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インテリアとしての本と本棚「自宅の書棚」

自宅の書棚 本のある暮らしを提案する一冊。無性に本の整理をしたくなることを請合う。

 いや、「本だらけで足の踏み場もない」とか、「これが倒れてきたら圧殺される」といった自嘲も聞こえる。このblogを覗いているなら、本との戦いに明け暮れている方も多かろう(わたしの戦歴は「図書館を利用するようになるまでの20ステップ」にまとめた)。

 しかし、本書に出てくる、暮らし中で「本を活かす」ライフスタイルを見せつけられると、自分の考えが誤っているのではないかと確信が持てなくなる。本の山を自慢げに語るのは、奴隷の鎖自慢ではないかと冷や汗が出てくる。「おまえ、ただのコレクターじゃね? 読みもしないくせに」と言われている気がしてくる。

 それぐらい「美しい」んだ。著名な作家や建築家たちのホーム・ライブラリーやリビングが紹介されており、どこもみっちりと収納され、ディスプレイされているにもかかわらず、不思議に「調和」というイメージがつきまとう。本に生活が侵されている人にゃ、目の毒かも。

 いわゆる「写真集向き」に限定せず、キッチン、寝室、バスルームなど、部屋別に大量の実例が案内されている。さらに、階段、廊下、玄関、トイレなどを有効利用した省スペース型の書棚も紹介されており、(やる/やらないは別として)本をインテリアとして活かすヒントが沢山もらえるだろう。

 例えば、バルガス・リョザのロンドンのアパートメントの本棚が必見。船の帆をイメージした回転式書棚となっており、部屋の間仕切り的な役割りも果たしている。高い天井まで一杯の本棚で、上のほうは双眼鏡で探すという某作家と好対照やね。

 あるいは、「キッチンに料理本」という定番を覆す事例がある。下ごしらえするときに読みたい本もあるだろうし、書棚に置けない本をキッチンに置いてもかまわないと提案する。陶磁器の食器と本が、デザインの秩序を乱すことなく並んでいる写真を目にすると、自分の家の台所まで違って見えてくる。キッチンが読書エリアになる? そういや嫁さんが実践してるなぁ…

 一生かかっても読みつくせない本をせっせと集めている自分がバカらしく思えてくる、そんな一冊。

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コメント

まあ、どんなに一生かかっても読みつくせない量であっても、集めること自体がバカらしく思えてくるというのは言い過ぎであって、意外と、定年までにどれだけの本を手元に置けるか(「読めるか」ではない!)が重要だったりするかもしれません。「テキストを読む前に、まず出版目録(これから出る本)」で、それだけを目標に掲げてもいいくらい(笑) 定年過ぎて、リュックを背負って神田の古本屋巡りなんて、それこそ時間の無駄でしょう。今までの人生、何して来たんだと。読める量の本しか買ってないと、そうなり兼ねませんから。「本は読むもの」という固定観念は最初からないですし。

かく言う私も、かつてはその筋では比較的有名な、Lorrie Mackの"Making the Most of Work Spaces"(1996)をみたりして、書庫と住居スペースの理想的な融合を目指したこともありました。でも、数千冊の蔵書に加え、レコードやCD、ビデオが万を超え、要保存の雑誌や新聞も日々確実に増えていく状況では、流石にレンタル・ボックスの2つや3つは必要になってきます。そうなると、今度は手元に置くべきものの正しい選定と、何処に何があるかを明確・確実に把握するにはどうするかが課題となってくる。そのため、目録作成と、年に一回の棚卸しは欠かさないことにしています。

本書の提案にしても、何処に何があるか分からなくなると元も子もないですね。私は、定年までにまだ30年ほど残っていますが、「へー。うちにこんな本もあったのか。じゃ、ちょっと読んでみよう」という楽しみを享受しています。棚卸しの日にそれはしませんが、背表紙を眺めているだけでも、結構、存在すら忘れている物件がゴロゴロ出てきて楽しいものですよね。

投稿: carl nielsen | 2008.10.09 15:11

>>carl nielsenさん

  >「へー。うちにこんな本もあったのか。じゃ、ちょっと読んでみよう」という楽しみ

ああ、これは確かにあります。記憶を刺激する本棚ですね。本棚を「使って」自分を再発見したときの興奮は、見えて気づいていないものを発見する喜びに近いです。

「わたし」というフィルターを通じて、「似た」「近い」本をまとめて並べるので、本と本が共鳴しあうような配置になります。一冊に目が向くと、その隣の本、さらにその本の隣へと次々と芋づる式に読みたくなりますね。

「松岡正剛の読書術」の「■17 本棚をつくる」にまとめました
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/07/post_01bc.html

ただ、最近になってようやく、世の無常というかわが身の無常を、肌感覚で理解できるようになりました。ある種の覚悟というか、死を自覚的に生きることを心がけるようになりました。

その結果、生き苦しさからラクになれる一方、それまであくせくしてきた自分の行いが愚かしく見えているのも事実です。死亡フラグを自覚すると、文字通り「いまを生きる」ことができますぞ。

たとえば、「センセイの書斎」で、米原万里さんの本棚を見ることができます。「老後の愉しみの蔵書」を山ほど遺して他界されたと聞いたとき、ひたすら残念に思いました。彼女だけでなく、その蔵書の山に対しても。

彼女に限らず、どうもみなさん、「自分だけは死なない」と思っている方が多いようですね(「自分だけは死なない」には、「平均寿命までは…」という思いが込められています)。そして、思いがけなく自分の番がまわってきたとき、あわてて騒いで怒って泣いて、祈って呪って諦めて、死んでいくのではないかと。

おそらく、どの時点で死んでもやり残したことは山とあるでしょう。しかし、思いを極小になるように生きることは可能です。

そして、これは読書についても同様かと。本の山と闘って、生きる時間を費やすよりも、「いまここ」で読みたい本だけに集中すればいい。闘いではなく、調和のとれた「本との生活」を目指したほうが、より後悔しないですむ――

――などという理由で、わたしにとって「老後の本」というのはありません。「原文でアタック」といった目標はありますが、定年後ではありません。そもそもいつまで生きられるか分からないしw

生きている限り、その時に読みたい本を読みます。

…フカして書きましたが、ぶっちゃけ白状しますと、「本の置き場所がない」が真相ですね。その僻み根性が「ブック・コレクター」への呪詛になっているのかも。

投稿: Dain | 2008.10.09 23:46

Dainさん、おひさしぶりです!
調和のとれた「本を活かす」ライフスタイルって憧れますね~。

さっそく購入してみます。
#この本、家を建てる前に出会えたらよかったかな(^^;)

ちなみに、我が家にも未読本がたくさんたまってきました。ただ「老後に読む本」ってわけではなくて、「自分の趣味趣向を知りつくしたミニ本屋」(当たり前!)って感じで、次に読む本を選ぶのに使ってます。

僕の場合はどちらかというと読了本の棚卸と処分が課題でして、これらをしっかりやることで調和のとれた読書ライフが送れるような気がしています。

投稿: hiroc | 2008.10.19 10:20

>>hirocさん

おっ
hirocさん、ホントにお久しぶりですねー

「自分の趣味趣向を知りつくしたミニ本屋」ですか、確かに長年かけてできあがった本棚はそういう趣があります。本を「溜め込む」やりかただと、本棚は自分の性癖に近似してきますね。

ただ、それだと「驚き」が小さいのも事実です。「こんな本あったよね」という思い出し系の驚きぐらいで、価値観に揺さぶりをかけたり、世界を広げるようなスゴ本との出会いは少ないかも…

投稿: Dain | 2008.10.19 22:55

>価値観に揺さぶりをかけたり、世界を広げるようなスゴ本との出会いは少ないかも…

たしかに、読了本の棚は新しい刺激に欠けちゃいますよね。なので、「自宅ミニ本屋」にある読了本は読み返しに堪える本に限定して整理し、未読本の仕入れはコツコツ地道にやっていこうと思ってます。

Dainさんがやっているように、「スゴ本」というキーワードで他の人のおすすめをもらうのはいい方法ですよね。僕も自分の趣味趣向をもっとクリアな言葉にしてみることにします。

投稿: hiroc | 2008.10.24 07:14

はじめまして。

この本、以前妻が当てつけのように買ったのでぱらぱらめくったのですが

>どこもみっちりと収納され、ディスプレイされているにもかかわらず、不思議に「調和」というイメージがつきまとう。

確かにそうなんですが、これって、「洋書だから」じゃないでしょうかね。イメージしてみるに、現代日本の擬洋風の家の中で、ひらがなと漢字の背表紙がこういった調和を産むとはどうしても思えないのです。
本もインテリアの一部と割り切って、装丁の美しい本や学術書などのシンプルな装丁の本、あるいは洋書ばかりを本棚に置けば、調和は得られるのでしょうが、それはそれで格好わるい気がしてしまいます。

投稿: caz | 2008.10.24 14:02

>>hirocさん

はい、既読かもしれませんが、「人を探す」方法がいいかもしれません↓
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/08/post_9e69.html

あるいは、はてなーに訊くのが手っ取り早いですぞ↓
http://q.hatena.ne.jp/1205164385


>>cazさん

  > ひらがなと漢字の背表紙がこういった調和を産むとは
  > どうしても思えないのです。

ああ、なるほどー、たしかにそうですね。和書でぎっしりと詰まった本棚は、「調和」というよりも「主張」しているような気が…
インテリアのような本棚といえば、石田衣良さんとこを思い出します↓
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2008/04/post_f42d.html

投稿: Dain | 2008.10.24 22:32

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