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首が切断されるでしょうwww「巨匠とマルガリータ」

巨匠とマルガリータ 現実と幻想が濃厚に融合している怪作。

 ケタケタ笑って読んでもいいし、いくら深読みしても耐えられる、軽薄かつ堅牢なつくり。小説としてしっかりしていれば、その容器(うつわ)に何を入れても許される好例だね。

 単なるファンタスティックに走り出さない。リアリズムからつかず離れず、一定の間隔をおいている。この距離感が絶妙なので、ナザレ人のイエスが蝿まみれになって死んでゆく様が異常なほど克明に見える。さらに、モスクワじゅうを大混乱に陥れる荒唐無稽さをたぐり寄せてゆくと、スターリン時代の恐怖がズルズル剥けだしてくる。

 この「つながっている」感覚は、映画監督ミヒャエル・ハネケ(カフカの「城」 で有名)のコトバを思い出す。

衝撃的な映像にマヒしている観客に、暴力をどう見せるかは問題ではない。問題は観客に、その暴力が自分とは無関係ではないことをいかに自覚させるかだ
 1930年から、さらにソビエト連邦から遠く離れた「いまここ」へ、波状攻撃がしかけられる。次から次へと連鎖するグロテスクなユーモアに笑い転げているわたしにチャンネルが合わさる。天井から降ってくる紙幣を追いかけて、ひっこ抜かれた首を探しまわり、裸のオンナたちが大通りを逃げ惑うさまを笑いのめす。無関係どころか、当事者の気分だ!

 これは「夢に出るリアル」だな。

 そして、名無しの主役、「巨匠」は、当然ながら著者ブルガーコフと重なる。粛清の嵐が吹き荒れていた時代だ。悪魔のセリフ「そんなはずはない。原稿は燃えないものなのです」がナイフのように光って尖っている。不遇をかこったブルガーコフの強烈な意趣返しが効く効く。訳者が高尚な解説をぶっているが、すまんな、そんな崇高な深読みはワケ分からん。書いたものの出版が認められなかったとはいえ、ブルガーコフは小説家だ。だから、小説で復讐を果たしただけなんじゃぁないかと。

 そうそう、みんなの大好きな裸エプロンのメイドも出てくるぞ。それだけではなく、全裸のメイドも豚に乗って飛び回るぞ。圧巻なのは全裸の魔女がモスクワの夜空を全力飛行するところ(裸女が多いが気にすんな)。非常に映像的で、疾走感覚あふれまくり、アドレナリンだかドーパミンを感じて、彼女と一緒にドッキドッキできる。ラストはずいぶん先なのに、もうカタルシスを覚える。

 この狂気(狂喜?)は伝染するぞ。

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