« 2008年9月21日 - 2008年9月27日 | トップページ | 2008年10月5日 - 2008年10月11日 »

嫁と「ひぐらし」

 かれこれ2週間以上、昭和58年6月の雛見沢から出られない。

 発端は嫁さん。

 レンタル屋であるDVDを掲げて、「コレ借りてもいい…?」と上目づかいに訊いてくる。その視線に弱いことを知った上で使う。ちなみに嫁さん、アニメは"からきし"なんだが、ムシの知らせか何かで、大当たりを引いてくる(前回は「鋼の錬金術師」だった)。

 まなめ先生のおかげで、ネタバレを回避しつつ陰惨な話だと知ってはいたので、それとなく警告する。「うんいいよ」と二つ返事。「娘を混ぜちゃうような話じゃないだろうし」――ええ、確かにダークファンタジーではないのですががが。

 早めに子どもを寝かせ、いそいそと酒宴の準備をする(明日は休みだ♪仕事もない)。そういや、嫁さんとアニメなんて久しぶりだよな、というか一緒に「二人だけで」何かを観ることそのものが久しぶりだよなーとトキメキながら、電源ON→DVDオン→再生オン………………………

続きを読む "嫁と「ひぐらし」"

| | コメント (5) | トラックバック (2)

「シャドー81」はスゴ本

シャドー81 スリルとスケールたっぷりのスゴ本、この大傑作を紹介できてうれしいよ。

 プロットは極めてシンプル。最新鋭の戦闘機が、ジャンボ旅客機をハイジャックする話だ、表紙がすべてを物語っている。犯人はジャンボ機の死角にぴったり入り込み、決して姿を見せない。姿なき犯人は、二百余名の人命と引き換えに、莫大な金塊を要求する。

 シンプルであればあるほど、読者は気になるはずだ、「じゃぁ、どうやって?」ってね。完全武装の戦闘機なんて、どっから調達するんだ? 誰が乗るんだ? 身代金の受け渡し方法は? だいたい戦闘機ってそんなに長いこと飛んでられないから、逃げられっこないよ!

 本書の面白さの半分は、この表紙を「完成」させるまでの極めて周到な計画にある。一見無関係のエピソードが巧妙に配置され、意外な人物がそれぞれの立場から「戦闘機によるハイジャック」の一点に収束していく布石はお見事としかいいようがない。

 そして、もう半分は、表紙が「完成」された後、ハイジャッカーと旅客機のパイロット、航空管制官の緊張感あふれるやりとりだ。無線機越しの息詰まる会話から、奇妙な信頼関係が生まれてくるのも面白い。ハリウッドならCG処理してしまいそうなスペクタクルシーンも魅所だが、時代がアレなだけに映画化不能www

 さらに、面白さを加速しているのは、先の見えない展開だ。伏線であることは分かっていたが、まさかそこへ効いてくるなんて…と何度も息を呑むに違いない。文字通りラストまで息をつけない(あまりにも○○な最後に、読み達者であればあるほど唸るかも)。

 本書は30年前に読んだっきり。新潮文庫版は、永らく絶版状態だったようだ。それが今回、ハヤカワNVで復活して嬉しいことこの上ない(ちなみに同時に出ている「ゴーリキー・パーク」は骨太の極上)。400頁強、ゆっくり読めば徹夜小説になるが、思わず知らず夢中になること請け合う。

 ただ、今回の再読にあたり、穴というか無謀というか無茶が目立った。もし○○ならどうするつもりだったんだろう…と何度ツッコミを入れたことか。計画段階での神経質なほどの緻密さと好対照をなす実行段階の大胆不敵さに、一種腹立たしさすら覚えながら読む。結末がわかっていても、やっぱりハラハラしてしまう。

 本書と汗を握りしめ、秋の夜長にイッキ読み。未読の方こそ幸せもの、極上のミステリを、どうぞ。もちろん、明日の予定がない夜にね。


| | コメント (2) | トラックバック (2)

学生必読「理科系の作文技術」

理科系の作文技術 文系理系は無関係、学生は全員読め。もう一度いう、学生は必ず読め。

 「上から目線」だの「えらそう」だの批判上等(ご指摘の通りだから)。その上で重ねて言う、必ず読め。かくいうわたしは、そう言ってくれる先達がいなかった。ゼミ発表やビジネス文書で「揉まれて」身に着けた我流の技術なので、心もとないことおびただしい。

 今では論文・レポートの作成技術に関する本は沢山あるが、コンパクトな新書にここまで丁寧+徹底して「学生のレポート」に特化したものはない。「東大、京大、北大、広大の教師が新入生にオススメする100冊」の第8位で、この手のランキングに必ず本書が入っているところに、センセ方の苦労がしのばれる。

 もちろん、ライティングの手ほどきを受けている方なら、「あたりまえ」のことばかり。しかし、その「あたりまえ」がないことでどれだけコミュニケーション・ロスが発生しているかゾッとさせられる。

 たとえば、「事実と意見は分けて書け」という。当然だ、どこまでが事実の報告で、どこからが仮説・意見なのか分からない文書だと、まともに扱ってすらもらえないだろう。にもかかわらず、意見をさも事実のように書いたり、事実に意見を紛れ込ませたりする実例が沢山ある。エッセイストを気取るならいいけれど、レポートとしては落第だろ。

 そもそも「事実とは何か」から定義している。事実とは、「自然に起こる事象や自然法則、過去の事件などの記述で、しかるべきテストや調査によって真偽を客観的に確認できるもの」を指す。

 しかも、「事実の書き方」と「意見の書き方」まで指南してくれる。「分けて書く」とは、分割して書けというだけではない。その記述が事実なのか意見なのか、読み手に分かるようにすることが重要なのだ。

 事実を書くポイントは2つ。

  • 書く必要性があるか否かを十分に吟味し、必要があるものだけを記述せよ。言い換えると、「必要でない記述は書くな」になる
  • ぼかした表現に逃げず、できる限り明確に書け。「明確に書く」とは、事実を記述する文は名詞と動詞で書き、主観に依存する修飾語が混入していないことを指す

 いっぽう、意見を書く原則は2つ。

  • 基本は、「私は…と考える」と意見であることが明確に分かるように「頭(私は)」と「足(考える)」をつける
  • 意見の核となることばが主観をあらわす修飾語の場合に限り、頭と足を省略できる

 上記のノウハウを逆手にとって「事実のフリした意見」を書き殴ってるわたしには耳が痛いですな。同時に、これまでに習得した文章術の「おさらい」ができてありがたい。アイディアの作り方で最も重要な「寝かせる手段」、トピックセンテンスの絞り方、自己流マインドマップのような「スケッチ・ノート法」、主題への「意思」を展開した目標規定文(thesis)へ収束させる方法──どれも一冊本がかけるぐらいの肝ネタを惜しみなく紹介してくれている。OHPの書き方まである懇切丁寧さだが、今ならパワーポイントか(キモは一緒)。どれも良い復習となりましたな。学生さんは読んで損なし、かつてのわたしに激しくオススメしたい一冊。

 何度でもいう、学生は必ず読んでおけ(命令形)。

| | コメント (6) | トラックバック (3)

« 2008年9月21日 - 2008年9月27日 | トップページ | 2008年10月5日 - 2008年10月11日 »