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喫煙者の命の値段は高いか安いか「人でなしの経済理論」

人でなしの経済理論 ひっかけ問題な。

 まず、この話題がタバコについてだということを、いったんワキに置いといて、ある仮想的な――Xという製品について考えてみる。その特徴とは、こうだ。

  1. 製品Xは、ずいぶん昔から多くの人が使っているものだ
  2. 何年もかけて製品Xを使うと、健康被害が出たり、死んだりする確率が増えることを示す、まちがいのない証拠が山ほど集まっている
  3. 身近な愛する人と一緒に製品Xを使うと、彼(女)も死んだり、健康被害を受けたりする可能性が高まってしまう
  4. 全く見知らぬ人の周辺で製品Xを使っても、彼(女)も死んだり、健康被害を受けたりする確率が増える
 さて、これだけネタが出そろえば、製品Xを禁止するのが、マトモな社会政策だという結論を出してもいいのだろうか?

 答えは、「クルマ。なぜ喫煙は悪者あつかいされるのに、運転はそうじゃないんだろうか、という疑問を、著者はつきつけてくる。実際のところは、それぞれの便益と費用を比較した結果、喫煙派を上回る"反喫煙派"が形成されてしまったことが原因だと喝破する。

 そう、とどのつまりはトレードオフだという。社会問題を考える上で、経済学的な議論は有意義だという。ややもすると「正しいか間違っているか」という正義のイデオロギーの泥仕合に堕ちてしまう議論が、費用と便益に注目することで、同じモノサシで比べることができるのだ。

 もちろん、そのモノサシとは「カネ」だ。費用については損失分を金額で出せるだろう。想定される被害額と期待値で出せばいい。いっぽう便益側については、助かる人命や、回避されるケガなどについて、金銭で相当額を計算できる。「人の命はお金で贖えない」「人命をカネで計算するなんて!」という方が読んだら、一発で気を悪くするだろう。

 しかし、両方を同じ単位で見積もることで、比較検討ができるようになるわけだ。先の喫煙・嫌煙問題も、「いくらなら吸うか?」というミもフタもない話にできる。気づかされたのが、著者のこの指摘→「喫煙者がタバコを楽しんでいるという便益が見落とされがち」。

 んなことはない、喫煙者は「タバコの楽しみ」という便益を評価しているよ、というツッコミは、嘘だ。なぜなら、その便益を評価しているならば、「いくらなら吸うか?」という疑問に金額で答えられるから。「自身の健康を害してでも」という抽象的な議論ではなく、タバコそのものの費用や税金、保険料からクリーニング代を負担しても、という具体的な金銭の話になる――これが、トレードオフのミソ。「何物にも代えがたい」ということは、ありえないのだ。

 著者はタバコ問題をどうこうしたいワケじゃない。裁定をしたいのではなく、判断方法としてトレードオフが使えるよ、と言いたいのだ。けれども語りや例が極端で露悪的なので、読み人を選ぶ。例えば、「死んだ人から強制的に臓器摘出したら」とか、「HIV検査がAIDSの拡大を防げるなんて嘘かも」といったヒヤリとするネタを"トレードオフの論理に従って"展開する。

 しかし、著者は巧妙に結論を避ける。「そういう研究成果もある」という言い方をして、統計に当たることもなく「どっちもどっち」とアイマイに終わらせている。デリケートな問題に快刀を求めているのであれば、肩すかしを食らうかもしれない。が、これは著者の言うとおりだろう。「正しいか間違っているか」が問題なのではないのだ。

 結局のところ、個人的にどう思うかではなく、一種の思考訓練だと考えた方がいい。例えば、臓器市場について賛否それぞれの書籍を[人体売買の告発書]集めたが、まさにこのトレードオフの考え方で議論が可能となるだろう。ただし、どっちに加担するのかによって、カネの計算方法が変わってくるから厄介だろうね。お題の「喫煙者の命の値段」は、どっちに付くかによって変わってくるだろうし。

 本書の本質について、訳者の山形浩生氏はズバリこう述べる。「裏テーマは、経済学者はいかにして人の神経を逆なでするか」。くだけた語り口や、ミもフタもない論旨に、最初は「山形氏がイザヤ・ベンダサンをやろうとしてる!?」などと思ったものだ。つまり、本書は翻訳書の体裁をとっているものの、原著者はフェイクで実体は山形氏――などと妄想して楽しめる。

 むしろ山形ファンにオススメしたい一冊。

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コメント

ノンフィクション作家の上坂冬子(故人)が「老いの一喝」(産経新聞09.4.20付)というコーナーで喫煙・禁煙について意見をおしゃっていました。ご参考までに。

投稿: 煙草男爵 | 2009.05.18 13:28

ただし
「自動車」の運用には諸々の「保険」加入が前提と
なっているのに
「煙草」には購入費用以外一切考慮されていない。
 安全性に関して、かける費用は雲泥の差である。
 これを同列に扱っても変だと感じないのならば、
発言者の論理構造は破綻している。
 いや論理構造なぞ皆無に等しい。

*自分は喫煙者だが、嫌煙論者の立場で発言している
*自分は嫌煙者だが、愛煙論者の立場で発言している
→上のいずれかの立ち位置で、聞き手を納得させうる
話の展開が出来るのならば傾聴に値するのだが。

私の結論:喫煙者の生命? 零円でいいでしょう。
自殺ならば、他人のいない所でやってもらいたい。
(つまりひとりぼっちの場所を選んで吸え!)
自分以外の生物(ペットを含む)を
安易に危険状態に陥れるな。

そんなに心中(しんじゅう)が趣味なのですか?
>喫煙者の皆さま&喫煙擁護論の方々

投稿: goya | 2009.05.19 18:24

一種の思考訓練だとしても、この手の議論は論点が曖昧になるのであまり好きではないな。繋がっているようで、結局「それはそれ、これはこれ」って思う。

別件として、喫煙に関する話題を挙げると嫌煙の方があれやこれやの材料を用意しながら、いかに喫煙者が馬鹿らしいか、いかに喫煙者が他者に迷惑をかけているかを説くのを目にする。
ストレス発散の意味もあるかもしれないが、もし身近に喫煙者がいるのなら直接本人に説いた方が、ご本人の生活は改善すると思うのだがどうか。
顔も合わせない赤の他人の意見を読んで心を入れ替えようと思うほど想像力のある人はなかなかいないんじゃないかな。

仮に遠くの国でがんがん煙草を吸う文化があってもおそらくほとんどの日本の嫌煙者が文句を言わないのはなぜかって、自分に関係ないからでしょ。同じく喫煙者もネットなんかで嫌煙の意見聞いても辞めようとは思わんよ。
だから身近な人に声かけることから始めたら?

投稿: nakani | 2009.05.19 20:51

社会問題や道義的問題を経済学で斬る、というのは面白いですよね。

この流れで外交や政治問題を斬った本って無いですかね?

例えば、憲法9条を保持するのと放棄するのは、どっちが日本にとって儲かるのか、とか。
中国や韓国と領土問題でケンカするのと、土下座外交するのと、ホントはどっちがお得?、とか。
北朝鮮に…etc。

イデオロギーとか、正義とかで語ると、最後は感情的になりそうだし、そもそもノンポリな自分には経済で語ってもらう方がわかりやすいな、と思っちゃいますね。

投稿: Kuze | 2009.05.20 01:39

>>煙草男爵さん

情報ありがとうございます、図書館でチェックしてみますね。


>>goyaさん

ええと、出だしのところに戻りますね。

  >「煙草」には購入費用以外一切考慮されていない

もし、わたしのレビューを読んでそう思われたのなら、わたしの力不足です、ごめんなさい。本書では、「タバコを吸う便益」に相当するさまざまな費用が指摘されます(トレードオフの本なので)。その結果、goyaさんの折角の反論が出だしで転んでしまうのです。

しかも、そうした費用を全て受け持つ仮想的人物が登場します。医療保険からタバコを吸う部屋、タバコを吸った時に着る服のクリーニング代などが天秤にかけられます。まさに、goyaさんの言う「ひとりぼっちの場所で吸う」ことで、誰にも迷惑をかけないように心がける『愛煙家』なのです。これは思考実験なのかもしれませんが、喫煙・嫌煙それぞれの論理で言い合うのではなく、「いくらなら吸うのか」というモノサシで話し合うことができます。

あるいは、「自動車の社会的費用」という名著があります。クルマの値段は、クルマという製品を作るのにかかったコスト+税金だけではない。環境問題や交通事故等の外部不経済、ひいては廃棄費用も含めるべきだという議論が成されます。同様に、「タバコの社会的費用」という本が必要ですね。


>>nakaniさん

ええと、出だしのところに戻りますね。

  >この手の議論は論点が曖昧になるので

おそらく、すぐ上のgoyaさんのコメントに反応していらっしゃるかと。論点を曖昧にしないためのトレードオフなんですよ。まさに「それはそれ、これはこれ」にしないために、「○○にいくらまで払うつもり?」と銭金で話し合うのです。


>>Kuzeさん

外交課題や政治問題をトレードオフで検討する試みは、かなり魅力的ですね。北方領土問題や日米貿易摩擦(古っ)にからんで、どこかで読んだ記憶があります。ちょっと探してみますね。

投稿: Dain | 2009.05.21 06:44

5.製品Xは非利用者にとっても間接的に便益が発生する。

これがたばこと車の一番の違いじゃないでしょうか?非喫煙者にとってたばこは無くてかまわないものですが、車に乗らないからと言って車は無くてもいいという人はかなり少ないはずです。

利用者本人にとってトレードオフは通用しても、非利用者にとって無くてもいいものにトレードオフは通用しませんよ。

投稿: | 2009.05.21 14:08

>>名無しさん@2009.05.21 14:08

  > 5.製品Xは非利用者にとっても間接的に便益が発生する

おお、なるほど!
確かにそうですね。この視点は本書にありませんでした。指摘していただき、ありがとうございます。クルマのトレードオフを考えるときは、「5」も含めるべきですね。

投稿: Dain | 2009.05.22 00:46

リンクが出てたんで、今さらながらになんとなくコメを残すんですが。
そも、自動車は運転免許を持ってないと動かすことすら法律で禁止されているわけでして。

医療行為や医薬品も同様で、傷害行為だったり毒であったり。
それらを扱えるのは、やはり知識を持ち、国から許諾を得た人という事になります。

同列に論じるためには、少なくとも喫煙行為が許諾免許制になっていなければなりませんし、
喫煙行為の結果について、喫煙者が「業務上」の責任を問われなければ話になりません。

投稿: maki | 2013.02.15 18:17

>>makiさん

こんな古い記事にコメントいただき、ありがとうございます。
異なるものの共通点に着目して立論するか、相違点をあげつらって反論するか、の違いですね。共通点「個人の便益 vs 社会的費用」を測るのにカネを用いるのが本書です。
相違点を指摘して無効扱いするのであれば、いくらでもできるかと(例:吸うもの/乗りもの、それぞれのコスト、利用者の層、緊急車両など社会的に必要な車はあるがタバコはそうではないetc...)

投稿: Dain | 2013.02.16 11:14

お返事いただき、ありがとうございます。

車の運転は知識と技術を試験で確認したうえで、運転者に相当の責任を負わせている、という話なのですが。
安全運用の基準を、国が明確に規定し、道交法をきちんと守りさえすれば、かなり安全に運用できる代物です。大概の交通事故は、違法行為が起点となっていて、飲酒運転などはかなり罰則が厳しくなりました。

一日にタバコを50本吸う人は、車で言えば速度超過や飲酒運転などです。
車の事故で相手が道交法違反している状況は、事務所で他人が何箱もタバコを吸い、事務所が煙たいような状況での健康被害です。

経済で語る前に、語るべきことがあるでしょう、と思うのですよ。決めるべき安全運用の基準が。
どんだけプラスの経済効果があろうが、トラックが一般道を120kmで走れば違法行為です。
タバコについて、そういうラインを引かずに、車などと同列に語れば、それは必要以上のものをそぎ落としてしまうでしょう。

投稿: maki | 2013.02.17 19:32

>>maki さん

ご指摘の通りです。「タバコについて、そういうラインを引かずに、車などと同列に語れば、それは必要以上のものをそぎ落としてしまうでしょう」は重要だと思います。
本書では、「タバコとクルマ」の共通点に焦点を当てることで、トレードオフについて興味深い議論が展開されています。一方、共通点に着目するあまり、必要以上のものをそぎ落としてしまう恐れは否めません。
maki さんのおっしゃる通り、同じ議論に乗せるための「基準」を明らかにするならば、より多くの人を同じ土俵に招くことができるかもしれません。

投稿: Dain | 2013.02.19 23:33

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