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数学ぎらいは幸せになれないか? 「生き抜くための数学入門」

生き抜くための数学入門 塾に行かせない方針だけど、読み書き算数は徹底している。できないと苦労するからね。

 しかし、これが「数学」になると文句が出るはず、「どうして生活の役に立たない数学を勉強しなきゃならないの?」ってね。もっともらしい小理屈はネットで探すとしても、とーちゃんが信じている理由は上手く表現できない。

 学校の数学の目的は、抽象化や論理的思考力を身につけることなんだが、そのまま言ってもハイそうですかと分かってもらえない。「考えるチカラ」なんて表現も納得しないな(自分が子どもだった頃を思い返してみよ!)。

 わたしの場合、数学の恩恵は常考レベルで染みわたっており、生活の端々でしみじみすることはない。帰納法は意識せず使うし、問題解決の基本「仮説検証プロセス」は公理→定理の導出そのもの。教養書の数式の鮮烈さにドキドキすることはあっても、「そのため」の勉強だと言っちゃうと逆効果だろう。

 ちょうどいい本が、よりみちパンセから出ていた→「生き抜くための数学入門」。中高生をターゲットにして、分かりやすく「数学とは何か」を説明している。

 著者にいわせると、数学はナイフのような基本的な道具なんだそうな。その役割は二つ。

  • 抽象的な、見えないものを「見る」
  • 見えないものについて、「だから」「どうして」「どうなる」を考える
 人は目に見える現実の中だけで生きているわけではなく、抽象的な概念を用いて思考をしている。たとえば、「権利」や「リスク」といった言葉は、具体的な対象を指し示さないが、同じ文化や言語の中で共有されている。

 著者は、こうした見えないものについて「だから」「どうして」「どうなる」を考える重要性を強調する。抽象的な概念を論理的に考え、比較検討できなければ、「この社会で幸せになる確率は相当に低い」とまで言いきる。

 たとえば「コスト」。ちょっと遠いけれど、安いと評判のスーパーへでかけることを考える。そのコストは交通費だけでなく、「時間」にまで目を向けられるか? 遠くのスーパーへ「でかけること」そのものが楽しみになっているのであればいい。しかし、ただ「安いから」というのが理由なら、結果的に損となる可能性が大だという(100均ショップも同じことが言えるね)。

 このように、ちょっと学校から離れた場所から数学の目で問いかけてくる。もちろんこれは孔明の罠で、「そんなの知ってるよ」とか「へーそうだったんだ」とつられて先を読むと、ちゃんと数学の授業になっている仕掛け。

 さらに、なーんだ中高生向けか、なんてタカ括っていると、ネイピア数やゲーデルまで連れて行かれる(その手並みは鮮やか!)。ショックだったのは、あれほどおなじみだった「自然数」に裏切られたとき。次の質問は、まちがいに見えるんだが…

   「2のn乗はいつも自然数になるとは限らない」
   これは正しいですか?

小学生レベルの限定された数理体系しか共有していない宇宙人に、これを説明しようとすると、正しくないことを証明できないことに気づかされる。さらに、その先の論理の限界まで言及されたとき…ゲーデルが出てくるんだが、数学好きなら相当ショックを受けるんじゃぁないかと。そんな読者を見越してか、書き手はフォロー(というか開き直り?)を入れる。

   でも、だからといって、どうだというの? と私はあえて言いたいのです

曰く、人間の論理の限界を正確な形で示したのは、数学の仕事だと。逆説的だが、数学のおかげで「複雑さ」への耐性を身に付けることができるんだという。本書を読み終わるころには、昔学んだ数式そのものよりも「どうやって数学という道具を使うか」について考えを新たにしているだろう。

 子どもが「どうして数学なんて…」と言い出したら渡そう。ラストの「挑発」にどう反応するか、楽しみだ。以下の目次で推して知るべし。

  1. そもそも、それってなーに?
  2. かけ算を宇宙人に教えよう
  3. 数学的な構えをチェック
  4. 俳句の可能性は無限大か?
  5. 億万長者になる方法
  6. 国語と数学のふかい関係
  7. 数直線は変な線
  8. 四角形って何だっけ
  9. ゲームを定義する
  10. かけ算の筆算ははぜ正しい?
  11. 累乗のこわさとおもしろさ
  12. あんなグラフ、こんなグラフ、どんなグラフ?
  13. 計算できない関数
  14. みんなだいっきらいな三角関数
  15. 博士の愛した数式に挑戦
  16. 数学があきらかにするもの

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コメント

未読ゆえまだ論評できないのですが、
>「2のn乗はいつも自然数になるとは限らない」
> これは正しいですか?
これ、n∈Whatによってtrivialになっちゃいますよね。
たとえばn=-1はOk?
Dan the Mathphilia

投稿: | 2008.01.14 00:31

おなじく未読ですが。
nが自然数の場合でも、2のn乗はいつも自然数にはならないのが不思議なところなんだと思います。
自然数と実数を一対一対応させることができないことを証明するのに使う対角線論法を使うと、2のn乗と自然数も対応できないとなって頭がくらくらする感じが味わえます。
同じような考え方で、自然数を表記するのに必要な桁が無限に必要だとすると実数と対応出来てしまうというような矛盾がでるので、それでは有限の桁で全ての自然数が表記できるのかというと…。

投稿: ROYGB | 2008.01.14 00:55

>> 弾 さん

  あうあー、定義書いてなかったですね、すみません

  「(究極の分からずやの)宇宙人に教える」という流れだったので、
  おそらくnは自然数になるかと。

  で、議論は ROYGB さんのコメントになるわけで…


>> ROYGB さん

  (弾 さんのコメントより続く)… で、n が自然数なのは正解です、
  対角線論法を跳んでゲーデルへ行きます。そして、

     > 有限の桁で全ての自然数が表記できるのかというと…。

  ここがわたしにとって「ガ━━(゚Д゚;)━━ン!」とヤられたところです。
  未読なのに、全く同じ流れを汲んでいるのが面白いですね

投稿: Dain | 2008.01.14 02:43

>ROYGBさん.
>自然数と実数を一対一対応させることができないことを証明するのに使う対角線論法を使うと、2のn乗と自然数も対応できないとなって頭がくらくらする感じが味わえます。

対角線論法使えませんよ. 綺麗に一対一対応が付けられるのでダメ.

投稿: 186 | 2008.01.14 11:12

社会に出て思うのだが、初めて経験する問題、解決方法がわからない問題に直面すると、頭がパニックになって何をしていいのかわかんなくなる人が結構多い。
どんなに難しい問題でも、徹底的に細分化して、できることとできないことに分け、あらゆる状況を想定できれば、パニックになることはない。

数学ができない人はこれができない。「あなたバカですか?」という言葉が出てきそうになるけど、本人は一生懸命なので、むげにもしたくないんだよね。

投稿: | 2008.01.14 15:39

2の自然数乗が自然数であることを証明するためには、ある自然数xの2倍が自然数であることを証明すればよく、自明であるように思えるけどそうではないのかな?

ちなみにRYOGBさんのコメントはひどい。でたらめ。生半可な知識でコメントしないほうがいいですよ。

投稿: | 2008.01.14 15:50

>> 186 さん

  ツッコミありがとうございます
  以下の記事も興味深く読ませていただきました…

    2の自然数乗は自然数か?
    http://d.hatena.ne.jp/smoking186/20080114/1200275999

  …が!悲しいかなわたしのアタマで理解するには勉強不足過ぎます
  そこで、著者と出版社に問い合わせました
  追ってエントリしますので、お待ちください


>> 名無しさん@2008.01.14 15:39

    > 初めて経験する問題、解決方法がわからない問題に直面すると、
    > 頭がパニックになって何をしていいのかわかんなくなる人

  あー、それオレオレ、オレっす


>> 名無しさん@2008.01.14 15:50

  生半可な知識で書いているのは、わたしです
  いろいろな人からコメントいただいているので、
  「ひどい」とか「でたらめ」はわたしだけに付けて下さいね

  本書では「2^nが大きすぎる数になり、自然数か否か確認できない」と
  述べられていますが、勉強不足のわたしはキチンと説明できません
  著者に問い合わせしてます

投稿: Dain | 2008.01.14 23:37

例の裏の意味をようやく理解しました.

キーワードだけ残しておきます.
ゲーデルが不完全性定理を示したときに仮定したω無矛盾性の話なんですね. ω無矛盾性を定義するために, ω無矛盾性を納得出来ない宇宙人を出して説明しようとしているわけですね.

投稿: 186 | 2008.01.15 17:15

著者である新井紀子さんに伺ったところ、わたしの解釈が誤っていたことが分かりました。超お忙しい中レクチャーしていただき、大変感謝しています。

まず、「任意の自然数nに対して、2^nは自然数である」は、正しい命題です。

わたしが誤っていた点は、(限定された数理体系の)宇宙人との問答であることを理解していなかったことに尽きます。宇宙人は地球にきたばかりで、足し算掛け算の小学生レベルの数理体系しか身につけていません。従って数学的帰納法は知らない、という前提です。

以下、新井さんの許諾を得て、メールの一部を転用します。

 > さて、本文の266ページをもう一度よくお読みください。
 > 「じつは、中学1年の2のn乗が出てくるところまで(の知識と方法論)では、
 > 宇宙人の言っていることを否定することはできません」
 > とあります。つまり、
 > 「小学校までの自然数に関する「ナイーブな理解では」」
 > 宇宙人が十分に納得できるような反駁はできない、ということです。
 >
 > 小学校までの算数・数学では、数学的帰納法を学んでいません。
 > 数学的帰納法というのは、
 > 1.A(n)という数学的命題がn=1のとき正しい。
 > 2.任意のnについて、A(n)が正しいと仮定するなら、A(n+1)も正しい。
 > 以上の2点が証明できたなら、任意の自然数にnについてA(n)が正しい。
 > というもので、自然数の公理のひとつです。
 > これは高校で習いますが、実はこのときにも問題があります。「数学的命題」
 > とはなんであるかが、曖昧なままだからです。
 > 「数学的帰納法を使えば簡単に宇宙人に反駁できる」と主張されている方
 > たちは、実は、かなり広範な数学的命題に対して数学的帰納法を適用しています。
 >
 > さて、宇宙人がなぜ、2^nが常に自然数になるとは限らない、といったか。
 > 想像するに、この宇宙人は、この数学的帰納法が適用される「数学的命題」の範囲を、
 > 「足し算、かけ算と=と大小で書くことができる数式」
 > あるいは、それに毛の生えた範囲に限定して考えていたのでしょう。
 > これだと、2^nが常に自然数になることを証明できません。


本書が不正確であるという印象を受けた方がいらっしゃるのであれば、それは100% わたしの勉強不足・説明不足です。微妙な問題を分かりやすく(かつ誤りのないように)伝えていることは、実際に読んでいただければ明白になります。

ご指摘いただいた弾さん、ROYGB さん、186さん、名無しさん、ありがとうございます。自信もって説明できるよう、精進します。

投稿: Dain | 2008.01.16 00:33

本日読了、いやぁ面白いですね。もちろん此処に書き込みされている方々のようにゲーテル(ヘーゲルじゃないのね(汗))も解らないし、本書の内容も完全理解できてません。本書の登場人物で言えば「ロックな豚」に性格が似ている僕にはまだまだ解らないことだらけ。んでも面白かった。

何が?

数学で出来ることと、出来ないことがあるって事。そして数学がどうやら暗号解読作業ツールなんじゃないかなって思えたこと。学生時代、公式の暗記とパターン解法で全く面白みを感じなかった自分には、衒学としてでなく実学として興味湧きました。チャート式、買っちゃいましたから、この年になってまた(笑)

補遺
いま『5分で楽しむ数学50話』という本を読んでいますが、少し話の流れが似ていてる気がしました。やっぱり学者や識者が初心者向けに話す話題ってのは似通う傾向なんでしょうか?この本もDainさんに読んでもらって感想が聞きたいとこです。

投稿: th | 2008.01.17 01:29

やっぱり、そういう、自然数の公理系の話でしたか。
帰納法が使えないと、自然数の定義に苦しみますし。使うと、最後には、ゲーデルの不完全性定理に行ってしまうんですよね。

横道ですが、ゲーデル繋がりで、チャイティンの「メタマス」を読んでます。不完全性定理に全く別の証明(厳密な証明は百数十ページのlispプログラムになりますが、『入力より大きな有意味な出力は出ない』のイメージでいいかと)を与えた、著者の仕事の概要なら、この本(と「セクシーな数学」)で十分ですし、著者の人生/数学/哲学を語る本でもあるので、熱いし、面白いです。

投稿: 金さん | 2008.01.17 10:45

>> th さん

   > 数学で出来ることと、出来ないことがある

 ああ、たしかに
 「限界が分かる = 知ることができる世界を定義する」ですから
 その一方で限界をうちやぶる数学が生まれ出ているわけで
 「5分でたのしむ数学50話」はちょっと興味わきました
 オススメありがとうございます、手にとってみます


>> 金さん さん

 すみません、「前提」をカッとばしていため混乱させてしまったようで
 チャイティンは「数学の限界」を強力にオススメされて手にしたものの、
 これっぽっちも理解できず爆発しました
 「セクシー」の方が無難だったかも

投稿: Dain | 2008.01.18 22:58

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受信: 2008.01.14 20:55

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