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ジョン・アーヴィング全部入り「また会う日まで」

 アーヴィングの最高傑作。全て読んできたが、これが一番。

また会う日まで上また会う日まで下

 ファンにとっては、ごほうびのような小説。アーヴィングの全部の要素が入っている。強い女性=母、不在の父、レスリング、痛みを伴うセックス、成功と死、偽装された過去、車椅子、機械仕掛けの神、そしてメインテーマである「家族の愛」 ―― 無いのは熊の剥製を着た女の子ぐらいww さらに、本線・伏線に自伝的要素が織り込まれており、アーヴィングその人の集大成といってもいい。amazon紹介は以下の通り。

   逃げた父はオルガニスト。
   刺青師の母は幼子とともに後を追って北海の国々へ。
   父を知らぬ息子は、やがて俳優になり――。最長最強の大長篇、待望の翻訳。

 ただし、アーヴィング初読にはオススメできない。上下巻で1000ページを超える濃密な仕掛けにギブアップするだろうから。あるいは、悲喜劇と箴言をシモネタで味付けした小説のつもりで読むならば、前半の展開を「だらだらした」と評するかも。

 じっさい、母→ジャック→父と続く構成の「長さ」には、ちゃんと理由があるんだ(もちろんジャックは著者ジョンと重ねてOK!)。その種明かしは、訳者あとがきで語られている。読み手を巻き込んだ「記憶の再生」の試みだと申し添えておこう。ただし、その理由の一つは、ちゃんと小説内で明かされている。

   感情に触れるものをひとつひとつ、時系列に
   そして、あまり先を急ぎ過ぎないように

 そう、過去を振り返るシーンは何度も何度も出てくる。カウンセリングのための「思い起こし」から、舞台や映画のワンシーンを「繰り返し演ずる」ところ、いっぱいに張られた写真をきっかけに、学生時代を次々を回想するところは、グッときた。過去と今が呼応しあう。ああ、あのエピソードは布石だったんだなーと、ジャックと一緒になって自分も思い出すんだ。それだけの長大な仕掛けを読ませてしまうのは、やっぱりスゴい。

 そして、アーヴィング一流の「死の接吻」。夢中になって読んでいると、登場人物をいつ死なせてやろうかと虎視眈々とするアーヴィングの視線とぶつかる。われながらイヤな読み手になったものだ。死の影が通り過ぎた後、過去ががらりと姿を変えることもある。同じ過去を受け入れる「いま」が変わることもある。死者が未来を創ってしまうところなんて、「サイダー・ハウス・ルール」のラストを思い出してじんとなる。

 もちろん、過去がおそいかかることもある。運命は未来からやってくるとは限らない。後になって知ることになる悲しい出来事は、過去から追いかけてくるものだ。「今はここにいない人」を恨めしく思ったり、裏切られた気持ちになったりする。舞台から映画俳優となるジャックが、読者の前でも「演技」をしているように見えるのは、過去に支配されているからだろう。

 過去を定義するいまと、いまを支配する過去、この繰り返しの感覚は、同じ旋律が複数の調べで順次現れるフーガのようだ。母に手を引かれた北欧の旅、「女の海」での成長譚、成功の物語、父を探す旅、そして… 何がメインテーマであるかぐらい言ってもいいだろう。これは「家族の愛」の物語。時系列に物語られてはいるものの、呼応する過去の出来事が「違う調べ」で「現在」に影響を及ぼす(この「現在」はジャックと"読み手"の両方の「現在」を指す)。読み終わってしまった(=全ての調べを聴いた)いま、母と父のそれぞれの思いが分かり、ジャックと同じように、穏やかな視線で見返すことができる。

 もうひとつ面白い点を。タイトルの"Until I Find You"、もちろんこれは、ある場所に記された「メッセージ」なんだけれど、この"You"は上下巻でまるで意味が違ってくるのがいい。さらに、全部読み終わって振り返ると、"You"とは、もう一人いることに気づく。わたしはこう読んだ:もちろん最初は「アリス→ウィリアム」で、次は「ジャック→ウィリアム」という意味なんだけど、もう一つ、父を探す過程で過去の母の本当の姿を「見つけ出す」ことでもあるんだ(『自分探し』という言葉を使ったら負けかと思ってる)。

もともと喜びも決断力も乏しい男なのよ、と母は言った。そういう男にアドバイスをする女が娼婦なのだ。女全般──または妻といったような一人の女──を理解しづらくなった男に、女をわからせてやる。ああいう男が決まり悪そうにしているのも、本来なら女房や恋人のような大事な内緒話のできる相手と話せばよかろうに、どういうわけか、そうはいかなくなっているか、そうしたくなくなっているからなのだ。心の「障壁」があるんだわ、とアリスは言った。男にとって女が謎になっている。もし本音をさらけ出すとしたら、わざわざ料金を払って、知らない女を頼るのだ。
料金というのは誰が誰に払うのか、と思っていたら、払うのは男だと母に教えられた。みじめな男の話を聞いてやるのは大変な仕事ではないか。母は明らかに娼婦に同情的だった。だからジャックもそうなった。母が男を軽蔑するらしいから、ジャックも男は嫌いだった。

 「ダメな男にアドバイスするのが娼婦の仕事」―― 物語の最初から最後まで(!)引っ張ることになるこの会話。4歳児のジャックの時代も興味深く読めたし、全部が分かった「いま」、改めて振り返るとと二重に面白い。アムステルダムの娼婦をオブラートに包む以外の理由で、なぜ、母がこんなことをジャックに言ったのかを考えるとね。さらに、この「アドバイス」を必要とする男にあてはめてみると、もっとね。

 どこを読んでも、過去の作品にあたる。ユニークでエロティックなエピソードや、淡々とぐんぐんと話が押し寄せてくる感覚も健在だ。作中作もちゃんとあるし(作中劇というべきか)。悲劇も喜劇もぜんぶひっくるめ、生きるということが書いてある。無いのは自動車爆弾ぐらいwww 本作は、いちばん、"彼らしい"小説なのかも。

 というわけで、アーヴィング好きには超をつけてオススメ。好きならとっくに手にしているだろうケド。

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