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自分の中の、知らないスイッチが入る「奇想遺産」

 キテレツな建物を眺めていると、自分が人であることを忘れる。じぶんの中の、何かのスイッチが入る。奇想遺産

 嫁さんが彼女だったころ、できたての東京国際フォーラムでデートしたことがある。ガラス編みの宇宙船のような外観とは裏腹に、中は巨大生物の体内のようだ。ウロウロするうち、自分が人間でなくなってしまったかのような錯覚に陥った。

 どんなに新奇な景観だろうとも、記憶をさぐって「似た」オブジェクトを探そうとする。しかし、そいつがトンでもなく拡大されたサイズで建造物としてあるならば、わたしは二度、のけぞらなければならない。一度目はその巨きさ、二度目は、そもそもそんなものを作ろうとした人に。

 じっくり書影を見てちょうだいな。「ル・ピュイ=アン=ブレ」といい、フランス中南部にあるそうな。町はずれに85メートルの岩が立ち上がり、そのてっぺんに教会が鎮座ましまする。もとはドルイド教の聖地で、聖なる岩として敬われていたそうな。やがてキリスト教が席巻し、ドルイド教を圧する形で、頂上に礼拝堂を建てようなどと考えついたんだって。[Le Puy-en-Velay]あたりを眺めると、立派に観光地化されていることが分かる。

 いちばんビビったのが、ジェンネの「泥のモスク」。[google image]でイメージがつかめる。土中から、のっと頭を出した巨神兵みたいだ。のっぺりとした泥の外観と、つなぎ目のない構造体、地面と一体化したそいつがあのサイズであるのか、想像するとびびる。

 既視感覚が写真に追いついて、おもわず声をあげたのもある。異国の地なのに、「この場所は覚えている」ってやつ。Wiiゼルダの森の聖域としか見えない「タ・プローム」は、初めてなのに懐かしくてしかたがない[wikipedia]。あるいは、カステル・コッホ(ウェールズ語で「赤い城」)の一室は、サイレント・ヒルの電話が鳴るシーンを激しく思い出して震えがとまらない。

 本書は朝日新聞の日曜特集をまとめたもの。だから、朝日っぽい薫りもそこここにある。たとえば「ベルリン・ユダヤ博物館」の説明。

ドイツはこの博物館を作ることによって、第2次世界大戦の精算に見事に成功したという意地悪な見方もある。モニュメントとは、過去の糾弾によって今の政府を守るための、賢い政権維持装置だというわけである。

逆に日本は過去を糾弾する装置を作らずに来た。糾弾どころか、賛美するかに見える「靖国」すらある。驚くほどに二つのモニュメントは対照的である。

靖国は見たから、「ユダヤ博物館」とぜひ比べてみたい(圧迫感を強制させる構造になってるらしい)。

 風景までも歪める「奇景・奇観」や都市の奇怪な象徴と化した「奇塔・奇門」、奇態、数奇、数奇、神奇、叛奇・新奇、奇矯な建造物ばかりだ。ほとんどが初見(実物を見たのは、太陽の塔と通天閣)。眺めているうちに、わたしの既成概念が破壊される音がする。製作者の確信犯的な意図に見事にハマる。

 煮詰まったとき、ふだん使わないスイッチを入れたいとき、どうぞ。

 このエントリ書くのに調べてたら、「世界中にある建築の画像を集めているだけのブログ」なるものを見つけた[参照]。煮詰まったとき、ここへ行こう。

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