« 2008年7月13日 - 2008年7月19日 | トップページ | 2008年7月27日 - 2008年8月2日 »

なぜ私だけが苦しむのか

なぜ私だけが苦しむのか 死にたくなったらオススメ。わたしは予習として読んだ。

 心に痛みを抱きながら、日々なんとかしのいでいる人がいる。あるいは、「なぜ私がこんな酷い目に遭うのか?」と悲嘆に暮れている人がいる。突然、わが身に降りかかった災厄──病や事故、わが子や配偶者の死──から立ち直れない人がいる。

 そんな人にとって、伝統的な宗教はあまり役に立っていない。

 なぜなら、ほとんどの宗教が、神を正当化し弁護することにかまけていて、嘆き悲しんでいる人の痛みを和らげることを重視していないから。あまつさえ、「悲劇も本当は良いことだ。なぜならこの経験はあなたを善き人に導くのだから」とか、「自分を可哀相がるのは止めなさい、起きたことにはちゃんと理由があるのだから」などと、傷ついた心に追い撃ちをかけてくる。

 不幸に見舞われた人が望んでいるのは、ただ黙って聞いてもらい、「大変だね、辛いよね」と同情を寄せてもらうことなのに──著者クシュナーはラビ(ユダヤ教の教師)、その言葉の一つ一つに納得する。むしろ、信仰の根幹に疑惑の目を投げかけるような物言いに、こちらもたじたじとなる。

 両親を目の前で射殺されたイラクの子の写真を見たことがある。小さな女の子で、まだ何が起こったのか分からない様子だった。(両親の)血にまみれて泣き叫んでいる[One Night In Tal Afar]

 この戦争がその御名の下に実行されている時点で、「神」は疑わしくみえる。戦争の悲惨さを伝えるためか? 親の血を浴びた少女にとっては、充分すぎるほど伝わっているが、やりすぎとちゃうか? 信仰の強さを試しているのか? にしては、残酷なゲームのテーゼだ。たかだか2人じゃん、カタいこと言うなよwwwというのなら、ホロコーストは? 全能かつ善なる存在は、ガス室を放置プレイかよwww ヨブはもういないにもかかわらず、まだゲームを続けるつもりなのか?

 あるいは、マザー・テレサの死後、公になった個人的書簡によると、彼女は半世紀もの間、神の不在を感じていたという(for the last nearly half-century of her life she felt no presence of God whatsoever. from"Mother Teresa's Crisis of Faith")。あたりまえだ、聖女と奉られながらも、彼女がみた現実はあまりにも地獄すぎる。文字通り、どうして神はこの子等を見捨てたのですか? と問いただしたくなる。この感情は信仰の深さに反比例するだろうから、彼女にとって神の不在感覚はいかほどだったろうと暗鬱になる。

 そんな思考を経ると、「やっぱり神様なんていなかったね」と思えてくる。あるいは、善とか正義とか、人が決めた定義とは別の運行表を持つ神を想像したくなる。星の軌跡とか、過夏の野分を見ると、巨大な存在を感じることができる。仮にそれを「神」と名づけるなら、その神は、人間のことなんて、気にも留めてないだろう。

 しかし、著者はいう。ホロコーストは神がひきおこした災厄でないと。神は全能ではなく、善人に降りかかる苦痛を防ぐことができないのだと。7日目はまだ終わってないし、人の世は完成していないのだと。世の中には、理由の無い不幸が確かに存在するが、それは神がもたらしたものではないと。

 神は殺人者の側にではなく、犠牲者とともにいるのだと。人間が善を選ぶのか悪を選ぶのかを、神はコントロールしない代わりに、人間に善と悪の選択の自由を与えた以上、たとえそれが隣人を傷つける選択であったとしても、神は防ぐことができないのだという。

 唯一絶対神を信仰しない私にとって、ものすごい欺瞞に見えるのだが、この判断が現実とのギリギリのところなのだろう。大きな不幸に見舞われたとき、絶望に陥らずに生き続けるために、どうしても必要な解釈なのだろう。

 それでも、神を信じる心を信じることはできる。どんなに悲惨なときでも、怒りに我を忘れて「神よ、なぜ私だけが苦しむのですか?」と問うのではなく、「神よ、この耐え難い困難に立ち向かう勇気を、わたしに下さい」と祈るのだ。不完全な神を赦し、愛するための祈りは、わたしにも信じることができるのだ。おかしな話なのだが、本当なのだ。神は信じられないくせに、神への祈りを信じるのだから。

 原題が、"When Bad Things Happen To Good People"(善良な人に悪いことが起こるとき)であることに注意して欲しい。"Why Bad Things Happen To Good People?"ではないのだ。そして、悪いことが起きた人が、どう接し、どうとらえればよいかの手がかりが、本書にある(もちろん、悪いことが起きた「理由」なんて、書いてない)。

 いま、苦しい思いをしている人に読んで欲しい。そうでない人は、予習としてどうぞ。ただし、本書があなたの苦しみを減じてくれる保証はない。ただ、その方法を探す手助けとなることは、請け負う。

 最後に。この本の存在を教えていただき、感謝しています。finalventさん、ありがとうございます。ブログをやっていて、本当によかったと感じています。

| | コメント (12) | トラックバック (3)

「影響力の法則」はスゴ本

影響力の法則 肩書、権威はないが、うまく周りを巻き込んだり上司を動かして、結果を出せる人がいる。いっぽう、呼び名は何であれ、その役職名に見合った影響力を発揮できない人がいる。いわゆる、「部下をちゃんと使えない上司」というやつ。

 本書は、当人の肩書・権威とは別に、仕事をする上で充分な影響力を行使するための法則と方法がまとめてある。やり方を知っている人にはアタリマエというか、当然のコトばかりなんだけれど、ここまで徹底しているのは初。

 例によって長くなったので、以下に目次。

■1 最重要は、8章「上司に影響を与える」と9章「やっかいな部下を動かす」
■2 類書との決定的な違い――カーネギー「人を動かす」
■3 人を動かす前提として、相手の「性格」ではなく「環境」に目を向ける
■4 類書との決定的な違い――チャルディーニ「影響力の武器」
■5 ビジネスの場で活用できるカレンシー(価値)
■6 相手との関係がこじれている場合はどうする?
■7 参考URL

 そして、こいつはスゴ本。チャルディーニ「影響力の武器」バーバラ・ミント「考える技術・書く技術」ぐらいの劇的な効果をもたらすことを請合う。サブタイトルが「現代組織を生き抜くバイブル」とあるが、看板どおりバイブルとして使っていける。

■1 最重要は、8章「上司に影響を与える」と9章「やっかいな部下を動かす」

 全編これノウハウのカタマリのような本だが、一番使えるのは8章と9章だ。

 まず、第8章「上司に影響を与える」は必読。上司とwin-winの関係を築き、上司に働いてもらうための全てのやり方が書いてある。上司を思うとおりに操縦するテクではない。上司とパートナーシップの関係を作り、理解し、後押しするための方法だ。上司との典型的な問題は、QA方式でまとめられており、即適用できる。例えば、

  1. 自分のアイディアを上司が受け入れようとしない
  2. 上司はちゃんと仕事をしないうえに、アドバイスを聞かない
  3. 上司は近寄りがたく、よそよそしい
  4. 上司から、やりがい、自由裁量の幅を引き出すには、どうしたらよいか
  5. 上司が指導方法を変え、能力開発やコーチングをするようになるには、どうしたらよいか
  6. パートナーシップを求めない上司には、どう対応するか
  7. 上司の能力開発のために、部下は何ができるか
の、それぞれの解答が幾通りも提示されている。そして、そのカギは自分自身にあることに気づかせてくれる。また、上司への影響力を阻む部下側の要因(最大の要因は部下の上司観)もまとめられており、いたれりつくせり。

 さらに、第9章「やっかいな部下を動かす」も必読。部下に限らず、同僚の協力も得る方法も同様に書いてあるから。有能だが、扱いにくい部下・同僚に動いてもらうための全部の方法が書いてある。

 ここのカギも自分自身。ピグマリオン効果を持ち出し、部下を味方と思えるところがスタートだという。つまり、よい成果を期待されると、その期待に応えようとし、駄目だと思われていると悪い行動をとる傾向があるからこそ、まず自分(上司)の態度をポジティブにせよ、という理屈だ。

 影響力を発揮するための、指示、依頼、連絡、脅迫、懐柔、説得、恫喝、give-take、win-win など、実際の現場で様々な「やりくち」がある。しかし、難しい状況下や、話の通じないやっかいな相手・集団・組織を前にすると、なかなか実行できない。本書では、厳しい状況下における影響力の障害を取り除き、実際にどうアクションをとるべきなのかが解説されている。結果を出す力が劇的に向上していくはずだ。

■2 類書との決定的な違い――カーネギー「人を動かす」

 このテの本は沢山出ているし、人を動かす秘訣は、山本五十六に聞かずとも知っているだろう―― やってみせ、言って聞かせて、させて見せ、誉めてやれ。でもそれだけでは足りないのだ。さらに、脅してきかせ、すかしてなだめる──ことが重要。笑顔と怒顔の両方が必要。この「強く出る」のは諸刃の剣なのだが、(毒も含めた)効果的なやり方もオプションとして有用だ。

 あるいは、カーネギー「人を動かす」の秘訣を思い出すかもしれない。カーネギー曰く、「人を動かす秘訣は、この世に、ただ一つしかない」という。しかも、この事実に気づいている人は、はなはだ少ないそうだ。

人を動かす秘訣は、間違いなく、一つしかないのである。すなわち、みずから動きたくなる気持を起こさせること――これが秘訣だ。

 そして、どうすればみずから動きたくなる気持ちを起こさせるかというと──相手の望むことをやってやれとか、積極的にほめてみせよとか、相手を重要視せよとか五十六元帥と同じことを言い出す。「人を動かす」を読みながら、ほめられたり目立ったりするのがキライな人ならどうするの? とか、そもそも相手が望むことって何? とツッコミを入れたくなる。

 あのね、それは分かっているけど、簡単にはできないことなの。何をすればいいのかは知っているけれど、どうやってすればいいのかが、分からないの!

 その声にズバリ応えているのが第4章「なにが人を動かすのか」。システマティックで打算的かもしれないが、法則から実践までエゲツないほど赤裸々に書いてある。相手の「性格」ではなく「環境」に目を向け、相手が何によって評価され、報酬を受けているか徹底的に調べよという。そうすることで、「相手が望む価値」が何であるかが見えてくる。

■3 人を動かす前提として、相手の「性格」ではなく「環境」に目を向ける

 よく「相手の性格を推し量り、理解につとめよ」といわれるが、嘘だ。「性格」なんて相当知り尽くさないと分かるものでも無いし、そんな時間も余裕も無い。だいたい、そんなによく知らない仕事相手の「性格」を決めるなんて、失礼極まりない。

 だから、「相手を取り巻く環境要因」に目をつけろという。要するに、相手が何によって評価され、報酬を受けているか徹底的に調べよという。仕事で何を担当し何に責任を負っているかを調べる(これは「性格」より簡単のはずだ)。それによって相手が価値を置くものや、ものの見方、他者との接し方の傾向が見えてくる。

  • 何をもとに評価されているか、報酬を受けているか
  • 組織外から受ける圧力や出来事
  • 上司からの期待
  • 同僚からの期待
  • 組織文化風土
  • 教育訓練の内容」
  • 担当業務の性質(定性・定量的、創造性、リーダー・フォロワー)
  • キャリアの足跡(ポジション、組織内・外のキャリア、潜在能力、満足度)

 相手が仕事をしている環境や状況から、何が相手の行動を左右しているかが読み取れる。相手が何に価値を置いているかを見つけることで、こちらとの価値の交換に何が必要か導くことができる。

■4 類書との決定的な違い――チャルディーニ「影響力の武器」

 また、チャルディーニ「影響力の武器」という名著がある。いかにYESを言わせるかを徹底分析しており、人間が社会的証明、権威、希少性などひっかかりやすいことが、これでもかというほどあらわにしている。これは人間関係間の影響力について「開いて」書いてある本で、交渉や対話の場に応用できるテクニック本として有益だろう。

 いっぽう本書は、ビジネスの場に「閉じた」指南書で、より具体的で実践に即したものとなっている。個々の対話ではなく、より戦略的に相手に影響を与えるための方法論なのだ。「武器」が個対個を想定したナイフや銃器であるならば、本書は爆撃機やミサイルなど、より広範囲なパワーを行使する、さしずめ「影響力の兵器」といったところだろう。

 あるいは、「与えつづけよ、さらば得られん」などと言う人は多い。ギブ・ギブ・ギブ・ギブ・ギブしていけば、いずれ必ずテイクできる。だから貢献に徹せよというアドバイスは、嘘だということを知っている。

 もちろん、貢献し続けることで協力を得やすくなることはあるが、いつもそうとは限らない。相手が「貸し」を返そうとしない場合はどうするのか? そもそもギブをギブだという自覚がなければ、相手は「貸し」だとは思わない。

 そういう相手にはどうするのか? 第7章「交換の戦略」に、相手にプレッシャーを与える方法、その阻害要因、現場での交渉術がまとめてある。ありていに言えば恫喝の戦略だ。率直にオープンにするか、一部だけにするか、計画に執着するか、その場の状況に合わせるか、win-winを目指すか、win-loseでもテイクするのかなど、実にさまざまな戦略オプションを提示している。win-winは確かに理想だけど、現実は違う。それを知っていながら、「win-win以外のオプションを捨てる」ことがいかに愚かしいかが沁みるほど思い知らされる。

■5 ビジネスの場で活用できるカレンシー(価値)

 本書では、相手が価値を持つものをカレンシー(currency、通貨)と呼んでいる。そして、影響力を行使するとは、相手が価値を置くものを提供し、その代わりにこちらが得たいものを得る、つまり価値の交換のことだと定義している。いかにもゲンキンかもしれないが、ビジネスや組織の場で活用できるカレンシーは、想像以上にある。

  1. 気持ちの高揚や意欲を喚起するカレンシー(ビジョン、卓越性、倫理) : 組織のためになる、より大きな価値がある、重要なことを上手くやれる機会が持てる、「正しい」ことを成し遂げている――こうした気持ちを相手に渡せることで、相手を「その気」にさせることができる
  2. 仕事そのものに役立つカレンシー(リソース、学び・成長、支援、対応、情報) : 予算、人手、場所、時間、スキル向上のチャンス、業務的バックアップ――これはそのまま交渉のテーブルに乗せられる「価値」
  3. 立場に関するカレンシー(承認、ビジビリティ、評判、接点) : 努力や能力を認める、幹部層の目にとまることで、所属感覚を持ったり、自己の重要性に気づかせたりする
  4. 人間関係に関するカレンシー(理解、受容、一体感) : 親身な態度や友好的な応答、私的なサポートを差し出すことで、相手との一体感を得ることができる
  5. 個人的なカレンシー(感謝、当事者意識、自己意識) : 恩義を受けたことへの感謝や、受けた恩義を忘れていないことをあらわしたり、重要な業務への責任感を感じさせたり、自己尊厳、アイデンティティを再認識させることで、参加モチベーションをあげることができる
 重要なのは、自分のカレンシーを低く見積もりすぎないこと。自分が誰の許可も得ずに使えるものは何か? に着目することで、自分が使えるリソースが意外にあることに気づくはずだ。リソースといえば予算や昇進(ポスト)しか思いつかず、それが無ければ交換に使える価値を持っていないと思い込むのはもったいない。

 感謝の気持ちを伝えること、正当な評価をすること、尊敬の気持ちを表すこと、仕事を手伝うこと、依頼にすばやく応えること―― 自分が使える資源を広くとらえることで、相手の望むカレンシーを差し出すことができるのだ。

■6 相手との関係がこじれている場合はどうする?

 「相手が望むもの」が分からない。自分のカレンシーが相手に合っているのかどうか、確認したい。こういう場合は、相手との関係がこじれているときがほとんどだろう。お互い、疑心暗鬼に陥っていて、何を言ってもうまく伝わらない状況に違いない。

 こんなとき、どうする?

 本書では、強力な方法が紹介されている。それは、「直接当人に訊け」だそうな。相手との関係は最悪か、それよりマシなぐらいか。しかし、それでも、あえて、単刀直入に聞いてみろ、とアドバイスしている。以下のコピペが役に立つ。

少しでもあなたの助けになれるように、少なくとも邪魔しないで済むように、どんなプレッシャーを受けているかを、教えてください。私たちの業務と関係があるし、お互いに助け合えば利点があると思うのです。
 これは経験がある。以前イヤな目にあった相手に否定的な感情を持ち → 相手を避ける → 悪意があると思い込む → 相手を責める → 影響力が発揮できない → 相手に否定的な感情を持ち(以後ループ)…

 ハマりこむ否定ループから抜け出るのに、わたしが取ったシンプルなやり方は、「相手のところへ出向いて、直接聞き出す」だった。もちろん同僚とはいえアポイントを取り、相手の席へ出向いて、下心なく真摯に聞く。本書で指摘するとおり、「あなたが聞いてくるとは思わなかった」と言われた。こちらがネガティブなイメージを抱いていると、相手にも伝染るというのは本当。相手もわたしを恐れていたようだ。ちなみに、このミーティングは成功で、両方ともに良い結果が出せたと申し添えておく。

 わたしはエイヤっと飛び込んでいったが、本書ではもっと成功率の高いノウハウが詰まっている。

 まず、相手の動機と意図を否定的に「予断」することを止めろという。理解しがたい行動を取った相手の意図を、その「性格」のせいにするなと。代わりに、前述の「環境」に拠るものではないかと考える。自分の気に入らないことをするからといって、相手を悪者扱いしたり、愚者だと決め付けることは、ものスゴい魅力的に見える。しかし、それは結局、自分の首を絞めることになる。

 次に、相手とのチャンネルを開けという。相手に直接いくまえに、相手のことをよく知る同僚に確かめることで、相手に対する理解が深まる。相手を避けることは、相手の正しい情報が減ることだ。だから、正しく判断することはますますできなくなる。これを肝に銘じて、接点を増やせという。

 そして、誠心誠意で問いかけることが重要。何とかしてやりこめてやろうとか、質問の皮をかぶった非難になってはいけない。否定的な「どうして○○してくれないのですか?」といった質問は、問いかけているのではなく、責めているのだと心得ておく。否定的にとらえないための問いかけコピペとしては、こんなものが紹介されている。

  • あなたが対応しなければならないプレッシャーについて、もっと理解したいのです
  • あなたの業務担当の内容と役割を教えていただけるでしょうか?
  • あなたの懸念を減らすためにお役に立つことで、私にできることは何でしょうか?
  • ○○について懸念をお感じのようですが、それは具体的にはどのようなことですか?
 最悪の場合、無視されるか追い払われるかだ。しかしそれはまずありえない。率直に問いかけてくる場合なら、相手はたいてい歓迎する。また、自分が置かれている状況を説明するのは、けっこう嬉しいもの。オープンな態度で行くならば、どこまで「さらけだす」かは別として、困っていることをなるべく話してくれるだろう。

 「いや、それでも相手はガンコなんだよ!ワガママなんだよ!」と自分が思う場合は、自分を疑ったほうがいい。相手へのわだかまりで自分自身の視線がゆがんでいないか、コミュニケーションチャネルを合わせることを放棄していないか、もう一度考え直した方がいい。影響力を行使する一番の障壁は、自分自身なのだから。

■7 参考URL

 残念ながら、本書は "Influence without Authority"(権威のない影響力)の全訳ではない。全16章のうちの前半9章を翻訳したもので、応用編がごっそり抜けている。スピードを重視して「影響力の法則」の真髄をまずお届けしたかったそうな。mottainai.

 それでも、この前半9章だけでも非常に参考になると思う。文字通りゲンキンなところもあるが、ビジネスの場はこれぐらいドライでもOKでしょ。むしろ、このくらい計算高くないとしのいでいけないのかも。

 以下、参考URLを記載しておく。

"Influence without Authority"の本家本元がここ↓より複雑な事例が紹介されている。
Influence without Authority

その一部の日本語訳は、ここ↓に集められている。研修プログラムなども用意されているが、本書を読んでから考えてみるといいかも。
Influence

翻訳者のブログでは、セミナーの案内、著者からのメッセージが紹介されている。
影響力の法則 あれこれ

| | コメント (0) | トラックバック (2)

無制限の想像力が爆発する「やし酒飲み」

やし酒飲み ブッ跳んだ小説。いかにもムラカミハルキが書きそうな。

 ナイジェリアの作家、エイモス・チュツオーラが書いた、奇想天外な大冒険。やし酒を飲むしか能のない男が、鳥になったり神になったり石になったりして、やし酒づくりの名人を探す旅。

 想像力のナナメ上を形容して「荒唐無稽」といわれるが、こいつは次元すら超えている。頭蓋骨だけの生き物。地をはう巨大魚。後ろ向きに歩く死者…そこには人と神と精霊と妖怪の一切に区別がなく、生者と死者も一緒くた。形や大きさ、運動を支配する法則は通用せず、因果も論理もめちゃくちゃだ。

 語りくちすらぶっ壊れている。冒頭はこうだ。

わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。

「だ・である」と「です・ます」を混交させたり、地の文だったはずが語り口調につながってたり。読んでいるこっちが奇妙な気分になってくる。このヘンテコな日本語は、原文の壊れた(?)英語の雰囲気を出すために実験的に編み出されたらしい。原文の書き出しはこうだ。
I was a palm-wine drinkard since I was a boy of ten years of age. I had no other work more than to drink palm-wine in my life. In those days we did not know other money, except for COWRIES, so that everything was very cheap, and my father was the richest man in our town.
 やし酒飲みに相当する"palm-wine drinkard"が曲者。"drinker"(飲む人)と"drunkard"(大酒のみ)を掛け合わせたような造語が目を引く。さらに、酒を飲む「ほかは」のつもりで使っている、"more than"は、フツー"other than"だろ常考とツッコミ入れる(この辺りは解説の受け売り。この奇妙な英語にまつわる種明かしは、全読してからチェックしよう)。

 でも、おもしろい。ばつぐんに、おもしろい。

 マンガでいうなら、エノモトや戦車の「不条理マンガ」を初めて読んだときと同じ気分みたいで懐かしい。次から次へと、事件が死が暴力がひっきりなしに現れ出る。そのむちゃぶりに振り落とされないよう、言語レベルで既におかしな文にしがみつく。

 ご都合主義な呪術とか変なしきたりとか狂った問答に驚かされる一方で、妙に細やかな細部とかミエミエの策略とか微妙にお約束どおりの展開に笑わせられる。そもそもそんなチカラがあるのなら、最初に使えよ!と何回ツッコんだことか。

 ナナメ上を超えた想像力が全ページで炸裂しており、印刷された白と文字の黒の二色しかないはずの紙上に極彩色が踊っている。本、特に「小説」というのは書き手と読み手が同じ世界観というか文化に乗っかってはじめて成り立つんだということが、イヤっていうほど知らされる。いったん両者をディスコミュニケートさせると、合理的な世界の脆さや精霊の世界の近さが分かる。この感覚は、ハルキ臭ぷんぷんだね――ああ、逆か、逆だった。彼ならこれを10倍に希釈して大長編に仕立て上げるんだろうね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2008年7月13日 - 2008年7月19日 | トップページ | 2008年7月27日 - 2008年8月2日 »