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モンスターペアレントはどこにいるのか?

 モンスターペアレントはどこにいるのだろうか?

 新聞やテレビでは、おどろおどろしい「モンスター」が解説されている。神聖なる教育現場に怒鳴り込み、執拗に要求をくり返し、教師をノイローゼに追いやる「モンスター」たち。

 しかし、幸か不幸か、わたしの身の回りではぜんぜん聞かない。学校や園、地域の集まり、隣近所の立ち話など、けっこう首を突っ込んでいるが、一度として「そういう親」を見聞きしたことがない。

 こういう場合のオチは、「モンスターは、実はわたしだった!」がよくあるパターン(「ゾンゲリア」パターンですな)―― ハッ!もしやわたしが「痛い親」なのかも、と不安になる(小心者なので)。

 煽られっぱなしもイヤなので、少し調べてみた。教師と親との確執ってやつを。

2008 「モンスターペアレント」

モンスターペアレントの正体 「モンスターペアレントの正体」(山脇由貴子、2008)によると、モンスターペアレントとは、クレーマー化した親たちだそうな。

 「うちの子さえよければいい」と自己中心的で、コミュニケーションが希薄化した親が、急増しているという。そうした親たちは、とにかく口を開けば要求ばかりで、学校が応えないと苦情になる。苦情はエスカレートし、担任や校長への個人攻撃に発展し、果てはネットやメールを駆使して根も葉もない誹謗中傷をまきちらす。これは子どもの「いじめ」と大差ないという。

 「わが子が問題のある子といわれなければいい」という心理の裏側に、自分が「育て方に問題のある親」と言われたくない恐れが隠されている。この防衛心が働いて、子どもが問題を起こしたという事実を絶対に認めようとしない。「うちの子は悪いことをするような子ではありません」と全否定し、「悪いのは学校だ」と責めてくるんだってー。

 著者の山脇氏は1969年生まれ。心理学を専攻したカウンセラーらしいが、この人が「親業」をやっているかどうか、かなり興味を惹かれるところだ。

 さて、数字がぜんぜん出てこない、経験談と印象論で構成された本書を振り出しに、「学校と対立する親たち」の生態を、過去にさかのぼって見てみよう。

 たとえば、山脇氏が中高生だった時代は、そういう狂育ママのことを「ママゴン」と呼んでいたよね。そしてこの頃は、「積み木くずし」が売れていたね。ええ、もちろん読んだよ。「わが子が不良化 = ダメ親の烙印」を恐れた有名俳優の釈明手記ですね、分かります。

1989 逆襲のオバタリアン

Zatyuugakukyousi 「別冊宝島95 ザ・中学教師――親を粉砕するやりかた」(1989)によると、家族ゲームとしての「積み木くずし」の原因は、100%、親にあるという。「家族をやれない」親が急増しているそうな。

 自主性という名の放任主義の親、集団喫煙事件で息子の弁護士に早変わりする父親、「うちの子がバカなのは教師の教え方が悪い」とねじ込んでくる母親―― 子どものために手段を選ばぬバカ親たちの生態が痛い。

 ねじ込む親。「うちの子が悪いことをするはずが無い」と子どもを信じるあまり、学校に圧力をかけてくる父親がいる。教師に直接苦情を言い立てるよりも、校長や教育委員会、後援会、果ては県議ルートから攻めてくる。

 泣きつく親。「やればできる」信仰にすがりつく親と、「やってもできない」子どもの現実。進学させたいのは親の見栄なのであり、子どものためと思い込んでいることで自分をごまかしているにすぎない。偏差値34やる気のない生徒の尻をたたいて動かなかったら、教師の次の仕事は、親の願いをあきらめさせることになる。

 現場の教師たちが体験した、「恐るべき親たち」の生態がよく分かる。子どもがおかしくなったのは親が原因であり、学校に矯正を求めるな!――教師の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 この時代には「恐るべき親たち」に「モンスター」だの「クレーマー」といった洒落た名前はついていなかった。だいたい、「クレーマー」なんて1999年の東芝クレーマー事件で広まったようなものだし。この時代なら、「ママゴン」「パパゴン」「オバタリアン」ぐらいかね。

1987 カイワレ族とママゴン

Kaiware ごく普通の息子を持つ母親の、受験奮闘記を例に取ってみよう。「カイワレ族の偏差値日記」(村崎芙蓉子、1987)なんて良いサンプル。

 この物語は、ムスコの偏差値が52であることを知って、愕然とするところから始まる。52て、ふつうやんと思うんだが、この母は「お医者さま」なのだ。そしてダンナも医者。つまり、医者の両親を持つムスコが「ふつう」であることにガマンならんらしい。

 ムスコといえば、ひっこみ思案の頼りなさげなタイプで、その様子から「カイワレ族」と命名される。このムスコの尻をたたき、高校受験に向けて猛勉強をさせるママゴンに変身するさまが面白い。

  • 6ヶ月で30回三省堂に通って、111,470円の参考書を買ったと豪語し、河合塾の夏期講習費用 89,250円にのた打ち回る様子が痛い
  • 「偏差値教育」の荒廃を嘆きながらどっぷり洗脳されている自分を弁解する言い訳のひとつひとつが痛い
  • 放任してきたことを逆ギレしたムスコから指摘されて、最初に考えたことが「わたしにだって言い分はある」という自己中心的痛さが生々しい

 で、あれだけ払った犠牲のワリには… 得たものがあまりに貧しく、二重三重に痛々しい。さらに、喉もと過ぎればなんとやら、「あの受験騒ぎ」が終わった後は、またいけしゃあしゃあと受験教育批判をくり返す。自分の放任を棚に上げて、教育の荒廃を招いたのは学校や文部省、臨時教育審議会だと断ずる、ステキな親だ。

 本まで書いて反面教師を体現しているんですね、分かります。

1980 わが子主義の「未熟親」

Kyousikaraoya 「教師から親への告発状」(山田暁生、1980)が面白い。

 よかれと思って指導に当たっていることについて、意外なほど曲解され、軽視されているんだって(もちろん原因は親)。「どうして、こうも分かってもらえないのだろう。このままでは、子どもたちはダメになってしまう」という教師の危機意識が累々と書かれている。

  • 「入試はカネ次第」だと平然と口にし、内申書の不正を堂々と頼む親
  • 面と向かって「がっかりしましたよ、女の先生で、しかも新卒で!」と言い放ち、嫁いびりならぬ女教師いびりが始まる
  • 子どもを学校へ捨て子する親「学校は託児所、しかも格安の」
  • 不平不満の匿名電話、安全地帯から教育委員会や議員にコソコソ訴える親
 一億総責任転嫁の時代だそうな。口を開けば「責任」「責任」と、教師の責任追及ばかりして、わが身を省みない親が多すぎるそうな。母親、父親の役割をちゃんとできない「未熟親」のもと、まともな子どもが育つわけがない、とセンセイ方は顔をしかめる。

 この本の良心的なところは、「教育委員会など『外部』に訴え出る親」の主張も掲載しているところ。

学校のことで問題が起きた場合、父母としては当然、信頼できる教師に相談したいと願うわけです。しかし、学校特有の事なかれ主義や、臭いものにはフタの姑息な保身主義にはばまれて、父母の率直な訴えがもみ消されてしまうのが実情です。

担任、教頭、校長、PTA会長に善処を要望しても、「権限がない」「それは教育委員会」といって逃げてしまう。そうなれば教育委員会への直訴もやむをえないのではないか。

おお、妙にリアルな主張だ。著者自身も「もっともな話」と同意している。ではどうすればいいか? その回答が笑える。

おおいに議論すべき問題だ。父母と教師の相互理解の不足が不信感を増大させているから。これは、どちらが悪いと簡単に片付けられる問題ではない。本気になって話し合わなければならない問題だ。

これでおしまい。ホントだよ。ダラダラ書きのばしているけれど、要するに「よく話し合わなければならない」で和了。イマドキ、中学生の作文でももうちっとブレークダウンするぞなもし。

 今風にまとめるなら、「未熟で自己中な親」と「経験を積んだ(教育を受けた)教師」とのコミュニケーションエラー。あるいは、「親の無理解と非協力」により、「学校の教育指導」が阻害されている構図かなぁ。

1973 「ローカルちゃん」ママ

Gakkouhasinda1 「学校は死んだ」(川上源太郎、1973)は、当時のバカ親たちに面白い名前をつけている。わが子を学校に捨て子しておきながら、たいそうな口をきく連中は「ローカルちゃん」というそうな。

 「ローカルちゃん」とは、世間知らずで厚顔無恥――自分のちっぽけな立場をオール・ジャパンに拡大して恥じない人のこと。つまり、新聞のローカル面に出てくる田舎名士で、視野が狭く、相対感覚を欠いている。さらに、限定的な地位と名誉と財産が世界の全てだと思い込んでいる人だと定義されている。

 つまり、「ローカルちゃん」ママは、わが子だけが子どもだと思い、夫の職業だけが職業だと思い、自分の家庭だけが家庭だと思い込んでいる。何か問題が起きたとき、「ローカルちゃん」ママは、自分からもっとも離れた、自分とは全く関係のないところから、理由や責任を探し出そうとする。自分と自分の家庭の外に理由を求めて擬似的な解決をはかり、それで一件落着だと思い込む。

 スパルタ教育、偏差値狂育がこれを助長する。東京都港区で、生後6ヶ月の乳児をかかえる小学校の女教師が自殺した。「育児疲れでは…」と口を濁しているが、一部の母親が「規定いっぱい産休をとるような教師にうちの子を任せられない」と突き上げていた事実が明るみに出た(毎日新聞1979.4.13)。教育ママたちの圧力が、先生を死に追い込む。

 このような事態になっても、ローカルちゃんママは後ろめたいと思わない。悪いのはノイローゼになって勝手に自殺した女教師であり、むしろ思春期の感じやすい子どもに与えたダメージの方が大きい――と被害者ヅラを被ったまま。流行語にもなった「あっしにはかかわりのねえことでござんす」を地で行く親たちを見よ。教育ママではなく、「狂育ママ」はこの時代がピークだったような気が。ローカルちゃんママの典型は「素直な戦士たち」(城山三郎、1978)をどうぞ。

1967 「責任転嫁」親

 「こんな先生はヤメテしまえ」(佐藤弘毅、1976)が面白い。戦後の民主主義教育によって小学校から育てられた最初の世代が親になっており、学校をダメにしたすべての元凶はそこに行き着くと断言する。

 「宅の子」の不都合を学校にねじ込む親は、そもそもの原因が自らにあることに気づけない。大学生になっても、うちの息子が「ゲバ学生」になったのは、大学が悪いと言い張る父親までいたそうな。

 以前も出したが、このグラフが雄弁だな。1967年のNHK世論調査で「教育改革の担当者は誰か?」という質問に対し得られた結果。

 ポイントは、教育のまさに現場にいるはずの「教師」と答えたのが、たった8%ということ。あまつさえ、「父母」と答えたのがわずか2%とはこれいかに。教育とは、「お上」に任せるものという意識が蔓延していることがわかる。

 親がうるさくなった理由として、「責任転嫁主義」の風潮がある。自分以外の悪人探しをして、そこに日ごろの不平不満を発散させる。環境が悪い、学校が悪い、政府が悪い、社会が悪い…いつでも自分以外のものが悪く、自分の責任は常に棚上げされる。自問する、反省するといった姿勢に欠けているのが特徴だという。

 自分はいつでも「いい人」であり、公共の場でも「いい人ごっこ」の遊びをしたい、若い親たちが激増している。こうした三十代の親たちが、「学校を殺した」んだと。

 じゃぁ戦後民主主義が全ての元凶かというと、そうでもない。当時、「センゴミンシュシュギ」は便利な言葉で、いいことも悪いことも、その「原因」に帰することができた。しかも、議論のきっかけも結論も、このマジックワードに収束・拡散させることができた。曰く「センゴミンシュシュギが教育の低下につながった」とか。

 本当か?

1936 「廊下すずめ」

 戦後民主主義のシッコクがなくても、やっぱりバカ親はいた。

 「日本の近代小学校と中等学校進学」(所澤潤・木村元、1988)によると、「廊下すずめ」というレッテルだそうな。戦前期の新中間層において、熱心にわが子の教育を考える親の典型として「廊下すずめ」と呼ばれていた母親たち。

 「廊下すずめ」とは、学校にやってきて教室をうかがい歩く母親たち。子どもの勉強ぶりを監視する母親たちが日常的にいた。中には病欠の子どもに代わって登校し、一日の授業を受ける猛者もいた。廊下にすずなりになって静かに見守っている――わけがなかろう。かまびすしくおしゃべりしながら群れ集う母親は、ちゅんちゅんやかましいスズメにたとえられている。かしまし娘の親世代からして姦しかったということ。

 また、「子供をめぐる親と教師の問題」(霜田静志、1936)によると、学校や教師に多様で過剰な要求を突きつける親が目立つようになったという。これは、親こそが子どもの教育の責任者だという観念の広まりとともに増加し、学校側との対立も少なからずあった。

親の側の教育方針が内部に対立をはらむものであったとすると、彼らが学校に要求するものもばらばらにならざるをえない。わが子の教育に熱心になった親たちはさまざまなことを要求するようになった。しかし、「あれも」「これも」と求められても、学校はそうそうすべてに対応できるわけではない。父兄の要求する所と言っても、まちまちであって、これを一々迎える事になったらやりきれるものではないのである。
ええと、70年後の今と変わらないグチなんだケド。

2008 Back to The Future

 どの世代(職場・教室・地域)にも「困ったちゃん」がいるように、理不尽な要求を突きつける親たちはいる。しかし、そうした「困ったちゃん」が激増しているかのような印象操作をくり返すマスコミ・ライター連を見ると、「また君か」という気分になる。根拠と数字を元に議論しようよ。

 新しい名前をつけて「発見」した気になるのはコロンブス・メソッド。ちっとは過去を見ろ。ママゴン、未熟児ならぬ未熟親、「ローカルちゃん」ママ、「責任転嫁」親、廊下すずめ、いろいろな名前で呼ばれてきた。「モンスターペアレントは、どこにいるか?」ではなく、「モンスターペアレントは、何と呼ばれてきたか」なんだね。

 ろくに調べもしていないイメージが、ストーリーにすり代えられていく手法は舌を巻くほかない。こいつら文章上手いよ。けどね、その文、臭うよ。親の圧力を煙たがる学校と、対立を煽って対策を撒き散らすマッチポンプ役の売文屋、さらにそうした世相を憂う自称知識人の手垢と口臭で、ひどい臭いをたてている。

 このイメージ、つまり、「未熟で自己中な親」と「経験豊かな教師」とのコミュニケーションエラーという構図が変わらないことに注目したい。時代が変われどもこのストーリーで説明されているのはなぜだろうか? 毎年毎年、無理解な「未熟親」が現れては無理難題をネジ込んでいるのが事実だからだろうか? 毎年毎年、「最近の親は…」と叩くストーリーこそが現実をピッタリ説明できるからだからなのか?

 それよりも、これだけ年を経ても同じ問題が云々されるのなら、むしろ構造的なものがあるんじゃぁないかと勘ぐりたくなるね。

 例えば、会社など外の組織で揉まれた親と、学校空間の内側に閉じた教師とのコミュニケーションギャップとか、ホメオスタシスな教師とトランジスタシス(by リツコ:EVA)な親とのせめぎあいとか、ちょっと別の「絵」も描けそうだが…

 そして、この構図を仮説として、「社会の常識が通用しない v.s. 学校は社会と違う」的な議論に持っていったらリアルかも。あるいは、杉並の和田中学がやっている「夜スペシャル」の反応を、「学校」と「親」に分けて調査してみるとか。さらに、継続的に「苦情」が寄せられる学校とそうでない学校との違い、公立校と私立校への「要望・苦情」の濃度や種類を分類すると、数字を伴ったより具体的な話ができるかも。

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オトコの建前からホンネを見抜く10問

彼のセリフでわかる男ゴコロ 「オンナの建前からホンネを見抜く10問」の男バージョン。出所は、「彼のセリフでわかる男ゴコロ」より。

 男子のコミュニケーション能力の低下に起因するモテ格差は、今に始まったことではない。その一方で、オンナの子の手練手管指数は年々拡大しているのではないか。自分でも気づいていない「男子の本音」がこれほどまでセキララに暴かれている。

 本書がスゴいのは、そうした本音下心を見透かされているだけでなく、模範回答まで紹介されているところ。露骨すぎず適度にオンナ心を伝える想定問答集を見ていると、なんだか寒いよママン。

 問題を10問、用意した。オトコの発言のタテマエを見抜き、本音を暴いてほしい。かつ、(ここからが重要だが)そのホンネを汲み取った上での模範回答を考えてほしい。

 アナタがオンナの子だったら「へへッ」と舌を出したくなるだろう。キミが男だったら、胸に手を当てて思い出してみてくれ、「こんな質問、したことあるよな」ってね。そして、「こんな返事、されたことあったな」ってね。

問1 : 「彼氏いるの?」と「彼氏いるんでしょ?」の違い

答1 : 似ているようで本音は全く異なるこのセリフ。前者はただの日常会話、「最近どうよ?」と同じノリ(ただし、「いない」への食いつき方から脈アリナシが分かれる)。

問題なのは後者、「彼氏いるんでしょ?」の本音は、「ホントにいるとしても、頼む!『いない』と答えてくれーーー」という魂の叫びが込められているという。だから、安売禁止。適切な返答で下心を見極めろという。ちなみに、キープしたい男子への適切な返事は、「いつもそう言われるけれど… それって遊んでそうに見えるってことなのかな…」と上目遣いで彼を見つめ3秒停止。その後、ゆっくりと右下に向かって視線を外していけと(右利きの人は右下、左利きの人は左下にゆっくり視線を外すと、憂いをおびた美しい表情が作れるんだってー)。

問2 : 有名人で誰が好き?

答2 : セリフ単体にはホンネもタテマエもなし。日常会話「犬と猫、どっちが好き?」と同じレベル。ただ、どれぐらいの食いつきを見せるかで脈ありなしを判断せよと。だから、「オダギリジョー」なんて答えちゃうと男どもは萎縮してしまうので、「福山雅治」と答えるのが正解。なぜなら福山雅治は男も認めるカッコよさだからだそうな―― 脈アリと持たせたい男への模範回答は、「俺でもいけるんじゃない?」と期待を持たせ、かつ「ほんとっぽい」こと。「劇団ひとり」とか「品川庄治の庄治」あたりがよさげだそうな。

ちなみに、わたしが現役(?)の頃は、「ホール&オーツのダリル・ホールが正解、間違ってもWHAM!のジョージ・マイケルと答えてはいけない」だった(出所 : 河よりも長くゆるやかに/吉田秋生)

問3 : カワイイお嫁さんになりそうだよね

答3 : これはトラップなので要注意。結婚願望が強いかどうかを見極めるためのうまいセリフ。オンナの子を悪い気持ちにさせずに、その子の本質をえぐりだすことができる賢いやり方なんだってー。口説いているわけでもないし、駆け引きをカンジさせないまま、ホンネが出てしまうそうな。

だから、「よく言われるの!ワタシね、ワタシね、和食が得意なの!」と喜々と応じてしまうオンナの子は、「今がお買い得」の値札をぶら下げているようなもの。逆に「結婚願望ないんで」と拒絶するのもいかがなもの。正解は、「そう? ありがとう」と余裕の笑顔で応えるオンナにオトコどもは興味を湧かすそうな――ああああ、そういや嫁さんがそうだったような気が…

問4 : 吉牛とか、イケる?

答4 : このセリフの裏側には、「見たところお金のかかりそうなオンナだけれど、実際はどのくらいお金のかかる女なのか」という切実なホンネが隠されている。「給料日前のチープデートでも応じてくれるのか」とか「カネをかける男にだけシッポを振るオンナなのか」を見極めたいらしい。亜流として「居酒屋とか大丈夫?」とか「ファミレスでデートってどう思う?」があるそうな。すまん、嫁さんが彼女だったころ、「つぼ八で大丈夫?」と聞いたことがあったが、他意は無いんだよママン!(絶叫)

さておき、模範回答はこう、「今まで食べたことないけど、ずっと食べてみたいと思ってたの、だから行きたい行きたい、連れてってー」。だがこれは、脈をもたせたい男に対する模範回答で、安売りするつもりがないなら、初球は「今まで食べたことないけど」と答えるんだって。このセリフで「今までそこそこの扱いを受けてきた女だ」とクギを刺せる。そして、「ずっと食べてみたいと思ってたの」で彼を安心させることができる。

問5 : 彼女いるの? の質問に、「今はいないよ」と答える

答5 : 彼女がいるかどうか、イエスかノーか問うているにもかかわらず、わざわざ「今は」を付け加えているところに注目ーってか、注目してほしい男心を分かってやれという。「何歳?」と質問されているのに、「いくつに見える?」と聞き返すのに匹敵するぐらいイライラするそうな(ごめんなさい、そう返したことがあります)。で、「今は」いないよの返事には「オトコの見栄」が隠されているという。「今は」いないけれど、少し前まではいたんだよ、だからモテないわけじゃないんだよ、という見栄なんだってー。

このオトコを脈ありにしたいのなら、模範回答はこう、「じゃぁ、好きになってもいい?」――なんとゆー発言を。ただし、自分に自信があるオンナの子に限るそうな。そうでない子なら、彼の発言の後、2秒の間をおいて、心からうれしそうな顔をして、「よかった…」と応ずる。このとき、自分の胸に手を添えて、心からホッとしたような仕草をプラスすると効果大だそうな。オンナの子の上級者は、「今は」にツッコむんだって。「"今は"ってどうい意味?」と、あえて「今は」と付け加えている予想を裏切るようにすると、男のほうもドキッが生まれる(らしい)。「彼女とか、います?」なんて訊かれたことはあっても、「ずっといないよ」しか返したことがなかったからなー(遠い目 with 涙)

問6 : 彼女いるの? の質問に、「一応いるけど…」と答える

答6 : 「一応」ってなんやねん!とツッコミたいところだが、ここに男の下心が垣間見える。よくあるパターンは「一応いるけど、最近会ってないかな」とか「彼女? 一応いるけど、妹みたいな感じだな」。ホンネは妻帯者の「最近、妻とうまくいってないんだ」と同じ。決まった人がいることは伝えたんだから、攻めてくるなら自己責任でよろしく、というやつ。キミにその気があるなら遊んだっていいけれど、「あそび」だからね、本気になられても困るよ? という線が引かれているそうな(これを予防線という)。

そもそも本当にいるのかどうかも分からないから、要注意。「彼女がいる」という予防線を張っておいて、遊ぶつもりの相手がホンキになったら、「これ以上踏み込んでくるな!」と盾にする非道な男もいるそうな。嫁さんが彼女だったころ、「彼女とか、います?」なんて訊かれたとき、「一応いるけど…」なんて返したこと…ないない、ないですぞー(遠い目 without 涙)

問7 : 別にいいよ

答6 : 「今度電話してもいい?」→「別にいいよ」、「今度一緒に映画にいこうよ」→「別にいいよ」といった、一見冷たい返事。これは嬉しさを表に出すのは恥ずかしいから「別にいいよ」と答えているんだってー(な、なんだってーΩΩΩ)。本当にイヤなら、「考えておく」とか「ちょっと忙しいかも」と遠まわしに断るいっぽうで、「ヤッター嬉しいな!」なんてはしゃぐとオトコのコケンにかかわるらしい。

問8 : 俺、子ども好きなんだよね

答7 : WORNING! 下心アリアリだそうな。あるいは脈ありとみなしてOKらしい。「動物好き」をアピールする場合も同様で、「子どもや動物好きに悪いヤツはいない」という暗黙の了解にのっとって、「俺っていい人なんだよ」といいたいらしい。脈をもたせたいなら「私も(子どもが)大好き」と彼の目を見ながら言ってみろと。その後、ボディタッチしてきたら「子どもをつくる行為がしたい」サインになるし、身近な子どもの話をしだしたら、「ホントに子ども好き」と判断できるそうな

問9 : そういうんじゃないよ

答9 : 「ずっと黙ってるけど、楽しくないの?」→「そういうんじゃないよ」、「最近会ってくれないけれど、他に好きな娘でもできたの?」→「そういうんじゃないよ」というやつ。残念ながら、悲しい意味が隠されている。

答えはイエスなんだが、ズバリ言ってしまうと事態を悪化されてしまうので「そういうんじゃないよ」とお茶をにごしたい気持ち。例えば、「私のこと、飽きちゃった?」への「そういうんじゃないよ」は、「イエスと答えると、泣いたりわめいたり面倒くさいよな」というホンネがある。だから、「じゃぁ、どういうこと? なんで最近連絡をくれないのよ」などとしつこく追及すると――言わずもがなですな。

この場合の模範回答は、「ない」そうな。だいたい「私のこと、飽きちゃったの?」なんて問うなら自分でも分かってるでしょ、そうなる前にどうにかしなきゃ、と突き放す。古典的なテだけれど、「押してダメなら引いてみな」は、男女関係にも使えるという。つまり、ちょっと距離をおいてみるわけだ。その結果、「やっぱり必要だ」と彼から近寄ってくるか、これ幸いとばかりに逃げられるかは――

問10 : 一緒にお風呂、入ろうか

答10 : 付き合っている彼に言われたならば、要注意。実によくあるセリフなのだが、「んもぉ、エッチなんだからー」なんて喜んでる場合じゃないらしい。予め断っておく。このセリフ、使ったことが「ある」が、ホンネは違うよ!そういう「場合」があるってことだよ!(って誰に断ってるんだろう?)

じゃぁどういう場合か? 一緒にお風呂に入った彼が、彼女の股間をしこたま触ってきた場合、あるいは、お風呂に入らずエッチモードに突入してパンツ脱がされてアレアレされているとき、突然彼が「やっぱシャワーしよっか」と言い出したとき――

あれは、彼が洗ってくれてるワケ。言い換えると、オマエ、臭いよのサイン(な、なんだってーΩΩΩ)。彼らの生々しい意見は本書で確認していただくとして、「愛撫してるフリして洗ってやる」男子がいかに多いことか。

「彼が舐めてくれません(私はしてあげるのに)、これって愛されていないことですか?」などと発言小町に書き込む前に、ちょっと待て、ちゃんと洗ってますかと著者は詰め寄る。ええと、わたしは臭いがあるほうが好きなので (///) コメント控えめにしたいが、「臭い」関係はとてもデリケート。口臭、体臭、ワキガ、股間臭、言い難いし、言った方が悪者になってしまう。

 だから、本書に協力した男性陣(なんと70名!)は、「俺がそうすることで気づかせてあげるのは、愛情」だと断言する。これついては誰も教えてくれない(自分で気づきにくいからね)。

 オンナの子の感度はきわめて高い。鋭すぎるぐらいだ。デリカシーのない男が傷つけないように伝えるのは至難の技。「オトコは黙って」は古いかもしれないけれど、行動で示そうとする彼のやさしさなんだと受け取ってあげてくださいませ。

 それから男子、完全に見切られてますぜ、どうしよう――って、どうしようもないね。恋愛経験値の多寡に限らず、キャラ作ったって、オトコのホンネなんて丸見えモロ見え、リーチミエミエ。見栄張ってるぶん恥ずかしい。

 こういう「駆け引き本」を読んだ後は、「パカヤロ!ホントの自分、言いたいこと言ってやれ」と鼓舞したくなる。生きてる限り 石コロだらけでも大きな声でマンジャーレ!カンターレ!アモーレ!止まることない男女の道、だから終わらない愛を歌おう。わが道を突きすすめ、デタラメなキャラでもいいんだから。

 健闘を祈る。

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最後は、どうか幸せな記憶を「おもいでエマノン」

Emanon_8 もともと、某ゲームのモデルだという噂に惹かれて手を出した「おもいでエマノン」。ストーリーは違えども、生命誕生から現在までのすべての記憶を持つ彼女は、わたしの中に永くいつづけてきた。

 すんなり伸びた肢体、長い髪、おおきな瞳、そばかす――ちょっとエキセントリックな彼女には、くわえ煙草が似合う。鶴田謙二氏が「SFオールタイムヒロイン」というのもむべなるかな。ちなみに、わたしにとってSFオールタイムヒロインのベスト3はこれ。

  1. エマノン(おもいでエマノン/梶尾真治+鶴田謙二)
  2. コーティー・キャス(たったひとつの冴えたやりかた/ティプトリーJr.)
  3. 芳山和子(時をかける少女/筒井康隆)

 彼女とのわずかなひとときと、その「おもいで」をずっと大切にして生きること。

 傷心をかかえた「ぼく」と怖いくらい共鳴しながら読む。物語を消費するのではなく一体化する感覚。思い入れが強すぎて、レビューよりも、思い出話をしたくなる。マンガ読んでこんなに切ない気持ちになったのは久しぶり。

おもいでエマノン(小説) ずいぶん古いSF小説だから、未読の方も多いかと。鶴田版「エマノン」が出たおかげで、マンガ→小説の順が鉄板のオススメルートになる。なぜなら、小説にはマンガの続きがあるのだから。そして、小説のエマノンがこれ以上ないほどの「彼女」になっているから。

 そして、小説を既読の方は、あのラストでせつなさMaxにまで至るべし。

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「PMPを取得せよ」と上司にいわれたら、最初にとる5つの対策

 最近、仕事だけでなく人も任されるようになった。死の行進を生き延びてきた。細かい指示ではなく目標と締め切りだけを渡されるようになった―― そんなあなたを上司が呼びつけて、

 「おまえ、PMP取りなさい。今年じゅうにヨロシク」

と告げられる。

(゚Д゚)ハァ?

顔文字通りの表情をつくるあなたを無視して、上司はこうまくしたてる。

  「SE→PMキャリアを目指すなら、PMPは必須」

  「なぁに、受験料は出すから安心しろ(合格したらね)」

  「受験条件である35時間の研修は、そのうち受けさせてやる」

  「でも実務に影響のないようにヨロシク」

 PMPって何? 研修が必要なの? そんなあなたが次にしなければことは何だろう? このエントリを参考にしてほしい。

  1. 必要なサイトをチェック
  2. PMBOKガイドを入手&チェック
  3. 受験日を決めて、逆算してスケジュールを立てる
  4. 周囲に宣言する
  5. 勉強を開始する

■1 必要なサイトをチェック

 「PMPって何?」という質問にズバリ答えてくれるサイトをチェックしておこう。ポータルの本家本元はPMIだが、全部英語だ(しかも迷いやすいサイトだ)。まずはPMIの東京支部をブックマークしておこう。

  PMI東京支部
  Project Management Institute(PMI)←本家本元

 で、知りたいこと――試験の目的、合格率、資格者数、出題範囲、取得方法、申し込み手続き、試験実施要領――は、以下にまとめてある。

  PMP試験に関する情報(PMI東京支部)

 ただ、予告なく変更されることがある。自分でチェックするのは大変なので、メールマガジンを利用しよう。生々しい試験対策情報を得ることができるぞ。

  PMP試験対策(有限会社システムマネジメントアンドコントロール)

 あと、古いし手前ミソになるが、このblogでも「まとめ」をやっているぞ。

  PMP試験対策【まとめ】

 試験の際、必ずお世話になるのが受験ポータルのプロメトリックだ。Oraclemaster とかSJCでお世話になった方もいるかもしれないが、念のため。

  プロメトリック

■2 PMBOKガイドを入手&チェック

PMBOKガイド これ重要。

 PMBOKガイドとは、電話帳ぐらいのペーパーバックだ。ムダにデカいし、重い、紙質も悪いと三拍子揃っているが、、これがないとはじまらない。

 実をいうと、上司のいう「会社で用意する研修」で無償で支給されるはず。だが、それを待っていては始まらない。会社からすると、「受験日までに受講させておけばいい」という意識なので、しばらく放置される可能性がある。やきもきするより、5,000円出して買っておけ(どうせボロボロになるし)。

 入手してパラパラしたら、あまりのとっかかりのなさに絶望するだろう。だが安心しろ、巻末にレジュメがある。気づかずに最初からとっかかるとツボるので、全体像を把握しよう。

 PMBOKガイドは、三部構成となっている。

  1. プロジェクトマネジメントフレームワーク
  2. 単一プロジェクトのプロジェクトマネジメント標準
  3. プロジェクトマネジメント知識エリア

 1と2で70ページ、3が230ページある。1と2はがんばって読んでほしい。3が大変そうだが、実はp.337から始まる「付録F」で5ページに要約されている。PMBOKガイドの全体像をすばやく知るには、1と2の70ページと、「付録F」の5ページを読めばいい。もちろんここだけでは足りないが、「結局なんなの?」はこの75ページでOK。

■3 受験日を決めて、逆算してスケジュールを立てる

 上司はこういった→「今年中にヨロシク」。プロメトリックでチェックしてみよう。

  PMP資格試験情報(プロメトリック)

 向こう3ヶ月の試験空き席状況を知ることができる。ちなみに、日本で4ヶ所しか受けることができないので、試験会場から遠い人は要注意。今年の年末なら――12月中旬あたりがリミットになる。プロメトリックは米国資本の会社なのでクリスマスはお休みしてたはず。

 で、「その日」から逆算してスケジュールをたてよう。

 会社がやってくれる「研修」は、PMPを受験するために最低限必要な35時間の座学だ。もちろんこれだけでは足りない。トータルで150-170時間ぐらいの勉強が必要になる。あたりまえだが、時間やったら合格するというものではなく、もっと少ない時間で受かる人もいれば、時間かけたのに不合格の人もいる(わたしの場合、200時間ぐらい)。

■4 周囲に宣言する

 これ超重要

 やり始めると分かるが、かなり孤独な勉強になる。覚えるべき用語、身につけるべき考え方(PMIイズム)、計算問題が大量に出てきて、ウンザリして投げ出したくなるはず。

 そういうときに、「勉強仲間」がいると心強い。一緒にやれなくても「あいつもやってるんだ」と思うだけでココロが上向くもの。非現実的な事例があっても、「あれはおかしいよなー」とか話のタネになるし。

 とにかく、仲間を見つけるためには、まず自分で宣言しなきゃ。ひっこみがつかなくなるぐらいにね。

■5 勉強を開始する

 あとは、するだけ――とはいっても、「具体的に何をどうするの?」という疑問が出てくるだろう。一番時間をかける勉強は、「PMBOKガイドを理解→練習問題を解く→PMBOKガイドで確認」だろう。そこで転ばぬ先の杖。よくある失敗は、PMBOKガイドばかり頑張って問題に接していないこと。PMP試験の問題は、ちょっとクセがある。だから沢山やって慣れておくべし。

 「会社が準備してくれる研修」が Global Knowledge だったら、おめでとう!たっぷり練習問題が渡されるぞ(600問)。2回ぐらい解いておこう。それでも不安な方は、カブトムシ本をオススメしておく。「PMBOKガイド→練習問題」のサイクル以外なら、

  • 自分なりの「まとめ」をつくる(マインドマップみたいになるはず)
  • クリティカルパス、アーンドバリュー等の計算問題を確実に解けるように
  • 用語集をチェック(←忘れられがち)
 参考書がいくつか出ているけれど、PMBOKガイドが「主」なことを忘れずに。

PMP_Exam_Prep 参考書+問題集でピカイチなのが「PMP Exam Prep」、通称「リタ本」(Ritaという方が書いているので)。なんといっても、読むだけでPMIイズム(PMPらしい考え方)がマスターできるから。PMP取るならバイブルといってもいい。3回読んで解いたら合格できるぞ。

 ――ただし、英語なんだよなー。平易な言い回しで読みやすいが、英語読みなれていないとそれだけ時間がかかる。タイムオーバーのリスクはあるが、それだけの価値はある。

PMP試験実戦問題 先にも述べたが、「カブトムシ本」とは「PMP試験実戦問題」のこと。とにかく問題数が豊富なのがいい。単純な「インプット-ツール・技法-アウトプット」の記憶問題から、「こんなときPMはどうする?」的な問題まで全部そろっている。また、ひっかけ問題も意図して載せており、そこが「実戦」と謳っているところだろう。「PMBOK読んだだけ」で立ち向かうにはあまりに無防備すぎるから。

 ――ただし、誤りがあるのが玉に瑕。実践的良問ぞろいはいいけれど、解答や解説のところどころが誤っている。レビューしてなさそうな解説を見ると、自分のプロジェクト経験だけで答えるのは危険ということを、著者自身が身をもって示してくれることが分かる。誤答・誤解説が地雷のように埋まっているため、結局解答を信用せずに原典(PMBOK)を舐めるように読まなければならなかった。結果的にそれがPMBOKの繰り返し読みにつながったのだから、よしとするべしか…

PMP試験合格虎の巻 あと、翔泳社の「PMP教科書」もやったが、わたしには合わなかったといっておく。参考書なら、(やってはいないが)書店でチェックした限り、「PMP試験合格虎の巻」がよさげ。

がんばれ、まなめ王子、ついったーと釘宮を自粛すれば勉強時間とれるよ!

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