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量子力学の巨人が生命の本質に迫る「生命とは何か──物理的にみた生細胞」

生命とは何か アプローチは秀逸だが、「生命」そのものに対するズバリの答えはない。

 むしろ、「生命体」や「生命活動」とは何か、といったお題が適切かと。生きている細胞の営みを物理的に定義しなおした場合、どのようになぞらえることができるか? について、実にうまく表している。

 半世紀を経て、なお刺激的なのは、シュレーディンガーの「問いの立て方」が上手いからだろう。たとえば、「原子はどうしてそんなに小さいのか」という問いへのブレークスルーな答えがある。それは、この問いの言い換えによる。つまり、本当は逆で、「(原子と比べて)人はどうしてそんなに大きいのか」という疑問に答えているのだ。

 だから、「もし人間が原子に影響を受けるぐらいのサイズだったら、今の感覚器官や思考形態をとれない」という人間主義的な匂いが醸されて微笑ましい。なんとなく循環論法(?)と思えてくる。

 いっぽうで、生物を「時計仕掛け」と見なすことで、さまざまな「発見」が得られた。染色体は生物機械の歯車になるし、生命活動を遺伝子のパターンの維持と読み替えられる。遺伝子の突然変異を非周期性結晶の「異性体的変化」に置き換えてしまうところはお見事。メタファーの力を利用して、物理学と生物学の両方から手を伸ばして握らせようとしている。

 ただ、最も肝心な点なのに、ちゃんと読めたか自信がないのが、「負のエントロピー」。生物の定義にまでかかわっているのだが、わたしはこう読み取った。

 つまりこうだ。生物にとってエントロピー最大が、「死」すなわち無秩序の状態で、原子的な混沌を指している。そして、その反対が「負のエントロピー」であり、秩序だった状態のことを言う。生物は、「秩序」を取り込むことにより、エントロピーが増大することを防いでいる。言い換えると、「負のエントロピー」を取り込み、エントロピーを排出することによって、エントロピーの増加を防いでいる――これが、シュレーディンガーの主張。

すなわち生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負エントロピーを絶えず取り入れることです。生物が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。このことをもう少し逆説らしくなく言うならば、物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります。
(シュレーディンガー「生命とは何か 物理的にみた生細胞」p.141)
 こう読んでいくと、「負のエントロピー」とはすなわち、食物ではないのかと思えてくる。だがこれは孔明の罠だそうな。植物にとっての太陽光も「負のエントロピー」であり、動物にとっての栄養素と同様、「環境から得られる一定の秩序だった現象」として読み取るのが正解だろう。

 この「負のエントロピー」論は非常に誤読を招きやすいそうな。たとえば、ベストセラー「生物と無生物のあいだ」の著者が、この「負のエントロピー」を批判していることについて、バッサリ斬られている。本書の解説(p.214)によると、「この混同と過誤の誠に見事な標本」なんだそうな。

 たしかに解説を読む限り、誤読は間違いなさそうなんだが… それでも、誤解を招きやすい文章であることは確か。わたしのような生物学のシロートだと同じ罠に陥るかもしれない。念のため、ここに引用しておこう。

ただし、第6章60節(145ページ以下)の「負エントロピー」という言葉は、その直後の原註にもかかわらず、やっぱり誤解を招きやすい言葉だ。なぜなら、今日の物理的科学には熱力学のエントロピーと通信工学に由来する情報理論のエントロピーという二種類のエントロピーがあって、この両者が分子生物学の大学教授などによっても、しばしば混同され過誤や混乱を助長しているからだ。私はたまたま最近(2007年)出版された通俗科学書のベストセラーものの一つに、この混同と過誤の誠に見事な標本を見つけたので、ここに引用する。
「シュレーディンガーは誤りを犯した。実は、生命は食物に含まれている有機高分子の秩序を負のエントロピーの源として取り入れているのではない。生物は、その消化プロセスにおいて、タンパク質にせよ、炭水化物にせよ、有機高分子に含まれているはずの秩序をことごとく分解し、そこに含まれる情報をむざむざ捨ててから吸収している。なぜなら、その秩序とは、他の生物の情報だったもので、自分自身にとってはノイズになりうるものだからである。」
(講談社現代新書「生物と無生物のあいだ」150ページ)
この文中の「生物」を「動物」と書き換えれば、少しはましだ。それにしても、シュレーディンガーは、本書をまともに読めば分かる(「ガモフ物理学講義」、白揚社近刊の中の「生命の熱力学」の項とそこの訳注を見ればいっそう分かりやすい)ように、タンパク質などのような有機高分子の秩序を負のエントロピーの源だなんて言ったのではない。そして彼は、遺伝物質を構成する大型分子(彼が非周期性結晶と呼んだもの)は、時計の歯車のように熱力学を一応超越した(エントロピーとは無関係な)個体部品だと言ったのである。
 そう、岩波新書版を文庫化するにあたって付加された解説が面白い。上記のようにベストセラーがけちょんけちょんにされているのも興味深いが、シュレーディンガーの「梵我一如の悟り」をオルガスムになぞらえて説明しようとする勇気も称えたい。訳者が25歳のとき童貞だったという告白なんざ聞きたくもないネタだけれど、声を出して笑ったのはおまけの解説。シュレーディンガーが小児性愛者だったことまでは書いていないが、私生活の奔放さ(?)が垣間見えて面白い。

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コメント

内田麻理香の『恋する天才科学者』にシュレディンガーの私生活への言及がありましたね。確か小児性愛者の話もあったかと。

投稿: | 2008.09.20 10:17

>>名無しさん@2008.09.20 10:17

わたしはwikipediaで知ったのですが、有名な話なんですね。

投稿: Dain | 2008.09.23 07:33

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