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人生を変えるのは恋と死。あるいは、ちょっとした行きちがい「ハワーズ・エンド」

ハワーズ・エンド 警告!本書に挟んである解説を読んではいけない。色紙のやつだ。

 編者の池澤夏樹氏が読書ガイドのつもりで書いており、あらすじや背景、おもしろがるポイントが紹介されている。ほとんど「さわり」だけなので、本文にとりかかる前に読んでいた――が、「ハワーズ・エンド」のやつはダメだ。重大なネタバレがあるから。

 自覚しているみたいで、ネタバレを書いた直後、池澤氏はこう続ける。

ぼくは先を急ぎすぎただろうか。ミステリで犯人の名を明かすようなことをしただろうか。しかし、この主題が正面に出てくるのは小説ぜんたいの半分まで行かないところだから、これは許していただきたい

 うはwwwおkwww、自分で分かってるじゃんwwwと噴きながら、もう一つの重大なバレも目にしてしまい、オレ涙目。そうかーあの人、死ぬんだー

 気を取り直して、彼が伝えたかったテーマを、バレ抜きで書いてみよう。この小説のテーマは、人と人との理解はいかに成り立つかを、さまざまな違い――階級、性、思想、格差、年齢――から描いている。上流階級のシュレーゲル姉妹と、実業家のウイルコック家、両家のつながりあいが、その中心軸になっている。

 一番てっとりばやいのは、男女の仲だろうね。だから最初の方でこんなセリフがある。

二人は恋仲にはなることができても、いっしょに暮らせない二つの違った型の人間だということなんですね。こういうことでは十中八九、自然の欲求と人間性が一致しないようなんですから
 このセリフは非常に予言的で、読み手は折に触れてここに戻りたくなる場面に飲み込まれる。同時に、このセリフはとっても象徴的でもあって、性を抜きにしても本書の勘所を巧妙に語っている。

 キャラクターが魅力的だと言われるが、登場人物が書き手を離れて勝手にしゃべって立ち回っている感じ。いや、著者のグリップから外れているわけではない。E・M・フォースターはちょっと距離をおいて暖かく見守っており、キャラ同士が交わした会話ネタにして、情景描写を演出するとこなんて、キャラへの愛すら感じられる。

 ただし、恋と死、それから偶然の行き違いについては、作者の作為性をびしびしと汲み取る。ある出来事をきっかけにして、両家の交流が遠のく日々が続く。有産階級の姉妹の日常がだらだら続くなぁと読んでて、ふと、次の警句が目を引く。

自分の名前というのは非常に遠くから聞こえるものである。
 ここから両家のつながりが脈を打ち始めるのだが、そこまでの出来事が伏線どころか主旋律だったことに気づかされる。その出会いは偶然でしかないのだが、仕掛けられた偶然だ。

 ここで小説家の御業を見てゾっとする。神は万能かもしれないが、小説家は登場人物を意のままに扱うことができない。だから、ちょっとした行き違い・偶然の出会いを仕組むことで、彼・彼女らを動かすのだ。

 読んでて気持ちがいいのは、フォースターがあちこちに埋伏させた格言や警句。これがいちいち唸るぐらいのデキで、しかもその本質どおりの展開となっているところ。警句が出てくるところは、物語が脈動するところだと思ってもよし。いくつか紹介しよう。

貧乏な人たちは自分が愛したい人たちの所まで行けないし、もう愛さなくなった人たちから離れることもできないんですから

自分以外の人間を信用するというのは金があるものだけに許された贅沢で、貧乏なものはそんなことをしてはいられないのである。

もしほうぼうの国の母親たちが集まれたならば、戦争はきっとなくなるのに
 カネにまつわる警句が多いのは、本書の主題でもあるから。金持ちと貧乏人がお互いに分かり合うためには、どのような努力を必要とするのか、あるいはそもそも不可能なのか? ラストで一つの答えを出している。

 最後に翻訳について。翻訳家として巨匠クラスの吉田健一訳なんだが、日本語が妙。「…は、…は、…が~」と主格を重ねたり、どう見ても It-that の強調構文を「それ」で直訳したり。英語というよりも日本語の貧弱さにひっかかった。

 だが、訳文でつまずいてたらもったいないぐらいの、いい話だ。会話に張られた伏線を手繰るのもよし、箴言拾いの場とするもよし、あるいは、「どうやって人と人とが分かり合えるか」をテーマとした、ラブストーリーとして読むのもいい。

 それぐらいよくできている小説。

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コメント

池澤夏樹さんの小説読んだことありますけど、とても鋭い繊細な方だと思います。そんな人でも、ネタバレなんて野暮なことするんですね。
ネット時代、思わぬところでネタバレを読んでしまうことが多くて困ります。(ビデオにとっておいたスポーツの結果とか。)

投稿: けん | 2008.06.30 06:44

>> けんさん

人により判断が大きくブレるところだと思います。

「ネタバレ? それを言うならラストの○○じゃ」という方もいれば、
そもそも小説のテーマを語っている時点でアウトという方もいるかと。

ただ、

池澤氏の解説を見ずに読み始めれば、
中盤の超展開にびっくりすることを保障します。

投稿: Dain | 2008.07.02 00:56

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