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冒険野郎フンボルトと数学王ガウスの物語「世界の測量」

世界の測量 俗物ガウスと堅物フンボルト。ふたりの交錯する人生が面白い。

 れっきとした文芸書なのに、専門書のようなタイトルで損している。史実を織り交ぜながら書き手の自由にフィクションを作り上げている。この立ち位置は、時代小説と一緒。

 ガウスを奇数章、フンボルトに偶数章に重ね合わせ、二人の途方もない人生を描く。もしも「偉人」を等身大の人間として描いたら、傍目には「奇人」に見えるだろうね――その想像ど真ん中どおり、期待を裏切らない。

 まず、ガウスが不憫で不憫でならんかった。

 「数学王に、俺はなる!」とは宣言しなかったものの、彼の生涯で数学に費やされた時間はあまりにも少ない。生まれた時代を完璧に間違えてたね、生活の糧のためにその知性を使わせたのは神の誤算とも人類の失策ともいえる。その一方で、娼家と正妻を行き来し、ヤることと研究を両立させている世知に長けた一面が垣間見えて、非常に興味深い。

 たとえば、新婚初夜の話。突入のまさにその瞬間、惑星起動の計算ミスを修正できる方法を思いつく。ただちに書き留めたいが、新妻の足が巻きついてくくる。ガウスぴーんち!のあたりで、彼のイメージが木っ端ミジン切りされるぞ。知性と性欲、人類にとってどちらも必要不可欠なもの。

 次に、フンボルトがイメージどおりで激しく笑った。

 ほら、あの「フンボルト海流」の力強いイメージ、あのまんまの冒険野郎が熱帯雨林や活火山、大海原を駆け回る。雨・風・暑・寒・蚊・獣・病ものともせず、アマゾン川やアンデス山脈を憑かれたように探検する。使命感に衝き動かされ、精力的に動き回るフンボルトは実はホモ(しかも稚児スキー)なとこも面白い。彼の底なしの好奇心の根っこは、次のとおり。

このあたりから、と案内人が言った。死者の国がはじまるのです。私はここより先には行きませんので。謝礼を二倍にするから一緒に行ってくれないかと打診してみても、ガイドは拒絶した。この場所はよくありません!そもそもこんなところで何を捜す必要があるのですか、人間は光のもとで暮らすべきです。よく言った、とボンプランが大声で言った。
光というのは、フンボルトが叫んだ。明るさではない、知るということなのだ!

 ボンプランはフンボルトの共同研究者。その言動はサンチョ・パンサを彷彿とさせるが、フンボルトの無茶苦茶(だが大真面目)な様子が拍車をかける。そうなんだ、周りが見えない猪突猛進はドン・キホーテそのもの。もちろんフンボルトはキッチリ実績を出しているが、その視線には狂気じみた「世界を知りたい」欲望が見え隠れしている。

 ガウスの章は彼の意外な側面を、フンボルトの章は破天荒な冒険譚を楽しめる。このふたり、これっぽっちも似ていないじゃないかと思いきや、それは違う。ふたりは異なるやり方で世界を測量(はか)ろうとしていたんだ。ふたりとも同じ動機――知への欲望と、世界を理解したい願望――を出発点にし、フンボルトは踏破と収集で、ガウスは数学と抽象化を使ってたどり着こうとしたんだ。

 まるで違う人生を追いかけているうち、同じ思考へたどり着く。ここが本書の醍醐味。

 また、この書き口はとてもユニーク。上に引用したとおり、会話文のかっこ 「 」 がないんだ。原書の発話部分が間接話法だったため、その雰囲気を味わってもらおうと意図的にかっこを廃したそうな。おかげで地の文の描写と内省と会話が入り混じってて、一種独特な混乱を味わえるぞ。

 本書は、金さんさんのコメントで背中を押されて読んだ。金さんさん、ありがとうございます。おっしゃる通り「だまされたと思って」読んで正解でしたな。金さんさんのレビューは、読了『世界の測量』なんだが、後半がネタバレなのでご注意を。

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コメント

ネタバレ野郎です。すみません、つい、書きたくなって書いてしまいました。
ガウスは一般には嫌なオヤジで知られていたので、この本が出てイメージが良くなると嬉しいです。

投稿: 金さん | 2008.08.29 13:27

>> 金さんさん

ありがとうございます、金さんさんのおかげでこんなにも面白い一冊に出会えました。
「嫌なオヤジ」ガウスの印象も充分でている一方で、彼の苦悩というか苦労話も聞けるのがいいですよね。

投稿: Dain | 2008.08.29 22:23

やっときましたか(笑)

ドイツで世紀の大ベストセラーだと聞いていたのに
スルーされていたんで、もしかして本当は駄本?と
思ってしまいました。

しかし、なんでこんなタイトルなんでしょうかねえ。
フィクションを読みたい人はスルーするでしょうし、
伝記的物語を読みたい人は騙されたと思うでしょう。

思わず「絶望した!タイトルのセンスの無さに絶望した!」と叫びたくなります。

ところで、ベストセラーの中には「どうしてこんな駄本が?」というものが少なくあり
ませんが、管理人さん的
には『図書館戦争』はいかがでしょう? 私は、検閲の
意味も本当の怖さも知らずにこんな本を書いている(と
しか思えない。)有川とかいう女流作家に極めて強い憤り
を感じながら読みました。正にスイーツ脳ここに極まれり!
という感じ。

投稿: rachmaninoff | 2008.08.30 11:46

>>rachmaninoffさん

確かに、本書はタイトルのせいで、必要な読み手に届かない本になりそうですね…

ベストセラーとは、「ふだん本なんか読まない人が喜んでカネ出す」から、ベストセラーなのです。どういう本がこれにあてはまるかは、この定義で推して知るべしでしょう。

投稿: Dain | 2008.08.31 21:57

数学者つながり(?)で『解読!アルキメデス写本』を読みました。これも傑作です。写本の解読プロジェクトのドキュメンタリです。著者はプロジェクトの当事者なので、ノンフィクションなのですが、事実だけを記したものではなく、写本の来歴や解読手法の説明(数学が活躍)、アルキメデスの天才たる所以、そして、その結果が2200年以上も埋もれてたと知って驚く事(私は残ってた事にも驚いた訳ですが)、請け合いです。

投稿: 金さん | 2008.10.08 12:54

>>金さんさん

オススメありがとうございます、手にとってみますね。
金さんさんの紹介だけでもソソります。

投稿: Dain | 2008.10.08 22:50

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情熱には燃えているんだが、世間的には理解不能(ガウスは先に進み過ぎていて、その業績の意味が理解されないし、フンボルトはこいつ自体理解不能)な奴らの、数学と世界を股にかけたトンでもない冒険話が進んで行く、奇想天外で大変面白い、空想冒険小説だ。 ...19世紀に入って、十返舎一九、ベートーベン、バイロン、頼山陽、間宮林蔵、スティーヴンソン、滝沢馬琴、ロッシーニ、フーリエ、ヘーゲル、伊能忠敬、アーベル、シューベルト、ロバチェフスキー、ドラクロア、ガロア、ボヤイ、コーシー、ファラデー、安藤広重、ショパン、... [続きを読む]

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» 世界の測量 [domuの日記]
新聞の広告でこの本を知りました。ドイツのベストセラーらしいです。数学者ガウス、地理学者フンボルトの物語り。カール・フリードリヒ・ガウスは小学生のころに1から100までの和を即座に答えたという逸話がある。ガウスは生前、「多くの問題は見た瞬間に答えがわかった。」「言葉を覚えるまえから計算していた」と言ったそうです。数学について多くの業績を残した天才です。フンボルトについてはほとんど知りません。地�... [続きを読む]

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