« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

「最近の若者は本を読まない」本当の理由

 最近の若者は、本を読まない。ネットやケータイに毒されており、まともな文章を読む能力に劣るのが、イマドキの若者だそうな。そのため、文を書く能力も、相手の話を理解する能力も、ひいてはコミュニケーションそのものが著しく劣っている。このままでは日本が亡ぶ ―― って、ホント?

 しかもこの説、かなり昔からもてはやされている。「最近の若者は…」といいだすオヤヂ連中が「最近の若者」だったころも、この言説はマスゴミ紙面の埋め草となっていた。

 昔から語り継がれるこの命題について、調べてみた。

 結論からいうと真逆で、最近の若者ほど本を読んでる。これは二重の意味でYESといえる。つまり、昔に比べて今の方が本は読まれている。さらに、オヤジ連中よりもむしろ、若者世代の方が本を読んでいる。

 その根拠は、読書世論調査。毎日新聞社が1947年から行っている調査で、全国の16歳以上の男女を対象とした「読書世論調査」と、小・中・高校生を対象とした「学校読書調査」がある。俺様フィルターで世相を斬るよりは客観的&実績があるよ。

■書籍読書率の推移

 まず書籍読書率の推移を見てみよう。雑誌やマンガを除き、書籍を「読む」と答えた人の割合を「書籍読書率」と定義している。1970年ごろからずっと増加している。

 むしろ、それより以前の爺婆世代の方が目も当てられない。本なんてロクに読んできていないことが分かる。戦後まもない頃は、本そのものが無かったから…とか、娯楽も少なかったし… という言い訳結構結構。

 しかしながら、その頃と比較にならないほど娯楽が溢れている現代で、読書率がこんなに高いのはなぜ? 本なんか捨てて、ケータイやゲームにもっと流れる「べき」なのに、数字はそうは言っていない。

 つまり、昔と比べて今のほうが、本は読まれている。

■世代別の書籍読書率(2005年)

 次に、世代別に書籍読書率を見てみよう。書籍を「読む」と答えた人、「読まない」と答えた人を積棒にしてみた(無回答があるので計100になってない)。いちいち指摘するまでもなく、本をいちばん読んでいるのは、20代の若者(61%)だ。以降、トシとればとるほど本を読んでいない。

 アンケートだから…とか、統計はウソを言う…といったケチは好きなだけ付けとくれ。もっと良い尺度があれば喜んでそれを使おう。

 ただし、自分の身の回りの些事をあげつらって「若年層の活字離れ」を憂えるオヤジには、「人は見たいものしか見ない」というGolden Ruleを投げつけておく。もちろん出典は知っておろう、憂国を気取るぐらいならな。

■本屋の狙い目 = いちばん本を読む世代

 「本を読まなくなった」とホザくオヤジは、最近、本屋に行ってないのか? あふれんばかりの本の洪水は、需要を求めて老若男女関係ない。それでも、入口正面やレジ側の一等地に平積みされてる本は、いったい誰に向けてアピールしている?

 よく見てみな、帯の惹句やタイトル、装丁がターゲティングしているのは、若者だ!本屋も出版社もバカじゃねぇ、売れる相手に売ってるんだ。そしてそれは、本なんて読まなくなったオヤヂじゃねぇ。

■ではなぜ、「最近の若者は本を読まない」なのか?

 ここまでの話で、「最近の若者は本を読まない」は真っ赤なウソだといことが分かった。だが、それでも嘆息まじりにそんな発言がくり返されるのは、なぜだろうか? 「最近の若者」という枕詞は、時代を超えてそういう魅力を持つのだろうか[参照]?

 ここはひとつ、推理小説の犯人探しで使われる古典的な方法、「誰がいちばんトクするか」で考えてみよう。つまり、「若者の活字離れ」を煽ることでメリットが生じる人は誰だろう?

 もちろん、煽られた若者に読んでもらわないと困る、出版業界だ。あるいは耳に従いやすい「モンダイ」を製造することで不安を煽るのが仕事であるマスゴミ連中だ。

 なんのことはない、本をいちばん読んでくれている世代の危機感を煽っては売りつけるというマッチポンプにすぎない。新聞コラムが先鞭をつけるのは最たる例。若年層の読書離れというウソイメージを振りまいては、下段の新刊の広告に媚を売る構造。

 もうひとりいる。自称読書家だ。「最近の若者は本を読まない」と言い出すオヤヂに、試みに訊いてみるがいい、「では、あなたは相当、本を読んでいるんですね」って。すると小鼻をピクつかせながら嬉しそうに語り出すはずだ。なんのことはない、自分語りがしたいワケ。若者税だと思って暫く聞いてあげましょう。

 そんなオヤヂに限って司馬遼太郎だけで歴史を語りだす。そりゃ、ハリーポッターだけ読んでファンタジー語るのと同じぐらい乱暴だぜ。

■まとめ

 「最近の若者は本を読まない」はウソ。知らずに言う奴は、自分に都合のいい事実しか見てないだけ。知ってて言ってる奴には理由があって、1) 出版・マスゴミ業界の方便、2) 自分語りしたいオヤヂの2者が隠れている。

 これだけ娯楽が溢れている中で、どんな形であれ、本を読んでいるのはスゴい。世界でいちばん本を読む国なんじゃぁないかと。「電車で居眠りする日本人」と揶揄されるが、電車の中で本読んでる人がこんなに多い国も、珍しい。

 読書離れは、中高年ほど進行している。オヤヂこそ、本を読め。

---------------------------------------------
数値込みのGoogle Spreadsheetsは、以下の通り。

 書籍読書率
 年代別の書籍読書率2005年

ネタ元は、読書世論調査(2005年)および読書世論調査30年(1977)。Amazonでアフォほど高い値段がついているので、現物は図書館でどうぞ。

| | コメント (61) | トラックバック (14)

困った現場に効く「プロジェクトマネジメント現場マニュアル」

プロジェクトマネジメント現場マニュアル プロマネ本は沢山あるが、こいつは具体的。プロジェクトのその場その場で発生する問題とその解決策がよく分かる。「こんなときどうする?」形式なので、自分なりの対策を考えて→次のページで"答え合わせ"をするといった読み方もできる。カユいところに手が届く仕掛け。

 例えば…

  1. 問題がいつまでたってもなくならない。進捗報告はペンディングの山。どうやって片付ける?
  2. テストが甘い。行き当たりばったりで、テスト自体のモレヌケによりつぶすべきバグが後になって湧く。なんとかするには、何をどうすればいい?
  3. アバウトな品質要求「使いやすい画面にしろ」といわれたとき、何をどうすれば「使いやすい画面」になっているといえるのか?
  4. 進捗管理が甘い。「90パーセントです」が1ヶ月続く。あるいは、進捗会議の場が、「なぜ遅れているのか」の言い訳の場になっている。どうする?
 答え
  1. 問題を管理する。責任者、期限、優先度を決め、進捗を監視する。共有重要だが進捗会議を問題議論の場にしない(別に場をもうける)
  2. テストをプロデュース。テスト環境の手配が最優先。参加者と役割分担を決めろ。テスト管理は(a)不具合対処のための管理(b)仕様変更管理(c)テスト進捗管理(d)成果物への変更要求に対する構成管理、とあるが、(a)ばかりに目を向けがち。他の手を抜くとテストがボトルネックになる
  3. 「使いやすい画面とは、操作ミスしない画面のこと? それならミスの回数をカウントしましょう」と、測定できるもので定義する→制約条件・前提条件になる。品質目標、測定方法、品質保証活動、是正処理は4本柱。
  4. 「○○をやったら進捗△パーセント」と、進捗率を定義する。遅延の場合は問題管理として原因を分析する(別の場所で潰す)

 けっして、「ちゃんと見積りましょう」とか「しっかり管理しましょう」といった教科書的なことは書いていない。「ちゃんと」「しっかり」できねぇから苦労してんじゃぁねぇか!というPMの叫びに答えるかのように、「何を」「どうする」か淡々と書いてある。

 あたりまえだよー、というツッコミ上等。本書は「分かっちゃいるけど、やれていない」人よりも、むしろ、いきなりPMになってモレがあると不安だという方にうってつけ。本書があたりまえ過ぎる(自分はできている)というなら、[アート・オブ・プロジェクトマネジメント]あたりをどうぞ。

 「PMBOKは分からん!」「現場でPMBOKは使えん」という人にこそ、オススメ。PMBOKは抽象度が高いから、いったん自分のプロジェクトにまで「下げて」読む必要がある。一方、本書は「システム開発のプロジェクト」に特化してはいるけれど、手取り足取りというレベルではないので、つまみ食いから実践に取り入れるといい。付録のテンプレは[ここ]からダウンロードできる。お試しあれ。

 おまけ:PMBOKを案内役として、今回紹介した本も含め、珠玉のプロマネ本が集まってきたな… 自分のblogをクロールしてみる。

  • プロジェクトを成功させる魔法の言葉が詰まっている[目標を突破する実践プロジェクトマネジメント]は、建設業界のノウハウを一般化したもの。「見積り命」というスタンスは、激・し・く・同・意
  • 「ソフトウェア・システムの問題 = 人の問題」という本質をこれでもかと刷り込んでくれる[デッドライン]、名著なり。管理者の怒りの根っこにある「恐怖」を知ったとき、上司に対して限りなく優しくなれる
  • バイブルにしたい[アート・オブ・プロジェクトマネジメント]。いつも持ち歩くのではなく、繰り返し読んで血肉化するべ

 それから、[PMBOK4]、まとめシリーズを無沙汰してたが、再開するか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」について

 たまには自分のことを。

 先日、インタビューを受けた。おかげで、自分のコトちゃんと見えていないことが、よく分った(ありがとうございます >Spoo!川崎さま)。

 インタビューのレポートは[ネット探偵団annex]にある。わたしが、どんな風に選書しているのか晒している。また、上のリンク先にない「自己紹介」を以下にまとめた。紙媒体ならTV Bros(6月23日号)をどうぞ。

三十路の社畜。妻子あり、ローンなし(まだ)。かつて「本は身銭を切って買って読む派」だったが、一生かかっても読みきることができないと悟り、図書館シンパに。魔法の本により、禁煙に成功中(6年目)。心の師は開高健

 「どのように本を探していますか?」と「どうやって本を読んでいますか?」はこのblogでとてもよく聞かれる質問ナリ、以下をどうぞ。

  本の探し方→[本を探すのではなく、人を探す]
  本の読み方→[本ばかり読んでるとバカになる]

| | コメント (2) | トラックバック (1)

夢の在処

夢の劇場 明晰夢をめぐる好奇心がたどりついたのは、「夢の劇場」…スゴ本なり。ただし、いつものわたしの趣味とは毛色が違うので注意。

 まずボリューム、400頁超の物量で広範な視点から「明晰夢」を解いている。知覚の機能に対する諸理論、シャーマンの実践、東洋の瞑想法、現代科学の「仮説」(これがクセモノ)―― 用意周到に、「明晰夢」を説明しようとしている。一歩まちがえるとトンデモなんだが、断定できなかったのは、自分の経験で裏書されていたから。

 しかし、「なぜ夢を見るのか」という単純な問いへの明快な解は得られなかった。それでも、安易にフロイトへ逃げ込むのではなく、生理学的性質からの説明がイイ。REM期において、ニューロンがでたらめに発火したのを、視覚野でムリヤリ意味付けをするそうな(しかも、後付けで!)。賦活合成理論と呼んでいる。

 さらに、明晰夢を見るためのテクニックが山ほど紹介されている。カンタンにできるやつから何年も修行(!)が必要なものまで。簡単なやつは前出のエントリ[好きな夢を見るための10の方法]にまとめてある。本書をまとめると、以下のようになる。どれもスグに使えるテクニックというわけではないので、注意が必要。

■夢を忘れないために
 p.48 夢だと思い出す場所を意識づける
 p.83 夢日記をつける
 p.86 睡眠前の行動(呼吸法、緊張のときかた、入眠儀式)
 p.89 本質に対する誓い(対象への集中のしかた)
 p.91 回想のテクニック(想起せよ、ただし囚われるな)
 p.93 狐の託宣(「寝て考える」テクニック)
 p.95 目覚めるときの注意(すぐに目を開けるな!)
 p.122 夢への焦点のあて方

■明晰夢を見るために
 p.27 視覚化(ふつうのイメージングのテクニック)
 p.154 松果腺の扉(要修行:わたしにはムリですな)
 p.191 シャーマンの視覚化(ふつうでないイメージング・テクニック)
 p.201/208 ガイドつき白昼夢(実験室で見る夢)
 p.223 MILD(忘れ物しないよう手にマジックでかくやつ)
 p.224 手(もっとも馴染み深いものに注意を振り向ける、夢の中でも)
 p.225 自己催眠(脳オナニー)
 p.228 催眠術
 p.280 アティシャの技法

 最後の「アティシャの技法」がスゴい。ヒトコトでいうならば、「一期は夢よ」なんだが、「ただ狂へ」と続かない。なぜなら、本気でこの世を夢だと信じさせる方法だから。ついていけませんな

■明晰夢の確認方法
 p.299 変化する自己(真っ暗にしてローソク一本で鏡に向かう)
 p.350 魔物が召喚できるか?(現実性の検査)

■オススメの明晰夢
 p.228 夢の部屋(夢の出発点を決める)
 p.229 障害や病気を持つ人向けのテクニック
 p.259 一一ニ(アージュニャー・チャクラを使う)
 p.276 偽りの目覚め(入れ子の夢から脱出する方法)
 p.280 夢の体の投影(幽体離脱!?)

 明晰夢を体験すると、そのあまりの生々しさに、目覚めたこの現実は、実は夢じゃないかしらん、と思えてくる。冗談ではない。わたし自身、「夢から覚めた、夢」を見たことがあるから。じゃぁ現実とは、醒めない夢なのかもしれない―― 大丈夫、「荘子の蝶」も「プラトンとテアイテトスの夢問答」もちゃんと出てくるぞ。

■目覚めない明晰夢
 p.245 光の修行(花京院がスタンドを夢の中へ持ち込んだ方法)
 p.269 世界の間隙への落下(落下先は「現実」でないところが怖い)

 多面的、悪く言うと雑多な観点の紹介からはじまり、夢とは何かの問いかけが、現実とは何かの問いかけに発展し、ついに意識そのものへ探求の目が向けられる。一種スリリングな感覚を味わえるかもしれない。ただし、著者のいう「悟り」とはすなわちMATRIXでしょー、とか、ゲシュタルト性質だと説明すればいいのに、というツッコミはない方向で。

 ユニークだなぁ、と感じたのは、本書そのものの仕掛け。知識として識るよりも、この本を読みとおすことが一種の経験として扱われるような仕掛けとなっている(随所に出てくる絵画がこれまた気味悪いんだ、そう、「夢」に出そうなぐらい)。さらに、著者が警告しているように、「読者の世界観に修正を要求しかねないものが数多く」ある。しかも、明晰夢を見ようと試みた人なら、笑って過ごせないほど身に覚えがあるはずだ。

 わたしの趣味じゃないけれど、圧倒された一冊。次に見る明晰夢では「世界の中にいながら世界の一部ではない」ところまでたどり着くかもしれない。けれど、目覚めたら「ここ」に戻ってこれるか、いささか心配… いやいや、漢(おとこ)はDO MY BESTでしょ。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

最近の親はマニュアルで「あそび」を教える

 最近の親とは、わたしのこと。だってしょーがないじゃねぇか、「遊び方」は知っているが、「教え方」なんて知らんぞな。

 いや、うちの子がね、自転車に乗りたい(補助輪なし)、なんて言い出したのよ。じゃあッ、とサンデー・パパよろしく後ろから押してやるまではいいものの、いつまでたっても乗れるようになりやがらねぇぇぇっ。

 google先生に教えを請うのだが、「自転車の乗りかた」は沢山ある一方、「『自転車の乗りかた』の教え方」は見当たらない。

 それなら手本を見せてやる、とパパが操って見せるが参考にならねぇらしい。他のガキはいねぇかと見渡しても、乗れてる奴は猛スピードで行ってしまう。そんなモン、誰かのマネして、転んで覚えるもんだ。わたし自身がそうだったし。放っておくか…

 しかし、「そもそも、自分がアタリマエにできて、身体化されているものを、どうやって教えたらいいか?」という命題は面白い。しばし教えることに熱中する。

  ・ハンドルと重心でバランスを取る
  ・カーブを曲がるときの身体の傾け方
  ・傾斜がどの時点で"倒れる!"と判断するのか

 「オレのマネをしろ」といっても何をマネさせればいいのか? 「もっとちゃんとやれ!」と励ましても「ちゃんと」って具体的に何だ? あまつさえ、「どうしてコレができないんだ!」と叱っても、できないものはできない――

跳び箱ができる!自転車に乗れる! アタリマエと思っていることほど、教えるのは難しい。うまく言語化できない。子どもに分かるぐらい噛み砕いて説明できない。困っていると嫁さんがいい本を見つけてきた。その名もずばり「跳び箱ができる!自転車に乗れる!」。

 走ったり歩いたり、物をつかむ動作は、自然に覚えるが、こうした動作を組み合わせる「運動」は、経験を積まないとできない。やらないと、いつまで経っても上手くならない。なわとび、のぼりぼう、うんてい、へいきんだい… こうした「あそび運動」をやれる機会がどんどん失われている。せめてもの罪滅ぼしに、マニュアル首っぴきでとーちゃんが付き合うぞ(情けないが)。

 運動を教えるコツがあるそうな(≠運動をするコツ)。動きと伝え方のコツと勘所さえちゃんと押さえれば、どんな子でも必ず運動ができるようになるという。本書では4つ紹介されている。

  1. 一つの動きを五つの言い方で
  2. よい動きと悪い動きを
  3. マネて学ぶ
  4. 動きをオーバーに
■一つの動きを五つの言い方で

 動きを正確に伝えるためには、イメージしやすい具体的な言葉に置き換える。一つの言い方に固執せず、いろいろな「言い替え」をすることで、子どもが一番ピッタリとくる動き方を伝える。

 例えば、でんぐり返しのときに、「背中を丸める」という動作は、(1)アゴを引いてごらん、(2)自分のおヘソを見てみよう、(3)頭をひざにつけるつもりで、(4)ボールのように丸まろう、(5)いちばん小さくなってごらん ――といった風に。

■よい動きと悪い動きを

 正しい動きは伝えられても、まちがった動作は思い浮かばないもの。ましてや、自分でアタリマエにできることだと、さらにいっそう間違えることは難しい。だから、自分で運動のリハーサルをしてみて「こんな動きをしそうだ」と予想した失敗例を伝えてみるといい。よい例、悪い例の両方を見せる。

■マネて学ぶ

 本書の写真を見ているだけで上手くなった気分になれる。しかし写真どおりにマネできない場合がある。そのときは親がお手本になって動いてみせる。子どもは前後左右、上下から動きを見ることで、マネできる。「呼吸」をマネさせることも忘れずに。

 マネさせるポイントとして、左右対称の動作のときは向かい合って、非対称の場合は縦横に並んで見せる。

■動きをオーバーに

 自分では大きく見せたつもりでも、他からは見えにくいもの。動きをオーバーに見せるコツは、指先に力を入れること。そうすると手足がしっかりと伸びて、自然と動きが大きくなるそうな。

――他にも、3つほめて1つしかる、指摘せずに微笑む、場所や道具を替えるといった、イジケさせないための「教え方」を手取り足取り教えてもらえる。イマドキの親のための教え方マニュアルだな。マニュアル世代上等上等。こんなん、誰も教えてくれなかったよ。

 結局、本書の出番よりも早く、自転車に乗れるようになった。まあいい。「のぼりぼう」ができねぇとぬかしているので、コイツで教えてやろう。何よりも嬉しいのは、とーちゃんに「教える」自信がついたこと。でもって、広場で放し飼いにするんじゃなくって、マニュアルに載っている運動は全部やらせてみようという気になっていること。

 子どもにとっちゃ迷惑かもしれないが。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

好きな夢を見るための10の方法

 明晰夢(Lucid Dream)の話。明晰夢とは、鮮明な夢を自覚的に見ること。慣れてくると、夢の内容をコントロールできるようになる。つまり、見たい夢を見ることができる。

 無意識の発露ともいえる夢を「自覚的」に見る、なんてヘンな話かもしれないが、暗示によって意識して夢を見ることは可能だ(経験済み)。しかし、今のわたしは部分的に成功しているだけで、自在に明晰夢を見るところまで達していない。

みたい夢をみる方法 ここでは、「みたい夢をみる方法」と「明晰夢――夢見の技法」から得られた、明晰夢のために有用な情報を紹介する。ちなみに両書とも、スピリチュアルな臭いぷんぷんなので、読むと胸焼けする。あるいは、とっくに淘汰されたはずのフロイト心理学派がこんなトコで生き延びているのを知って辟易するかも。

■1 明晰夢に気づくとき

 まずゴールから。明晰夢とは、夢の中で「自分は夢を見ている! 」と気づくこと。ものすごくありがちな、「これは夢かもしれないから、ほっぺをつねってみよう」というのは有効。つねっても痛くないし、その瞬間、自分が夢を見ていることに気づく

 自分の身体が空を飛んでいるとき、覚醒時の今なら「それは夢だ」と断言できる。しかし、まさにその空飛ぶ夢を見ている自分は、自分で気づくことができない。空を飛ぶのがアタリマエだと思っているから。だから、「もしこれが夢なら、向きを変えられる」あるいは「次の瞬間、水に潜る」と自分に言い聞かせることで、夢を自覚させる

■2 いつ夢を見るのか

 一般にレム睡眠時と言われているが、だいたい90分サイクルだそうな。睡眠時間を90分の倍数にすると快眠できるというのも同じ理屈らしい。とはいえ、人により差異はあるから、寝た時刻、起きた時刻を記録するところから始めよう。

 ある程度記録がたまってくると、「快眠できた夜」と「寝覚めの悪かった日」が見えてくる。そして、その日の睡眠時間がどれだけだったか分かってくる。そのサイクルが、自分の睡眠サイクルだといえる。夜、ふと目覚めてしまうのであればもっと嬉しい。サイクルがよりハッキリ分かるから。

 それぞれのサイクルの終わり目に、自分は夢を見ているのだと自覚すること。ちなみにわたしの場合、5:00~5:30ぐらいがいちばん夢を見る時間帯。明晰夢を見るなら、最後のレム睡眠時間帯を狙う

■3 自己暗示は使える夢見の技法

 自己暗示有効。起きてるときから自分自身に言い聞かせる。夢そのものは間違いなく見てるはず(ただ忘れてしまっている)なので、「夢を見ていることを忘れないぞ」と言い聞かせる。この暗示、入眠の際だけでなく、目覚めたときにも有効。たとえ思い出せなくても、「この夢を忘れないぞ」と言い聞かせることで、リマインドならぬ夢のリライトは可能(→■10へ)。

■4 枕もとには、メモとペン

 どこでも紹介されているのが、「夢日記をつけよ」。めんどくさいが、これにはちゃんと理由がある。夢を記録しようとすることで、夢を思い出そうとするからだ。目覚めたときの五感や身体感覚の雑多な情報量が圧倒的なため、夢は急速に体験から記憶へと押しやられてしまう。

 つまり、夢を「記憶化」させないために、起こったことをありのままに書きとめる。記憶化してしまうと、そこに意味を求めたり、解釈を生じさせることになる。そんなことしてもカウンセラーが喜ぶだけで、見てる本人には意味がない。

■5 道具を使う夢見工房

 実は、好きな夢を見る道具は既にある。ドラえもんのどうぐ!? 驚くなかれ、amazonで売ってるぞ。便利になったものだ。その道具とは、タカラ「夢見工房」、原理は単純で、パソコンがあれば基本的な仕掛けを自作できるぞ。

  1. 眠るまえに見たい夢を連想させる写真を装置にセットして鑑賞
  2. 装置に収録されたテーマ別BGM(冒険、恋愛)を選択
  3. 好みの香料を装置にセットし、ファンで香りを漂わせる
  4. 入眠時と起床時に灯す照明の光量を調節
  5. どんな夢を見たいか、ボイスレコーダーに吹き込む
  6. 2~5の機能をタイマーでレム睡眠時に作動させる
 ちなみにその種は「夢見の技法」に紹介されている。「○○、わたしは夢を見ている」と録音した自分の声を、レム睡眠中に流すというわけ(○○には自分の名前が入る)。

■6 入眠時のテクニック1 : イメージング

 イメージングはわたしもよく使う。自己意識に浮かんでくるものの視覚化を繰り返す。ただし、ひたすら観察に徹することとし、イメージしたものの「解釈」や「意図」をもちこまない。イメージングしたものが意識そのものと一体化するようになればOK。

 その日に起こったことを思い返したりすると、それに感情がとらわれてしまうので、身体的なイメージングをよく使う。足→腰→腹→胸→頭の順番に左右それぞれ思い浮かべる。部位の形や触覚を、自己と切り離してひたすらイメージング。ひたすらやると、ココロがそれだけに集中できる。

 慣れてくると、「セルフ春眠暁を覚えず」状態となり、腕なら腕をイメージングしてはいるものの、身体的には眠っている状況が作り出せる。イメージング対象を水瀬さんや雪城さんにすることも可能だが、我が意識は煩悩に焼き尽くされるに違いない。

■7 入眠時のテクニック2 : 数を数える

 これまた古典的な方法だが、「夢見の技法」に紹介されている。意図的な気づきを維持する単純な方法として、数を数える。それも

 一つ、私は夢を見ている
 二つ、私は夢を見ている
 三つ …

 と「私は夢を見ている」を末尾につけること。すると、「四十八、私は夢を見ている」と言った後、まさに夢を見ている自分を発見するというわけ。疑わしいが、眠れない夜にでもやってみるとしよう。

■8 夢を見ているときに

 覚醒時にどんなに心がけていても、いったん夢に入ったら忘れてしまうもの。ただし、何度も訓練(?)することで以下を習慣づけることは可能(らしい)。

 つねに自問自答する。「私は夢を見ているのか?」を投げかける。怖い思いをしたり、せっぱつまった状況に追い込まれたとき、あえてその対象をよく見ることで、「これは夢だ」と気づくことができる。恐ろしい影と闘って、殺してみたら自分だったという夢は見たことがあるが、最後まで「夢」と気づかなかったのがくやしい。

■9 明晰夢を見ているときに

 明晰夢に気づくことがそのまま目覚める原因となる。目覚めを防止し、新しい明晰夢の場面を作り出す方法が紹介されている。それは、明晰夢の中で後ろ向きに倒れるか、あるいはコマのように回転すること(もちろん、夢の中で)。それにより、身体的に目覚めることなく明晰夢を見つづけることができるという。

 たしかに。夢のなかで「これは夢だ!」と気づいて、その異常さにパニックになってもがきながら目覚めたことがある。もったいない。夢を見ている自分を受け入れることができたなら、あとはやりたい放題だったのに…

■10 二度寝のススメ

 「みたい夢をみる方法」によると、いったん目覚めた後、また寝入ることで明晰夢を見ことができるという。そのため、早朝に性行為をするのが有効だと説いているが、相手も眠いってばよッ。

 今となっては、二度寝できる身分じゃないが、「夏休み」というのがある時代はよく使っていた。あの頃は「明晰夢」という言葉を知らず、「夢の続きを見る方法」とか「続き物の夢を見る」と呼んでいた。

 つまり、目覚めてボ~っとなっているとき、夢の残滓が漂っているときに、「この続きが見たい」と念じて眠るわけ→ほぼ確実に続きを見ることができた。だいたい夢ってのは、かわいいオンナといちゃいちゃしてて、さぁこれからッってーときに目が覚めると相場が決まっている。それがもったいなくて自分で編み出した方法なんだが、書籍で紹介されるとあらためて嬉しい。

 同様に、寝る前に「○○の続きが見たい」と念じ続けていると、あたかも「スター・ウォーズ・サーガ」のようにエピソードごとに見ることができる。映画を観るような気分で毎晩見つづけた日々もあったぞ(内容は強烈すぎて書けん)。

■まとめ

 「見たい夢を見る」ことは、セルフ・マインドコントロールの一種。だから自己暗示が上手い人は、明晰夢を見やすい。よくあるおまじない「好きな人の写真を枕元に飾ると、その人の夢を見る」は、あながちハズレではないかと。原理は紹介したから、暗示を強化するツールは各自でどうぞ。

 夢見る乙女の底力、夢を操れ!ラリホォ~ッ!

| | コメント (0) | トラックバック (2)

それなんてラノベ?「わたしたちの田村くん」

わたしたちの田村くん ギャルゲがラノベに近づいているのか、ラノベがギャルゲ化しているのか――「フツーの男子が美少女に慕われる」話は、メディアを問わず愉しめる。わたしがそうでなかったから、ありえない過去を妄想モードで追憶するツールとして、「わたしたちの田村くん」は秀作ナリ。

 でもって、「フツーの男子が慕われる」なんてコト、ありえないからこそ想像力の出番だ。なお本書では、ライトノベルに珍しく剣も魔法も超能力者も出てこない。「なぜかモテる」のではなく、ちゃんと理由がある←それがメイントピックスであり、読むと顔がほころぶ体がカユイ。

 しかし、フラグ立ち以降の「少女の事情」に達すると、グッとこみ上げてくるものがある。「あたしには、学校という奴は、難しすぎるんだよ」なんてくだりは首をガクガクさせながら読んだ。やべぇ、こういうの弱いんだ… いわゆる、泣きゲ症候群の一種なのかもしれない。ヒロインの秘密が、あまりにも悲惨なことを知って。そして「田村くん」がどうしようもなく無力なことを思い知らされて

 だから、あれやこれや思い出すかも。ギャルゲを意識した台詞回しに、SNEG?(それなんてエロゲ?)よりもむしろ、「それなんてラノベ?」とツッコミたくなる――ラノベにな。

 でもって、全2巻読んだ方へ… もちろんわたしは、1巻目のラスト「相馬さんって、誰?」で、すうぅっと背筋が寒くなった一人だけれど、あえて1巻だけで止めておいて、あれこれ2巻を妄想するのってアリでしょうかね? 「わたしたちの田村くんが望む永遠」とやらを思い浮かべるだけでも、愉しいナリ。あえて「読まない」読み方をしてみるのも一興。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

冒険小説とはこれだ「ナヴァロンの要塞」

ナヴァロンの要塞 最近、内藤陳さんの[読まずに死ねるか!]を渉猟している。文字通り、生まれてきた以上、読まずに死んだらもったいない小説を、★★★★★の順に読み漁っている。

 このblogでは、面倒なので★による評価をしていない。しかし、もし5段階で判定するなら間違いなく★★★★★(パーフェクト)になる傑作を読んだ。今週は冒険小説のアタリどきだね。以下紹介文より。

エーゲ海にそびえ立つ難攻不落のナチスの要塞、ナヴァロン! その巨砲のために連合軍が払った犠牲は測り知れない。進退きわまった司令部は、遂にマロリー大尉ら精鋭五人に特命を下した――ナヴァロンの要塞を爆破せよ! 頭脳と体力の限りを尽して不可能に挑む男達の姿を重厚な筆致で描いた、冒険小説の金字塔

 宣伝文句に偽りなし。「金字塔」そのままあてはまる。むしろ、「この本を100とするならば、○○は──」とか、「あの『ナヴァロンの要塞』を超えた!?」といった、天井としての位置づけになる一冊。ナヴァロンの要塞より面白い冒険小説があったら、教えてほしい、絶対に読む読む読みますとも、ええ。

 ナチス・ドイツ軍相手の「ミッション・インポシブル」といえば分りやすいかもしれないが、ここでは超絶的な最新鋭兵器や運を天に任せたモーションは一切ない。切り立った断崖絶壁があれば、しがみついて登り、戦闘機+焼き討ち包囲網に追い込まれたときは、地道に逃げ回る。要するに荒唐無稽を超リアルに描いているワケ。気力・体力・知力と超人的な働きをする特攻野郎Aチームの面々。だが、言っていることにいちいち説得力がある。例えば、恐怖とのつき合いかたについては、次のセリフが光る。どこかで訊いたことがあるが、開高健のベトナム物だったか。

「アンドレアもこわかったんだ」大男のギリシャ人の声はあくまでもやさしかった。「アンドレアは今でもこわいんだ。アンドレアはいつもこわがっているんだ。だからこそ、俺はこんなに生きのびられたんだよ」彼はその大きな手に目をおとすと、「そして、多くの人が死んでいったんだ。そういう連中は、俺ほどこわがらなかったんだよ。普通の人ならこわがることを、何一つこわがらなかったんだ。怖れなければならないことを、つねに何か忘れていたんだな。しかし、アンドレアはあらゆることを恐れ、何一つ忘れなかったんだ。まあいってみれば、それだけのことなんだよ」

 頭カラッポにしてハマれる。夢中になって読める。そういや、グレゴリー・ペックが出ている映画もあったっけ… 観てぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

徹夜保証「北壁の死闘」

北壁の死闘 はてな「徹夜するほど面白かった小説を教えてください」[参照]で教えてもらった本をシコシコ読む。質問者のわたしが言うのもナンだけど、これは素晴らしいリストなり。単に面白い小説が並んでいるだけでなく、それをオススメする「人」が分かるのだから。つまり、自分が評価する本をオススメする人のidをたぐれば、自分専用のレビューアーリストになる。あらためて、はてなの皆さまに感謝感謝。

 今回は「北壁の死闘」。徹夜保証、面白い小説の見本のようなもの。ネタバレを極力排すため、amazonレビューにとどめる。

アイガー北壁の難所、「神々のトラバース」を登攀中のクライマー二人が、奇妙な遺体を発見した。白骨化した下半身、氷漬けになっていたため損われていない上半身。二人は下山後警察に通報するが口止めされる。BBC調査員が探り出した意外な事実とは? 息もつかせぬ迫力の登攀シーン、山岳冒険小説の傑作 !

 ストーリーは違うのだが、折にふれて映画のワンシーンが強烈にビジュアライズされる。極秘任務の特訓のトコは、「フルメタル・ジャケット」の鬼教官、ホントに手が汗でぬるぬるになったラストの死闘は「バーティカル・リミット」の"大ジャンプ"を。登攀が始まったら、手から本が離れなくなるぞ。臨場感ありまくり、心拍数あがりまくり、危ないッて思わず目を閉じてしまう(もちろん読めなくなるw)。ちなみに、はてなでオススメしてくれた人の徹夜度はこんなカンジ…

夜中に読み始めて会社に行く電車の中でも読み終えず、会社到着後はトイレに入って最後まで読み終えました。

 うん、確かにわたしもそうなった。夜に読んだら徹夜になるのでご注意。

 未読の方こそ幸せよ、次の週末にハマるがいい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

懐かしいスゴ本「鷲は舞い降りた」

Wasihamaiorita_ 「冒険小説の傑作」とのうたい文句で読む→噂に違わずスゴ本。ただ、最近のジェットコースター型エンターテイメントに慣れた舌には、懐かしい味付け。なんというか、「ジャッカルの日」のような… もうこれらも「古典」なのだろうか… 以下amazonレビューより。

鷲は舞い降りた!ヒトラーの密命を帯びて、イギリスの東部、ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だった!イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく…使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒険小説


 もちろん読者は結末を知っている。この計画は失敗に終わる。これは「ジャッカルの日」がド・ゴール暗殺を描いたものであるのと一緒。オチは分かっている。ド・ゴールは殺害されなかったし、チャーチルは誘拐されなかった。

 しかし、それでも滅法に面白い。いや、「むしろ」というべきか。歴史上「なかった」ことへ向かって緻密な計画を立て、最も優秀な人員を配置し、確実に実行していく―― 破綻しようのない計画の進行に、読み手はいぶかるだろう…「このままで、どうやって歴史のレールに乗せられるのだろう?」ってね。

 Historical Fictionの面白さはこの部分に凝縮されており、「あったかもしれない」歴史を愉しむのがお作法。歴史のターニング・ポイントというべき場所と時刻に立ち会うような感覚が得られる。そして、いったん歴史の目撃者となった瞬間から、かかわったキャラクタは全面的に排除される仕掛けになっている…読み手と語り部を除いてね。「こうして、それを知るものはいなくなった」ってね。

 ところが、だ、本書がスゴいのは、歴史の軌道がフィクション→ノンフィクションに切り替わった後のほうが面白い。つまり、計画が失敗してからのほうが手に汗握る。ハラハラドキドキの追跡劇になり、戻るも死・進むも死の絶体絶命のセリフの応酬になる。「信頼」や「約束」といった見慣れた言葉が急にずっしり重たく感じられる場面になる。

 この「完全版」では、初版時に削除されていたエピソード ――彼・彼女らの「その後」が描かれている。生き延びた人、亡くなった人の半生が淡々と紹介されている。蛇足かと思いきや、ここでホロリとやられる。かつて「おれにとって、おまえと別れることがすでに充分な罰なのだ」で泣いた方は、ラストでもういっぺん泣ける。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

スローセックス宣言

スローセックス実践入門宣誓!今日からは、スローセックスを実践します。射精だけを目的としたあわただしいセックスをしないことを誓います。たっぷりと時間をかけて、おたがいに満足のいくセックスを目指します。

 本を読んでこんなに反省したのは初めて。おかげで目が醒めた、悪いのは全部わたしだ。男子必読の一冊(女子は読んじゃダメ)。

■蔓延するジャンクセックス

 ジャンクセックスとは、男性本位の、射精だけを目的としたセックス。平均20分たらずのお粗末な行為で、お互いのカラダを使ったオナニーのようなもの。そのため、

  • 「一度もイッたことがない」
  • 「彼のことは好きだけどセックスは気持ちよくない」
  • 「セックスが億劫」
  • 「セックス嫌い」
  • 「セックスよりも寝かせてほしい」
…がホンネだという。セックスは挿入でありピストン運動であり射精であるというAV幻想が、セックスをジャンク化しているそうな。ううむ、耳に痛い。性春時代のリビドーは、チョコボール向井にお世話になったからね。

 たしかに、時間を忘れて没頭するようなセックスもあった。ひたすら相手を感じさせるために全力を尽くしたこともあった。イかせてもイかせても、まだ先がある、オンナってすげぇな、と感嘆のまなざしで波打つ裸体を眺めたこともある。

 しかし、著者の指摘どおり、最近ではマンネリ化したというか、「済ませる」意識がある。「子どもが寝ているスキに」とか「明日早いから」といった理由で、制限時間付きになっているのかもしれん。おたがい忙しいから、は理由にならないんだけどな。

■スローセックスとは

 キーワードは「時間」。スローというのは、動きが緩慢というだけではない。すべての行為を「ゆっくりと」+「たっぷりと」おこなう。あるいは、「終わり」を設けないセックス。この場合の「終わり」とは、射精でありエクスタシー。

 そのためには、「いったん射精を忘れろ」という。「目的=射精」をいったん念頭から外し、そのバイアスから生じる時間的制限を解除せよ、と主張する。狂おしいまでに裸体をくねらせ、エロティックな世界に身をゆだねるオンナの官能美を一度でも目の当たりにしたならば、射精のことなんて忘れて、もっと感じさせようと愛撫に夢中になるはず。射精なんてオマケみたいなものなんだってさ。

 ただし、「射精するな」という意味ではないらしい。射精という呪縛から外れて、じゅうぶん時間をかけてお互いに快感を貪りあったのち、精を放つとすれば、それはそれはスゴいものになると言っている(←だいたい予想つくがな)。

■スローセックスの実践 1:愛撫

 本書にテクニック的なことを求めている方は、p.143-168を立ち読めばいい。しかし、セックスに対する性根を入れ替えるという点で、全読すべし。これは、わたしの復習のためにまとめたものなので、ご注意を。

 愛撫はテクニック以前に、一つの性感帯にかける愛撫の「所要時間」と全身の性感帯を愛撫していく際の「順番」が重要だという。「あっちをチョコチョコ、こっちをチョコチョコ」と漫然と触っているだけでは、女性の性的快感を敏感にさせられない。一つの性感帯に超ソフトな刺激を一定時間以上継続して与えよと指導する。ここでいう「一定時間」とは3~5分だ。それを、

  1. 髪の毛の愛撫
  2. 顔  ←顔は性感帯の宝庫!
  3. 肩から腕
  4. 指先
  5. わき腹を通って腰
  6. 背中
  7. 肩甲骨
  8. おしり
―― と、カラダの背面すべての性感帯を愛撫した後、やっとカラダの表面へ移る。表面に移行しても、敏感な乳首シリーズは後にして、最高の感度まで感受性が高まるまでじらして…といった具合。

 また、「くすぐったいはシメタと思え!」と断言している。女性がくすぐったがる原因は、皮膚の敏感さに対して、それを受信する性感脳の準備がまだ整っていないアンバランスさによるもの。スイッチを入れるためには、まずリラックスさせなければならない。そのために、

  • アダムタッチの適用(こうかは ばつぐんだ)
  • パームタッチ愛撫法(手のひらを吸盤のように見立てる)
  • うつ伏せにして背面愛撫(背中→お知り→太ももの裏側)
  • ベビーパウダー・ボディオイルが有効(ローションはNGだってさ)

■スローセックスの実践 2:体位

 勉強になったのは「対面座位」。興奮を抑制する副交感神経が優位に立ち、持続力が増すため、スローセックスにうってつけの体位だという。インドの性典カーマスートラでは座位のことを「正常位」と呼び、もっともスタンダードな体位という位置付けにしているそうな。

 一方、悪玉はいわゆる「正常位」。正常位はまさに「射精位」とでも呼ぶべき危険な体位だそうな。前傾姿勢になるため神経を過敏にする交感神経が優位に立ち、敏感になりやすくなる。腰を自由に動かすにはもってこいなので、「ファーストセックス」のための体位といえる。自爆行為やね。

 経験的に対面座位を好んできたが、これは、肌を密着させることができて一体感を得られやすいから。キスなどのコミュニケートもやりやすいし…期せずしてスローセックスを実践してたわけだ。

■セックス・トレーニング

 著者の主張のうち、最も説得力のある一文を引用する。

人間は努力します。いい大学に合格したければ一所懸命に勉強するし、スポーツが上手になりたければ練習に精を出します。仕事でも趣味でも、他人より上に行きたいと思えば、トレーニングに費やす時間を長くしたり、お金を掛けたり、効率よくなるようにやり方を工夫したりします。これは誰もが経験則として知っていることであり、やっていることです。それなのに、とても不思議なことですが、セックスになった途端、なぜか「トレーニングする」という思考回路が機能停止してしまうのです。

 ああ、確かに。ちゃんと「練習」せずに本番に臨んできたわたしが恥ずかしい。ホットドック・プレスを読んだだけで分かった気になっていた自分を叩いてやりたい。

 「オナニーがあるじゃないか」というツッコミ無用。オナニーは射精の練習に過ぎない。100回やろうが1000回やろうが、「射精して自分が気持ちよくなるため」のトレーニングは、何回やっても変わらない。

 じゃぁ全くのムダかというと、そうではない。そこで、「スローセックスのための亀頭愛撫法」が紹介されている。マッサージ用のオイルを準備して実行せよとアドバイスしている。さらに、酷かもしれないが、「気持ちよくなってきても、しごいてはいけない」という。

【ロール亀頭愛撫法】

  1. ペニスと亀頭を握る手のひらにオイルを塗る
  2. 利き手と反対の手でペニスの根元を押さえ、亀頭に皮が被らないように固定する
  3. 手のひらの中心部を亀頭に密着させて、手のひらが亀頭の周辺を一周するようにローリングさせて、亀頭の表、側面、裏側をゆっくりと擦っていく
  4. 3の動きを繰り返す
ポイントは、手のひらと亀頭の密着面積をなるべく大きくすることと、ローリングの際に、亀頭と手のひらが離れないようにすること。

【指しぼり亀頭愛撫法】

  1. 利き手を軽く握って輪を作る
  2. 亀頭の先端からその輪をゆっくり下ろしながら、輪がカリの部分を通り過ぎるまでゆっくりと丁寧に亀頭を擦る
  3. ペニスの皮が亀頭に被らないように注意しながら、ゆっくりと輪を上げていき亀頭を擦る
  4. 2と3の愛撫を繰り返す
イクことではなく、感じることが目的。ゆったりとした気持ちで行うこと。いつものように手でしごきたくなる気持ちを抑え、イキそうになったら指の動きを止めるなどして、最低でも15分以上続けるようにする。

■著者について

 アダム徳永という方で、セラピスト。ロセンゼルスでマッサージテクニシャンの資格を取得。マッサージを施すうちに、女性のカラダには計り知れない深い性感帯があることに気づき、性感帯開発の研究を始めたそうな。

 1991年、M&Wオーガズム研究所を創設。最高のエクスタシーが得られる新技法・アダム性理論を確立。2004年、世界にも類を見ない「セックススクール・adam」を設立している。

 上記はWikipediaの受け売りなんだけれど、本書の中で、「研究のために、理解ある奥さんの『了承』を経て、1000人以上の女性とセックスを経験してきた」と述べている。超人認定。そして奥さんは秋子さんかと問い詰めたい。

 本書は射精第一主義を祓うために有効な一冊となりうる。え? 「童貞のオレには関係ない」って? それマチガイ、童貞こそ読むべし。服を着ててもオンナはカワイイ、脱がすともっとキレイだ。そして、彼女が快楽に身をゆだね、裸身をよじらすさまは、この世のものとは思えないぐらい美しい。

「接して漏らさず」―― 本来別の意図で記された言葉だけれど、「養生」のためだけでなく、相手のためにも、ひいては自分のためにも心得ておくべきだな。

| | コメント (4) | トラックバック (9)

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »