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補整しながら読む残雪の「暗夜」

暗夜 中国の不条理小説。痛勤電車で両手バンザイさせて読んだわたしもシュールだw

 おもしろい…けど、いつものように素直にオススメできない。というのも、「ワケ分からん」小説でもあるから。編者の池澤氏は「カフカをおもわせる」と評するが、カフカ的とはちょっと違うような…(著者がカフカ本を書いていることに引きずられているぜダンナ)。

 おそらく池澤氏は、「虫」や「城」や「掟」を念頭に置いているんだろう。しかし、あれはちゃんと目指すものがあるぞ。不条理な世界を突きつけることで、現実へ"揺さぶり"をかけることが目的なの。だから、「その世界」でのつじつまはちゃんと合っている。試みに、「虫」や「城」や「掟」を別名で置換してみるがいい。たとえば、「病」や「官僚機構」、あるいは「良識(≒KY)」の隠喩にすると腑に落ちる。

 これが、残雪の小説だとまるで違う。物語がものがたりの体をなしていない。どの短編でも主人公は要領を得ず、うろうろした挙句、きまって途方にくれる。まわりは不安と敵意に満ちており、理由のない悪意に翻弄される。

 まるで、大事なことが抜け落ちている夢を強制的に見させられているようだ。メッセージ性なんて一切ない。そもそも何を伝えたいのか、まるで見当もつかない。阿Qの不安定感と、内田百ケンの暗がり、安部公房の超常識、最近ならペレーヴィンとかブッツァーティをホーフツとさせられる。

 遠近法や物理法則を無視した描写に対し、一切説明するつもりはないようだ。ではファンタジーにしちゃえ、とギアを切り替えられない。日常に徹底しており、この世界を出たりヨソの世界から持ってくるつもりはなさそうだから。

 こういうズレを含む小説を読むとき、わたしは無意識に「補整」をやってしまう。自分で読んでいるものを、自分ら説明・予測してしまう。環境を捉える感覚は穴だらけなので、色や形や方向を補いながら認識するのと一緒。横断歩道を渡るとき、全てのクルマを観察することはしない。ヒューリスティックに判断しているにすぎない。

 同様に、あまりに理不尽な跳躍を見つけたり、説明の大穴があったりすると、読み手(わたし)がそこを埋めようとするのだ。すなわち、作者の背景を考えて理由付けをしてあげたり、書かなかった意味を見出したりする。

 もちろんわれらが池澤氏は、そんなタネ明かしをしてくれる。大丈夫、これくらいバレたって、彼女の小説はちっとも瑕疵にならないから。

文化大革命が残雪の文学を解くキーワードの一つであることは間違いない。この暴力的な不条理の時期は彼女の13歳から23歳に当たった。その前には大躍進政策の失敗による全国的な飢餓があった。
 文革についてわたしは、ほとんど無知に等しい。歴史の教科書からとりこぼされ、新聞が伝えるプロパガンダは信用できず、知識人が恥ずかしそうに語る話でしか知らない。だから、巨大な力が働いた跡を小説上から想像するしかない。彼女が確信をもってつむぎだす超現実を、主人公と一緒にさまようしかない。

 読み人を選ぶ小編ばかりだが、「痕」の、あの理由のなさが好きだ。「暗夜」のどこへ連れて行かれるかワケ分からなさが好きだ。長編「突囲表演」が傑作らしいので読む。


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受信: 2008.09.22 17:23

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