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最も古い「最近の若者は…」のソース

 「近頃の若いやつときたら…」という枕詞は、「なっとらん」と続き、さらに「わしが若い頃は…」と説教モードになる。これは「たらちねの→母」や、「とりあえず→ビール」と同様、慣用句として扱われるべき。したがってこの場合は、「母」や「ビール」と言いたいように、「わしが若い頃は…」と自慢話がしたいだけ。

 そんなジジイババア連中も、「若いやつ」だったときがあり、その当時は、やっぱり「最近の若者は…」とやり玉に挙げられてた。そして、耳に痛い「なっとらん」部分を更生しないまま、オッサンになり、ジジイになる、オバサンになり、ババアになる。

■昔から言われていた「最近の若者は…」

 変わったのはツラの皮の厚さだけという爺婆に向かって、「そのセリフ、大昔から言われてたんですよね」なんて返すと、途端に防御の姿勢をとる。自分がそう言われていたことと、その「欠点」がエエトシこいても直っていないことに思い至るのか、顔を真っ赤にして「そんなの根拠のない言い伝え、都市伝説だよ」と怒り出す。

 こっちは、「お互いサマですね」なんて含意を込めて言っているだけなのに、「誰がそんなコトいってる? 出典は?」ケンカ腰で詰め寄る。トシ取ると被害者意識が拡大するのか、それとも、いま目の前の人だけがそうなのかは、分からない。

 そこで調べた結果を公開する。

 ちなみに、調べた方法は図書館のレファレンスサービスで、google先生ではない。ネットには「質問の残骸」はあるが、今のところ、以下の文献までたどり着いていないようだ。似たような問いが発せられた場合はこのエントリを思い出してほしい。

 切り口は、2つある。一つは、 古代ギリシアの哲学者が言ったというもの。もう一つは、エジプトで発掘されたというもの。

■ソース1 : プラトンの「国家」

 ひとつめ、プラトンの著書にこうある。出典は「国家」(第八巻)560C-561Bで、「プラトン全集11巻」(岩波書店,1976)のp.604より引用している。太字はわたし。

「そうなると、この青年はふたたびあの蓮の実食いの族の中に入って行って、いまや誰はばかるところなく、そこに住みつくのではないかね。そして、身内の者たちのところから何らかの援軍が、彼の魂のけちくさい部分を支援しにやって来ると、あのまやかしの言論たちは、この青年の内なる王城の壁の門を閉ざしたうえで、その同盟軍そのものも通さないし、年長者が個人的に彼に語る言葉を使節として受け入れることも拒み、自分たちも闘って勝つことになる。こうして、<慎み>を『お人好しの愚かしさ』と名づけ、権利を奪って追放者として外へ突き出してしまうのをはじめ、<節制>の徳を『勇気のなさ』と呼んで、辱めを与えて追放し、<程のよさ>と締りのある金の使い方を『野暮』だとか『自由人らしからぬ賤しさ』だとか理屈をつけて、多数の無益な欲望と力を合わせてこれを国境の外へ追い払ってしまうのではないかね

 実は、プラトンの主張は単なる若者批判にとどまらず、もっと深い話になる。その辺の事情は以前のエントリに書いた→「たしかに、プラトンは「最近の若者は…」と言っていた、が…」。それでも、「若者が年長者の言葉に耳を傾けていない」ことを述べているように受け取れる。

■ソース2 : 柳田国男の「木綿以前の事」

木綿以前の事 ふたつめ、柳田国男の「木綿以前の事」(岩波文庫,1952)に収録されている「昔風と当世風」の1ページ目にこうある。

先年日本に来られた英国のセイス老教授から自分は聴いた。かつて埃及(エジプト)の古跡発掘において、中期王朝の一書役の手録が出てきた。今からざっと四千年前とかのものである。その一節を訳してみると、こんな意味のことが書いてあった。曰くこの頃の若い者は才智にまかせて、軽佻の風を悦び、古人の質実剛健なる流儀を、ないがしろにするのは嘆かわしいことだ云々と、是と全然同じ事を四千年後の先輩もまだ言っているのである。

 そのまんまじゃないか。四千年前から「近頃の若い者は…」と嘆くジジイがいたんだね。だから近頃のジジイが何か言っても気にすることはないよ――

 ―― と続けたいのは山々だが、最近の老人は小学生の主張で反撃する。曰く「何年何月何日何時何分何秒に言った?」というノリで「それは柳田の伝聞だ、二次情報だ、四千年前のソースをもってこい」という。さすがにそのソース名には至らなかったが、柳田が聴いたという「英国のセイス教授」まではたどれたので、次に記す。

■英国の「セイス教授」に訊け

 柳田が「昔風と当世風」の講演をしたのが1928年、その前年に来日した英国のセイスという教授は、アーチボルド・ヘンリー・セイス(Archibald Henry Sayce,1845-1933)という名前で、オクスフォード大学比較言語学、アッシュリア学教授で、広く未解読文字の研究を行っていたそうな(「外国人物レファレンス事典」日外アソシエーツ、「西洋人名辞典」岩波書店)。

 彼の著書のうち、日本に存在するものは以下の通り。


  • 「言語学」(セース著,上田万年・金沢庄三郎訳,金港堂,1898)1942復刻版あり
  • 「The dawn of Civilization :Egypt and Chaldaea」(G.Maspero著,A.H.Syce編,Society for Promoting Christian Knowledge,1897,1974)
  • 「Introduction to the science of language」A.H.Sayce著,K.Paul,Trench,Trubner&Co.Ltd,1900)
  • 「Pecords of the past:being English translations of the anciet monuments of Egypt and western Asia:new series」A.H.Syce編,S.Bagste,1888-1892)
  • 「The religion of ancient Egypt」A.H.Sayce著,T.&T. Clark,1913)
  • 「The Higher Criticism and the Verdict of the Monument」(A.H.Sayce著,London:Society for Promoting Christian Knowlege,1894)

 国会図書館、京都・熊本・東京神学・同志社大学で所蔵しているとのこと。イントロとして面白い話なので、どこかに書いてあるだろう。あとはヒマとパワーのありあまっている「最近の若者」に任せるとしよう。

 おっと大事なことを忘れていた。レファレンスの回答では、この本には載っていないよというリストがあったので、ついでに書いておく。無駄骨折りたくないからね。


  • 「古代エジプト文化とヒエログリフ」(ブリジット・マクダーモット著,産調出版,2005)
  • 「ヒエログリフを書いてみよう読んでみよう」(松本弥著,白水社,2000)
  • 「NHK大英博物館2」(吉村作治責任編集,日本放送協会,1990)
  • 「エジプト聖刻文字」(ヴィヴィアン・デイヴィス著,学芸書林,1996)
  • 「大英博物館古代エジプト事典」(イアン・ショー他著,原書房1997)

 さらにも一つ。日本においてエジプトの研究といえば、以下の機関とのこと。電凸するのも、やっぱり「最近の若者」に任せるとしよう。


  • 早稲田大学 総合研究機構 エジプト学研究所[参照]
  • 古代オリエント博物館[参照]

■まとめ : 最近のジジイどもは…

 プラトンのソースから、二千年前から「最近の若者は…」と言われていたことが分かった。また、柳田・セイスのソースから、おそらく四千年前から似たようなグチが垂れ流されていたようだ。

 ―― などと延々と述べても、最近のオッサンには響かない。馬耳東風。あまりにも昔なので、想像力が届かないらしい。「昔」というのは、自分の過ごしてきた時代のうちの過去を指すらしい。トシ取ると、視野というか思考の範囲が縮小するものなのか、それとも、いま目の前の人だけがそうなのかは、分からない。

 仕方がないので、このオッサンの入社年度を調べる。財団法人社会経済生産性本部の「新入社員のタイプ」[pdf]によると、「カラオケ型」と命名されたそうな―― 伴奏ばかりで他と音程合わず、不景気な歌に素直―― と、そのまま読み上げてやる。「そのまんまですね」というトドメは、武士の情けで言わない。

 「まったく、最近のオッサンは、人の話をちゃんと聞けない!」と嘆くいっぽうで、このセリフは天に唾だとしみじみ

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長門有希も笑う「文学全集を立ちあげる」

文学全集を立ちあげる 日本を代表する本読みのプロ、丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士の公開編集会議。「いま読んで面白いもの」を選考基準に、古今東西の名著名作をちぎっては投げちぎっては投げ!ちゅるやさんの言を借りれば、めがっさ面白いにょろ!長門さんに渡したら大笑いして読むに違いない(ああ、その笑顔を想像してニヤけるニヤける)。

 「今さらブンガク全集なんて…ま、丸谷氏の鼎談としてつまむか」とナナメ読み始めたらさァ止まらない。名にし負う古典をバッサリ!一方で艶笑譚やSF、スパイ小説まで吸い込む貪欲さ―― その思いっきり具合が愉しい。

 丸谷氏によると、世界文学全集という仕掛けは、なかなか具合がいいそうな。


  • 巻数が限定されていて、それでセットになっている
  • チームみたいに構成されているから、役割分担や時代、国もいろいろ含まれている
  • 制約された巻数によってキャノン(正典)を並べている

 つまり、一定の教養の場にいるなら、少なくともこれぐらいは読んでおく(読んだフリだけでもしておく)必要があるよ、というリスト。もちろん、文庫本でもキャノンはたくさん入っているが、選択の自由がきく代わりに自分で選ばなくちゃならなくて、茫漠としてて具合が悪い。その代わりに、「これがフルセット」といえるキャノンを読ませるための絶好の「容器」が文学全集というわけ。それだけ読めばOKというわけではないが、少なくとも入口はハッキリする。

 いっぽう、鹿島茂氏は、もっと実用的(?)な観点からイマドキの全集が必要だと言う。

僕は、一年間文藝時評をやったことがあって、その時、痛感したのは、新人作家がいっぱい出てくるんだけど、彼らがほとんど昔の文学作品を読んだことがないまま小説を書いていることでした。小説というものの本質、技術もなにも知らないで、いきなり新人賞でデビューする。そして、とりあえず自分のまわりのことを二、三作書くと、もう書くこともなくなって消えていってしまう。


 そして、もし小説の技法がわかっていれば、もっと伸びる才能があるはずで、そういう人のために、百冊の小説の骨法を学ぶプロのための文学全集があってもいい、とまで言い切る。ああ、激しく思い当たるよ。賞を奪ったはいいけれど、自分の劣化コピーを二度三度書いた挙句消えていく作家がいかに多いことか。

 教科書に出てくる由緒正しき古典も容赦なくコキおろす。書き手の暴露話から、笑えるウンチク話まで種種雑多。たとえば、「金瓶梅」にこんな裏話があったとは知らなかった。

これだけしつこくセックスを描いた小説はない。それなのに実に面白くて早く読める。一説には、作者が偽名を使って「金瓶梅」を書いたのは、父の仇に読ませて毒殺しようとしたためだという話がある。仇がページをめくる時に指をなめる癖があるので、紙に毒を染み込ませておいた。ところが、あんまり面白いので、毒が回るより早く読み終えて、失敗した(笑)


 爆笑したのが「存在の耐えられない軽さ」のクンデラのネタから引き出された小話。こういうの好きよ。

イギリスの批評を読んでたら、こんな一節があって、うまいなあと思ったの。「昔は何か猥本を読みたくなると、『さて、フランスの小説でも読もうか』と言ったもんだ。今はそういうときに、『さて、チェコの小説でも読もうか』と言わなければならない」という書き出しでクンデラを論じるのね。


 次いで日本文学全集。世界文学と異なり、わたしは日本文学をぜんぜん読んでいないことがよく分かった。読みたい本の新たな発見のみならず、積ン読ク山に埋めたまま長いこと忘れていた「読むべ本」の再発見もザックザク。たとえば、空海。日本史や倫理でしか知らなかったのが、非常にもったいないことだったことを三浦氏の「空海はディズニーランド」論で教えられる。

あの人は宗教の本質はディズニーランドにある、という人なんですよね(笑)。「三教指帰」を読んで、非常に面白かった。そのとき思ったのは、要するに和辻哲郎をもっと頭をよくして、ディズニーランドに対する親近感をもっと強くすれば空海みたいになるんだな、という感じ。(中略)空海ゆかりの寺によく胎内巡りというのがあるじゃないですか。あの胎内巡りというのは、暗闇の中に人を落っことして、真っ暗闇でほんとに怖いわけだけど、歩いていくとさっと明るいところに出る。で、また暗闇の中に行くと。あれはディズニーランドの根本ですよね(笑)。(中略)山のてっぺんまで連れて行って、断崖絶壁を覗かせるとか。それは要するに、今の世の中にいる自分の身体は虚構というか、仮のものなんだということを全身的に理解させるすごくいいやり方なんですよ。


 「三教指帰」読むことにけって~い!!(cv:夢原恵美)。

 イマドキの「原型」があちこちで言及されている。例えば、「世界の中心で愛をさけぶ」いわゆるセカイ系の最初として、武者小路実篤の「愛と死」が挙げられている。あるいは、ネカマの元祖として太宰治の「斜陽」における憑依的な才能が指摘されたり、コバルト文庫の第一冊目は川端康成だったなんて知らんかったよ!

 「なぜ、村上春樹を入れないか?」について延々とギロンされてて、そいつが面白い。コジツケというかムリヤリというか、妙なリクツを捏ねまわして、結局外してしまう。要するに、この3人は村上春樹が大嫌いなんだね… 日本文学として違和感があるが、世界文学の視野だとスッキリとするのでは。「世界文学全集にハルキ・ムラカミとして入れたら?」と提案したくなるが、それこそ彼らが最もイヤがる結末だろうなぁ。

 世界文学全集のリストは以下のとおり(日本文学は書籍をあたってね)。読みたいリストが尽きることはありえないが、積ン読ク山脈の谷間にざくざくと入れてみよう。

 そういや思い出した。

 池澤夏樹編集で世界文学全集出すよという告知は、正月の新聞で受け取ったが、はてさて、どうなることやら。blog「異国の客」やメルマガから窺う限り、あんまり忙しそうにしていない… このへんの伸びをウォッチしてますかな→「2ch:池澤編世界文学全集を予想するスレ[参照]

以下自分メモ。

世界文学全集巻立て一覧

■古代・中世
1.ホメロス 「イリアス」「オデュッセイア」
2.ギリシャ演劇集 アイスキュロス/ソポクレス/エウリピデス/アリストパネス
3.古代ローマ集 アプレイウス/ペトロニウス/キケロ/セネカ/アウグスティヌスほか
4.アラビアン・ナイト(バートン版)
5.ダンテ 「神曲」
6.チョーサー/ボッカッチオ 「カンタベリ物語」/「デカメロン」
7.中世文学集 「トリスタン・イズー物語」/「アーサー王物語」/「エル・シド」ほか

■イギリス
8~9.シェイクスピア 2巻 「ロミオとジュリエット」「夏の世の夢」「ハムレット」「リア王」「マクベス」「オセロ」「ソネット集」ほか
10.デフォー 「ロビンソン・クルーソー」「モル・フランダーズ」
11.スウィフト 「ガリヴァー旅行記」「桶物語」ほか
12.リチャードソン 「パメラ」
13.フィールディング 「トム・ジョウンズ」
14.スターン 「トリストラム・シャンディ」「センチメンタル・ジャーニー」
15.スコット 「ロブ・ロイ」「盟約」
16.ウォルポール/ベックフォード/シェリー/ルイス(十八世紀ゴシック小説集) 「オトラント城」/「ヴァテック」/「フランケンシュタイン」/「マンク」
17.ジェーン・オースティン 「高慢と偏見」「説きふせられて」
18~19.ディケンズ 2巻「荒涼館」「大いなる遺産」「オリバー・ツイスト」
20.C・ブロンテ/E・ブロンテ 「ジェーン・エア」/「嵐が丘」
21.ハーディ/コンラッド 「テス」/「ロード・ジム」「闇の奥」
22.ヘンリー・ジェイムズ 「ある婦人の肖像」「アスパンの恋文」「ねじの回転」ほか
23.E・M・フォスター/D・H・ロレンス 「インドへの道」/「チャタレイ夫人の恋人」
24.ヴァージニア・ウルフ 「ダロウェイ夫人」「灯台へ」「オーランドー」
25~26.ジョイス 2巻「ユリシーズ」「若い芸術家の肖像」
27.オルダス・ハクスレー/オーウェル 「すばらしい新世界」「ガザに盲いて」/「1984」ほか
28.K・マンスフィールド/ボウエン/マードック 「園遊会」ほか/「パリの家」/「鐘」
29.ウォー/G・グリーン 「大転落」/「権力と栄光」
30.ゴールディング/シリトー/オズボーン 「蝿の王」/「長距離走者の孤独」/「怒りをこめてふりかえれ」
31.フラン・オブライエン/バージェス 「スウィム・トゥー・バーズにて」「ドーキー古文書」/「時計仕掛けのオレンジ」「その瞳は太陽に似ず」

■フランス
32.ラブレー 「ガルガンチュワ物語」
33.ラ・フォンテーヌ/ラ・ロシュフコー/パスカル 「寓話集」/「箴言集」/「パンセ」
34.モリエール/コルネイユ/ラシーヌ 「人間嫌い」「タルチュフ」「守銭奴」/「ル・シッド」/「フェードル」「アンドロマック」
35.ラファイエット夫人/アベ・プレヴォー/コンスタン 「クレーヴの奥方」/「マノン・レスコー」/「アドルフ」
36.ディドロ 「運命論者ジャックとその主人」「ラモーの甥」「修道女物語」「ブーガンヴィル航海記補遺」
37.ルソー 「告白」
38.ヴォルテール/ラクロ 「カンディード」/「危険な関係」
39.スタンダール 「赤と黒」「パルムの僧院」
40~41.バルザック 2巻「ゴリオ爺さん」「幻滅」「娼婦の栄光と悲惨」
42~43.ユゴー 2巻「レ・ミゼラブル」
44~45.デュマ 2巻「モンテ・クリスト伯」
46.メリメ/ミュッセ/デュマ・フィス 「カルメン」「コロンバ」「マテオ・ファルコーネ」/「世紀児の告白」「ミミ・パンソン」「フレデリックとベルヌレット」詩集/「椿姫」
47.フロベール 「ブヴァールとペキシュ」
48.ゾラ 「居酒屋」「パリの胃袋」「ボヌール・デ・ダム百貨店」
49.モーパッサン/ドーデ 「ベラミ」「女の一生」/「サッフォー」「月曜物語」
50.ボードレール 「悪の華」「パリの憂鬱」評論ほか
51.マラルメ 「半獣神の午後」ほか 詩と評論
53.ジイド/ピエール・ルイス/ヴァレリー 「法王庁の抜け穴」/「ビリティスの歌」「シェリ」ほか
54~57.プルースト 4巻「失われた時を求めて」
58.コレット 「学校のクロディーヌ」「クロディーヌの家」「シェリ」ほか
59.クローデル/モーリアック/ジュリアン・グリーン
60.セリーヌ 「夜の果てへの旅」「なしくずしの死」
61.サルトル/カミュ 「嘔吐」「一指導者の幼年時代」「水入らず」/「異邦人」「ペスト」
62.コクトー/ラディゲ/ジャン・ジュネ(堀口大學訳) 「恐るべき子供たち」/「ドルジェル伯の舞踏会」/「花のノートルダム」「「薔薇の奇跡」
63.クロード・シモン/ロブ=グリエ/ビュトール 「フランドルへの道」/「嫉妬」「快楽の館」/「心変わり」
64.シュールレアリスム集 ブルトン/アラゴン/エリュアール/デスノス/レーモン・クノー/シュペルヴィエルほか

■ロシア・ドイツ
65.プーシキン 「エヴゲニー・オネーギン」「大尉の娘」「スペードの女王」「ボリス・ゴドゥノフ」
66.ゴーゴリ 「死せる魂」「ディカーニカ近郷夜話」「外套」ほか
67~68.ドストエフスキー 2巻「悪霊」「罪と罰」
69.トルストイ 「アンナ・カレーニナ」
70.ツルゲーネフ/ハイネ 「猟人日記」/「パリ日記」詩
71.チェーホフ 「桜の園」「かもめ」「ワーニャ伯父さん」ほか
72.ソログープ/ブルガーコフ 「小悪魔」/「巨匠とマルガリータ」
73.ベールイ/ゴーリキ 「ペテルブルグ」「銀の鳩」/短篇集
74.ソルジェニーツィン 「収容所群島」
75~76.ゲーテ 2巻「ファウスト」「若きウェルテルの悩み」詩
77.シラー 「群盗」「たくみと恋」「ヴィルヘルム・テル」ほか
78.ジャン・パウル 「巨人」「ヘルスペス「彗星」ほか
79.E・T・A・ホフマン 「黄金の壷」「悪魔の霊液」
80.ニーチェ 「ツァラトゥストラはかく語りき」「悦ばしき知識」ほか
81.リルケ 「マルテの手記」詩と評論
82.デーブリン 「ベルリン・アレクサンダー広場」
83.カフカ 「城」「変身」「審判」「アメリカ」
84.ホフマンスタール/ムージル/ロート 「影のない女」「アンドレアス」「ばらの騎士」/「特性のない男」/「ラデツキー行進曲
85~86.トーマス・マン 2巻「魔の山」「詐欺師フェーリクス・クルルの告白」
87.ギュンター・グラス 「ブリキの太鼓」ほか

■アメリカ
88.ポー 「モルグ街の殺人」「アッシャー家の崩壊」「黄金虫」「黒猫」詩ほか
89.メルヴィル 「白鯨」「書記バートルビ」
90.マーク・トウェイン 「ハックルベリー・フィンの冒険」「トム・ソーヤーの冒険」
91.ヘンリー・ミラー/アナイス・ニン 「北回帰線」「南回帰線」/「アナイス・ニンの日記1931~34」
92.フォークナー 「八月の光」「アブサロム、アブサロム!」
93.ヘミングウェイ/フィッツジェラルド 「我らの時代」「男だけの世界」/「偉大なるギャツビー」
94.オニール/テネシー・ウィリアムズ/アーサー・ミラー(アメリカ戯曲集)
95.イーディス・ウォートン/カーソン・マッカラーズ/フラネリー・オコーナー(アメリカ女性作家集)
96.サリンジャー/カポーティ/ブローティガン/カーヴァー(アメリカ短篇集)

■その他
97.セルバンテス 「ドン・キホーテ(正篇・続篇)」
98.マンゾーニ 「いいなづけ」
99.イプセン/ワグナー 「人形の家」/「ニーベルングの指輪」「タンホイザー」
100.ユイスマンス/ワイルド 「さかしま」「彼方」/「ドリアン・グレイの肖像」「サロメ」
101.ズヴェボ/ラルボー/ベケット 「ゼーノの苦悶」/「めばえ――アンファンティヌ」「バルナブースの日記」/「モロイ」「ゴドーを待ちながら」
102.ブルーノ・シュルツ/ゴンブローヴィチ 「肉桂色の店」/「フェルディドゥルケ」「バカカイ」
103.ジロドゥ/ガルシア=ロフカ/ブレヒト 「トロイ戦争は起こらない」/「血の婚礼」「イェルマ」/「三文オペラ」
104.モラーヴィア/ブッツァーティ/パヴェーゼ/カルヴィーノ 「孤独な青年」/「タタール人の砂漠」/「故郷」/「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」
105.ユルスナール/デュラス/アイリス・マードック 「ハドリアヌス帝の回想」/「愛人(ラマン)」「モデラート・カンタービレ」/「鐘」
106.クンデラ/ミシェル・トゥルニエ 「存在の耐えられない軽さ」ほか/「フライデーあるいは太平洋の冥界」「赤い小人」
107.ボルヘス 「短篇集」
108.ガルシア=マルケス 「百年の孤独」
109.カルペンティエール/バルガス=リョサ 「この世の王国」/「フリアとシナリオライター」
110.唐宋詩集
111~112.金瓶梅 2巻
113~114.紅楼夢 2巻

■周辺の文学
115.サド/レチフ/ジョン・クレランド(十八世紀ポルノ小説集) 「ジュスティーヌ、または美徳の不幸」/「ムッシュー・ニコラ」/「ファニー・ヒル」
116.ドイル/ウェルズ 「ジャーロック・ホームズ」シリーズ/「タイムマシン」
117.ザミャーチン/チャペック/レム 「われら」/「R・U・R(ロボット)」/「ソラリスの陽のもとに」
118.ハメット/チャンドラー 「さらば愛しき女よ」「大いなる眠り」/「マルタの鷹」ほか
119.ヴェルヌ/ルブラン/シムノン 「地底旅行」「八十日間世界一周」「十五少年漂流記」/「奇巌城」/「メグレ警視」シリーズ
120.バカン/アンブラー/ル・カレ(スパイ小説集) 「三十九階段」/「あるスパイの墓碑銘」/「寒い国から帰ってきたスパイ」
121.チェスタトン/ハイスミス/アルレー 「木曜の男」/「見知らぬ乗客」「太陽がいっぱい」/「わらの女」
122.ブラッドベリ/ヴォネガット/ディック/バラード 「火星年代記」/「スローターハウス5」/「高い城の男」/「結晶世界」
123.童話集 イソップ/ペロー/グリム/アンデルセン/サン=テグジュペリ
124.少年小説集 マロ「家なき子」/ウィーダ「フランダースの犬」/ルナール「にんじん」/アゴタ・クリストフ「悪童日記」/ストーカー「ドラキュラ」/コローディ「ピノキオ」
125.少女小説集 オルコット「若草物語」/モンゴメリ「赤毛のアン」/バーネット「小公子」「小公女」/スピリ「アルプスの少女」ほか
126.ルイス・キャロル/エドワード・リア/アルフレッド・ジャリ 「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」/「ナンセンスの絵本」ほか/「ユビュ王」
127.ユーモア文学集 バーナード・ショー「ピグマリオン」/ジュローム・K・ジュローム「ボートの上の三人男」/ウッドハウス「ジーヴス物語」/マルセル・エーメ「壁抜け男」
128.ナボコフ 「ロリータ」「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」ほか
129.レアージュ/マンディアルグ/バタイユ 「O嬢の物語」/「みだらな扉」/「マダム・エドワルダ」
130.ロマン派詩人集 コールリッジ/ノヴァーリス/ラ・マルチーヌ/ユゴー/ワーズワースほか
131.モダニズム詩人集 イエーツ/アポリネール/エズラ・パウンド/エリオット/オーオデンほか
132.歌謡集 ジョン・レノン/ボブ・ディラン/オクジャワ/プレヴェール/ブラッサンス/レオ・フェレほか
133.批評集 アリストテレス/サミュエル・ジョンソン/ヘルダー/サント・ブーヴ/バシュラール/エドマンド・ウィルスン/ロラン・バルト/ドゥルーズ/フーコー/デリダほか

 「○○が入ってないじゃん!」とか「この作家なら△△を入れないとウソ」というツッコミは、本書でお確かめあれ。必ず理由(こじつけともいう)がありますぞ。

 当然このリストから派生して読みたい本が雪ダルマ式に積みあがる(このリストから連想する書籍群だけで大山脈と化す)。そして、あたりまえだがこれは世界文学全集であり、日本のソレを含めると200巻をゆうゆうと超す。

 当分というか一生、読む本に困らないだろうな。じゃぁここらでいつものやつ、いってみようか→ああ、読んでない、読みたい本がこんなにあるしあわせ

 いただきます

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実践しなきゃ、意味がない「アイディアのつくり方」

アイディアのつくり方 自分への戒めとして書く。優れた方法は、マネして→習慣化→血肉化してこそ意味がある。付せん貼ってブックマークして終わりなら、読まなかったことと同義。「いま」「すぐ」動かなければ、タタミの水練以下。JUST DO IT

 「一時間で読めて一生役立つアイディアの作り方」という惹句どおり、確かにシンプルで強力な方法だ。しかし、こいつを愚直に実践していくことはかなりの努力を要する。そのエッセンスはこうだ――

  1. アイディアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない
  2. アイディアの作成は、車の製造工程と同じように、一定の流れ作業の過程であり、習得したり制御したりできる操作技術によってはたらく←「技術」なんだから鍛錬によって身につくことがポイント
  3. 既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性を見つけ出す才能に依存するところが大きい
  4. アイディアの作成は、次の五つの段階を経る。どれも飛ばすことも省略することもできないし、必ずこの順番になる←これ重要
    • 第一段階 : 資料集め―― 当面の課題のための特殊知識と、一般的知識の貯蔵から生まれ出る知識
    • 第二段階 : 第一段階で得た資料に手を加える(←わたしにとっては、ここが最重要)
    • 第三段階 : 孵化段階。意識の外で何かが自分で組み合わせの仕事をやるのにまかせる
    • 第四段階 : アイディアの実際上の誕生(ユーレカ!分かった!)
    • 第五段階 : 現実の有用性に合致させるために最終的にアイディアを具体化し、展開させる
  5. 「言葉」それ自体がアイディアであることを忘れがち。言葉は人事不省に陥っているアイディアであり、言葉(セマンティックス)をマスターすることでアイディアは息を吹き返す

 わたしにとって、耳に痛いのは第二段階。情報を集めることは好きなんだが、それだけで満足してしまっている。集めた情報を吟味して、新たな組み合わせや関係を見出すための試行錯誤をやってない。あたかも、情報は集めておくだけで勝手に発酵するものだと思い込んでいるきらいがある。

 しかし、この蔑ろにされがちな第二段階こそ、わたしにとって重要なタスクであり、筆者によると、心の触角とでもいうべきもので一つ一つ触ってみるのだという。そして、一つの事実を取り上げて、それをあっちに向けてみたりこっちに向けてみたり、違った光のもとで眺めたり、二つの事実を一緒に並べてみたりすることで、「関係」を探す。カードに書き出し、カードを並べる手法が紹介されているが、今ならマインドマップやね。

 一時間どころか30分で読めるにもかかわらず、今まで読んできた全てのIDEA HACK を思い出す。言い換えると、全ての発想法のネタ元であり、こいつをタネにわたしですら一冊モノにできそう── そんな気にもさせてくれる。

 人生を変える一冊、ただし、実行すれば。言うは易く、JUST DO IT

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「忌中」を読んだ後、自分の人生に戻っていけることを喜ぶ

忌中 タイトルからして不吉。書影も陰陰と拒絶オーラを発散している、という第一印象を裏切らない。劇薬小説として紹介されて読んだが、こいつは「厭本」ですな。つまり、読んでイヤ~な気にさせる短編集。新聞の三面記事に並ぶ変死、横死、一家心中、夫婦心中が「結」ならば、そいつを起承転結と読まされている感じ。それが、「忌中」(車谷長吉,文藝春秋,2003)。

 O.ヘンリー的などんでん返しも、ささやかな救いも、ありはしない。読中の嫌な予感は否定も肯定もされないまま、予想通り、最悪の最期に至る。「ダメなやつは何をやってもダメ」という迷言があるが、「不幸な人生はどこまでいっても不幸」という言葉が浮かぶ。

 表題作である「忌中」が印象的。介護疲れで夫婦心中を図るが、夫は死にきれず、絞殺した妻の死体を押入れに隠して遊びに出かける。後追い自殺をする「ふんぎり」がつかない自分を追い込むためだ。サラ金から借りまくり、パチンコにつぎ込み、女に貢ぐ。じりじりと状況がせばまっていく中で、やるべきことを「片付ける」かのように、淡々と、ひとつひとつ実行する。

 ひとが自分の人生に集中するために、「癌」という仕掛けがある。ふしぎだ、ここまで書いてきて、例を思い浮かべようとしたら映画ばかり出てくる ―― 黒沢明「生きる」や、マイケル・キートン「マイ・ライフ」、あるいは「死ぬまでにしたい10のこと」 ―― これらは、癌を宣告された主人公が、死を自覚することで逆に生の輝きを取り戻している。

 しかし、「忌中」の場合は、「銭」だ。死んでも死にきれない生への執着を拭い去るために、借金をしまくる。返済が迫られるまでがリミットだ。ホラ、あれだよ、自分で引き金を引くようなもの。一家心中する家族は、最期は平日に遊園地で遊ぶ。子どもが欲しがるものは買ってやり、食べたいものは好きなだけ食べさせてやる。もちろん夫婦は最後のセックスに励む。

 え? 死ぬことに矛盾してる? ああ、そうともよ、でもわたしは読者だ、どうすることもできゃしない。このやるせない無常感をたっぷりと味わわせた後、唐突に終わる。だって死んじゃうから。

 そしてわたしは、目が覚めたように本から手を離し、自分の人生に戻っていく。

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