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損得勘定の定石を知る「定量分析実践講座」

 コンサルタントやマネージャにとっては、武器庫になる一冊。定量分析実践講座

 もちろん意思決定を行うにあたり、数字で裏付ける重要性は分かってる。けれども、KKD(勘・経験・度胸)だけで決めてないだろうか。最後に「エイヤっ」と決めるとき、跳躍の幅は狭められないだろうか、着地点の精度を高められないだろうか。

 そんな意思決定の確実性を高める「定石」が16、紹介されている。

 しかも、16種の武器の使いどころや適用例が「case」→「思考のプロセス」→「解説」と三段階で説明されている。「実践的」と銘打っているのはケーススタディが豊富なためだろう。コンビニの新米経営者を主人公とし、彼が直面するさまざまな問題に対し、定量分析手法を駆使していく。その過程を通じて、読者にも武器が扱えるようになるのを狙いとしている。

 たとえば、サンクコスト(sunk cost:埋没費用)。

 PMBOKガイドで知っていたが、「死んだ子の年を数えない」方法。業務用冷蔵庫を購入するケースが紹介されている。A製品を購入するために20万円手付金を支払った後、B製品も同等の性能があることが分かった。しかも安い。トータルで考えると、Bを選んで手付け20万は「なかったことにする」のが合理的な例。


   A製品購入
             価格 80万円
             手付金 20万円(支払い済) ――(※)


   B製品購入
             価格 45万円


 しかし、この20万円が惜しくて判断がニブってはいけない。大切なのは、「これからの支出」に着目すること。そうすると、


   A製品購入
             これからの支出 60万円


   B製品購入
             これからの支出 45万円


 となり、Bを選ぶのが合理的なことは明らか。「手付け20万を足して、65万かかったんだ」などと死んだ子の年を数えてはいけない。

 著者はダメ押しで、「ナンピン買い」を紹介する。「ナンピン買い」とは、以前に買った株が値下がりした時点で買い増しし、平均購入価格を下げるような買い方だそうな。あえてそうす他の理由があるならともかく、過去を振り向いた判断は合理的ではないという。合理的意思決定とは、現時点から未来をみて行うものだから。

 コンビニの冷蔵庫や株取引の話だから、皆さん微笑して読めるのかもしれないが、実際の駆け引きだとこうはいかない。ツッコミどころ満載だねっ。

  • すでに○○千万円追加しており、ここで中止すると、もとの損失に加えて○○千万円の追加損となります(脅迫のテンプレ)
  • この実装には4週間の遅れが生じておりますが、生産性を上げることで遅れを取り戻す所存です(棒読みマネージャ)
  • このオンナにこれだけ使ったんだから、最後までさせてくれなかったら大損だ(ミツグ君の思考パターン)

 あるいは、複数の排反案を絶対額から選択する手法。

 臨時店舗を出店するにあたり、店員を何名にするといいのか? というケーススタディ。店員一人当たりのコストは25万円で、見通しが以下の場合、A,B,C案のどれが合理的か。

単位・万円店員数人件費前利益生産性人件費後利益限界生産性
A案  1      70  70    45    70
B案  2      110  55    60    40
C案  3      130  43    55    20

 著者は、こんな風に考えろとアドバイスする。

 人件費を考慮しなければ、C案が最も利益を出している。しかし、限界生産性は20万円で、一人当たりの店員コスト(25万円)を下回っており却下。じゃぁと効率(1人あたりの生産性)を重視するなら、A案がダントツ(70万円)になる。A案でファイナルアンサー?

 ここに、効率化の罠がひそんでいる。生産性を上げることは大切だが、生産性を上げるために臨時に店舗を出すわけではない。重要なのは、最終利益を最大にすること。どれか一つを選ぶ問題(排反案)の場合は、効率を最大化させるのではなく、絶対額の最大化を求めるべし。この例だとB案の最終利益(人件費後利益)が最大(60万円)。

 ここまで教科書的な事例は少ないだろうが、どんな武器を、いつ、どういう風に使えばよいかが理解できる。16種類の武器は以下の通り。

  1. 分散と標準偏差
  2. リスクとリターンのトレードオフ
  3. 回帰分析
  4. 限界利益
  5. 機会費用
  6. サンクコスト(埋没費用)
  7. キャッシュ・フローとNPV
  8. 独立案:効率性指標による優先順位づけ
  9. 排反案:絶対額での選択
  10. 混合案:限界効率の比較
  11. リスクと不確実性
  12. ディシジョン・ツリーとベイジアン決定理論
  13. 感度分析
  14. リアル・オプション
  15. システム思考、システム・ダイナミクス
  16. ゲーム理論

 注意が必要なのは、「武器の紹介」にとどまっているところ。ケーススタディと簡単な操作法がまとめられているだけで、使いこなすにはトレーニングが必要。本書だけであれこれ考えても、武器屋で素振りしているようなものだから。

 武器の種類は少ないけれど、扱い方をマスターするなら、以下の2冊をオススメ。

問題解決プロフェッショナル「思考と技術」問題発見プロフェッショナル―「構想力と分析力」

 どちらも徹底的に武器を扱いながらその思考方法を身につけることができる。これらで思考訓練を積んだ後、本書の武器を眺めると一段と違った輝きが見えるに違いない。

 紙数の都合上なのか、はしょったところや省いたところがあるが、網羅性を求めても詮ないもの。気になるなら、巻末の参考文献を手がかりに進めばいい。大切なのは、「いつ、どんな場合にこの武器が使えるのか?」をおさえることなのだから。

 あいまいさを最小化し、納得感を得られやすい数値で世界を表現する方法を知る。無味乾燥なデータから意味ある情報に変換し、「何が経済的に有利なのか」という経済性計算を考える。完全に徹底しなくても、「やり方」を知っているだけで大きく違ってくるぞ。

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コメント

ナンピン買いってサンクコストの欄で説明しちゃっていいのかなあ?
株を買う時は値上がりを予想して買っています。値下がりをした時ナンピンするっていうのは、「自分の予想(この会社の株は割安だから、将来上がるはず)がはずれたのに、その予想に固執する。」というように思えてしまうんですよね。
自分の予想の根拠をもう一度見直して、それでもなお割安だと考えられ、市場が判断を誤っている(傲慢?)と確信できるなら、ナンピンしてもいいと思いますけど。
自分の株が値下がりしたら、すばやく損切りするって言うのもある意味、サンクコストの手法に基づいた行動ですよね?

投稿: けん | 2008.07.02 07:13

>> けんさん

  > ナンピン買いってサンクコストの欄で説明しちゃっていいのかなあ?

よいと思います。

その動機が、けんさんの言う、

  > 自分の予想の根拠をもう一度見直して、
  > それでもなお割安だと考えられ、
  > 市場が判断を誤っている(傲慢?)と確信できる

ならば、サンクコストに「あたらない」例として
いいと思っています。

著者が述べたかったのは、
「過去の意思決定」(=最初に買ったとき)に縛られて、
「現在の意思決定」(=値下がり後)が揺らぐのは、
合理的ではない、ということです。

「せっかく買ったのだから…」とその銘柄に固執して、
底を考えずに買い続け、出血をひどくさせるのは、
「サンクコストに縛られる例」として適切だと思います。
(下手なナンピン、スカンピンって言うのでしょうか?)

ここまでは著者の観点で書きましたが、むしろ、
けんさんの指摘である「値下がりしたら→すばやく損切り」の方が
サンクコストの良例ですね。

「アムロふりむくなアムロ」的な損切りこそ、
サンクコストの真髄かも。

投稿: Dain | 2008.07.03 06:39

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