらゆる詭弁が紹介される。情報の受け手は数字を事実と考えるかもしれないが、発信者が事実に意味を持たせるのだ。そしてその意味は、発信者のイデオロギーで決まってくる。

 ホントは、分かりやすい数字が出てくるとき、もっと身構えるべきなのだ。にもかかわらず、数字が数字であるという理由だけで、易々と信じてしまうわたしがいる。複雑な社会現象に「分かりやすさ」を求めているから。「理解したい」という欲望を裏返すと、「騙されたい」動機が潜む。たとえば、4章の「日米の弁護士とlawyerの比較は成り立つか?」なんてその典型ナリ。本書を読むまで、まんまと罠にハマりこんでいた(しかもそのことに気づいていなかったぞ)。

 ではどうすればいいのか?残念ながら万能薬はないそうな。せめて、統計を批判的に検討していけとアドバイスする。その観点として、次の問いかけをしてみろという。すなわち、「誰がこの統計をつくったのか?」、「この統計はなぜつくられたのか?」。

 つまり、統計作成者の役割に注意を向けろという。いわゆるポジショントークやね。立場が数字を作るのだから。そして、数字が説得の道具として用いることを意識して、作成者の「動機」や「意図」を理解するんだ。その上で、その数字が妥当かどうかを吟味しろという。なんらかの視点や意図を持っているというだけで、その統計の価値を割り引いて考えてはいけない。そもそも、統計とは「意図」を持っているものだから。

 数字は嘘をつかないが、嘘つきが数字を使うんだ。

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コメント

『不適切な一般化、都合のいい定義づけ、暗数を使った詐術、「数」と「率」を使い分ける法、アンケート・コントロール』、これ全て免許証更新時の講習(その時のビデオも)に当てはまる訳で、国家自身が自らの欺瞞に気付かずそれを妄信していたりする(交通事故はスピード超過さえ取り締まれば無くなるw)現状では、他の政治的問題も含め解決から程遠い所にありそうですな。
統計学の結晶とも言える経済理論の行きついた先がこの有様、というだけでもその効果の限界は知れている筈なのだが。

投稿: 根暗の蜜柑 | 2009.05.27 16:44

たまたまこんな記事が

asahi.com(朝日新聞社):本読む親の子優秀 下位はワイドショー ベネッセ調査
http://www.asahi.com/national/update/0527/TKY200905260379.html

自分で自分を判断して回答する設問に、何の客観性があるのかと

投稿: | 2009.05.27 17:44

「数字は嘘をつかないが、嘘つきが(上手く)数字を使うんだ」は名言ですね。冒頭の「嘘には三つある。普通の嘘と、真っ赤な嘘と、統計だ」よりも。

仰るように、質問の仕方、その恣意性、そうあって欲しくない(Yesと答えて欲しくない)方向の質問の細分化など、スクリプト時点の細工はよくある話ですね。

ただしもう一つ、否、それ以上に問題なのは、TVのフリップや煽り系の雑誌・書籍でよく使われる、グラフの作り方ではないでしょうか。

ある意味、BtoBではテクニックの一つでもあるのですが、グラフの下半分が切られていたり(例えば、伸び率を表すのに、50%をホリゾンタルにしたり)、伸び率を表すのに何気なく対数グラフを使ったりといった手法です。

質問が羅列されていて、それぞれのパーセンテージが羅列されているような場合なら、「これとこれは括っていいな」という判断が働きやすいのですが、パッとグラフで見せられるとそうはいかないことが多いのではないでしょうか。

いずれにしましても、書籍であればじっくり見分けることができても、TVではそうはいかず、より罪深い?ことは間違いありません。

受け売り的に、「これこれってこうなんだってね!」な~んて言われると、「それって、こう意図がある設問の作り方(括り方、見せ方)なんだよ」と突っ込むことにしているのですが、「なんだ、そうなのね」と言ってくれる女性は5割くらい、「なんで人の言ってることを信じないの!」とむっとされことが3割くらいです(笑)。

投稿: 鷹司堂後 | 2009.05.28 02:10

>複雑な社会現象に「分かりやすさ」を求めているから。「理解したい」という欲望を裏返すと、「騙されたい」動機が潜む。

これは興味深い見解というか…。ん~アリストテレスの詩学は、統計という数字にだって応用されてしまうものなのかなぁ…と、当方考え中…です。

投稿: シュークリーム | 2009.05.28 21:15

昔読んだ、こちらの雑文を思い出してしまいました。
http://onisci.com/565.html

学生時代に統計学に散々な目に遭わされてきた身としては「世間の人は何故あんなに統計統計と軽々しく口にできるんだろう」と慄きとともに苦笑を洩らしてしまいます。
いまだに「アンケートを取ってパーセンテージを出しただけのものは、統計じゃなくてローデータだろう?」と、ついついツッコミたくなってしまいますw

投稿: alpha | 2009.05.28 21:48

>>根暗の蜜柑さん

激しく同意です。特に、「統計学の結晶とも言える経済理論の行きついた先」が現在のメディアでしょう…ただ、それでもわたしは、「統計による主張」を捨てられない、と本書を通じて確信しました。主張者の「意図」を考えつつ、詐術を意識しながら信憑性をさっぴくことで、事象の理解に近づくことができると信じているからです(もっとも、わたし自身「騙されたがっている」ことは否定しませんが…)。


>>名無し@2009.05.27 17:44さん

「ヤバい経済学」で反証されていたネタですねw
相関と因果をミスリードさせる手法は、マスコミの基本かと。


>>鷹司堂後さん

グラフの下部を隠すテクニックは、「支持率」で多用されていますね。テレビでの乱用は、カクシンハンでしょう(公器を使って嘘を流すことが犯罪なのであれば、文字どおり確信犯と呼んでもいいでしょう)。この様々な詐術のネタバラシと告発を行う書籍・番組がどうしても見つかりません、残念なことですが。

TVのバラエティ番組でのミスリードでは、「逆の演出」でバランスをとります。例えば、「児童虐待の極端な事例の一般化」では、「子どもを撲殺する親がウン十万人もいるのだろうか?」→「ウン十万の根拠は?」→「その一般化は、極端な事例と同じ名前で呼んでいるところで欺瞞が生じている」と考えるわけです。逆方向から質問の形でたどると、ガンコな相手も納得しやすいかと。

>>シュークリームさん

これは、最近のわたしの持論なのですが、「世界を理解したがっている」欲求が、世界を知ろうとする動機に結びついているのです。小説を読むのも、テレビを観るのも、誰かと会話するのも一緒です。そこに物語を見出そう・見つけようとしているからこそ、「(統計に)騙されたがっている」人々が生まれているのではないか──そんな風に感じています。


>>alphaさん

このサイトは知りませんでした。ありがとうございます、勉強になりました。確かにきっちり1/6に割れているのは変ですね。サイト主はもう少し好意的に捉えていますが、わたしは「母集団が6の倍数(6n)、しかもnは1か2」として斬って捨てるでしょうね。

「相手(マスコミ)の出してくる数字でもって、判断する」の良例です。

投稿: Dain | 2009.05.28 23:45

>つまり、統計作成者の役割に注意を向けろという。いわゆるポジショントークやね。立場が数字を作るのだから。

統計作成者です。
瑣末ながらここは違うんですよね。
統計作成者は専門の集計会社がやってるだけで、なんの恣意も挟みません。
注意するのは依頼者、つまり使用して発表する者です。

投稿:   | 2009.05.29 10:30

>統計作成者は専門の集計会社がやってるだけで、なんの恣意も挟みません←と指摘された投稿さんへ。

私、昔統計会社でバイトしたことあって。交通量調査なんですね。ま、結構テキトーにやってましたな(笑)。テキトーというのは、「だいたいこの時間帯、この幹線道路の規模なら、大型車がおおいだろな」などの私的でずぼらな偏見ということです。

>Dainさんへ

「物語を見出そう」の続きです。
「安心」は生きていくうえでは「無い(存在しない)」ということも、ひとは受け入れる必要があるかも。

じゃぁ、不安ばっかで、そんなのイヤじゃー!と思うのではなく、現実と向かい合うなかで、「悩んだり」「思考の堂々巡り」を肯定することが必要かな、と。

結果に重きを置くのでなく、過程にも真理があると思うんです。また「ツジツマ」を過剰に求めるより「断片」という開き直り(笑)の方が、私は好きかも。

投稿: シュークリーム | 2009.05.30 09:38

>>名無しさん@2009.05.29 10:30

確かにそうですね、統計情報の作成は、確立された手順で行う作業なのですから。恣意性を持ち込むのは、「依頼者」と。厳密に言い換えるなら、「統計情報を使用する者」になりますね。


>>シュークリームさん

その「開き直り」をするためには、かなりの勇気が必要です。ほとんどの方は、その勇気と引き換えに他者が作った物語で満足しているのでしょう。

投稿: Dain | 2009.06.01 06:51

cat昔見たこちらのサイト様(⇒http://jrptls.web.fc2.com/RPT_index.html)の自由階級主義と言うコンテンツにも同じようなことが書かれていました。
こうした真実を暴くドキュメントが売れ筋ではないというのが、この国の病気だなあ、と感じた次第です(一番いいのは万民が理解して、本当に必要なくなることですが)。

投稿: 猫缶 | 2009.12.09 02:43

>>猫缶さん

情報ありがとうございます。「アンケート」の恣意性は、主催者と読み手の化かしあいだと捉えれば、そんなに深刻ではないかと。問題は、そういう(ウソつきの)お約束を知らないまま操作されてしまうこと。リンク先の方もその危険性をご承知のようですね…

投稿: Dain | 2009.12.11 06:59

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