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カフカ「失踪者」でリアルな悪夢を

失踪者 理不尽とは、人の姿をしている。

 となりの職場に、こんな人がいる。自分の話しかしない。雑談ではなく、仕事の話でだ。一方的に、徹底的に、自分の立場を主張し、相手には耳を貸さない。命令と依頼が仕事の全て。

 もちろん論理的な説明などできず、エンドレステープのようにしゃべるだけ。自分の仕事にプラスになるときのみ反応し、後は一切、聞こえない・訊かない・反応しない。take-takeもしくは「ずっとオレのターン」な人。

 まるで、立場が服を着て立っているようで、不気味だ。論理がなく、ルールがない。だから、彼に渡った仕事はすべて止まる。誰にもどこにもバトンタッチされず、ひたすら仕事は腐っていく。間違った相手に誤った依頼を繰り返し、忌避されていることに気がつかない。周囲は「ああ、あの人か」と苦笑するだけで、関わらない。

 いや、もちろん狂っていないのだが、そういう人に相対するとき、どういう気分になるだろうか?話は最初からかみ合わないし、何を言っても相手の都合のいいように受け取られる。善悪の判断は常に相手が握っている。俺様論理が押し付けられ、自分の声は抹殺される。ああ、これぞ会社、社会、会社、社会、だ。

 カフカの小説は、いつもこんな気持ちにさせられる。

 いわれなき罪を追求されるのに、最後まで「いわれなき」だったり、なぜ虫になったのか一切の説明がなかったり。本書も一緒。「失踪者」の昔のタイトルは、「アメリカ」だったのだが、主人公に対して、「アメリカ」はとんでもなく理不尽に働きかける。彼は必死で応えようとするのだが、いかんせん歪んだ世界にはピント外れの結果しか生まない。世界はわたしが考えるほど、調和も取れていないし、筋が通っているわけでもないことを思い知らされる。

 たとえば、描かれる「女」が女らしくない。いわゆる女性らしさという意味ではなく、女という前にまずもって人間らしくない。普通なら濡場になるところが緊迫した格闘シーンとなる。とめどなく転がる展開に合理的な説明は一切なく、全て主人公の外側で決まる。

 あるいは、主人公の叔父が経営している会社がおかしい。情報の仲介業者みたいなのだが、なにもしないのに全てが決められていく感じがする。あるいは、そこだけまっとうな世界のフリをしているような感覚――映像でたとえるなら、「未来世紀ブラジル」の情報局そのもの。

 監督のテリー・ギリアムはピッタリの言葉を残している。「ぶざまなほど統制された人間社会の狂気と、手段を選ばずそこから逃げ出したいという欲求」――そう、この欲求が、見事に小説になっているのが、「失踪者」なんだ。時代もストーリーも違うが、この居心地の悪さは共通している。「ブラジル」は狂気の世界を用意したが、「アメリカ」は狂うことすら許されない。

 リアルな悪夢を見ている、そんな毒書をどうぞ。

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コメント

いつも楽しく見ております。Dainさんの読書ペースにはなかなかついていけず、「わたしが読みたいスゴ本は、ずっとあそこにたまっている」状態です。ところで、今回の本も含めて「池澤夏樹 個人編集 世界文学全集」からの紹介が多いように感じます。これは、この全集にハズレが少ないということなんでしょうか。全集をおくほどのスペースはないので図書館にたよろうかと思ってます。これからもスゴ本の紹介よろしくお願いいたします。

投稿: ぺーすケ | 2009.04.10 14:40

>>ぺーすケさん

いままで気の向くままに読んできたので、ヌケや穴ばかりです。あるいは、食わず嫌いとか。もったいないので、全集全読をしています。池澤夏樹の世界文学全集は、このご時勢にチャレンジングな選書なので、惚れています。ときどき、明らかにアレゲな作品が紛れ込んでいますが、ご愛嬌でしょう。図書館でチェック→再読したいものを入手がいいと思います。

投稿: Dain | 2009.04.11 08:36

近くの図書館で調べたところ、全集が1巻目から揃っていました。(恐るべし近所の図書館)あまり読まれていないのか、本の状態も良好でした。さて、何から読もうか、今から楽しみです。発刊予定を見るとピョンチョンなんかもはいっていますね。「V」を買ったけどさっぱりわからなくて売ったことを思い出しました。

投稿: ぺーすケ | 2009.04.11 17:57

理不尽に食いついた。一生懸命に心血注いで書いた、あるブログへのコメントが一方的に認証拒否されたことへの理不尽さを感じていた矢先に「失踪者」という本を私はどうしても読まざるを得ない。今の精神状況と本のテーマが一致すれば、ガツンとテンション上がりますね(笑)

あとテリーギリアムにも食いついた。彼の世界観好きです。でもなぜ彼はスピルバーグを越えられなかったか、と。それは彼の作品の「わかりにくさ」のせいではないかと考えています。あ、もちろん私はわかりますよ。あれくらいマニアックな方が好きだし。未来世紀は観てない(泣)ので「失踪者」と合わせ観ます。未来世紀も図書館で借りられるとは、恐るべし近所の図書館(笑)。

本⇔映像の相互作用に矛盾なし。意識が色んな所に飛ぶって最高かも。

投稿: シュークリーム | 2009.04.12 08:05

>>ぺーすケさん

はい、ピンチョン「V」の二巻は、未だ積読山に刺さっています。何度トライしてもさっぱり分かりません。池澤選の文学全集は解説がキッチリしているので、イケそうかと踏んでいます。


>>シュークリームさん

「未来世紀ブラジル」は劇場で見たのですが、ラストは衝撃的でした。レンタル市場ではこの「衝撃」をカットした「グッドエンド」が用意されているようです。ぜひ、カットされていない方をオススメします(暗黒気分になれますよ)。

投稿: Dain | 2009.04.12 10:16

いつも興味深い本ばかりで、楽しく読ませて頂いています。Dainさんの本を読まれるペースがとても速く、驚きます。私の場合、読みたい本はどんどん増えるのに、今手にしている本はなかなか読み終わりません。別に誰かと競争しているわけではないので、それでいいのですが、それにしても、、、です。
Dainさんは本を読まれるのにどういう時間を利用されていますか?ブログに時折書かれるお仕事の方もお忙しいようですし、不思議です。私はもっぱら通勤の往復2時間程度です。

投稿: はうる | 2009.04.12 21:45

>>はうるさん

片道1時間30分の痛勤タイムは、読書タイムです。外界を完全に遮断して、本に没頭しています。イヤーマフを使うようになってから、集中度はさらに向上しています。いわゆる「速読」はしていませんが、「何を得たくて読むのか?」を常に心がけることで、結果的に早く読めているのかもしれません。ノンフィクションには効果的かと。

イヤーマフ
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2008/11/post-b009.html

投稿: Dain | 2009.04.14 01:00

Dainさん、ありがとうございます。
本を読むにはやはり「目的」が大切、ということですね。確かに「何を得たいか」、自分の中ではっきりしている時の方が集中度も高いです。改めてそのあたりをはっきりさせて読むことにします。
イヤーマフ情報もありがとうございます。かなり興味持ちました。QuietComfortばかり気にしていましたが、イヤーマフの方がもっと気軽に試せそうですね。電車の中でヘッドホンをつけているように見えた方々もひょっとしたらイヤーマフだったのかも。購入考えてみます。でも写真で見る限り、結構ごついですね。

投稿: はうる | 2009.04.14 02:05

>>はうるさん

はい、ジャンルにもよりますが、目的無しの読書は不毛かと。反対に、目的(問題意識)がハッキリしていると、本のほうから飛び込んできます。読書が、「読む」というより「知る」行為そのものになります。

それからQuietComfortは、効果はあれど高価です。汗、雨も考えると、イヤーマフに軍配が上がります。わたしが使っている Peltor はゴツいです。工事現場用で、質実剛健といったところ。安く手軽に試してみるなら、耳栓という手もありますよ。

投稿: Dain | 2009.04.15 21:33

アドバイス、本当にありがとうございます。
自分の読書には目的(問題意識)が足りなかったなと反省です。どんなに目をそらしても、一生に読める本の数は限られていますもんね。だったら、一冊一冊に読む目的を持たねば・・・。そう考えると改めて、Dainさんが書かれるこのブログに感謝です。本の読み方の確かなお手本ですもん。

はい、それにイヤーマフ(笑)。まずは耳栓を試してみます!

投稿: はうる | 2009.04.16 02:06

>>はうるさん

ありがとうございます、その勢いで、オススメがありましたら、ぜひ。
読書は毒書、劇薬小説はいつでも募集しています。

劇薬小説ベスト10
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/11/10_9d87.html

投稿: Dain | 2009.04.17 06:57

いや~「女」ってマジこわいッス(大笑)

両主人公の男性への仕打ちが理不尽なのか、いや単なる主人公が、純粋バカ(笑)なのか、世間知らずなのか、観て読んでトホホでした。女って本当にコワイです(笑)

未来世紀~は狂気を、失踪者は労働(奴隷?)を用意したけれど…。自分に強い意思のない人が、統制された世界で生きるということは、両主人公のような人生にすべてが集約されるのかも。ひとってやつは大きな支配や傘の下からぬけだすことができないものなのかなぁ、と。

私なら、とことん好きなことだけしかやらないという「生き方(状態)=狂気?」に舵を切ります。少数派であっても、良い意味で、世間に受諾されうる存在になりたい。でも他者(女、家族、友人、会社など)に翻弄されずに生きるって難しい。要は開き直りが大事かもって、なんじゃそりゃ(笑)。いつもサンクスです。

投稿: シュークリーム | 2009.04.21 16:28

>>シュークリームさん

楽しんでいただけて、わたしも嬉しいです。
主人公がどんなことを考えていようと、何を選ぼうと、否応なしに巻き込まれていく「理不尽さ」「異様さ」をカフカ的とでもいうのでしょうか。
異様は異様でも、計算されたアンチ・ユートピアは「1984年」を思い出します。オーウェルの小説ですが、「ブラジル」とは対をなす映画もオススメです。

投稿: Dain | 2009.04.21 23:28

「1984年」をみてあらためて思う、いや~「女」ってマジこわいッス(泣笑)←今度は(泣)追加しました(大笑)

ガチガチの支配なんて続くわけないやろ!という強いメッセージを感じたのは私の錯覚か。天然パーマでグラサンかけた、ちんちくりんのオッサンの支配も思い出した。悲劇であり喜劇にもなりうる天パのオッサンの体勢をモチーフにしたテーマパーク国家を作ったら、こりゃ面白いかも。色恋は間違いなく燃えるっーのは「1984」で証明済み、あでもテーマパークで働くキャストたちは奴隷だとは気づかないかもよ…(失踪者)

昔バゾリーニのソドムの市をみたとき、思考停止状態になるほどショックだったのにくらべれば、1984年という映画は優雅。あ~恋愛したーい!っーかそこかよ俺(笑)

投稿: シュークリーム | 2009.04.22 10:30

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