« 読書は人間がベッドの上でおこなう二つの快楽のうちの一つ | トップページ | 書評の探し方 »

「暗闇の『スキャナー」・ダークリー』

スキャナー・ダークリー 「ジャンキーたちは、望んで麻薬漬けになったのか?」に対するP.K.ディックの回答。最初わからなかったわたしに、「著者覚え書き」でリアルに答えている。太字はわたし。

麻薬乱用は病気ではなく、ひとつの決断だ。しかも、走ってくる車の前に飛びだすような決断だ。それは病気ではなく、むしろ判断ミスと呼べるかもしれない。おおぜいの人間がそれをはじめた場合、それはあるひとつの社会的な誤り、あるひとつのライフ・スタイルになる。この特殊なライフ・スタイルのモットーは、「いますぐ幸福をつかめ、明日には死ぬんだから」というものだ。しかし、死の過程はほとんどすぐにはじまり、幸福はただの記憶でしかない。つまり、それはごくふつうの人間の一生をスピードアップさせただけ、強烈にしただけだ。


 はてなのコメント欄で強力なフラグが立ったので[参照]→新訳版を読んで、脳が溶けた(htktyoさんありがとうございます)。「蟲がびっしり」のトコは、さぶいぼ+全身が痒くなって、読んでるこっちまで気分が悪くなってくる。良ぃねぇ。

 コンピュータが外見を変化させ、顔、体はおろか声までも入れ替わる「スクランブル・スーツ」や、おとり捜査で中毒者として潜入していた麻薬捜査官が、自分自身を監視するよう命ぜられる展開など、ユニークな見所がある(映画はココがスゴいらしい。実写キアヌ・リーブスにペンキを塗ったようなアニメ処理がされているそうな、観てぇッ)。

 しかし、わたしはむしろ、ジャンキーたちのぐだぐだな日常だとか、さり気ない会話の端々にハマった。「プラスチックの犬のクソ」だの「夜泣きを止めるため赤ん坊にヘロイン注射」なんて、ステキすぎる。「最後の審判の日、神が罪を指摘する方法は、年代順なのか重さ順なのか、ABC順なのか?」について延々と談義する様が実にくだらなくてイイ。

 主人公フレッド(潜入時の名前はボブ)の揺れ方がスゴい。

 「ボブとゆかいなヤク中たち」の日常
      ↑
 そいつを監視する捜査官フレッド(中の人はボブ自身)
      ↑
 捜査官のときの情報からジャンキー仲間を疑い始めるボブ(中の人はフレッド)
      ↑
 ボブの疑心暗鬼が捜査官としての思考を逸脱しはじめる(中の人はボブ)

 「おとり捜査」なんだから、自分の身分は明かしてはいけない。そして、ヤクの売人として名をあげるほど、捜査当局に目をつけられ、「あいつをマークせよ」と指示される。「あいつ」とは「おれ」なのに。

 おれはあいつであいつはおれで、おれの目で見るあいつの情報がおれの判断を狂わせ、おれをあいつの目で見るようになる。待てよ、今見ている画像はおれか? いやおれの画像を見ているのか? といいたいのではなく、見ているのはおれか? ということなんだが―― このときわたしは、合わせ鏡の向こう側からこっちを覗き込んだような感覚に襲われる、合わせ鏡の"こっち側"ではない。鏡が靴下のように裏返しにできたなら、向こう側はきっと朧に(Darkly)見えるだろう。

 後半の展開もスゴい。このテのカタルシスは○○○だろうという予想を、最悪の形で裏切る。そうするかーッ とびっくりするうちに静かな幕。そこで彼女の重要度に気づく。キャラ立ってなかったから読み過ごしてたよ(※)。

暗闇のスキャナー この時点で旧訳は山形浩生氏であることに気づく。うおぉっと勢いで「暗闇のスキャナー」に手を出す。会話くだけすぎ+ときおり硬い語がピリっと入ってくる。こっちの方が好きだな、彼女エロカワイイし。山形氏のオフィシャルサイトで勝利宣言している通り[山形の著書訳書など]、わたしも「暗闇」のほうを推す。

 「ボブ」という入れ子でフレッドという人格が語られているのか、「フレッド」の思考でボブとして振舞っているのか、わけ分からなくなる。売人と捜査官が合わせ鏡のような構造となっており、さらに旧訳と新訳を同時に読んだことで、合わせ鏡に映った世界をさらに合わせ鏡で映したかのような気分にさせられる、妙な読書体験。

(※)ネタバレ考察(読了した方のみ、反転表示)

 黒い髪黒い瞳の美女、ドナ。彼女はどうしてサブキャラの一員に埋もれ、見過ごされてしまったのか? 彼女自身が「ドナというスクランブル・スーツ」を着ていたからではないか? 彼女の存在感は、彼女の本当の立場が明かされるとき、『読み手にとって』ぐっと大きくなる。気のせい? 気のせい? 山形訳で、ボブ=アークターの一人称がドナの一人称になり代わるとき、強く感じた。これは、ボブ=アークターの物語じゃないんだって…深読みしすぎ?

|

« 読書は人間がベッドの上でおこなう二つの快楽のうちの一つ | トップページ | 書評の探し方 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18285/15249874

この記事へのトラックバック一覧です: 「暗闇の『スキャナー」・ダークリー』:

« 読書は人間がベッドの上でおこなう二つの快楽のうちの一つ | トップページ | 書評の探し方 »