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いい仕事、してますか? 「自分の仕事をつくる」

自分の仕事をつくる 「自分の仕事」をする人に、たくさん出会える一冊。
 すべての「仕事をする人」にオススメ。

 いい仕事をする人は、「働きかた」からして違うはずなのだが、まさにその通りだと確信できる。やり方が違うから結果が違う。いい仕事をする人のセンスは、まず最初に、「働きかた」を形作ることに投入されている。 ―― これが本書の結論。デザイナー、サーフボード・シェイパー、パン職人… 「いい仕事・自分の仕事」をする人の顔はどこか似通っている。

 「いい仕事とは?」「自分の仕事って何?」と思わず考え込んでしまう。著者は、いわゆる大企業でのサラリーマン・デザイナーだけでなく、フリーでデザインプロジェクトの企画・制作も経験している。「働き方研究家」を称しており、さまざまな人のインタビューや試行錯誤により、「自分の仕事」へのいくつかの答えにたどりついている。

働き方を訪ねてまわっているうちに、働き手たちが、例外なくある一点で共通していることに気づいた。彼らはどんな仕事でも、必ず「自分の仕事」にしていた。仕事とその人の関係性が、世の中の多くのワーカー、特にサラリーマンのそれと異なるのだ

 どんな請負の仕事でも、それを自分自身の仕事として行い、決して他人事にすることがない。「ここまでが職務」と線引きたがり、「これはウチのせいじゃない」などと尽力するわたしに、グサグサ刺さってくる。

 10年以上も社畜をやってると、飼いならされていることがハッキリと分かる。怒りは吐息とともに、喜びも悲しみも幾年月。今の仕事は、会社にとって価値をもたらすだろうが、社会にとってもそうかと問われると、黙すしかない。

■ 「こんなもんでしょ?」というメッセージ

 そんなわたしに、「わたしたちはモノ(加工物)に囲まれて生きている」というメッセージは強く響いた。目の前のディスプレイも、キーボードを始め、身に付けているもの、座っている場所、目に入る窓やその向こうの街路樹だって、人の手が入っている。「フォークの歯はなぜ四本になったか」を思い出すが、本書はデザインの追及ではなく、その背後でつくる「人」に目を向けている。モノは、人の仕事の結果であることを指摘する。

 たとえば、ベニアの家具。見えない裏側はベニア板そのもので、「見えないからいいでしょ?」というメッセージを発している。あるいは、建売住宅の扉の開閉音は「安い分こんなもんでしょ」と告げているに等しいと。たしかにそうだ。100均やヒラキで「安いから、まあいいか」と納得させているのは、わたしだ。

 しかし、その一方で、「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを求めているのも、わたしだ。「こんなものでしょ?」というメッセージを発するモノに囲まれながら、存在価値を認めてもらおうとする自分がこっけいに見える。

 さらに、自分の仕事に「こんなもんでしょ?」が入っていないか問いはじめる。もちろんあるさ。限られた資源で最良の結果を出す努力はしているが、それは職務(あたえられた役割)として。仕事そのものではないな、と痛感する。

 「こんなもんでしょ」という仕事をして、「こんなもんでしょ」という仕事の結果を受けとる。このダブルバインド的な状況に自覚的でありたいと著者は自戒するが、わたしに言われているようだ。イタい、痛い。

■ 人が成長するしくみ

 「自分の仕事」とは何か? ひとつの答えは、クリエイティブ・ディレクターの宮田識へのインタビューにあった。「人が成長するしくみ」のくだりだ。人が仕事で伸びるとき、手取り足取り教えたりしない。「やってみせ言ってきかせてさせてみて」もしない。人が成長するしくみは、そうしたHowto箴言にはなく、「問題を与える」ことにあるという。

打ち合わせで僕は一種のホラを吹くわけです。そのホラを実現しなければならないが、自分の手にはあまる。そこで、スタッフのひとりひとりの中から、できるだけいい能力を引き出す必要があるわけです。その人が持っているもの、ちょっとした光っている部分に気づいて、ポッと焦点の合った仕事を与えると、人は必ず成長する。与えることが大事なんです。

 この「与えること」とは、問題を「その人向け」に切り分けて課題・目標化することだろう。身の丈に合った課題に取り組むとき、充実した感覚で仕事ができる。そんなときは、リソース管理やコミュニケーションといった「仕事を成し遂げるための課題」も嬉々としてクリアできるものだ。

■ 適切な問題をつくる

 梅田望夫氏が同じことをフォーサイト3月号で述べている。まつもとゆきひろ氏との対談で、オープンソース開発に参加する人々の「動機」を知ったとき、衝撃を受けたという。

 「私の動機は利己的なものです」まつもと氏は言い切る。自分が欲しいものを作っているだけだと。さらに利他的な気質や奉仕の精神は、オープンソースの本質ではないと断じる。本質は、あくまでも利己的な理由に基づく自発性なのだと。

 梅田氏が衝撃を受けたのは、この後、「オープンソース・プロジェクトに貢献する人々の動機はいったい何か? 」という問いかけに対する答えのくだり。

まつもとからは、私(梅田)が一度も考えたことのない答えが帰ってきた。「ほとんどの人は、適切な大きさと複雑さを持ったいい問題を探しているんですよ」。世界中に知的レベルの高い人々はたくさんいるが、その大半は自分で問題設定をすることができない。プログラマーの世界で言えば、プログラミングは好きだが何のプログラムを書けばいいか分からないという人が世界中に溢れている。成功しているオープンソース・プロジェクトはそういう人々に対して、次から次へと「適切なサイズの問題」を供給するのだ
(Foresight 3月号 シリコンバレーからの手紙)

 アタマをフル回転させ、知識+経験+人脈(つて)を駆使し、問題を解決している充実感覚は、うまく言語化できない――チャレンジング(challenging)? ああ、たしかに。こればっかりは仕事をする場ででしか発揮できないものだね。それが具体的な「場」ではなく、バーチャルなところであっても然り。「ジコジツゲン」という言葉は大嫌いだが、「自分だからこそ上手く解決できる適切な問題」に取り組んでいるとき、その言葉が一番にあっているのだろう。会社では、能力や時間を切り売りするという感覚はなく、そうした「適切な問題」を手に入れることが仕事をする理由になっている。「リリース直前の変更要求+不具合の山をいかにさばくか」とか「失敗プロジェクトをどうやって立て直すか」などは、立派な「問題」だ(適切かどうかは分からないが)。

■ 仕事を買いに、会社に行く

 本書では、もっと巧い喩えを用いている。

人は能力を売るというより「仕事を手に入れる」ために、会社へ通っている。そんな側面はないだろうか。首都圏のワーカーは、片道平均80分の時間をかけて満員電車に乗り、会社へ通う。決して楽とは言い難いその行為を毎日くり返す理由は、自分の求める「仕事」が会社にあって、近所ではそれを手に入れることができないからだ。

仕事は自分と社会を関連づける重要なメディアである。日本のような企業社会では、「仕事」という資源はとくに会社に集まっている。私たちは野菜や食糧を買うためにスーパーマーケットへ出かける。それと同じく、会社とは、「仕事」という商品の在庫をかかえたスーパーマーケットのようなものだと考えてみる。

つまり、私たちは「仕事」を買いに会社へ通っているのだ

 この表現は斬新だが、言語化できていない部分を説明してくれている。「思ってたことを言ってもらった」気分になる。プログラムやらドキュメントという「成果物」をアウトプットすることで給料もらっているわけじゃ、ないからね。プロジェクトへ貢献してナンボ、しかも「自分でしか解決できない」であればあるほど、貢献度が高い。もちろんこれが矛盾を孕んでいることは承知している。会社は「わたししかできない仕事」を、「仕事を抱え込んでいる」と見なすからね。後進を育てるのが次の仕事かも。

■ ? + ? = 10

 著者は、「答えを求める」発想からのパラダイムシフトを提案している。曰く、日本の教育の目標「問題は既に定義されており、正答を求める」から抜け出よと。象徴的なのが次の計算問題だ。

  6 + 4 = ?

 これがフツーの(日本の)計算問題。だが、海外のある学校では足し算はこう教えているという。

  ? + ? = 10

 「10という答えを求める」のではなく、「10になる問題を考える」ことの重要性を説く。ちなみに、小学生の息子に出してやったら、1から9までで10になる組み合わせを答えた。わたしが、「0+10もあるよ」といったら驚いていた(もちろん0のことは習っているが、『値の変わらないゼロを足す計算問題』が斬新に見えたらしい)。ゲームのように100ます計算に熱中しているが、「答えは必ずあるもの」「問題は与えられるもの」を当然だと思うようになるだろうなぁ…

■ やり方が違うから結果が違う

 成り行きで仕事をしているわたしに刺さる刺さる。「いい仕事」をする人へのインタビュー、モノづくりの身体感覚、「他人事」を「自分の仕事」にするアプローチ、仕事に対するモチベーションの持ち方、さらにワークデザインの発見に至る。人生の大半を費やす仕事が、ただの対価を得るためだけの作業にさせないための「ワークデザイン」。そして、目の前の仕事を通じて、世界を変えることができる可能性まで語る。

  • 八木保
  • 柳宗理
  • 甲田幹夫
  • ヨーガン・レール
  • 馬場浩史
  • デニス・ボイル
  • 深澤直人
  • 伊藤弘
  • 黒崎輝男
 もちろん、彼/彼女らは「世界を変えてやろう」などと思ったりはしない。「いい仕事」をするための試行錯誤の後、自分なりのやり方を成しているだけだ。そこには「こんなもんでいいだろう」なんて発想は欠片もない。

この世界は一人一人の小さな「仕事」の累積なのだから、世界が変わる方法はどこか余所ではなく、じつは一人一人の手元にある。多くの人が「自分」を疎外して働いた結果、それを手にした人も疎外する非人間的な社会が出来上がるが、同じ構造で逆の成果を生み出すこともできる。結果としての仕事に働き方の内実が含まれるのなら、「働き方」が変わることから、世界が変わる可能性もあるのではないか

 すべての「仕事をする人」に、強力にオススメする。


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なぜヨーロッパの緊急車両は青いライトなのか?

 ヨーロッパの救急車や消防車、パトカーなど、緊急出動車は、たいてい青いライト(青色灯)を使っている。なぜだろう?

 それは灯火管制の名残り。第二次世界大戦中、ゲシュタポは連合軍の爆撃機を避けるため、灯火管制された都市で目立つことのないよう、青いライトを使い始める(青い光は、暗闇で一番見えにくいから)。それを他国の警察機関が採り入れ、戦後もそのまま残っているそうな。

 重要なのはここから。このエピソードは、旧来の慣習がいかに強力か、そして有効と分かっていても新しいアイディアを採用することがいかに困難かを物語っている。あるいは、いつも同じ方法で行われている慣習にこそ、アイディアが眠っているのだともいえる。

 もうひとつ、この問題をご存知だろうか?

【問題】
  一枚の紙に、以下の9つの印が描いてある
  紙からペンを離さずに、最大4本の線でつなぐことができる
  そのやり方は?

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 頭の柔らかさを試す有名な問題だから、きっと「模範解答」をご存知だろう。だから、次の問題をどうぞ。

【問題】
  上の問題で、4本の線ではなく1本の線でつなぐやり方が少なくとも3通りある
  そのやり方は?

 条件が変わったことで、発想のリミッターが解除されたようにならないか? 答えはそのうち公開するので、お楽しみに。

【解答】

 おめでとう、挑戦者は全員正解だッ

  • 曲線で一筆書 : 「直線で描け」とは言っていないので。最初の「4本の線で…」の問題に囚われていると気づかないかも(ただし、本書では却下されている)
  • 紙を折る/切る : がんばって折り曲げれば直線でも描ける。本書では「折る」はあったけれど、「切る」はなかった(←スウェーデン式を超えた?)
  • 極太のペンで : 全ての点を一筆で塗りつぶすような太いペンを使う
 他にもある。一番おどろいた発想は、これ↓

    1. 地面に紙を貼り付ける
    2. 最初の三つの点を結ぶ線を引く
    3. そのまま、ぐるりと地球を一周する
    4. 次の三つの点を結ぶ線を引く
    5. そのまま、ぐるりと地球を一周する
    6. 最後の三つの点を結ぶ線を引く

 「紙からペンが離れている!」とか「海はどうする?」といったツッコミを入れたくなるが、「地球儀に貼り付ける」という解答にまで洗練させている。正答そのものよりも、「4本→1本」という前提の枠をとっぱらうことの方が大切やね。あるいは、「地球儀」という解は、いったん「地球」サイズまで思考のレベルを広げたから、得られるんじゃぁないかと。

スウェーデン式アイディア・ブック 「スウェーデン式アイディア・ブック」はこのような問題やワークショップを通じ、アイディアを発想させるアタマづくりに一役買っている。文字通り「アイディアのつくり方」そのまんまの本もあるが、読んでも実行しない人は一生しない。いっぽう本書は、自分のアタマで考えさせる仕掛けに満ちている。

 それが「スウェーデン式」なのか分からないけれど、ちょっと違った発想がいくつも得られる。たとえば――

  • 「イエス」より「ノー!」 : アイディアは批判されて磨かれる。「他人のアイディアを批判してはいけません」クソクラエ!かつて王侯貴族は「道化」を身近にはべらせていた。道化は、イエスマンに囲まれて真実を見失いそうな王にとって、保険の一種ともいえる
  • はてなタクシー : 基本条件をとっぱらう発想例。人手不足解消のため、①「道路に詳しい」②「運転ができる」の①の条件を満たさない見習い運転手の料金システム。ほとんどの客は行き先も道順も知っており、割安料金で利用できる。見習い運転手は賃金をもらいながら道を覚えられる
  • 不可能を探すべし : 本当に不可能なことを考え出す。やってみれば分かるが、意外と難しい。なぜなら、誰かが不可能だと思うことは、他の誰かにとって可能だと思えることがあるから。不可能は、前提を変えたり、定義をずらしたり、大胆な挑戦によって変わる
 フツーのアイディア本とは一味もふたあじも違う「スウェーデン式」をお試しあれ。

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