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良いニュースです、「貧困の終焉」が可能であることが証明されました。悪いニュースです、それにはお金がかかります

貧困の終焉 たてつづけに読んできたアフリカ関連の本が、ことごとく悲観的だったため、「なにをやってもダメ」なのかな、と考えるようになっていた。

   だめな国は何をやってもだめ「最底辺の10億人」
   「アフリカ・レポート」から行動する

 いやいや、絶望するには早すぎやしないかと、コメントでアドバイスをいただいた。akiraさん、ありがとうございます。非常に参考になりました。本書は、「極度の貧困は終わらせることができる、しかもわれわれの世代で」と断言する一冊。もろてをあげて賛成したいが、はげしく首をかしげる箇所もあって、なかなか興味深い読書になった。

■ 2025年までに世界の貧困をなくす

 最初に、著者ジェフリー・サックスは言いきる。本書は、私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本であると。そして、2025年までに極貧をなくすことは可能であり、そのために何ができるのかを説明しているのが本書であると。

 結局のところ、著者の主張は「カネ」だ。先進国は債務を帳消しにして、約束した援助額を出し惜しみしなければ、貧困を根絶することができるという。技術援助や人的交流、公衆衛生、インフラ、ガバナンスへのサポートもあるが、何はともあれ、出すものを出さないから成果が出ないんだと容赦がない。IMFや世界銀行には、怨み辛みがそうとう積もるようで、名指しで批判されるほうはたまったものじゃないだろう。

 その舌鋒はさることながら、提言が具体的であるところがいい。立ち読むなら12章「貧困をなくすために地に足のついた施策」をどうぞ。科学的農法やマラリヤ対策の費用から公衆教育の施策、財源の確保(なんとアメリカ富裕層から取れという)まで、いちいち具体的で金額まで示しているところが考えやすい。いかにも厨房の考えそうな、「世界の軍事費を振り向ければ~」的な発想とは異なり、金持ち連中の税金対策まで目配りしているところはさすが経済学者か。

■ 援助の卸売り(wholesale charity)、援助の小売り(retail charity)

 そう、このテの提言に圧倒的に足りないのはインセンティブ。「名誉」だの「ノブレス・オブリージュ」だけでは不十分だろう。感情に訴えかけて財布を開かせるといった現状の仕掛けに加え、税金のように自動的に振り分けるシステムが必要になる。そうするほうが(金・時間・地位・モロモロの何かで)メリットがあると思わせる動機付けをビジネスとして展開する。ビル・メリンダ財団の「援助の卸売り(wholesale charity)」はまさにこれをやろうとしているのではないかと。

 余談だが、このインセンティブを「援助の小売り(retail charity)」でやろうとしているのが、12月から実施される「Say Love 2008」。日経オンラインによると、複数のブランドや企業、NPO法人がスクラムを組み、大規模なチャリティーキャンペーンを実施するそうな。寄付意識が高まる年の瀬に、気軽にチャリティー(ちょいチャリ)に参画できる機会を提供し、「寄付文化」の定着を狙う試みなんだって[ネタ元]

 これは、「ほっとけない世界の貧しさ」を放りだした某団体と異なり、援助金はきちんと流れるようだ。ブランド力を高めたい企業、活動資金を集めたいNPO、「援助」という消費が選べる消費者の三者にメリットがもたらされるらしい。ヘタにセレブリティを使うと、「ま・た・お・ま・え・か」と拒否反応を起こしそうだね。この仕掛けがビジネスとして回りだすと、チャリティあっせんを専業とする団体・企業がでてくるんだろう。

■ 貧しい人びとはDVDで教育を!でも電気は?

 閑話休題。サックスの情熱はすさまじいし、説得力もある。しかし、合いの手よりもツッコミを入れたくなる部分もある。例えば、公衆衛生の知識の普及のためには、「村の集会などで、教育的なCDやDVDを使うようにすれば、ほとんどコストがかからない」という。うーむ、電気もないような集約には、DVDプレイヤーはないと思うぞ。あるいは、アフリカに足を踏み入れたことのないわたしが言う資格はないのかもしれないが、それでもメディア越しに見える情景と感覚を異にしている。

 さらに、ガバナンスが劣悪な国や、腐敗した政府に対する態度も首をかしげざるをえない。汚職政府は援助を受けるに値しないといい、その近隣の統治の良好な国を支援せよと主張する。極貧国の政府は往々にして無能・腐敗していることがあるので、そこの国民はみせしめですかそうですか。

 また、ガバナンスの改善と国の所得はニワトリタマゴの議論だと思い込んでいたが、著者にいわせると因果がハッキリしているらしい。国の所得が先にあり、ガバナンスは結果として改善されるという(p.431)。アフリカ諸国が低い経済成長にあえいでいるのは環境や地理的条件であって、ガバナンスが原因ではないという。

世界の別の地域にある同程度のガバナンス評価の国々とくらべて、アフリカ諸国は経済成長の速度が遅い。したがって、いくらガバナンスの質を改善しても、アフリカは他の地域のような急速な成長は期待できない。原因はガバナンスではなく、地理的な条件と環境のせいだ。

 そして、同じ所得水準の他国と比べて、アフリカの腐敗が格別に多いわけではないと主張する。腐敗はどこにでもあるだろうし、腐敗の「多さ」や「劣悪さ」は比較するのは難しいだろう。だからといって、腐敗が低経済成長の原因「ではない」と言い切るのはかなり苦しい。

■ エコノミストの実験場

アフリカ苦悩する大陸 これは、「アフリカ 苦悩する大陸」の著者ロバート・ゲストの主張と真逆で面白い。彼は、アフリカの貧困はずばり腐敗した無能な政府に原因があるという。。私腹を肥やす権力者、国民から強奪する警察官、堂々とわいろを要求する官僚――これら腐りきった連中がアフリカを食い物にし、援助や支援が吸い取られる。資源に恵まれた国であっても同様だ。奪い合い→内戦化→国土の荒廃を招くか、あるいは、外資が採掘場所を徹底的に押さえ、オイルダラーが国民まで行き渡らない構造になっているという。そのうえ、最貧困層のためにあるはずの援助の実態は違っており、「援助とは富裕国の貧困層から、貧困国の富裕層への富の移転にすぎない」というスタンスを取っている。わたしのレビューは[ここ]、あわせて読むと面白い。

 同じ目標「貧困を解決したい」を掲げて、どうしてこうまで違うのだろう(立場かね、やっぱ)と考えると、非常に興味深い。おそらく、どちらが正しい/誤りというわけではないのだろう。それぞれ著名エコノミストとしてのキャリアを歩み、外側からも内側からもアフリカの貧困に関わってきたのだろうし。どちらも自信たっぷりに断言しているのは、エコノミストの性(さが)なんだろか。

 しかし、彼らの主張が大きくちがうのは、アフリカの巨大さの証拠であり、その貧困の多様さ複雑さを示しているのだと考える。尻尾にふれた人は尻尾を、耳をさわったヒトは耳こそが象だと信じるように、おのが経験こそが「真実」だと言い張るのは充分考えられる。

 したがって、入手した情報から分かるのは、それがたとえ俯瞰的・統計的な視点を持っていたとしても、ある一面を削りとったに過ぎないと考えなければ。さもなくば、そのカケラでもってすべてを推し量ろうとする愚を冒すことになるね、そう、わたしみたいに。

■ 前提から抜け落ちているもの

 それでも疑問は残る。貧困に「原因」が存在し、それを追求し、取り除くことによってしか解消できないという考え方から一歩も動いていないことだ。もはや変えられない「原因」が存在するならば、それは「原因」とみなさないつもりなのだろうか。

 このスタンスに固執している時点で、植民地時代に欧米列強がやらかした歴史を見事に無視しているといえる。なぜなら、その「強奪の歴史」は、書き変えることも取り除くこともできないのだから。このスタンスに由っていることで、植民地主義という「原因」は、華麗にスルーされている。サイードか、ソンタグあたりで言われてそうなので、これは宿題だな。

 サックスもコリアーもゲストも、植民地主義の歴史に触れることはあっても、現状まで結びつけて因果を説明する件はなかった。つまり、現在のアフリカの惨状は、その宗主国が元凶であると認めている部分は見出せなかった。「前任者のいたしたことですので」なのか、これまでの開発投資・援助・インフラで贖罪済みなのか。かれらセンシンコクのエコノミストにとって、あまりにナイーブで触れないほうがいいネタなのか、わたしの不勉強なのか。これも宿題だな。

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見たあとに跳べ「Google Earthでみる地球の歴史」

GoogleEarthでみる地球の歴史 衛星軌道から地球史の旅を楽しめる、Google Earthのすばらしい成果。

 わが子の教育目的でGoogle Earthを遊ばせている。国境線をとっぱらって上下逆転させた「地球」を、文字どおりオモチャがわりに弄っている。ただ漫然とまわっていると飽きるので、架空のツアーを組んだり紙の地図と組み合わせて遊んでいる。居ながらにして世界旅行を味わえるのは愉快だが、あくまで観光気分だけ。

 それが、[たつを]さんとこでいいのを教えてもらった。それが本書、「Google Earthでみる地球の歴史」。なにがいいかというと、「見たら必ず行きたくなる」ところ。宣伝惹句に偽りはなく、紹介されている「場所」へジャンプしたくなること請合う。

 まず、「自然をみる」。

 グランドキャニオン、モニュメントバレー、デビルズタワー、エアーズロックなどの最適ポイントを紹介し、侵食にともなう地形が独特の景観をつくりだしている過程を解説している。たとえば、デビルズタワーは「未知との遭遇」の舞台となった場所で、(Google Earthで)行ってみると、片隅の駐車場のクルマが米粒ぐらいにみえる。さらに、リンクされているスナップ写真を見ると、のぼった人多数…

 奇怪な景色や変わった地形ばかりを集めたサイトがあったけれど、本書はそうした地形が「なぜ」うまれたのか、どうなっていくのかも含めて説明している(著者は地質学者なのだ)。マヤ文明が繁栄した理由を「水源」から考察し、その源は6500万年に衝突し、恐竜を絶滅させた天体衝突のクレーターに溜まった雨水だと説明するなんて、本書で始めて知った驚きの事実。

 次に、「災害をみる」。

 四川大地震やインド洋大津波が地球にのこした痕を確認することができる。四川大地震の巨大さは、活断層を画面に入れた縮尺でドラッグすると実感できる。日本列島が比較対象にちょうどいいのだから。さらに、インド洋大津波の爪痕は、津波の引き波によって砂が大量に抉り取られた様を見ることができる。

 縮尺のため「見えない」が、このフレームにおさまっているおびただしい死者のことを思うと胸が痛む。そして、そうした死者を写さないぐらいの巨大なちからが働いたのかと考えて、あらためて愕然とする。

 最後は、「地球史をみる」。

 初期の地球の姿(38億年前)から、大気中に酸素を大量発生させたシアノバクテリアの繁栄の跡(27億年前)、白亜紀の温暖期(1億4500万年前)の跡、地球寒冷期(200万年前)の原因となったトバ火山――と、Google Earthを用いることで、地球の生い立ちをパノラマ的に眺めることができる。すでに人間の小ささはじゅうぶん思い知った上に、さらに人類の歴史の短さを実感する。

 都市や街並といった人の跡ばかりを眺めてきたわたしには、いい刺激になった。著者はいう、「奇妙で不思議な光景には、必ず地球科学的な意味がある。グーグルアースを見るということは、じつは、地球の歴史をみることでもあるのだ」。たしかにそのとおり、地理的な空間だけでなく、そこに刻まれた時間も同時に読み取る視点をくれるのがいい。検索パネルの「ジャンプ」は、場所だけでなく時間をも跳躍しているんだね。

 これは、Google Earthの解説本ではなく、Google Earthの成果本。アフリカと南アメリカ大陸の海岸線から気づいたアルフレート・ウェゲナーのように、Google Earthから気づく人がでてくる――そんな時代にいるんだと思うと、ちょっと震えてくる。

 とりあえず、今年のクリスマスは地球儀かな…

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