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他人の悪夢を強制的に見る「バッド・チューニング」

バッド・チューニング 旧聞に属するが「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」をご存知だろうか?

 ネットストーキングの典型と片づけることは簡単なんだが、わたしが恐ろしいと感じるのは、「最初はフツーだった」こと。ちょいヲタな女のコの凶気に気づいたときには手遅れ。異常行動もさることながら、「まさか」が現実化するプロセスは恐怖そのもの。

 「バッド・チューニング」を読んでいて、同じ恐怖を味わった。

 わたしが選ぶ「一人称の小説」には、たいてい罠があるので、用心して読み始める―― が、大丈夫みたい。トラップはなさそうだし、「私」はそれなりに信用のおける(ただし人としてサイテー)男のようだ…

 で、2日目の夜ぐらいに気づくわけだ。こいつはおかしい、と。血と糞尿とゲロとセックスが入り混じるのはいいとしても、その「話者」はちょっとヘンだ。

 いや、それ以前にも違和感はあるのだが、この糞野郎の性格なんだろうと合点して読み進む。フツーの電波野郎は許容範囲。ただ、「普通の電波」とはちょいとチューニングがズれていたかもしれないが…嘘で塗り固めた自尊心と、過去の「ある出来事」に蓋をする必死さがこっけいだ。

 それが、あきらかに狂っているのかも? と不安になる。オレサマ描写は過剰演出なのかゲス野郎の妄想なのか、それとも全くの現実なのか分からなくなる。そのときには戻れないぐらい没入している。

 読むのをやめることができない。

 狂ってるのは、どっちだ? ってね。

 いちばんスゴかったのが、肉塊婆との対決。安キャバレーのデブ年増に言い寄られるのだが、婆というよりジャバ・ザ・ハットというほうがピッタリの肉塊と死闘をくりひろげる。おぞましく爆笑しながら、下腹部をカタくするべし。ラストのデウス・エクス・マキナよりも、ここが読みどころだぜ(断言)。

 あと、スティーヴン・キングのネタが見え隠れしてて愉しい。ちょい悪趣味でかなり下品だが、キングフリークなら笑いのめすべし。

 たとえば、あちこち「シャイニング」ネタが散見されてるし、「キャリー」と「ランゴリアーズ」は作品名まで挙がっている。読中感覚は「ドロレス・クレイボーン」の告白体で、血まみれバットは"Redrum"のマレットだね。ラストなんて「ローズ・マダー」のバッド・エンド版だなぁ。だいたい冒頭の「頸から下の皮を剥かれた女の死体」なんて、ビジュアル的に「キャリー」そのもの。キング信者は吐き気をこらえつつ、残滓を探しながら読むべ。

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東大生はどんな本を読んできたか

東大生はどんな本を読んできたか 「東大生は、どんな本をオススメされてきたのか?」

 ひとつの答えは、[東大教師が新入生にすすめる100冊]にまとめた。

 では、次の質問はどうだろう。

 「東大生は、どんな本を読んできたのか?」

 うーん、生協書籍部のランキングが切り口か。でも本郷って古本屋が山ほどあるし、最近なら amazon というルートもあるからなぁ… なんだか難しい本を読んでるイメージがあるけれど、それってホント? に真正面から答えたのが本書。

 著者は東大図書館の「中の人」──なのだが図書館に限定せず、新聞や小説メディアや駒場・本郷の古書街、大学生協の書籍部から複眼的に調べ上げ、「東大生の読書文化」に迫っている。

 しかしながら、結論は、「さもありなん」というやつ。

 漱石からうかがい知る西洋小説の流行、マルクス主義、岩波による思想形成、朝日ジャーナルと少年キング、教養主義といった文化史がなぞられる。出てくる書名はあまりにも典型的なので、当時は読む本が決まっていて、ある意味ラクだったのかなと勘ぐる。

 小ネタも面白い。

 たとえば、「最近の若者は『小説』のようなくだらない本を読んで困る」の実例があった。東京開成学校の「書籍縦覧室」に設けられた利用規則によると、

第三条 縦覧室ヲ設ケ科外の書籍学術ノ新聞及ヒ和漢書類雑誌等ヲ備フ故ニ校内ニ於テ小説稗史ヲ閲スルヲ許サス(p.20、太字はわたし)

要するに書とは漢籍であり小説のたぐいは卑なる扱いを受けていたようだ。

 また、本郷の書店のサイドビジネスは、講義ノートの「プリント」…要するに試験のアンチョコだそうな。これがかなり盛況で、出版社を抱きこんで「書籍」にまで仕立てあげ、版権をめぐって裁判にもなったという。いま目クジラ立てられている[Happy Campus]なんて可愛いものに見えてくる。

 以降、年代順に「東大生が読んできた本」を追う。順位は適当なのでご容赦。

■1 戦時下は、いかにも知識人が読む本

 1939年、文部省によって調査された「感銘を受けたる書籍」に対する東大生の回答(p.140より)

  1. 麦と兵隊(火野葦平)
  2. 生活の探求(島木健作)
  3. キユリー夫人伝(E.キュリー)
  4. 人間(A.カレル)
  5. 大地(パール・バック)

 日中戦争さなかということもあって、兵隊モノがベストセラーだったそうな。当時のベストセラーリストと大差なく、同時代なものがよく読まれていたようだ――ただし、「愛読している古典は?」になると「万葉集」がダントツ。学徒出陣した者は「万葉集」を携えていったという話はホントらしい。

■2 戦後の読書傾向も、教養主義が

 1949年に入学した新制大学一期生の文一へのアンケート結果(p.179)から拾ってみると、

  1. 共産党宣言(マルクス・エンゲルス)
  2. 善の研究(西田幾太郎)
  3. カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー)
  4. 職業としての学問(ヴェーバー)
  5. チボー家の人々(デュ・ガール)

 ほぼ同票なので、順番は適当。教養主義の著作や古典と定番モノばかり。あとカミュ「異邦人」やロレンス「チャタレイ夫人の恋人」あたりがよく読まれていたそうな。

 1950-60の駒場生協ベストテンからピックアップすると、こうなる(p.194)。

  1. 論文の書き方(清水幾多郎)
  2. 日本の思想(丸山真男)
  3. 資本論(マルクス・エンゲルス)
  4. 我が生涯(トロツキー)
  5. 何でも見てやろう(小田実)

 ちょwww「資本論」www、大著だぞ。岩波文庫版が売れたそうだが、全部買ったら持って帰るのに一苦労しそう。こいつを「読もう」とするだけでもエラいなぁ。飾りとして買った人もいるだろうが、中には読み通した猛者もいたような。

 この時代、「愛読書」とされていたものは集中している。小林秀雄、倉田百三、和辻哲郎、夏目漱石、谷崎潤一郎、ハイデガー、ニーチェ、カミュ、サルトル、ドストエフスキー、パスカルあたりを押さえておけば「読書家」の顔ができる。いかにも「ブンケイ」だね。

 1960年代は全集ブームだったそうな。読むべき文学や思想は数十巻の全集にパッケージ化された教養として提供されていた。要するに「これだけ」読んでれば大きな顔ができたわけ。

■3 東大紛争が破壊したもの

 学生運動の必読文献として、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキー、宇野弘蔵、ゲバラが挙げられているが、割愛と。アカ系を外すと、時代性が見えてくるから面白い(p.211)。

  1. ガン病棟(ソルジェーニーツィン)
  2. 飢餓同盟(安倍公房)
  3. 「甘え」の構造(土居健郎)
  4. 日本人とユダヤ人(イザヤ・ペンダサン)
  5. 人間とマンボウ(北杜夫)

 読むべき本が決まっていて、何を読めばいいか選択に迷うことはなかった――そんな時代はここで終わる。先輩から後輩へ「これだけは読んどけ」という形で伝えられた読書の共同性は衰退しはじめる。

■4 銀杏バッジが消える頃に

 ちょうど内田樹センセが東大生だったころから、エリート意識が弱まり、読書傾向も大衆化していったそうな。東大生の徴である「銀杏バッジ」をつけない学生が増え、自分が東大生であることを隠すようになったという。岩波+全集による教養主義をやめ、同時代の人気作家を追いかける読書になる。

 1970-80年代で「東大生が好きな作家」といえば、筒井康隆、村上春樹、司馬遼太郎あたりに集中し、古典は全滅。例外的に、漱石とドストエフスキーが根強く残っている程度で、当時のベストセラーと完全に連動するようになる(p.239)。

  1. 竜馬がゆく(司馬遼太郎)
  2. ノルウェイの森(村上春樹)
  3. かもめのジョナサン(R.バック)
  4. 麻雀放浪記(阿佐田哲也)
  5. 小説吉田学校(戸川猪佐武)

 他に、ホイチョイ・プロダクション「ミーハーのための見栄講座」や、黒柳徹子「窓ぎわのトットちゃん」が駒場生協でベストセラーになってたのを知って噴いた。あ、いそいで付け加えると、もちろんわたし「も」飛びついたクチ。

 こうして時系列で見ていくと、読んでる本がずいぶんと「やわらかく」なっていくことが分かる。もちろん浅田彰やガルシア・マルケスがベストセラー入りすることもあったが、それもブームの一環としてあったんじゃぁないかと。

■5 じゃぁ、イマドキの東大生は?

 結局、エリート意識に支えられた教養主義が東大生の読書傾向を決めてきたといえる。その後、エリート臭が薄れるとともに大衆色の染め上げられてきたんだろう。あたりまえといえばアタリマエな結果になって、残念。アッと驚く実態があれば、紹介のしがいもあるというものなんだが…

 じゃぁイマドキの東大生は何を読んでるかというと… 東大生協の本郷書籍部の11月のベストセラー[参照]からテキトーに抜いてみた(順位もテキトー、為念)。

   1. 神と科学は共存できるか?(グールド、日経BP社)
   2. 戦争の経済学(ポースト、バジリコ)
   3. 大森荘蔵-哲学の見本(野矢茂樹、講談社)
   4. 走ることについて語るときに僕の語ること(村上春樹、文藝春秋)
   5. チーム・バチスタの栄光(海堂尊、宝島社文庫)
   6. 国家の罠(佐藤優、新潮文庫)
   7. カラマーゾフの兄弟(ドストエフスキー、光文社古典新訳文庫)
   8. 生物と無生物のあいだ(福岡伸一、講談社現代新書)
   9. ビル・ゲイツの面接試験(ウィリアム・パウンドストーン、青土社)
  10. 刀語(西尾維新、講談社)

 大衆化に走っている部分と、教養を目指すトコ、村上春樹の影響と、ドストエフスキーの根強い人気の全部が見えるリストになった。なんでもアリになったからこそ、選ぶ苦労が十割増になったのが現代なんだろう。

 そういえば、池澤夏樹の世界文学全集が売れているという。ラインナップを見る限り、ずいぶん「冒険」もしているが、「パッケージ化された教養」の復権なんだろうかね。

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