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フィクションとノンフィクションがせめぎあう「戦争の悲しみ」

戦争の悲しみ ヴェトナム戦争を、ハリウッド映画で知ったつもりの頭に、ガツンと一撃。

 オリバー・ストーンやコッポラ、キューブリックだけじゃない。カチアートを追跡してその狂気に交ざり、おとなしいアメリカ人のダブスタに戸惑い、輝ける闇を覗き込んで震えた――が、これらはレイプする側か、現場を視姦する立場から描いたヴェトナム戦争。

 反面これは、蹂躙される側から描いた抗米戦争。投下される爆弾と流れる血の量はハンパじゃないので気をつけて。空爆と空襲の違いは、片方が一方的に圧倒的なところにある。あんまりな描写にフィクションとして扱いたくなる。キャタピラにこびりついた人肉が腐りきって辟易し、河に入って戦車を洗車するくだりは見た人にしか書けない。

「…中でハンドルを握ってると、その感じがピンと来る。地面の小高くなっているとことか、木の切り株とか、倒れた煉瓦塀とかに乗り上げるのと全然違うぜ。あっ、こいつ間違いなく人間だ、人間を轢いたんだと確かにわかるんだ。水で満杯の袋みたいに、音を立てて体が破裂する。その、はじけるときに、キャタピラーを軽く押し上げるんだよ、ほんと!」
 戦争の狂気はこの物語の時間軸を侵している。つまり、順番がバラバラなんだ。フラッシュバックのように蘇る過去を後悔する形式かと思えば、一人称「俺」でありたけの感情を吐き出したあと、突き放したように「そういう物語を書く男の話」にする。

 どのエピソードもプロローグにふさわしいし、どの挿話もエピローグにふさわしい。時間軸上を自在に行き来する叙述に、ひょっとすると、読み手はジョーゼフ・ヘラーを思い出すかもしれない。

 しかし、「キャッチ=22」よりも異様なのは、同じ出来事が繰り返されるところ。塗り重ねられる油絵のように、微妙に異なるタッチで描きなおしたりしている。それは、この物語を書いている人物に流れている時間が、過去を再評価しているから。かつて否定した出来事を肯定的に受け止めようとしたり、失敗したりしているから。

 脈絡のなさのおかげで、歴戦のヴェトコンの勇士が別のページでは幽霊におびえたりするし、純潔の処女への思い出が綴られた矢先、思う存分に踏みにじるシーンが炸裂したり(そう、これは破壊されたラブ・ストーリーでもある)。

 情感たっぷりに愛を語ったり、スペクタクルな戦場シーンを織り交ぜたり忙しい。最大の賛辞のつもりなのだが、どうしても罵倒に聞こえる誉め言葉を使ってもいいなら、「まことにハリウッド的な物語を刻んでみた」になる。

 フィクションの嘘くささを消臭するために、ある仕掛けを施しているが、開高健の「ベトナム戦記」と「輝ける闇」を思い出す。前者はルポルタージュ形式の小説、後者は小説形式のルポルタージュに読める。本書は両者を混ぜたといっていい。

 戦争の狂気を伝えるためには、ふつうのやり方では無理があるんだろうね。

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コメント

はじめまして。
検索で飛んできたので、古い記事へのコメントになってすいません。

「戦争の悲しみ」ぜひ読んでみたいと思いました。
私は高校生なのですが、本を読むことが好きで、感想を書くことも好きです。すごく下手なのですが(^-^;
Dainさんの書評は、「私がこの本を読んだら、どういう気持ちになるんだろう」という興味がわきます。
これからもDainさんの書評を読ませていただきますね。

投稿: | 2009.01.07 22:24

>>夢さん

ヴェトナム戦争をモチーフにした読書なら、「戦争の悲しみ」を読む【前】に、以下の順で読むことをオススメします。どちらも傑作です。残念ながら、バオ・ニンは反対側(ヴェトコン)の視点として引き立て役になっていると思います。

 1. おとなしいアメリカ人(グレアム・グリーン)
 2. 輝ける闇(開高健)

それから、高校生(というか未成年)には向かない(というか不適切な)毒本も扱ってます。読書は毒書、じゅうぶん注意してご笑覧くださいませ。

投稿: Dain | 2009.01.09 00:59

お返事ありがとうございます。
『輝ける闇』は読もうと思い、図書館で借りたのですが、
『おとなしいアメリカ人』は知らなかったです。
教えてくださってありがとうございます。
読んでみますね。

投稿: | 2009.01.12 13:27

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