« 2008年9月7日 - 2008年9月13日 | トップページ | 2008年9月21日 - 2008年9月27日 »

量子力学の巨人が生命の本質に迫る「生命とは何か──物理的にみた生細胞」

生命とは何か アプローチは秀逸だが、「生命」そのものに対するズバリの答えはない。

 むしろ、「生命体」や「生命活動」とは何か、といったお題が適切かと。生きている細胞の営みを物理的に定義しなおした場合、どのようになぞらえることができるか? について、実にうまく表している。

 半世紀を経て、なお刺激的なのは、シュレーディンガーの「問いの立て方」が上手いからだろう。たとえば、「原子はどうしてそんなに小さいのか」という問いへのブレークスルーな答えがある。それは、この問いの言い換えによる。つまり、本当は逆で、「(原子と比べて)人はどうしてそんなに大きいのか」という疑問に答えているのだ。

 だから、「もし人間が原子に影響を受けるぐらいのサイズだったら、今の感覚器官や思考形態をとれない」という人間主義的な匂いが醸されて微笑ましい。なんとなく循環論法(?)と思えてくる。

 いっぽうで、生物を「時計仕掛け」と見なすことで、さまざまな「発見」が得られた。染色体は生物機械の歯車になるし、生命活動を遺伝子のパターンの維持と読み替えられる。遺伝子の突然変異を非周期性結晶の「異性体的変化」に置き換えてしまうところはお見事。メタファーの力を利用して、物理学と生物学の両方から手を伸ばして握らせようとしている。

 ただ、最も肝心な点なのに、ちゃんと読めたか自信がないのが、「負のエントロピー」。生物の定義にまでかかわっているのだが、わたしはこう読み取った。

 つまりこうだ。生物にとってエントロピー最大が、「死」すなわち無秩序の状態で、原子的な混沌を指している。そして、その反対が「負のエントロピー」であり、秩序だった状態のことを言う。生物は、「秩序」を取り込むことにより、エントロピーが増大することを防いでいる。言い換えると、「負のエントロピー」を取り込み、エントロピーを排出することによって、エントロピーの増加を防いでいる――これが、シュレーディンガーの主張。

すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えず取り入れることです。生物が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなく言うならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります。
(シュレーディンガー「生命とは何か 物理的にみた生細胞」p.141)
 こう読んでいくと、「負のエントロピー」とはすなわち、食物ではないのかと思えてくる。だがこれは孔明の罠だそうな。植物にとっての太陽光も「負のエントロピー」であり、動物にとっての栄養素と同様、「環境から得られる一定の秩序だった現象」として読み取るのが正解だろう。

 この「負のエントロピー」論は非常に誤読を招きやすいそうな。たとえば、ベストセラー「生物と無生物のあいだ」の著者が、この「負のエントロピー」を批判していることについて、バッサリ斬られている。本書の解説(p.214)によると、「この混同と過誤の誠に見事な標本」なんだそうな。

 たしかに解説を読む限り、誤読は間違いなさそうなんだが… それでも、誤解を招きやすい文章であることは確か。わたしのような生物学のシロートだと同じ罠に陥るかもしれない。念のため、ここに引用しておこう。

ただし、第6章60節(145ページ以下)の「負エントロピー」という言葉は、その直後の原註にもかかわらず、やっぱり誤解を招きやすい言葉だ。なぜなら、今日の物理的科学には熱力学のエントロピーと通信工学に由来する情報理論のエントロピーという二種類のエントロピーがあって、この両者が分子生物学の大学教授などによっても、しばしば混同され過誤や混乱を助長しているからだ。私はたまたま最近(2007年)出版された通俗科学書のベストセラーものの一つに、この混同と過誤の誠に見事な標本を見つけたので、ここに引用する。
「シュレーディンガーは誤りを犯した。実は、生命は食物に含まれている有機高分子の秩序を負のエントロピーの源として取り入れているのではない。生物は、その消化プロセスにおいて、タンパク質にせよ、炭水化物にせよ、有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解し、そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから吸収している。なぜなら、その秩序とは、他の生物の情報だったもので、自分自身にとってはノイズになりうるものだからである。」
(講談社現代新書「生物と無生物のあいだ」150ページ)
この文中の「生物」を「動物」と書き換えれば、少しはましだ。それにしても、シュレーディンガーは、本書をまともに読めば分かる(「ガモフ物理学講義」、白揚社近刊の中の「生命の熱力学」の項とそこの訳注を見ればいっそう分かりやすい)ように、タンパク質などのような有機高分子の秩序を負のエントロピーの源だなんて言ったのではない。そして彼は、遺伝物質を構成する大型分子(彼が非周期性結晶と呼んだもの)は、時計の歯車のように熱力学を一応超越した(エントロピーとは無関係な)個体部品だと言ったのである。
 そう、岩波新書版を文庫化するにあたって付加された解説が面白い。上記のようにベストセラーがけちょんけちょんにされているのも興味深いが、シュレーディンガーの「梵我一如の悟り」をオルガスムになぞらえて説明しようとする勇気も称えたい。訳者が25歳のとき童貞だったという告白なんざ聞きたくもないネタだけれど、声を出して笑ったのはおまけの解説。シュレーディンガーが小児性愛者だったことまでは書いていないが、私生活の奔放さ(?)が垣間見えて面白い。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

「アルケミスト」はスゴ本

アルケミスト スゴ本。ただし、読了後「もっと早く出会っておけば…」と後悔した一冊でもある。

 箴言の詰まった寓話としても読んでいいし、自己啓発本としてもいける。その証拠に、amazonレビューの方向がなんとバラバラなことか。前者として読んだ方には、サン=テグジュペリ「星の王子さま」を、後者とみなす方は、オグ・マンディーノ「地上最強の商人」をオススメする。それぞれのベクトルの最高峰だから。

 つまり、この薄い一冊に、両者のエッセンスが蒸留されているんだ。

 BGMは岡村孝子「夢をあきらめないで」が最適――というか、読んでる間ずーっとこの曲が頭ン中をエンドレス。テーマも曲調も歌詞も、本書がそのまま歌になっている錯覚に陥る。主人公の少年に対し、アルケミスト(錬金術師)が放った次の一句なんてぴったり。

     傷つくのを恐れることは、
     実際に傷つくよりもつらいものだと、
     おまえの心に言ってやるがよい

 お話を一言でネタバラシすると、夢買い長者だ。あるいは北条政子の夢買い(曾我物語)か。似たような民話は世界のあちこちにあるそうな。これは一種のマインドコントロールなんだが、「自分の心に素直に」や「兆しに従え」といったメッセージまで含めると、セルフ・マインドコントロールになる。ほら、「書くと叶う」ってやつ、聞いたことあるでしょ

 ただ、この仕掛けを上手に隠し、あたかも地中海沿岸の伝説のような体をなしているのは作者の手腕だろう。そんなタネをぜんぶ分かってても、しっかり腹に落ちてくる。これは物語そのものが持つちからなんだ。

 これを強力にオススメしてくれたのは、妄想大好きッ娘ゆりさん、最近のわたしの師匠ですhehehe! 素晴らしい一冊を教えていただき、ありがとうございます。

| | コメント (12) | トラックバック (6)

名著!「日本人の英語」

 「東大、京大、北大、広大の教師が新入生にオススメする100冊」で第5位。日本人の英語

 特に京大のセンセが、「英語の本質がわかると言っても過言ではない」とか、「全学共通科目の英語なんぞ 100 年続けても、この1冊には適うまい」といった最大級の賛辞を贈っている。

 著者はマーク・ピーターセン。明治大学経済学部の助教授(当時)。新入生の「異様な英語」から、修士や博士論文に出てくる「イライラする文」までを、達意な「日本語」で説明してくれる。なぜ「異様」なのか、そしてなぜ「イライラ」するのかを理解するとき、英語の壁を一つ越えるだろう。

 そういうわたし自身、単語をつなげたり拾ったりするだけなので、心もとない。次の例文は簡単なくせに面白い「読み」ができる。

     a) Last night, I ate chicken in the backyard.
     b) Last night, I ate a chicken in the backyard.

 鶏肉は「chiken」なので、a) が正解なんだろうが、「b) を正しい英文として読めば、簡潔で、とてもヴィヴィッドで説得力のある表現になるという。「a chiken」とは、「ある鶏1羽」なので、裏庭で鶏を捕まえて、そのままそこで食べたことになる。

 著者曰く「夜がふけて暗くなってきた裏庭で、血と羽だらけの口元に微笑を浮かべながら、ふくらんだ腹を満足そうになでている――このように生き生きとした情景が浮かんでくる」だって。「a」ひとつでここまで変わる発想がすげぇ。

 次。「猫を冷蔵庫に入れる」のと「猫を電子レンジに入れる」の違いがエキサイティングなり。

     a) She put the cat in the freezer to cool it off.
     b) She put the cat in her microwave oven to dry it off.

 つっこむ所が違うかもしれないが、著者は太字の違いを解説する。なぜ冷蔵庫が「the」で、どうして電子レンジが「her」になるのが自然なのか?

 かわいそうな猫をそっちのけにして、著者は純然たる意識の問題だと説明する。冷蔵庫というものは、どの家庭にでもあると意識されるが、電子レンジはまだそこまで普及していない。その意識の違いが「her」と「the」の使い分けで表現するそうな。

 前置詞を使った言い回しの解説は、非常に分かりやすい。to, at, on, in, about, out などの「位置関係」を使って視覚的に説明してくれる(絵はないけれど)。イディオムに悩まされている中高生にオススメしたい。

     a) He is off work today.
     b) He is out of the office today.
     c) He is out of work.

 a) も b) も「今日はお休み」だが、c) は「失業している」になる。out というのは三次元関係を表し、動詞に「立体感のあるものの中から外へ」という意味を与える。いっぽう、off は「あるものの表面から離れて」という意味を与えるという。

 目からウロコなのは、「時」を気にする英語と、「相」を重視する日本語の違い。訳文と並べて「時」「相」を比較してみると瞭然だ。

     a) Before I went to Beijing, I studied Chinese.
     b) 北京へ行く前に、中国語を勉強しておいた
     c) Before I go to Beijing, I am going to study Chinese.
     d) 北京へ行く前に、中国語を勉強する予定だ

 話の時制によって形を変える英語と、時制を気にしない日本語。つまり、過去のことなら過去形の、今のことなら現在形であることを強いるのが英語で、過去か現在かは気にせず、行動の状態(前・後)だけで済ますのが日本語。英語的にするなら、b) は「北京へ行った前に」となるが、日本語として不自然だろう。

 日本人の英語の不自然さを、日本語での違和感として教えてくれる。これはありがたい。例えば、「明治大学」を英語でどう書く?

     a) Meiji University
     b) University of Meiji

 大学名の英称なんて「決めごと」だから、どちらでもいいというわけではく、正解は a) だそうな。「University of ○○」の大学があるから、b) でもよさそうなのだが、この of は属性的な関係を表すため、○○には具体的に実在する地名が入る。「明治」は形容的につけられた単なる「名」にすぎないから、不適切だという。その違和感をあらわすなら、b) は「明治な大学」になるそうな。

 「英語の本質がわかると言っても過言ではない」と絶賛されているのは、著者の長い日本語生活のなかで、「この英文で彼・彼女は何を言いたいのか?」を先回りできるようになったから。少なくともわたしには、復習以上の「気づき」が得られたが、学生のときに読んどきゃよかった…と反省しきり。

 薄いのに濃い一冊。

| | コメント (5) | トラックバック (5)

« 2008年9月7日 - 2008年9月13日 | トップページ | 2008年9月21日 - 2008年9月27日 »