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オンナを理解するための7冊

 知でやり込めれば腹立てる。情で迫ると無視される。正論通すと逆ギレだ。兎角オンナは扱いにくい。

 ケッコンして何年も経てば、ちっとはオンナを分かった気になれる。

 しかし、それはあくまで「分かった気分」だけ。「オンナを理解するなんざ、10万年早いわ!」とか、「生物的に似ているだけで、しょせん違う生き物なのさ…」なんて割り切りたくなる。男脳・女脳とか全部遺伝子のファンタジーにするとラクだもん。

 だが断る。

 このわたしが最も好きな事のひとつは自分で分からないと思っていることを「知る」ことだから。オンナが大好きだから、理解したい、ちょっとでも近づきたい。何を考えてるのか、知りたい。言葉にするとヘンタイじみているけど、いえいえマジメな知的好奇心ですぞ。

 というわけで、オンナの取扱説明書となる7冊をご紹介ー

■ S4G Sex For Girls!―女の子のための性のお話(内田春菊、飛鳥新社、2007)

S4G まず基本。「理解」「分解」「再構築」の最初のプロセスなら、これ。女子のカラダについては保健体育を熟読しても分かったことにならない。もっと生々しいところで彼女たちを「知る」ための好著。

 春菊本は「私たちは繁殖している」がケッサクだと思っていたが、これは実用的かも。「使える」という意味ではなく、「誰も教えてくれなかったけど、大事なこと」という意味で。

 たとえば、性器の洗い方。包皮と性器の間にできるチーズ状の物質のスメルは身に覚えがあるが、ムスコにちゃんと教えてなかったことに気づく。曰く「剥いて洗え」。あるいはムスメの場合。性的に興奮してなくてもワレメはぬるぬるで臭くなる、尿や分泌物でね。だから開いて洗うべし。

 さらに、子どもが「コンドームってなに?」と聞いてきたら何て答えるか、あるいは性交中に見られたらどうリアクションしたらいいか、といった正解のない答え(の一つ)が描いてある。春菊流だが自分でアレンジすればよろし。

■ 臍下の快楽(安彦麻理絵、ぶんか社、2008)

Hesoshita 若くて可愛いオンナの子だってセックスをする。ただし、その事情はオトコのあずかり知らぬところでな!

――なんて性春の主張が聞こえてくる。カラダを開くことはココロを開くことと一緒なんだよなーと見えてくる。もちろん隠しているココロの層もあるよ、オンナの子だもん。けれど、オトコのように「予め自分自身を偽っておく」といった卑怯なやり方はしない。騙すなら最初からそのつもりなのがオンナだから。

 そういうブラックなとこも含めて、コミカルに(←重要)語っている。自分ネタを痛くならない程度に演出しているのがいい(一歩まちがえると自虐ネタに堕ちるからね)。

 書影は復刊された最近のモノ。世に出たのは15年ぐらい前だから、斉藤由貴ネタが出てきたり、顔射が一般的でなかったり、ケータイが見当たらなかったり時代を感じさせるところはある。しかし、「オンナとオトコ」はこれっぽっちも古びていないと強調しておく。むしろ、ガールズ・サイドからの圧力が開放的となった今、ようやく時代が追いついたといってもいいくらい。

 実はこの2冊、ゆりさんの[ 女性がすすめる「女性」を理解するための基本の3冊 ]で手にしたわけだけれど、さすがわが愛娘(嘘)。痒いところに手が届くというか、掻いてみて気づかされるというか。ありがとうございます、三冊目の「愛すべき娘たち」(よしながふみ)も読みますぞ。

■ オンナの「建前←→本音」翻訳辞典(扶桑社、2007)

オンナの「建前・本音」翻訳辞典 次は「分解」プロセス。彼女らの建前セリフからホンネへ変換してくれるステキな本をご紹介(独男向け)。

 重要なのは、「わかって」言ってくるオンナもいれば、意識せずに使ってくる方もいらっしゃること。「わかってる」者同士でコミュニケートできれば共犯意識が芽生えることを請合う…が、若い頃のわたしにゃ、そんな参考書無かったぞ。

 ピカイチの良問はこれ↓答えは反転表示。言われたことがある男子は多いだろうが、正解を答えた強者は少数に違いない。[ オンナの建前からホンネを見抜く10問 ]にレビューがてら問題を用意したから、チカラ試しにどうぞ。

問 : 「男の人って、どうして~なんだろうね」と一般名詞「男」で意見を訊かれる。あるいは「もしもなんだけどね~」と仮定の話を振られる


答 : 男 = ア ナ タ で す ぞ !

仮定の話や一般論といいつつアナタの性格が試されている。一番よくあるパターンは、「彼女がいるときに、タイプのコから好きですって言われたら、男の人ってどうするんだろうね?」という質問。「男」=アナタなので要注意!誠意ある回答をすべし。どうでもいい人にこのネタは振らないので、脈あり(ただし検査中)のステータス。

■ 女はなぜ突然怒り出すのか(姫野友美、角川書店、2006)

女はなぜ突然怒り出すのか このテの本を選ぶポイントをただ一つ。それは、著者がオンナであること。

 野郎が書いたものだと、どうしてもマニュアルじみてくる。「俺はこのテクで○○人落とした」とか、「これ一冊でカノジョのハートをワシづかみ」といった、手練手管集になりかねない。

 語れるほど経験値稼いでないけれど、「オンナには、原因→結果の明確なパターンがあるわけではない」ことは分かってる。そのときの気分や感情に応じた『傾向』を見きわめてそれに沿った回答を返すのが重要。だから、マニュアルちっくにオンナを捕らえようとすると、かならずモレヌケがある。

 本書がいいのは、オトコの素朴な疑問に答えているところ。丸まる一冊使って、あらゆる「なぜオンナは…のか?」の疑問に答えているところ。

  • なぜオンナは、ワガママを言って男を困らせるのか?
  • なぜオンナは、オトコの浮気を一発で見抜くのか?
  • なぜオンナは、オトコのロマンが理解できないのか?
  • なぜオンナは、「仕事と私と、どっちが大事?」と訊いてくるのか?

等など。竹内久美子の劣化コピー的なところもあるので、鵜呑みにしないようにネタ的に流し目で読んであげるのがオトナというもの。amazonレビューで半怒りの方がいらっしゃるが、オトナ気ないですな。

 眉ツバのカガクテキ考察はさておき、本書を読むことで、オンナが会話に何を求めているかが分かるはず(それはオトコとまるっきり違う)。会話を通じて、オトコは「解決」を求めるが、オンナは「共感」を求めるのだ。このコピペが分かりやすい。

   女 「車のエンジンがかからないの…」

   男 「バッテリーかな?ライトは点く?」

   女 「昨日はちゃんと動いたんだけど…」

   男 「バッテリーかどうか知りたいんだけどライトは点く?」

   女 「今日は○○まで行かなきゃならないから車を使えないと…」

   男 「んでライトは点く?」

   女 「前に乗ってた車ではこんな事無かったのに…」

   男 「ライトは点く?点かない?」

   女 「○時に約束だからまだ時間はあるけど…」

   男 「死ね」

■ 困ったオンナを黙らせる技術(植木理恵、サンマーク、2007)

困ったオンナを黙らせる技術 「理解」→「分解」ときたら、「再構築」ですな。「黙らせる」なんて挑発的なモノ言いだけど、主眼は「いかに愛すべき女を理解するか」に焦点をあてている。

 たとえば、「オンナの言葉は、その場限り」だという。あるいは、「オンナは行間やストーリーを無視して、シンプルな結論にしがみつく」そうな。そのメカニズムを説明するだけでなく、じゃぁオトコはどうすればいいのか?に明快に答えてくれる。「ああ言えばこう言う」想定問答集として秀逸やね。典型的なやつは、[ 困ったオンナを黙らせる技術 ]にまとめた。

 ただ、オモシロオカシク"演出"しているうちに、本当にオンナの話かぁ? と疑わしくなってくる。物言いは「職場の困ったオンナ」だけれども、そういう困ったちゃんは女男関係無くいると思うぞ。オンナが明かすオンナの本質は、性を超えているのかも。

■ スカートの下の劇場(上野千鶴子、河出書房新社、1992)

Gekijou ここまで読むと「分かった」気になれる。性差だけでなく思考差を理解すれば、歩み寄ることも可能なんじゃないかと思えてくる。

 じゃ、ここらで突き落としてみよう。

 男と女のセクシュアリティには、はっきりとした非対称性があることが分かる一冊。

 「スカートの下の劇場」では、あのちっぽけな布切れの歴史を通して、男と女のセクシャル・ファンタジーの非対称性が焙り出されている。

 さらに、男が「見て」いる女はファンタジーにすぎないこと、そもそも女のセクシュアリティは男のようではないから、男女の立場を入れ替えても意味がないことが徹底的に解説されている。

 ぱんつに対するオンナのこだわりと、女のぱんつに対するオトコのこだわりの落差が、情け容赦なく描かれている。女にとってのぱんつは最初に着装するもので、男にとっては最後に取り去るもの。女にとっては隠すもので男にとっては「見る」もの。

 「見る」「見られる」という固定された視線をもつ男女関係では、女は最初から「見られるもの」として自分の身体像を形成している。その象徴がパンティであり、ブラジャーなのだ。

 オンナの身体は「見られるもの」、自分のものであって自分のものでないとまで言い切る。拒食症が女の子に特有の心身症であったり、痩身からエステまで、「ボディ・コンシャス」な意識を見ると、女がどのくらい自分の身体にとらわれ、身体に封じ込められているかわかる。

■ 男たちへ(塩野七生、文藝春秋、1993)

男たちへ 上野おばちゃんの次は、塩野おばあちゃんに叱ってもらおう。

 全54章、塩野節が炸裂している。続編をあわせると117章かけて、ニッポン男児をけちょんけちょんにけなしている。ものすごくわかりやすくまとめると、彼女が住んでいるイタリアこそ最高で、比べてニッポンはだらしがない、ダメダメだね、もっと頑張んなさいというエッセイ。

 まぁ塩婆だから仕方がない。歯に衣着せぬ舌鋒でみじん切りにされながら読むと、たしかに学ぶところもある。

 たとえば、ワイシャツ。塩婆曰く、あれは下着なんだと。オンナのブラウスとはワケが違い、男物のワイシャツはスーツの上着とセットになっている。だから、ワイシャツだけでウロウロするのは下着一丁で歩き回るのと同じでカッコ悪いという。「上着を脱いでワイシャツ姿だけになる時は、失礼して上着を取らせてもらいます、ぐらい言うではないか」だそうな。ちょっとは「装う」という心意気がオトコには必要だと痛感させられる。

 しかし、今日は日差しが強くて最高気温26度、今の湿度は50%だ。

 あるいは、ネクタイピン。スーツという定型フォーマットの「中で」おしゃれのバリエーションを楽しめるのが本物のオトコだという。ネクタイピンはクリップタイプではなく、文字通りピンで突き通すものが良いという。あるいはカフスボタン。ちゃんとした男性なら、カフスで留めておけと。なるほどーおしゃれは大事だもんね。

 しかし、今日の痛勤電車は濃密だった。カバンや靴をもぎ取られる人もいた。

――というわけで、梅雨真っ盛りの今はノーネクタイ+ワイシャツ一丁うでまくり!で会社に行く。こういうオトコは「ふがいない」「魅力がない」んやろね。

 自分こそ正しく、自分を受け入れられないものは間違っている。なぜなら正しく(=自分の意見)でないから。なんつートートロジー。「フツウの男をフツウでない男にするための男性改造講座」と銘打っても、書いてあることはアタシ・アタシ・アタシのオンパレード。

 さっきの「歩み寄り」の気分は粉々に砕け散っている。オンナを理解することは、やっぱり無理じゃないかと。

 それでも「頼りないオトコどもよ、奮起せよ」と発破をかける彼女を見ていると、オンナというものは、天上天下アタシ独尊的価値判断でもって全てを斬ろうとするものなのかと思いたくなる。ダンナやムスコ、あるいは編集者(♂)に同情するよ。

 あるいは、「ふがいないオトコ」という都合よくカリカチュアライズされた藁人形(♂)を攻撃する様子を見ると、彼女に欠けているのは、相手のことを想像することではないか、と気づく。作家として藁人形(♂)を「創造」するのではなく、むしろ人として異性を「思いやる」気持ち。

 そこには、相対化だのメタ視点といった想像力が入る余地はない。風土が違う、気質が違う、歴史が違う、だいたいユリウス・カエサルみたいなスーパースターを基準にしたら、あらゆるオトコが期待はずれになってしまうのでは、と涙目でツッコミ入れる。

 これは反面教師の書にもなる。

 塩婆がオンナの代表だというつもりはない(だとしたらそれは恐ろしいことだ)。だが、それでもこう考えることはできないだろうか? つまり、オンナが塩婆のように振舞うとき、それを受け止められるのは誰か? 絶対アタシ主義が振りかざされるとき、それを聞いてやれるのは誰か?

 これは、オンナではありえない。文字通り、「男は黙って」やね。

 そのためのトレーニング本として使うべし。鼻につく塩野節をガマンし、論理の跳躍に目をつぶり、腹を立てずに理解する。そのプロセスを通じて、男の器を広げることができる。

 ちなみに、ネットのあちこちに、「感心した」「納得できる」と評する男性陣がいる(特にamazonレビューwww)。彼女にいいように言いくるめられている男こそ、本書の「ふがいないオトコ」である罠に気づいていないのが情けないやら愉しいやら。

■ まとめ : 女心の傾向と対策

 オンナのトリセツとして7冊挙げたが、こうやって書き綴っていくうちに、マニュアルどおり扱えるわけがないことに気づく。だいたい、本なんか読んだって、目の前のオンナの気持ちが分かるわけないじゃないスットコドッコイ!

 それでも、そのココロにちょっとでも近づきたい「純粋」な動機はわたしを突き動かす。オンナの生態と思考様式を学んでいくと、その場のシチュや感情、TPOがかなりのウェイトを占めていることが否応でもわかる。

 むしろ、オトコの方が「原因→結果」に縛られて、非論理的な行動を取ることをさけがちだ。「オトコって単純」の意味がようやく分かった。複雑の反対の意味の「単純」とではなく、むしろ「底が見えるシンプルさ」が真に近い。原因結果の法則どおり、予想したとおりの言動を取るのがオトコ(その轍から外れるときは、それなりの「理由」がある)。

 要するに、「オトコって分かりやすい、たーん・じゅーん」やね。

 じゃぁオンナは分かりにくいのかというと、そうでもない。一見不可解な言動を取っても、その裏側には必ずオンナならではのパターンや方向性がある。その言動から原因を手繰るのではなく、言動からパターン、つまり傾向を見出すのだ。つまり、言動→原因の究明ではなく、そこから感情をパターン化して、その感情の成り行きを予測するのが吉。

 そして、傾向があるなら対策も取れる。そういう赤本として上の7冊を使ってほしい。だから、このエントリのタイトルは、「オンナの取扱説明書」よりも「女心の傾向と対策」のほうが合ってるかもー

 野郎ども、がんばれよ

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夜中にラーメンを食べても太らない技術

夜中にラーメンを食べても太らない技術 一言なら、「心がけダイエット」。

 何かを制限したり、強制したりするダイエットではない。「これを食べるな」「カロリーを抑えろ」といったマイナス思考的なダイエットではない。むしろ「これを食べて栄養を摂りましょう」というプラス思考ダイエット。だから、気軽に気長に続けられそう――とはいえ、ツッコミどころも多いので、割り引いて読むのが吉。

 たとえば、ビール+鶏唐揚げ

 揚げ物を食べるときは抗酸化の成分(ビタミンC)を一緒に摂りなさいという。曰く、レモンをかける。付け合せのキャベツから食べる。ビールではなく、生搾りグレープフルーツサワーを頼む。こうした一工夫で、酸化した油の悪影響を少しでも中和するように気をつけよと。ほとんどオマジナイのような気がするが、やらないよりマシなんだろうね。

 あるいは、深夜の宅配ピザ

 どうしても食べたいなら、オリーブオイルをかけろという。オリーブオイルという「良い油」で、加工食品に使われている「悪い油」を追い出せという。あるいは、タバスコをかけて体を温め、代謝を上げよという。「良い油で悪い油を追い出す」(原文ママ)とは何なのか理解できなかったが、やってみよう。

 さらに、飲み会の締めのラーメン

 食べる前に野菜ジュースを1本飲むのが秘訣なんだって。野菜ジュースで血糖値の上昇がゆるやかになり、体脂肪の蓄積を抑えることにつながるそうな。さらに、具のメンマやホウレンソウを先に食べることで、糖の吸収がゆるやかになる。あるいは、ラーメンに酢をかけることを提案している…ってラーメンに酢!それよりも、野菜ジュースって…かなり糖分があったはずなんだが、スルーされちゃっている。

 てな感じで、いちいちツッコミを入れながら読む。

 しかし、発想そのものは参考になる。一言なら、「帳尻あわせダイエット」。

 体に悪いものを食べたり、食べ過ぎたりしたら、翌日は体にいいものを摂り、量を控えめにする。カップ麺を食べた翌朝は、野菜ジュースだけにしておきなさい、というやつ。つまり、体内で「善悪の帳尻あわせ」をすることを心がけなさいという発想。

 食べるときも重要。30-40代の男性なら、外食やコンビニ飯、飲み会は避けられない。ガマンしてストレスためるよりも、食べちゃえ。ただし、食べるときは代謝効率のいいものを選んだり、体脂肪の蓄積を抑えるようにしなさいという。

 たくさんのノウハウが開陳されるのだが、その根っこにあるのは、不足がちな栄養素を積極的に摂り、代謝効率を上げて脂肪を燃やすメソッド。効果の信憑性はともかく、現実的かつ即実行可能なので、気軽に習慣化できる。

 とりあえず、次の飲み会の締めは、味噌汁にするぞ!


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子どもが「数学なんて役に立たない」なんて言いだしたら渡す「数学で犯罪を解決する」

数学で犯罪を解決する 天才数学者が犯罪者を追い詰める。

 アメリカのドラマ「NUMB3RS」の話だけれど、実際の事件をベースにしている。科学捜査官ならぬ数学捜査官。そのエピソードを糸口にして、元ネタとなっている様々な数学概念を解説するのが本書。サスペンスのドキドキ感と数学のエウレカ!を楽しみながら読む。

 まず、ロサンゼルスの連続殺人鬼。若い女を次々と強姦殺人した現場が、街路図に×印で記されている。捜査は行き詰っており、手がかりはない。次はどこで、誰なのか――?

 この事件を解決する数学の発想がスゴい。わたしなら、「×群の真ん中あたり」しか思いつかないが、この天才数学者は試行錯誤の結果、次の数式を書く。

Hotzone_3

 もちろんわたしにゃチンプンカンプンだった――が、本書ではその肝を解説してくれるので安心して(そしてわたしに訊かないように!)。

 これは、連続殺人犯の自宅を絞り込むための式だそうな。犯人は尻尾をつかませないよう、ランダムなパターンを選んだつもりだったのだが、その「ランダムなパターン」に傾向があり、

 1. 家の近くが多いが、あまり近すぎない
 2. いつも家の周りに「バッファゾーン」を設け、そこでは攻撃しない
 3. 安心して襲えるエリア外になると、遠くなるにつれて、犯罪件数は減る

を数式にしている。もちろん地形や移動手段や犯行状況による変動要素はあれど、本質的な「犯人はどうやって現場を選んでいるか」に迫っている。

 そして、ずばり住居があるホットゾーンがあぶりだされる。おかげで捜査範囲は絞り込まれ、スリル満点の場面もいくつかあって、犯人は捕まり、事件は解決する――これが、「NUMB3RS:天才数学者の事件ファイル」の第一話なんだって。

 ドラマの紹介と思いきや枕にすぎず、データマイニング、オペレーションズ・リサーチ、ベイズ確率、ゲーム理論、暗号、指紋とDNA鑑定の尤度など、「数学という武器」が縦横無尽に活躍している。ドラマとはいえ、ホントに「囚人のジレンマ」を使って数学による裏切りの説得をするトコなんて爆笑もの。理論的な下支えといった裏方的仕事ではなく、数学が直接現場に役立っているところがスゴい。

 もちろん、数学を武器として扱うため(捜査に役立たせるため)には、地道な裏取り調査や正規化された膨大なデータが必要だ。しかし、そうしたデータの大海から結果を出すためには、数学的にアタマを使う必要がある。

 つまり、重要な要素だけに集中して、他は無視すること。一見複雑な問題を、少数の主要変数に還元すること。変数の振る舞いから、問題の本質をつかまえ、表現すること。言うのはカンタンだが、やるのは難しい。パターン化って言い換えてもいいかもね。

 わが息子は、いま九九で四苦八苦しているところ。高校ぐらいにきっと言い出すはず→「なんで役に立たない数学を勉強しなきゃならないの?」…そのときは、本書と、「生き抜くための数学入門」、さらに「その数学が戦略を決める」を渡すつもり。

 その前に、一緒に「NUMB3RS」を観ようか。

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