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時間感覚を変える「アフリカの日々」

アフリカの日々 「ライ麦畑でつかまえて」のホールデンが絶賛してた小説、といえば思い出すだろうか? ほら、図書館員が間違って渡したやつ。

 読んでいるとき、時間の流れかたを意識するほうだ。(物語の)中の流れと、読み手のわたしの時間と、両方を意識する。もちろん物語の流れは一様ではないし、外のわたしの感覚も一定ではない。ちょうど、併走する自動車の窓ごしに握手するようなもの。うまくシンクロするとフロー感覚が得られ、スピードアップすると「めくるめく」という表現を当てはめたくなる。

 そういう意味で、ディネセンの「アフリカの日々」は、まるで違う時間が流れている。

 そこにはディネセンの時間が頑として在り、わたしは自動車を降りざるを得ない。この語りにつきあうために、歩いていくほかない。著者は自動車に乗ったり飛行機に乗ったりするが、流れくる時のスピードは歩くのと変わらない。いつものように、うっかり速度をあげると、美しい光景はあっというまに消え去る。

 中の時間感覚は、こんなカンジ。

時間についても、土地の人たちはゆったりとした友好関係をたもち、退屈して時間をもてあますとか、ひまつぶしをするとかいうことはまったく考えてもみない。実際、時間がかかればかかるほど、彼らは幸せなのである。たとえば、友人を訪問するあいだ、あるキクユ族に馬の番をたのんだとしよう。すると、彼の顔つきは、その訪問がなるべく長びけばよいと思っていることをあらわに示す。彼はそういうとき、時間をつぶそうとはしない。腰をおろし、しずかに時の流れと共に生きてゆくのを楽しむのだ。
 土地の人に引きずられ、ゆっくりたっぷり読む。じっくり読みを強要させる、いい小説だ。おかげで、わたしの読書スピードに super low があることに気づいた。

 この変化は、時のとらえかたそのものにかかわってくる。この変化は、わたしの中に、ひとつの偏見があったことを、強制的に気づかせる。つまり、時間というものは、何かをぎっしりと詰め込むような器ではないことに気づく。数字で区切ったり、予定を入れたり、仕事でも遊びでも、いつも何かをしていなければならないもの―― それが時間だという考えが、ひとつの観念にすぎないことが理解できる。

 ある人々は、この偏見に気づくことができない。時間とはスケジューリングされるものであり、オンならあらゆる予定を、オフなら"vacant"を隙間なく入れ、「消化」していくものだという人がいる。イベントに満ちた人生を送れるだろうが、この本は読むことすらできない。まず「あらすじ」を知りたがるだろうし。物語の起伏はあまり期待しないほうがいい、ゆっくりしているから。

 アフリカのコーヒー園を経営する著者が出合った人々、出来事がゆったりとした筆致で綴られている。見所のひとつは自然描写の美しさ。

サファリに出ていたとき、バッファローの群れを見たことがあった。百二十九頭のバッファローが、銅色の空の下にひろがる朝霧のなかから、一頭、また一頭と現れた。力強く水平に張りだした角をもつ、黒くて巨大な鉄のようなこの動物たちは、近づいてくるというよりは、私の目の前で創りだされ、過ぎさるというよりは、その場でかき消えるように見えた。
 キリンの優雅さを花弁にたとえたり、象の群れの決然とした様子をペルシャ織としてあらわしたり、著者は巧妙にアフリカの自然を切り取っている。

 アフリカの美しさだけではない。著者の農園に大打撃をあたえるイナゴの大群のエピソードは、その混乱をよそに非情なほど的確な書き口で描写されている。

襲来が最高潮に達すると、それは北欧のブリザードに似て、強風とおなじヒューヒューいう音がし、身のまわりにも頭上にも小さな硬い怒り狂う翼が飛びかい、日光をあびて薄い鋼の刃のように輝きながら、しかも太陽をさえぎってあたりは暗くなる。

 時系列になっていたり無視したり、こんな調子で語りつむぐ。いくらもしないうちに、著者はもうアフリカにはいないのだな、ということに気づく。そこの思い出をぜんぶ伝えたいという強い気持ちが伝わってくる。

 あまりに強い思い出なので、同じ出来事がくり返し形を変えて語られる。読み手はデジャヴを覚えながらもすでに聞かされた出来事を幾度も目にするうちに、ディネセンの思い出のいくつかは伝説になりはじめる。

 一人称で語られるにもかかわらず、「私」の細部はほぼ完全に無視されている。夫も子どももいるはずなのだが、登場するのはほんのわずか、しかも「夫」「子」と呼ばれるだけ。交友の大部分は土地の人々なのだ。

 彼女が語りたいこと全部に耳を傾けた後、解説を見てみよう。びっくりすることを請合う。省略された「細部」の大きさと重さが、彼女の土地の人へのやさしさを裏付けていることが分かるに違いない。この小説の本質を、訳者は見事に言い当てている。

この作品は、なにを書いたかとおなじくらい、なにを書かなかったかによって成りたっている

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