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哲学、脳を揺さぶる

哲学、脳を揺さぶる 慣れ親しんだ世界が「揺さぶられる」感覚を訓練する。

 コクーンタワーのBook1stで呼び止められた一冊。「知の森」を髣髴とさせる、あの林立した書架から、警告のように伝わったぞ「俺を読め」って。ただこれ、タイトルどおり「哲学」のエリアに置いてあったけれど、中身はちがうような気が。むしろ自己啓発書として「使う」とユニークだろう。

 著者曰く、「学習」と「発達」を区別せよという。視点や観点の選択肢が一つ増えることは、学習の成果で、それに伴い知識も増える。けれども、能力そのものの形成や、能力形成の仕方自身を習得するのでなければ、テクニックが一つ増えたにとどまるという。

 たとえば、自転車。うちの子が四苦八苦しているんだが、なかなか乗りこなせない。どうすれば乗れるのかは、「わかる」のだが、「できる」ようになるまで発達していない。乗り方が知識として分かったところで、乗れるようになったわけではない。ところが、いったん乗れるようになると、子供用→変速機→ママチャリまで学習によって増やしていくことができる。

 つまり、「自転車に乗れる」という能力を形成するのが「発達」で、自転車の種類を増やすのが「学習」なのだろう。本書によると、現在流通しているかなり多くのノウハウ本は、学習の範囲にあるという。本来、課題になっているのは、能力そのものを形成することであり、本書の目的は、この「発達」を再度リセットすることだという。

 この能力獲得のやり方は、「洗脳力」(苫米地英人)に似ている。「洗脳力」は自分や他人への影響力を行使するための直接的な技術として大いに役立つ。いっぽう本書は、同様の能力を自分自身の身体・感覚を通して身につける、その方法そのものについて紹介している。

 とても大事なトコなので、別の言葉でくりかえすぞ。「思考技術や、フレームワークの紹介ではなく、あたらしい感覚・あたらしい経験を再獲得するやり方」が書いてあるんだ。「自転車の乗り方」が書いてあるのではなく、「自転車に乗れるようになるとき、何がはたらいているのか」が書いてあるんだ。

 料理のレパートリーのように「○○シンキング」が並んだ凡百の自己啓発本の横に、「鮪の獲りかた」「畜殺のコツ」があるとイメージしてほしい。「洗脳力」といい、本書といい、ゆるふわ啓発本に慣れた脳を「揺さぶる」こと請合う。

手は外に出た脳であり、身体は外に出た脳の容器である。頭蓋骨のなかに納まっているのは、脳の構造部材であり、この構造部材を有効に活用するためには、外に出た脳に有効なエクササイズを課すしかない。

 このエクササイズが面白い。

 たとえば、身体と呼吸の幅を広げるために、限界までの深呼吸を行えという。そのとき、息を吐ききったときの状態と、息を吸いきったときの状態をイメージしてみろと提案する。身体状態を記述するのでなく、その感じ取り方をなんらかのイメージと結び付けてみろという。意識の速度を遅くし、意識の動きがとまるような場面まで遅くすると、意識がそれとしてあることの境界がくっきりと見えてくるという。

 残念ながら、「意識の境界」まではたどりつけなかったが、身体とイメージングの連動は楽しめた。「身体状態→イメージ」ができると、その逆であるイメージから身体状態にもってくることが可能になる。「洗脳力」のレビューで紹介した「手を使わずにオナニーする方法」、「偽の記憶を上書きして遊ぶ」で実験済みだし。

 あるいは、表紙でもある「天命反転住宅」は本書で知った、目が点になった。荒川修作氏が設計した三鷹にある住宅で、「すさまじぃークレイジー」という言葉がピッタリ。色も形も、この世のものとは思えない。赤、青、緑、黄の原色が圧し、本来「四角い」はずのドアが円形だったり、そもそも「直方体」である部屋が球体となっている。スケールは小さいものの、このイメージはポンピドゥー・センターそのもの。おまえはリサか!

三鷹天命反転住宅 そこで普通に一泊した翌朝、著者は「いつもと違う」筋肉痛に悩まされる。著者の河本英夫氏は軟弱な哲学者ではなく、日々ランニングを欠かさないスポーツマンなのだが、どこかおかしい。これは、異常な住環境に身を置くことで、筋肉を使うこととは別の緊張度を強いたのではないかと想像する。この作品のなかで、経験を動かすことと、動いてしまった経験を動きのさなかで感じ取ることを考察する。

 さらに著者は、意図的に測度を変えることを提案する。測度とは要するに、「目盛り」だ。日常生活にあたって形成された目盛りを、いったん捨ててみろというのだ。一歩の距離をセンチメートル単位で測ったり、電子顕微鏡の世界を人間のスケールにあてはめて「言葉」で表現することで、感覚が変わっていく。それまで見えていなかったものが見えてきたり、逆に見えていたものが消滅するような経験が必要だという。

 これも、「洗脳力」のレビューの「ひとり遊び」で紹介したとおりだが、まさにこの「測度を変える」のにうってつけな道具を二つ見つけてきたので、紹介しよう。

PowersOfTen ひとつは、「Powers Of Ten」。最初、どこかの公園に寝転がっているピクニック中の男性の姿から始まる。正方形に区切られた映像は縦・横が1m×1mの範囲を見せている。次にカメラが上がっていき、映像範囲は10m×10mとなる。さらに上空から100m×100mの範囲をとらえる。これをこうり返していき、ついには宇宙の果てまで後退する仕掛けだ。いっぽう、逆方向もある。1m×1mの世界から0.1m×0.1m…とミクロから陽子や中性子の世界へ突入していく。書籍版だとページをめくる度に空間感覚が広がっていくのが怖くなる(アタマが開く感じ?)。

 もうひとつは、Nikonの「Universcale(ユニバースケール)」。大きさを「実感」できるユニークなサイト。極小の世界から宇宙まで、あらゆるものの「大きさ」を感じることができる。もちろん卵子の小ささも太陽の大きさもディスプレイに表せないが、「比」することはできる。画面を触らずに眺めていると、そのスケール感覚にめまいを覚えるかも。

 タイトルがシャレている。「Universe + Scale」、つまり「万物 + 尺度」だそうな。アシモフは宇宙に点在する小宇宙の密度をこう表現している。「32km角の大きな部屋にある、一粒の砂」――言葉を思い浮かべることでも、日常に慣れきった感覚・知覚がゆらいでくる。

 わたしが付け加えたものもあるが、著者が提案するのは感覚・知覚のエクササイズそのもの。カフカから物語イメージを活用し、イチローと松井の身体表現の可能性を探り、わかる前に注意が向くということを寺田寅彦から実演してみせる。

 そうした感覚のエクササイズに対し、既に知っていることと関連付けたり、今の知識に加えようとするのは禁物。学習の「前」に、その意味をカッコに入れ、自分の経験そのものを「動かす」ことを訓練してゆく。意味によって経験をラベリングするのではなく、再・経験する(創・経験する?)のだ。

 ガイドブックというよりも、練習帳。だから、知を得るために読むと、畳の水練となる。トレーニングから得たものを言語化するのはかなり難しいが、さんざんやった後、これは「オートポイエーシスの練習問題」だということに気づく。

 あるいは、オートポイエーシスを実経験する一冊なのだろう。

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コメント

毎度毎度参考にさせてもらってます
これからも頻繁にチェックしますね!

投稿: ponk | 2009.01.18 22:42

>>ponkさん

ありがとうございます。
特にオススメは、右の「企画モノ」「まとめモノ」になりますので、あわせてどうぞ。

投稿: Dain | 2009.01.20 06:53

まとめモノ、参考にしてます。
丸ごとコピペしてiPhoneにブチ込んで本屋でガイド代わりにしてます。
これからもよろしくどうぞ。
(23歳大学院生東京都在住男)

投稿: ponk | 2009.01.21 01:12

>>ponkさん

iPhoneに入れていただいてて、光栄です。
いい出会いがありますように。

投稿: Dain | 2009.01.21 21:54

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Nikonが「Universcale(ユニバースケール)というサイトを提供してい ます。ここでは様々なものの大きさを相対的な形で見せくれます。 宇宙の果てから始まり、極小の世界まで、連れて行かれます。 なんで、Nikonがこんなサイトを展開しているのかなと思ったら、それは ナノ..... [続きを読む]

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